17 恐ろしい術
魔術師は道具を使わないと魔術が使えないが、魔法使いは道具が無くとも工夫すれば魔術が使える。
「実は、昔のドラマを見ていて、面白い術を開発したんですよ、林原さん」
数週間後、事務所に上番した林原に賀茂が話しかけてきた。
「それって、本来は無い魔法ですか?」
「少なくとも、我々にはありませんでした」
特に日本ではドラマやアニメの魔法では、本来の伝承には無い魔法を使っている。
一例をあげると【イベントリー】や【アイテムボックス】などと呼ばれる空間収納魔法は、古の魔法には無い。
似たものには【召喚】や【封印】、【転移】の様なものがあるが、少し異なる。
「それは精神干渉と言うか、脳機能への干渉なんですが恐ろしいですよ。大した肉体的ダメージを与えずに、相手を撃退できるんですよ」
「どんな魔法なんですか?」
「例え相手が魔法使いでも、知らない魔法は防ぎ切れない。先ずは体験して感想を聞かせて下さい」
そう言って賀茂は、指をパチンと鳴らした。
ぐりゅりゅりゅりゅ・・・
途端に林原の下腹部が音を立てだす。
「ま、まさか?」
「大丈夫。トイレは空いてますから」
林原は賀茂の顔を睨んでから、エレベーターホールにあるトイレへ駆け込んだ。
「【強制便意】?架空の物とは言え、なんて恐ろしいものを考えつくんだ日本人は!一時的な戦闘力低下だけではなく、精神的ダメージをも与えて相手に退却を余儀なくさせるとは・・・・」
「一度掛かると、魔法が滞在する様にしましたから、解呪には時間がかかりますよ」
初見のライナスは恐怖を覚え、予防策として術の解析を始めた。
犬猫の様なものでも排便の時は無防備になり、極端に周りを気にする。
ましてや人間以上になれは、羞恥心が加わり、野生生物はおろか写真の視線すら気になる。
「これは、精霊様達にも有効なのでは?」
「上には既に報告はあげているので、じきに対抗できるでしょう」
賀茂に反逆心は無い。
それでも敵対勢力に対しては、かなり有効なものとなるだろう。
「これは日本のファンタジー物を全力で調査しないといけませんね。単純だけど即戦力になる要素が沢山隠れていそうだ」
ライナスはスマホで検索を始めた。
現世の物理的情報と異なり、デジタルデータは魔法使いにも探知できない。
賀茂が林原に術を掛けてから10分程して、やつれた林原が姿を現した。
「賀茂さんが私を殺すとは思いませんでしたが、身体中の水分が抜けるかと思いましたよ」
「すみませんね、率直な感想は身内からしか聞けないもので」
彼女は脱力し、トイレに入る前の怒りなどは全て流れ去った様だった。
屋外の通行人などにも掛けたが、結果で混濁した思考を読むのは難しい。
ある程度の準備と予備知識を持った者の感想は、実戦時の役に立つ。
「他にも【高重力圧殺】や、それを利用した【核融合爆裂】なども有りますが、これらは検証済みなので、検体になっていただく必要はありませんよ」
「水爆?まさか数年前に中東で起きた核爆発テロって・・・」
「確か、凶悪犯収容所が重要人物と供に消滅したって言うアレが?」
林原とライナスは御互いの顔を見てから、ゆっくりと賀茂の方を向いた。
「「恐ろしい」」
流石に凶悪犯は、良い遺伝子を持っていても、健全な子孫を残せるとは限らない。
ましてや、彼等の出所後に優良遺伝子を持つ者が襲われるのでは、幾つ使徒の手があっても間に合わない。
更には【巻き込まれた要人】と言うのは賀茂達の主人の計画に邪魔な存在だったのをライナスは思い出した。
それは、まさに実験と実益を兼ねた行動と言えた。
「実際、核融合爆裂は戦術核より使いでがありますからね」
現実の戦術核は、その構造から最低限の爆裂規模が小さくできない。
小さな都市一つ以上は必ず破壊してしまう。
しかし、魔法による核融合は分子数個から反応できるので、最小は火花程度にまで小さくできるのだ。
「大気中の水素元素が少ないので、水分を電気分解する手間は掛かりますけどね」
核融合には重水素とトリチウムでなくとも、大気中にある窒素や酸素でも可能だ。
たが、必要とするエネルギー量が多いので効率が悪い。
「でも、放射能が出るんでしょ?危ないのには変わりないんじゃないですか?」
「まさか林原女史は【放射脳】って奴かい?核反応を起こさなくても、この世界は放射線で満ち溢れてるよ。太陽は水爆だし、大気には太陽放射線由来の放射性炭素が一定量含まれている。雨水を含む全ての天然水にはトリチウムが含まれていて、海水には地上埋蔵量の千倍近くの放射性ウランが含まれていて、常に重水素やトリチウムを発生させているじゃないか?」
「林原さんは理解できると思いますが、要は薬や酸素と同じで、濃度が高ければ害があるってだけですよ。それも一時的で拡散してしまいますしね」
薬やビタミン剤は大量に飲み過ぎると死に至る。
また、大量の食塩や高濃度酸素も取り続けると、生物は死んでしまうのだ。
量が少なくとも、超純水の様な高純度の物も接種すれば内臓に不調をきたす。
アルコールも然り。
何事も、程度を越えれば有害で、越えなければ問題は無いのだ。
「その分別がつかない情報弱者が、『放射能を無くせ』とか『ゼロベクレル』とか、アホな事を叫んでるんだよ」
「【半減期】の解釈も間違ってたりしますしね。まぁ、その叫んでる息の中にも、放射性炭素が含まれているって笑えませんか?」
実際に、【クリーンエネルギー】などと言われている風力、水力、太陽光、太陽熱などの発電も、その根幹は太陽が行っている【核反応】であり、副産物である太陽放射線も地球に降り注いでいるので、【原子力発電】と同一と言って過言ではない。
見たい所だけ見て、現実から目を背けている者が【クリーンエネルギー】などと呼んでいるのだ。
これらの説明を終えて、ライナスは林原にトドメを刺す。
「『少量でも危険』って言うなら薬も水も、食塩や酸素もとらない方が良いですよ。吹聴を信じて死ぬか、現実を受け止めて生きるか、林原女史の好きにすればいい」
「・・・・・・」
巧みな話術で、そこまで言われて林原は黙ってしまうしかなかった。




