13 スナイパー
人間は、自分の知りうる事が世界の常識で、この世の全てだと思いたがる。
だから現実には想定外の事態が起きたり、人間同士が個々に持つ常識の違いでの争いが絶えない。
それは、人間を超えた賀茂達も大差ない様だった。
「畜生!やっと撒いたか?」
「怪我は大丈夫か?ライナス君。位置や存在の把握ができない所を見ると使徒の様だが・・何故、急に追尾が途絶えた?」
謎の狙撃手に襲われ20時間程が経過した。
ライナスが右腕を銃撃されたが致命傷ではない。
その攻撃間隔が18時間頃から徐々に広がり、遂には途切れたのだ。
「分かりませんよ先輩。使徒ならば数ヵ月は続けられるし、こんな武器を使うのも分からないですよ」
「これは散弾銃だな」
「ショットガンですか?それも粒が小さい」
ライナスは、自分の腕に食い込んだ幾つもの小さな鉛玉を、細胞分裂により押し出しながら答えた。
ショットガンは目的によって弾の大きさが変えられる銃だ。
大きい弾は車両制圧や大型動物用の親指大の弾から、小さい物は1ミリ大の玉二千発前後が一度に飛び出す物まで選べる。
弾の数が多いカートリッジが使われる事が多いので、日本では【散弾銃】と呼ばれていて、狩猟やクレー射撃に使われている。
「玉の大きさから見ると7.5や9号。国内でも手に入るゲーム用だな。粒数は400くらいで射程は30mくらいか」
「これは下手な弾丸より手間ですよ先輩」
散弾銃は拳銃より射程が短く距離に反比例して破壊力が落ちるが、その影響範囲は距離に比例して広がる。
つまりは、射程内だと避けきれないのだ。
「穩行も代り身も効かないか」
「先輩の使う名称は難しいですね。【光学迷彩】と【幻影デコイ】の事ですよね?確かに、使徒以上でなければ我々の本体を感知できない筈ですが、何かおかしいですよね」
取り合えず追手が無い事を確認して、賀茂とライナスは宿舎でもあるビルに戻ってきた。
「畜生!お気に入りのスーツだったのに。先輩、先にシャワーをどうぞ。血塗れになりますから」
「そうさせてもらうよ」
時間は既に午前6時を回っている。
ここは、主人でもある【精霊】の結界が有るので、敵対者は近寄れない。
シャワーを浴びた後に二人は、それぞれリビングで紅茶と珈琲を飲んで休んだ。
「複数の相手じゃあなさそうだし、手口もおかしい。今さら勢力図を書き換えるには奇妙だ。どう対応すべきか?」
「それに狙うなら、何でライフルじゃないんでしょうかね?それでなくても、研修中に勢力抗争に巻き込まれるなんて、嫌だなぁ」
賀茂達にとっては意味不明な事ばかりだ。
それが逆に彼等の思考を惑わさせる。
「これは撹乱しておいて、後で強力な本命が来るタイプだろうな?我々もワイルドカードを手配するか」
「何か良い手が?」
「それは見てのお楽しみで」
正直、賀茂はライナスが対抗勢力の手先である可能性を捨ててはいなかった。
ライナスは研修中で正式な契約を結んでいないし、潜入者が負傷や偽装死亡して味方の警戒を弛める手口は常套手段だからだ。
賀茂は携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけ出した。
「まあ、先輩に任しておけば間違いないでしょ?(いざとなれば単身で逃げれば良いし)」
賀茂とライナスの所属する組織は同じだが、仕える主人は別だ。
狙撃手の狙いがどちらか分からないが、日本の勢力争いだとしたらライナスが関わる事も責任を取る事も必要ない。
だが、少なくとも【研修生】であるライナスの身の安全は、賀茂の責任ではある。
「俺にとって最悪なのは、研修中の使徒を葬って戦力と手間を削る目的って事ですがね」
それは、ライナス自身がターゲットのケースだ。
使徒はホイホイと簡単に創れるものではない。
素体の選別もさることながら、精霊たる主人達にも協力を仰がなくてはならないし、時間と経費も掛かる。
ましてや、完成しても能力不足や従属意思が乏しいと始末をしなくてはならない。
敵対勢力としては、そんな【使徒】を未成熟な段階で始末するのが一番効率が良い。
「一息ついたら出掛けようか?ライナス君」
賀茂は棚から二人分の拳銃と予備マガジン、ショルダー式ガンホルダーを出した。
こちらも武装しておこうと言うのだ。
これは、相手の能力を抑え込めた時に有効となる。
「あれっ?今日は林原女史を連れないんですか?」
賀茂は林原をできるだけ同行させたがっていたし、彼女が来るには少々早い。
ライナスが林原に気を使うのは、先日の件もあって下位の者にも礼儀を尽くす様に方針転換していたからだ。
「考えた作戦が有るんで、林原さんにはメールで直行してもらう。面倒な狙撃手を片付けよう」
「どんな作戦なんですか?先輩」
ライナスは自分を傷付けた相手への報復を考えた。
「いや、これは内容を知らない者が多い方が成功するので、君は行き当たりで行動してくれ。勿論だが林原さんにも最低限の指示しかしてない」
「先輩がソウ言うのなら従いますが」
下手に企てを知っていると、罠に誘導しようと動いてしまいがちだ。
それを相手に気取られると、回避どころか逆に罠を仕掛けられる可能性が有る。
だから、多くを知らずに賀茂の指示に従って、詳細を知らない方が良いのをライナスも理解している。
「トドメは俺に任せて下さいよ」
「考慮しますが約束はできないですね」
相手の姿が見えないので、約束はできない。
最悪、自分達の主人が抜き打ちテストを掛けてきている可能性もあるのだから。
「手配したワイルドカードのお陰でトラブルは無いとおもいますよ」
賀茂がどんな手を用意したのかは分からないが、よほどの自信らしい。
「車で行くんでしょ?運転させてもらえませんか?右ハンドルですよね?」
「ライナス君はイギリスでライセンス取ってるんでしたっけ?でも日本では無免許だし道交法も分からないでしょ?」
世界では右側走行左ハンドルの国が多いが、日本はイギリス方式を導入しているので同じ左走行右ハンドルなのだ。
「日本で免許取るには・・・二週間くらい掛かるんですね?」
ライナスはエレベーターで降りながらスマホで調べた様だ。
「この研修も含めて、そんなに長くは滞在できませんよ。それにライナス君は【同期】してるから日本語が分かるだけですから、私が居なくては問題も読めないでしょ?」
「周りの人間の脳を使えば?」
「それはカンニングじゃあないですか?」
賀茂達が外国語を使えるのは、その言語を習得しているのではなく、現地人の脳の言語野を模倣しているのだ。
だから、近くに現地人が居なければ看板や標識などが読めない。
車の様に移動するものの中では、道交法を知る同乗者でもいないと、外の人間の脳を代わる代わる使う事になり、切り替えが難しい。
運転を諦めたライナスは、ビルの裏手にある駐車場に停めてある車に乗り込み、賀茂に運転を任せた。