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15 タリスマン

 タリスマン。

 日本語だと、【御守り】や【法具】の表現が正解なのだろうか?

 魔力を込めた道具で、常時発動の防御や隠蔽、魔法のブースターなどに使ったりする物だ。


『これを解析すれば、敵対する精霊の場所が分かる筈だ。良い成果と言えるな』

「メリス様のお役に立てて幸いです」


 メリス(フルカス)の言葉に賀茂とライナスが片膝を付き頭を垂れ、林原も急いでソレに倣った。


『娘が担当エリアを離れているので心配はしていたのだが、無用だった様だな?使徒にしては良き判断だ』

「御嬢様には、日頃からお世話になっております。お近くにいらっしゃると聞いて嘆願したのですが、叶えていただきありがとうございます」


 任されたからと何でも自分達でやろうとせずに、被害が出そうな時や判断が必要な時には、上司に指示や応援をあおぐのが正しい組織の在り方だ。


『それにしても、ダメ元と言えど面白い手を講じてきたものだな。これを真似て、使徒を筆頭にタリスマンを持たせた人間の部隊として運用したら戦力になるかも知れぬな?』

「向こうも、あくまでテストケースなのだと思われます。人間よりも、使徒にタリスマンを持たせた方が十分な戦力アップになるかと存じますが」


 『ソロモン王の精霊』として顕現した他の精霊達は、基本的に王族や貴族階級なので、雑用や戦闘用に【使徒】が作られたのだが、この【フルカス】だけは【騎士】として先頭に立って戦う立場にある。

 そうなので、戦力増強には多大な関心を持っていた。


『そうだな。タリスマンならば量産も可能だが、今回の様に下手に【人間】に持たせて奪われるのも芳しくない』

「それに、量産も危険かと」

『うむ、確かにな』


 複数の精霊に製作を依頼すれば、略奪された時にソレだけ多くの精霊が所在を知られる可能性があるのだ。


 だから、一柱の精霊が複数のタリスマンを作るのが良いが、血によるタリスマンは有効期間が短いので、量産は精霊の体力を奪う。

 そうなると人間兵にまで持たせる訳にはいかない。


重蔵(シガー)賀茂(カーモ)、お前の様な有能な使徒が娘の元に居る事は、大変に喜ばしい』

「ありがとうございます」


 フルカスが賀茂(かも)重蔵(しげくら)の名前を読み違えているのは、能力のバリエーションが賀茂達よりは劣るからだ。

 フルカスは、この手の能力が十分に使えないので、日本語の発音が難しい。

 だが、(フルカス)の使える力の大きさは比べるまでもなく大きく、比較が話にもならないのだ。

 例えるならば、十徳ナイフで日本刀に立ち向かう様なものと言える。

 そして彼等の側には、その大きさを引き継いで十徳ナイフ並みのバリエーションを持つ子供達が居るのだから。


『では、後も任せる。ライナスも頑張る様に』

「「ははっ!」」


 タリスマンを持ったまま、フルカスは煙の様に姿を消した。


「ふぅ~!緊張した」

「そうですね。私も初めてお会いした」

「・・・・・で、どなただったんです?メリス様?って」

「「・・・・・・・・・・」」


 立ち上がった林原の言葉に賀茂とライナスは固まった。

 賀茂達の日本語は林原にも聞き取れていたのだ。


「・・・・・教えても良いですが、知りたいですか?」

「えっ?(これは知らない方が良い奴かも)・・・・・・いいえ、やっぱり結構です」


 いつもは質問に直ぐ答えてくれる賀茂の対応に、林原は危機感を覚えて撤回した。


「でも、これだけは教えて下さい。あの犯人も【魔法使い】なんですか?透明人間とか言われていましたが、いきなり現れてびっくりしました」


 林原は、指定されたポイントの周辺に私服警官を配置し、部外者を排除させていた。

 気取られるので、合図をするまでは指定ポイントの方を見ない様に指示をしていたが、林原は全体を監視していたのだ。


「いや、あの男は人間だよ。林原女史」

「そうですねぇ。手こずりましたが、言うなれば伝説(レジェンド)級のマシックアイテムを持たされた人間って感じです。我々を狙ったのは敵対勢力に何かを吹き込まれた【処置対象の身内】なのでしょう」


 あえて、タリスマンの詳細や上位存在に至る物の事を教える必要はない。


「なるほど、それで復讐の為に魔法使いを狙ったと・・・」


 林原の眼鏡の様な物を渡されて、身内が殺されるのを見たら恨むだろう。

 いや、身内が謎の死を遂げた者に、賀茂達の行動を見せただけで犯人と思うだろう。

 その原因が賀茂達でなかったとしても。


「林原さんのお陰で、人員が手配できてよかったです」

「昨日のうちに、散弾やら薬莢が見つかっていましたから、上にお願いしたら直ぐでしたよ」


 そうでなくとも、警視監経由で指示が来れば警官達は従わざるをえない。


 今回の件は、散弾などの発見さえ無ければ行方不明にするのも容易い。

 だが、日本では市街地に薬莢などが有れば通報される。

 それが迷宮入りにされるよりは、林原が関わって通常の犯罪として所轄警察の手柄にしてやれば、後々所轄警察を使うのに便利だ。

 今回の件は、物証はあっても目撃者が皆無な難事件だったので、結果が伴えば誰も文句は言わない。


 警官が猟銃を隠し持っていた犯人を見つけ出し、逮捕した事になる。


「しかしこれで、林原女史も滅多な事はできなくなったな?」

「我々より上位の存在に見られましたからねぇ」


 ライナスと賀茂がニヤケて林原を見る。


「(滅多な事って仕事の辞退?)やめて下さいよ。私は一時的な付き添いなだけですから」


 今の林原にとっては【常識的な世界】が何より欲しいので、深みにはまりたくは無いのだ。


「ところで、今日は電車ですか?車だったら乗せて欲しいんですが。刑事課の車に乗りそびれたもんで」

「銃を持って来たから車だよ。ここに来たついでたから、林原女史に競馬で御褒美をあげようかなぁ」


 この場所の近くにある馬券売り場は、数日前に競馬の大穴を当てた場所でもある。

 現場検証の鑑識が作業している中を、三人は東門へと進んだ。


「ライナス君、日本の競馬は平日には、やってないんですよ」

「道理で人が少ないと思いましたよ。じゃあ、せっかく車で来てるし、東京ドームシティで大きなヌイグルミでも?」

「御辞退いたします。それに、命の取り合いした直後にする話じゃないでしょう?」


 軽くとは言え、身内漫才を演じる場面ではないと林原は思う。しかし、


「あんな散弾を十発喰らっても死にはしないし、再生できるからねぇ。痛いのと面倒なのは嫌だけど」

「関係者だからと巻き添えで死ぬのは、もっと嫌ですよ」


 そんな話をしながら、三人は駐車場の方へと歩いて行った。


 先に歩く二人の背中を見ながら、林原は胸ポケットから眼鏡を出して、自分の手の平を見る。

 表示は【B】が点滅を続け、時おり【A】に変わっては【B】の点滅に戻る。


「(あの犯人も同じだったわ)」


 逮捕された犯人も、林原と同じ様な反応だったのだ。


「(犯人さえ検挙できれば、死体でも半身不随でも良かった筈なのに、五体満足で捕まえた理由はコレなのね」


 殺人未遂ならは、数年で出所できる。

 その後に子供を作り、優秀な遺伝子を残す可能性も有るのだろう。


「でも・・・・・」


 林原は、前を行くライナスの右腕を見つめた。

 再生できるからと言っても苦痛はあるらしい。

 林原は、研修で銃撃に近い電気ショックを浴びた事がある。

 その時は、数日間も教官に殺意を持ってた。


「(任務の為とは言え、私に引き金を引かない自制心があるかしら?)」


 どんなに正義感と使命感を持っていても、人間は感情の動物だ。

 警察官でも犯罪は起こすし、面倒事は嫌うので事件や事故も真相よりは書類処置が簡単な方に纏めたがる。

 警官の大半は文系ではなく体育会系なので、細かい事や書類仕事が嫌いな者ばかりとも言える。


 犯罪を犯す一般人と異なる点は、仕事中は常に上司や同僚の監視がある事だ。


「(秘密警察みたいな人達に同行してるだけで特権を持てる。書類仕事も無く、お金も沢山手に入る。それで最終的には人々の役に立つ。まぁ、コレも悪い仕事じゃあないわね)」


 林原はソウ思いながら、上司である日笠警視監へ『先の散弾の件ですが・・・』とメールを打ちだした。


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