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19 警察監察官

 警視庁に入館してきた林原達三人を吹き抜けエントランスの上階から見下ろす初老の男性が居た。


「あれが林原美佐緒と監視対象か?」


 そう言って眉間に皺を寄せる彼は、三田国弘警視で警視庁の監察官だ。


「きゃーっ!あれが林原警部補?婦警の出世頭よねぇ」

「まだ巡査長でしょ。今日、辞令を受け取るのよね」

「異例よ異例!」


 エントランスを見下ろす下の階で、彼女を見付けた総務課の婦警が騒いでいる。


「ちっ!二階級特進とか、殉職者かよ」

「三田警視、彼女等の件は捨て置けと上から・・・」


 横にいた副官が三田を諌めた。


「圧力か?そんなものに従うから警察の不祥事が無くならないんだ。お前は何を守りたくて警察官になった?」

「・・・・・・」


 【不干渉】は、大抵が政治屋に利益をもたらす大きな犯罪の隠蔽に使われる。

 警察が根本の犯罪捜査をしなければ、表面化するのは小さな迷宮入り事件だけとなる。

 それも、大抵が有耶無耶にされている。


 しかし、犯罪には必ず被害者が存在し、それがマスコミから露呈して警察バッシングに至るのだ。

 報道で頭を下げるのは監察官ではないが、警察官の一員として社会的にも家庭でも肩身の狭い思いをする。


「(必ず、化けの皮を剥いでやるからな)」


 彼が燃えているのは、先の正義感だけではなく、同期の中でも出世が遅れているからだ。


 彼等のバックに居るであろう政治家の犯罪を暴けば、警視監や警視総監にプレッシャーをかけて、自分の出世を強制できると考えているのだった。


 組織構造は殆んどがピラミッド型をしており、順当に出世しても次第に数が減っていく。

 確かに出世は難しい。

 だが、戦時下や警官の殉職率が高い訳ではない日本では、上れない者の他に、不祥事や左遷辞令による退職などで辞めていく者が居るという事だ。

 その為に、高級役職に就けばつくほど交遊関係や出入りの店、行動などに義務や制限が増えていく。

 風評やスキャンダルのネタで御互いに足を引っ張り合い、蹴落とし合って出世街道を登っていくのだ。


「なに、心配するな。【特務】とやらに不便は無いか相談に乗るだけだ。(叩き上げのジジイと違い、ババアなら直ぐに口を割るたろう」)


 彼は、過去にも特務の担当警官を調べた事があったが、なかなか口を割らなかった。

 幸い、監察官の仕事には、職場の業務改善も含まれているので、それを言い訳に根掘り葉掘り聞こうとしたのだ。

 社会評価として、年配男性より中年女性の方が色々と口が軽いとされている。

 今回、林原が女性なのはチャンスと彼は考えたのだ。


 三田警察官はエントランスを離れ、警備部へと足を運んだ。


「先ほど入館した林原巡査長と、同行来客の行動を見たい」

「【林原美佐緒】ですね?了解しました」


 警備部では、庁内の人や物の動向を監視している。

 来客は監視カメラの顔認証、警官はIDと顔認証で位置を把握しているのだ。

 未登録の者が侵入したり、禁則区画に入らない様に監視する為に。


 三田監察官に都合の良い事に、警備部の内勤には林原一行への【不干渉】は告げられてはいなかった。


 ディスプレイに建物平面図とIDが表示されていく。


「林原は人事部・・辞令の交付か?来客は日笠警視監の部屋だな」

「林原美佐緒からは地下射撃場の使用申請が出てますね」

「しばらくは来客とは別行動か?ちょうど良い」


 困り顔の副官をよそに、三田の口角が少し上がる。




 警視庁の地下射撃場では、辞令を受け取った後の林原が、射撃訓練をしていた。


「林原警部補。少しいいかな?」


 訓練途中で後ろからした声に林原は銃を置き、イヤープロテクターと保護ゴーグルを外してから、眼鏡を掛けて振り返った。

 見ると、声を掛けた男の目配せで、他の練習者が部屋を出ていく。


「え~っと?警務部の方ですか?何か御用で?」

「【特務】の業務で問題点や困った事が無いかと思ってね。なかなか連絡がつかないものだから、こんな形になってしまったが」

「もしかして、・・・監察ですか?」

「その通りだよ。君は、なかなか速い昇進の様だね。それはそれで、いろいろ大変だろう?」


 監察官の業務には規律や倫理観の管理の他に、運営効率の向上が有るので、間違った行動ではない。

 加えて、林原の出向先は機密扱いになっている上に、直行直帰では相談にものれないのも確かだ。

 だが、異例の昇進には良くも悪くも何らかの【特別】が存在する。


「お勤めご苦労様です。しかし、問題は何も無いですよ」


 林原の本心としては、問題点だらけなのだが、監察官は勿論、警視総監達に相談しても、どうにもならない内容だ。

 いや、これ以上は被害者を増やさない為にも話す事ができない。


「そうですか?問題点が有ったら何時(いつ)でも相談してください。・・・ところで」


 三田監察官は、林原が置いたマグナムに目をやった。


「それは、規定の銃ではないですよね?そういうのは困るんですよねぇ。それに、最近は金回りも良いようだ。少し話を聞く事になりますが・・・・」


 如何にも、規程違反を指摘する様な仕草を三田はとってきた。

 特に日本の警察は重火器の管理が厳しい。

 使用した弾丸の数すら報告義務が有り、好きな重火器を選ぶなど有り得ないからだ。


 更に悪行に手を染めている者の共通点に金品の受け取りがある。

 強制的に金を掴ませる事で『これでお前も同罪だ』と強制する事もある。

 既に林原の銀行口座の増額は調査済みだった。


 【フォアナイン】と言う言葉がある。

 貴金属などで純度99.99%以上を示す言葉で金塊などには【999,9】と刻印されている。

 裏を返せば『この世に100%など有り得ない』という現実となる。

 それは、『どんな者にも違反や汚点の一つは有る』と言う三田の信条でもあった。


「監察官、何を言ってるんですか?」

「君こそ何を言ってるんだね?警視庁に堂々と、そんな物を持ち込むし、警官にしては収入が多くないかね?」


 三田からすれば、彼の主張は正しいものに見える。

 彼は、この件から林原に事情聴取をし、その中で隠された九班の悪行を暴こうと考えているのだ。

 言うなれば【別件逮捕】と言う奴だ。


「・・・三田・・・監察官?まず第一に、『九班の行動には支援しても干渉するな』と上層部から言われてると思うのですが?」


 林原は彼の胸のIDを見て尋ねた。


「例えソレが警察上層部に絡んだ事であっても、不正を正すのが監察の役目であり、私は必要があれば世論を巻き込んででも警察を正しい形にしてみせるつもりだ」


 自分の地位に固執せず、所属する組織を敵に回しても不正を正そうとするのは、まさに【正しき法の執行者】たる警官の鏡と言える。


「では、第二に『この銃が違法』とおっしゃいましたが、入り口の持ち物検査を通過し、使用火器のチェックをされる射撃場の許可が出ている段階で【認可された銃】だと御理解いただけなかったのでしょうか?」

「・・・・・そ、それは・・」


 三田は、功を焦るあまり幾つかの確認を怠った事を、この時に自覚した。

 警備部で、林原の持ち込んだ複数の銃の一つが規定外の物だと知った時に『これだっ』と考え、許可の有無確認を失念していたのだ。

 確かに許可の無い火器を、金属探知機とX線を使う持ち物検査で通すとは考えられない。


「第三に、私の臨時収入は公営ギャンブルと株式投資による物ですよ。休憩中の警官も禁止はされてないですよね?問い合わせれば監査カメラ映像と明細を提出できますけど?」

「公営ギャンブルだと?株式も、そうそう利益が出るものじゃないだろう?」


 通常ならば、都合良く儲けられる筈はない。

 しかし、賀茂達に掛かれば、いくらでも確率変動で短期間収入が得られるのだ。


「つまり三田監察官は命令違反をしただけでなく、誤認逮捕をしそうだったわけですね?これは、大人しく同行した方が良かったですかね?」

「うっ・・・・・」


 三田は、言葉に詰まった。

 全ては林原の言う通りだし、これは三田の失態でしかない。


「済まなかった、この件は・・」


 警視の立場を利用して『口外しない様に』と言おうとした瞬間、三田は背後の気配に気が付いた。


「・・・日笠警視監・・・殿」


 三田の後ろに立っていたのは、執務室に居るはずの日笠警視監だった。


「三田君・・か。途中からだったが、話は聞かせてもらったよ。監察官が隠蔽しようとしてはいないよね?これは、君の評価を改めさせてもらう必要はある様だが」

「あっ、いや。これは・・・」


 日笠警視監の後ろには、賀茂達と三田の副官が立っていた。


「き、貴様!」

「監察官には意見具申したのですが、聞き届けていただけなかった様で・・残念です」


 睨む三田から副官は目を背けながら言った。

 副官の上申を受けて日笠は警備部で三田の動きを確認していたのだ。


 三田の背中を押しながら退室する日笠は、賀茂に小さく頭を下げた。

 賀茂達三人に深々と頭を下げて副官も退室していく。


「何か、大変だったみたいだね?林原女史」

「災難でしたね」

「本当ですよ。ちゃんと手続きしてたのに、とんだ言い掛かりでした。でも、賀茂さん達がギリギリまで姿を消してたのはビックリしました」

「それにしては、タイミング良く話してましたねぇ」


 賀茂達が【穏形】を解除したタイミングで、林原は『つまり三田監察官は命令違反をしただけでなく、誤認逮捕を』と口にしたのだ。


「そろそろ慣れましたからね。彼には手を出さないでくださいね?警視にまでなった有能な人なんですから警察には必要なんですよ」

「林原さんが、そこまで言うなら見送りますよ」


 敵対行動を取っても、監視が厳しくなれば賀茂達に【処分】される事は無いだろう。

 林原の眼鏡越しには、立ち去る三田の姿に【D】の文字が重なっていた。


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