21 英雄演舞劇
演劇とは人間などが演じ、他者に見せる仮想現実の元祖。
古くは道端での大道芸。
芝居小屋での演目へと成長し、立派な専用ホールでの舞台劇へと昇華していく。
その後も多岐に細分化、特殊化していった。
テレビ番組とコラボした英雄演舞劇も、そんな演劇の一つと言える。
「明日は休めるんですよね?先輩。俺はヒーローショー見に行きたいんですから」
「大丈夫ですよ、自由行動で。日本はヒーローショーが頻繁に有りますから、楽しんで来て下さい」
休日である日曜日に、ライナスがヒーローショーを見に行く様だ。
外国でも演劇の類いが無い訳ではないが、都心でも期間が限られていたり、年に一回の御祭り限定などと圧倒的に少ない。
「最近は魔法少女イベントも行われているみたいですよ」
各地にあるアミューズメント施設では土曜日曜の度に、テレビで流行っているアニメの特集や着ぐるみイベントをやっている。
「ほぅ?日本ではボーイズだけでなく、ガールズも正義の心を育んでいるんだねぇ」
国を守る軍人と、侵略者や厄災などから市民を守るヒーロー達は、通じる物がある様だ。
「どんなに好きでも、日本に移住はできませんよライナス君。君には自分の担当エリアがあるんだから」
「わかってますよ先輩。でもねぇ。楽しめる時には楽しまないと」
どんなに嫌いでもやらなくてはならない事がある様に、どんなに好きでもやってはならない事もある。
【自由】とは、有る様に見えても、意外と存在しないものなのだから。
「で、林原さんは教会ですか?確か御両親が」
両親がキリスト教徒で、日曜学校にも通わされていた林原の経歴は、賀茂に伝えられている。
「親には行くように言われてるんですが、私は信心深いわけじゃないんで、いつも仕事を入れていたんですよ」
「意外と親不孝なんだねぇ、林原女史は」
「ここに来て、【神】とかいうものには更に懐疑的になりましたけどね」
「「ははははは・・・・」」
ライナスの評価に林原が返し、それが二人に笑いを誘う。
「じゅあ、『新しい職場の付き合い』って事で、明日は私に付き合いませんか?林原さん」
「おいおい、明日は休みなんじゃないんですか?」
「ライナス君は水道橋に行っていいですよ。君の研修後の日本人同士の関係をどうするか、話し合いをしたいと思うんでね」
「確かにソレは、俺には関係無いですね」
ある程度、彼等の秘密を知った彼女の処置は、海外からの研修生であるライナスには関係無い。
賀茂が人間の異性に興味が無い事を知っているライナスは、下世話なツッコミをしないし、現代では【職場のセクハラ】と騒がれるので『二人っきりでデートか?』などとは言わない。
それで無くとも『人間と不用意な波風を立てるな』と賀茂に言われている。
現在の彼等から見れば【下等生物】である人間だが、あまりに見下した対応が多いと、使命遂行の障害になると教えられているのだ。
それでは『主の役にたたない』とレッテルを貼られてしまう。
「じゃあ林原さんは、定時にこの事務所に集合で。ライナス君はホテルから水道橋直行で」
研修期間が半年のライナスは、アパートなどを借りずにホテル住まいだ。
日本人には少ないが、バカンスなどが長期間に及ぶ西洋人には珍しい事ではない。
「じゃあ、先輩も林原女史も、また月曜日に」
「お疲れ様。林原さんは、また明日」
「お疲れ様でした」
ほぼ毎週の様に繰り返された挨拶は、特に変わる事もなく行われた。
「やっぱりヒーローショーは最高だよ」
日曜の後楽園遊園地では、ライナスが盛り上がっていた。
近年のヒーローショーでは美形の新人男優や新人女優だけでなく、ファンの多い有名女優も出場しているので、若いママさんだけでなく、パパさんも子供をダシにして見に来ている。
以前には、元アイドルが司令官役で出たり、有名AV女優が水着に近いコスチュームで悪役幹部をやっていた事もある。
ジャパニーズアニメが世界に広がってからは、外国からの観光客も見に来ているので、金髪碧眼のライナスが混じっていても、全く目立たない。
「で、研修の方はどうよ?」
「休日くらいは自由にさせて欲しいが、まぁ、こんな方法でしかコンタクトは取れないか・・」
ライナスの後で身を乗り出していたオタグッズまみれの白人男性が、声をかけてきた。
ちょっと見では、軽装のライナスを日本在住者と見て、英語で解説を求めている様にも見える。
「上の者にも会えたけど、大して情報は得られなかったよ。確か【フルカス】とか」
「【騎士】か?下っ端だが、戦闘力は高いから注意が必要な奴だな?まだやれそうか?」
「疑われている可能性は有るから、あまり成果を求めなければ大丈夫だろう。期待はしないでくれよ」
「勿論だ。我々も貴重な【使徒】を失いたくはないからな『WOW!Fantastic!』」
演劇に合わせて、いきなり声をあげる後ろの白人に、多少は驚きながらライナスは、スマホでシーンの撮影をした。
「しかしお前に、こんな趣味が有るなんてな?」
「本部で開発中のパワードスーツの参考になるだろう?意外と実用的なアイデアもあるぞ」
「そう言えば、そっちが本職だったな?以前は」
「我々の強化にも使えるし、まだ諦めたわけじゃないよ」
ヒーローショーが終わると、蜘蛛の子を散らす様に誰も居なくなる。
「さて、これで少しは時間が稼げるか?まだ猶予は有るから、もう少し考えるか・・・」
後ろの白人も姿を消して、閑散とした会場でライナスは、小さく呟いていた。
彼は腕時計を見ると立ち上り、ゆっくりと水道橋駅方面に歩き出す。
「この機会に、少しでも手持ちを増やしておくか。現金をアメリカの匿名口座に移して・・・」
その日のJRAでは、メインレースで本命騎手の落馬があった為に大混乱が発生し、予想外の大穴が生じた。
それはニュースにもなるのだが、その原因を知る者は少なかったらしい。
ライナスには何か秘密がありそうだが、それはまた後日の話である。




