10 タクシーで
「本当、貴重な人材を潰されちゃあ困るよね。ライナス君」
「あのAレベルの少女ですね?あのレベルが出るまでにどれだけの歳月が必要か分かってないんですよ」
「そうなんですか?(まぁ、常人には分からないわよね)」
林原は見落としたが、誘拐された中に遺伝子特性の特に良い者が居た様だった。
賀茂とライナスの話の内容は彼女にもある程度の理解できるようになったが、それが常識の範疇外である事も認識している。
賀茂達は、人類の未来に有益な遺伝子を持つ者を守り、有害な遺伝子を持つ者がソレ等に影響しない様に【処置】していると聞かされている。
簡単に言うと、劣等因子を持つ種を優良因子の者と掛け合わせない様に【間引き】している訳だ。
道路を少し歩くと、駅から来る時に乗ったタクシーはちゃんと待っていた。
は前金を払っておいたお蔭だろうが、持ち逃げしないのが日本人タクシーの良い所だ。
「仮に持ち逃げしようとしても、エンストするだけだけどね」
一応はライナスが何かを仕掛けていたらしい。
彼の国では日本の常識が通用しないのだろう。
確かに、こんな場所に置き去りにされても新たにタクシーは拾えないだろう。
ここでの時間は30分位しか経っていないが、既に日が落ちる時間となっていた。
見覚えのある三人を見付けて運転手がドアを開けてくれた。
「おかえりなさい」
「御待たせしました。運転手さん、新宿駅まで行ってもらえますか?できれば南口まで。首都高使っても良いですから」
「承知しました」
タクシーはテレポート駅からレインボーブリッジの首都高4号新宿線に乗り、浜崎橋から谷町を経て新宿の西側に出た。
そこから折り返す様な形で新宿駅南口の高架橋の上で停まった。
「どうもありがとう運転手さん」
「ありがとうございました」
確かに料金に【色】は付けたが、日本の商売人は丁寧だ。
そうでなくとも、上下関係の有無に関わらずに相手を一方的に見下さず、御互いに尊敬しあうのが日本での処世術だ。
ライナスが頷きながらソレを見ていた。
新宿駅の南口から横断歩道を渡って、向かいのビルを目指す。
「他の日本人も見ていたけど、何で自分の優位性を主張しないんですか?先輩」
「それは、そうしないと自分が偉くなくても相手を蹴落とすだけで上位に付いた気になる者が増えるでしょ?」
その言葉を聞くと賀茂の言動は、林原の様な他者にもソレを強要している様にも見える。
現代は昔以上に見下す者が増え、第三者による誹謗中傷等は、その一つとも言える。
匿名のSNSが広まってから特に顕著だ。
賀茂は南口近くの有名寿司屋に入っていく。
既に予約を入れていたらしく、三人は個室に案内された。
「じゃあ、予約のをお願いします」
「少々御待ち下さい」
お通しを出して店員が出てから扉が閉まると話は続く。
「さっきの話だけど、自惚れた気になっても、それでは人間として下等なままだし敵対者を増やすだけになる。そのうちに殺しあって孤独になるか全滅するだろう。言い方は悪いけど、逃げ場の無い島国では御互いに高めあい、協力しあった方が奪い合うよりも結果が良いんですよ」
話を聞いていて林原は、なんとなく現代世界の縮図を見ている様な気になった。
昔の人間には争いを避けて新天地を求めた者も居た。
エジプトから中東に逃れて建国した神話のモーセや、夢と発展を目指して新大陸へ進出したアメリカ人の先祖達。
だが近年、人間の技術と数は地球上から【新天地の猶予】を失わせ、有限な大地と権力と資源を奪い合っている。
有限な範囲で御互いを蹴落とす事しかしないから、世界から戦争は無くならない。
「でも他国や多くの人間は、資源を手に入れる為に有限な資源すら権力闘争の為に磨り潰している。これって本末転倒でしょう?」
豊富な電力を生み出す核物質を使って破壊や汚染を行ない、銃弾や爆弾で実りを産む農地を潰している。
「ライナス君も聞いてると思うが、このままだとアレが起きる前に滅びかねないから、別件で介入した事もある」
「例の【ヒーローロボット】ですか?」
賀茂とライナスが苦笑いをしている。
「よく分かりませんが、こんな飲食店でする話では無いのでは?(聞きたくない知りたくない)」
「ははっ、確かに林原さんの言う通りですね」
どうやら賀茂達は、この【間引き】以外にも活動がある様だ。
だが、林原はコレ以上の面倒事に巻き込まれるのは御免なので話の腰を折った。
「ところで、ライナス君は本場の寿司は初めてかな?林原さんはワサビ大丈夫ですよね?」
「一応は祖国で日本に行く事が決まってから、数回試食しましたからワサビも大丈夫です。それより【正座】とか【アグラ】の方が辛いですね。勿論、調整して問題ないですが」
「私は専ら回る方ですが、大丈夫です」
ライナスが『回る』の言葉に反応したが、我慢したらしい。
「よかった。ここの料理は基本が【おまかせ】なんで口出ししたくないんだよね」
林原が見てきた賀茂達の能力からすれば、ソレを操る事も容易いのだろうが『分からないワクワク感』を楽しむのは普通の人間にもある感覚なので、彼等も楽しむのだろう。
「でも、こんなお店は私の安月給じゃ来れませんよ」
「今はソコソコ持ってるじゃありませんか?もっと欲しいなら株式投資もアドバイスしましょうか?ウチに配属された警官もやってますよ」
林原は、さっきの事件で忘れかけていた大金の入ったショルダーバックを膝の上で押さえた。
「なんか、内部調査が入りそうで恐いですね」
「あぁ、インサイダー取り引きできない範囲を狙うから大丈夫ですよ」
「そうなんですか?(佐川警視監が出世するのも頷けるわ)」
競馬での収入もだが、常識の範疇では関連性の掴めない金銭をいくら調べても、不正が出てくる筈もない。
もし、それが可能ならば、警察では抑えられない巨大な力が働いている事になる。
「(実際に人智を越えた力が働いているんだけどね)」
林原は一瞬迷った自分を反省した。
お金は有った方が良いが、必要が無い限りは、この様なチートで手に入れるべきではないと考えるからだ。
「そうそう林原さん。明日はモンスター退治に行くから走れる格好で来て下さいね。勿論ですがソノ眼鏡も」
「モンスターですか?(格闘家とでも戦うのかな)」
「いよいよですか先輩。サンプルと戦った事は有るんですが、天然物は初めてで期待してるんですよ」
「(天然物?鮫とか熊?)」
考えてもしかたないので、明日の事は明日にする事にした。
その後に出てきた寿司は、そんな林原の不安を消し去るほど美味しかったのだった。