02 異世界魔法
人間界における【古の魔法】は集合的無意識が影響していると言われているが、起きる現象の多くは確率変動と認識操作だ。
事故に会う確率や財宝を得る確率を操作したり、他者に恋愛感情や恐怖心を与えたり、幻覚を見せたりする。
確率変動に関しては神社仏閣で入手できる【御守り】などが有名で、「運気が変わった」などと事象の報告はされているが、現代科学では解明もされていない。
フラシーボ効果ではないかと言うのが最有力だ。
認識操作は、強い脳波の同調による認識の改変により、錯覚や幻覚を見たり、認識阻害をしたりすると言われている。
また、洗脳に近い強いイメージを植え付けられ、炎に焼かれ水に溺れ、風に引き裂かれたり壁に阻まれたりする感覚に見舞われたり、相手を誤認したり見失ったりすると思われている。
物理的にそれらの事象が起きなくても精神がその様に認識してしまうと、当人にとっては現実となり、肉体に症状が出たりショックで死に至る事もある。
これらの事は、現行の人間にはできない能力と言われている。
将来的に科学の力で解明や再現ができるかも知れないが、それはまだ先の話だ。
過去に、それらを技術的に再現しようとしたのが【魔術】らしい。
だが、神世の時代より退化して加護を失った人間と、現在の環境では限界があるのだろう。
儀式魔術では異界と空間を繋いだり、異界の者を召喚したりして、その力を利用しようとしてきた。
それが魔法陣と呼ばれているものだ。
その形は円形に描かれた図形とされているが、固定概念に過ぎない。
「賀茂先輩は帰還用のゲートを使った事があるんですか?」
「あっちじゃ意味が無いし作動しないから、試した事もないよ。ただ、知識として学んだだけさ」
通常、ライナスや賀茂達が使っている【召喚ゲート】は、魔素と呼ばれるエネルギーを得るために現世から常世へと繋げるものなので、日本への帰還には使えそうになかった。
教育カリキュラムで学んだ帰還用の【派遣ゲート】は、万が一の時の為にと基本理論的なものと手法を知識としてしか持っていなかった。
「学んだ事を実証して、現実的な問題点を修正してみるしかないよ。幸いにもコッチじゃゲートを使わなくても魔素は使い放題だしな」
理屈はわかっていても、ソレをいきなり完璧に行えるわけがない。
手足は本能的に動かせても、踊りを見よう見まねで成功させるには練習と修正が必要になる様な感じだ。
「【マソ】?あぁ、エレメンタルですね」
現代科学は、全ての素粒子を発見した訳ではない。
特に【地球】側には希薄な物なら尚更だ。
常世の者達は、その素粒子を使って現世の人類には不可能な事をやってのける。
いや、人類は上位者を排除する為に、あえてソノ素粒子の恩恵を捨て、無能な猿に退化してでも主導権を手に入れたかったのだろう。
そして、自分達の為の楽園を【分離】したのが今の地球だ。
「ライナス君。それよりも先ずは、ちゃんと隠行をしろよ!それじゃあ現地人に見つかっちまう」
「日本語は難しいですね!【オンギョウ】ってブラインドの事ですよね?しっかり気配を消してますよ?」
「消すんじゃ駄目だ。そこだけ真空状態みたいになってかえって目立つ。消した上から周りの空気の気配を上書きするんだよ」
風景写真に一部だけ黒い丸や穴が空いていたら、そこに何かがある事がバレてしまう。
周りの映像をコピーして上から貼れば、そこだけ重点的に見ない限りは気が付きにくいのだ。
「いったい、何を学んできたのやら?」
「本国じゃあ詳細は実践で学べって教官だったんで、座学教育と自習なんですよ」
「何処も人手不足なんだなぁ」
常世からの来訪者が対立する外国にくらべ、日本で騒ぎを起こすと他国より目立つし隠蔽しにくい。
なので、敵対勢力も大事を持ち込まない傾向にあった。
それで、平和な日本で外国からの研修生を頼まれているのが賀茂達という訳だ。
「それじゃあ、力場を形成するから補佐を頼むよ」
「了解です、先輩」
賀茂は空中に魔法陣の様な物を作り出している。
彼等の力は、精霊や悪魔と呼ばれる者達が使える本来の能力に近い。
先に語った古の魔法に加えて、SFなどに出てくる超能力に近い物理干渉が可能だった。
エネルギー粒子を自在に扱えるのならば、さもありなん。
そして、その様な能力は本来、人間が持っていたと考えれば、世界の各地で同じような異能を持つ者が現れても不思議ではない。
ESPが【新たなる人間の進化】とするならば、離れた環境で似た進化が起きる方が不合理というものだ。
進化は、より多くのバリエーションを発生させ、環境に淘汰されて種の分岐を生むものだからだ。
「先輩、この手の技術は現地人の方が得意なんでしょ?頼めませんかね?」
「我々の主人に協力的な者が、そう簡単に見つかるとは思えないし、この技術は千年近く前に廃れたものだから残っているかどうか」
「そうでしたね」
近年に妖怪変化や神仏が現れないのは、この方法で転移しても長時間の肉体維持ができないからだ。
ライナス達の様に肉体改造をしても現地人の高い能力を現世側で維持出来ない事が分かっているので別の方法に移行した為に廃れたらしい。
だが、UMAや宇宙人目撃の話を聞くと、一部の者達が廃れた技術を使っている可能性も無いわけではない。
「危険な事を避けつつ、できる事をするしかないんだよライナス君」
「そうですね」
無駄口をたたきながらも、既に五十回目のゲート実験に空間が黒くヒビ割れする程にまでなっている。
「いきなり、土の中に埋まったりしませんよね?先輩」
「多少の揺らぎはあっても、この地面のある位置は地球の成層圏辺りだろうから、気圧に気を付ければ大丈夫だろう」
ライナスは研修で見せられた本来の地球の姿を思い出した。
太古の地球は、彼の産まれた時の状態より一回り大きかったらしい。
地球誕生の時に岩石でできた天体の上に氷の層が数百キロの厚さで堆積し、更に上に岩石の層ができたらしい。
現在の地球からすれば半径が百キロメートルほど増えているが、惑星全体からすれば薄皮程度だ。
現在の火星でも地下に氷の層が発見されているので、規模を除けば不思議ではない。
その後に巨大隕石が降り、岩石でできた表層に穴が開き、活発化した太陽光により氷の大半が溶けたと言う。
氷の9割り近くが蒸発して宇宙に消え、残ったのは地下に巨大な空間を持ち表面には大きな穴が幾つも空いている惑星だったそうだ。
二重構造の惑星表面は、外郭部と内惑星の間に柱の様な構造体があったために、大規模崩壊には至らなかった。
数億年かけて、重力の軽い外郭部には巨大生物と飛行生物が発生し、内惑星には主に魚類と小型の生物が発生した。
外郭部から内惑星へと移り住む生物は居たが、その逆は皆無と言えた。
人間は、その下へと移り住んだ者の子孫と言える。
「(支配者達のプロパガンダだと思って話し半分で聞いてたが、まさか自分の目で片鱗を確かめる事になるとは・・・)じゃあ、下手に上(?)に行かなければ問題無いんですね」
「そうだな。ここはちょうど卵の殻の内側。黄身にあたる地球までは中心部へ向かわなければ、埋まる事は無いだろう。っと、コレは衛星放送の電波か?」
ゲートの試行錯誤が百回に近付いた頃、ようやく接続ができて魔素が流れだし、地球の電波が流れ込んできた。
「でも、急いだ方が良いみたいですよ。気配は消してますが、何かが大量に集まってきてます」
「現地人に気付かれたか?隠行してても、こんな荒野で魔素の使用が多ければ異変に気付くかもな?」
現地人の【精霊】と呼ばれた者達の能力は、ライナスや賀茂達を遥かに上回る。
いや、新な方法で現世用に調整された彼等の【主人達】よりも能力が高いのだ。
「時間はギリギリでしょうか?」
「ライナスも手を貸せ」
「了解です」
主に周囲警戒を担当していたライナスだが、ゲートの調整を見ていなかったわけではない。
多角的な観察により、調整は一気に進んだ。
「もう、一部は肉眼でも見えてきました」
距離的には数十キロ彼方だが、彼等にとっては近くだ。
「もうちょっと大きくしたいが仕方がない。ライナス君、先に飛び込め」
「実験台ってわけじゃないですよね?」
「心配なら俺の足でも掴んで飛び込めよ」
二人は50センチ程にまで広がったゲートに足から飛び込んだのだった。