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第2話 ダンジョン都市ネザレア

 ユアンは、大森林リゼルヴァの森を西へと向かっていた。


 

 〝……ユアン、あの超かわいい幼馴染は連れて行かなくて良かったの? 「俺に付いてこいよ」って、ユアンのイケボで言えば――確実に、絶対に、間違いなく、付いて来たのに! もったいない! 眼福な美少女だったのに!〟



 ユアンの相棒の一人、風精霊――コタロウ。

 外見は、緑色の簡素な衣服を着た幼い少年。

 性格は、やんちゃでおしゃべり。ユアンによく話しかける。

 自称、元”チキュウ”という世界の人間が、この世界の風精霊に転生した……らしい。

 可愛い女の子が大好き。じゃあ何故、ユアンと契約したのか……本人曰く、”銀髪美少女エルフだと思ったのに!”……とのこと。



 「あのな……どんな所かも分からないのに、連れて行ける訳ないだろ。……長の話を完全に信じてる訳じゃないが、奴隷にするために襲ってくる奴らがいるらしいし」


 〝奴隷のハーフエルフ美少女……けしからんね!〟



 ――ピキッ


 ユアンの側に、青白い精霊が現れた。



 〝ユアン様、近くに熊型の魔獣がいます。狩りますか?〟



 もう一人の相棒、氷精霊――ルミナ。

 外見は、薄い青のワンピースを着た幼女。

 性格は、精霊としては珍しく寡黙。……単に、コタロウに絡まれるのが嫌なだけかもしれないが。

 正義感が強く、真面目。ユアンが大好き。よく肩の上に乗っている。

 ユアンを自らの主として常に謙虚な態度で接する。

 

 

 「熊か……少しお腹も空いたし、狩ろうか。案内してくれ」


 〝はい、こちらです。今は食事中なので、狩りやすいかと〟


 〝さすがルミちゃん。感知能力の鬼! いや天使!〟


 〝……コタロウ、うるさい〟

 


 森の樹々を枝から枝へと跳躍しながらルミナの後に付いていく。


 そして発見――大人2人分ほどの背丈がある巨大な熊の魔獣グランブルス。


 厚い体毛に覆われた身体は岩のように堅そうで、足元には血で汚れた鹿の死骸が転がっている。



 「コタロウは一射目、ルミナは二射目を加勢してくれ。――いくぞ」



 ユアンは静かに弓を構えた。


 一本目の矢は、数多く作り置いた通常の木製矢。

 だが、その“通常”は一般の基準ではない――精霊弓士ユアンが、自ら選び抜いた素材で組み上げた、戦いのための矢だ。


 鏃は、魔壁材。

 ダンジョン崩壊跡から発見された超硬質の壁材を削り出したもので、魔力干渉に強く、並の外殻など容易く貫く。


 矢柄には、精霊樹エルドウッド。

 風と魔力の流れを受けやすい特殊な木で、しなやかさと軽さ、そして飛翔の正確さを両立している。


 羽根は、魔獣シュプトルの尾羽根。

 飛行と加速を得意とする鳥型魔獣で、その羽根は空気を裂くように突き進み、矢に鋭い伸びと安定を与える。


 素材のどれ一つとして、無駄なものはない。

 全てが、狙い、放ち、仕留めるために存在する。



 その一射目の狙いは――グランブルスのちょうど真上。



 ――ピシュッ!


 風を切る鋭い音と共に、矢が放たれた瞬間――



 〝いくよ! 軌道変更――風牙転流ふうがてんりゅう!!〟


 コタロウの声が跳ねるように響く。

 見えない風の渦が矢に巻き付き、空中で矢の軌道が修正される――



 〝加速ぅぅぅっ!!〟


 

 風の奔流が一気に収束し、矢を弾丸のように押し出す!



 ――ズドッ!!


 強烈な一撃が、グランブルスの頭頂をぶち抜いた。

 分厚い毛皮と頑丈な頭骨をかいくぐって、鏃が深々と突き刺さる。



 「グオォオアァァッ!!」



 魔獣の巨体が怒りと痛みによろめく。

 その咆哮が森に響く中――ユアンはすでに次の矢を番えていた。


 今度の矢は、鏃に淡く光る魔石を埋め込んだ、特製の氷属性矢。

 矢柄には青白い魔力がほのかに宿り、冷気がわずかに滲んでいる。

 


 「……こっちが本命だ」



 ――バシュンッ!!


 張り詰めた弓が鳴り、放たれた矢は一直線に魔獣の胸へ。

 心臓の奥を狙った一撃は、ぶ厚い筋肉を貫き、内部に深く突き刺さった。



 「ルミナ、今だ」



 ユアンの声に、肩の上にいたルミナがふわりと浮き上がる。



 〝はいっ――氷葬花ひょうそうか!〟



 魔石が蒼く輝き、ルミナの魔力が矢を通して魔獣の体内へと流れ込む。

 やがて――



 ――ゴゥウウッッッ!!!



 次の瞬間、グランブルスの胸元から白霜の花が咲いた。

 氷が内側から一気に成長し、血液と筋肉を凍らせてゆく。



 「グォ、グ……オオ……」



 魔獣の動きが止まる。痙攣する四肢、凍り付いた息。

 膝を折り、そのまま――ドサリ、と崩れ落ちた。


 ユアンはすかさず走り出す。

 音を殺し、影のように飛び込み、腰の短剣を逆手に構える。



 「悪いな――でも、お前の命は、俺たちがもらう」



 ――ズブッ。


 氷に覆われた裂け目へ、刃が沈む。

 確かな手応えと共に、グランブルスの最後の呼吸が止まった。


 静寂。森の空気が、ようやく元に戻る。



 〝やったー! さすがユアン! ていうか俺の風魔法、完璧だったよね!? え? ねぇ!?〟


 〝コタロウ、はしゃぎすぎ。……ユアン様、お見事です。お怪我は……ないですか?〟


 「問題ない。……さて、肉を切り出すか」



 手に入れたのは、夕食の素材と、高純度の魔石。

 エルフの村にいた頃から続く日常。

 精霊と共に生き、魔獣と戦い、その命を糧とする――変わらぬ営み。


 ユアンは淡々と、その命に感謝を込めながら、ナイフを振るった。



* * 


 

 ユアンがエルフの隠れ里[エルカリード]を出発してから三日目。

 ようやく大森林リゼルヴァの森から抜け出し、広大な平原が視界に広がる。


 そして――その彼方に、巨大な街が姿を現した。


 

 「…………すごいな。これが、人間たちの手で築いた街か……」



 遠くからでも分かるほどの、重厚で高い外壁。

 その内側に、さらに空高くそびえ立つ――六本の魔塔。

 塔の表面には魔力の波動が脈打っており、遠目にも強大な結界の中心であることが感じられる。



 「あれが、父さんが言ってた“魔塔”……。街の最上級魔術師が、塔の頂で日々研究してるって話だったな……」


 〝……闇の塔だけ、少し離れた場所にあるよ。やっぱり人気ないんだね~〟


 

 この世界、イヴェルシアの主要な属性は――

 火・水・風・土・雷・光、そして闇の七つ。


 中でも“闇”は、多くの種族に忌避される。

 魔獣や魔族が用いる呪いや支配の魔術が闇属性に属するため、街や学術機関でも“表向きには”研究が敬遠されている。

 塔の配置ですら、そんな社会的な偏見を如実に物語っていた。


 だが、これらの魔塔は単なる研究施設ではない。

 むしろ、その本質は――街全体を覆う“結界装置”だ。


 壁だけでは防げない上空からの攻撃や、魔獣の飛行襲撃に備え、

 六塔から魔力を展開して“魔力の天蓋”を生み出す仕組みとなっている。

 この地に築かれた街が、何百年にも渡って外敵から守られてきたのは、この魔塔結界の存在あってこそだ。


 ユアンはその光景に、ほんの少し――感心すらしていた。

 


 「だけど……本当に、人間の国なのか……? 行ってみないと分からないな」



 イヴェルシアには、三つの大きな国がある。

 人間の国、亜人の国、魔人の国――それぞれが文化も思想も異なり、独自の進化を遂げてきた。



 ■【人間の国】

 純粋な人間、もしくは人と亜人のハーフが多く住む国。

 身体能力では他種族に劣るが、器用さと柔軟な思考で、武術・魔術・魔導具など多様な技術を発展させてきた。

 特に都市国家では、魔導産業の発展が著しく、塔や結界のような巨大魔術装置も日常の一部となっている。


 

 ■【亜人の国】

 獣人、鳥人、魚人、ドワーフなど、身体能力に優れた多様な種族が暮らす。

 ただし、魔力面ではエルフを除き全体的に低めで、魔術文明はあまり発展していない。

 近年では、強力な統率力を持つ“龍人族”の台頭によって、複数の部族国家が連合を組み、亜人大連邦を形成している。


 

 ■【魔人の国】

 魔族と人との混血によって生まれた“魔人”のみで構成された国家。

 戦闘能力・魔力量ともに非常に高く、単体での強さは他国を凌駕する。

 ただし、人口増加の面では不利であり、外交よりも内政を優先する保守的な国政を敷いている。

 “かつて勇者が魔王を討った”という伝説の裏で、今なお人々の不安と向き合う存在でもある。



 * * 



 重厚な城壁が間近に迫る。

 その圧倒的な存在感に、ユアンはつい足を止めた。


 まるで大地から生えた巨大な岩山のように、壁は何層にも積み上げられた漆黒の魔石で構築されている。

 その隙間には、淡く光る魔術刻印――対侵入結界式。魔獣を拒む術式の一部だろう。


 門は閉ざされていた。だが、目の前の広場にはすでに十数人ほどの旅人たちが列を作っていた。

 獣人の商人風の男、小さな荷馬車を引く老人、異国風の服を着た冒険者らしき若者たち……。



 〝わぁー……すっごい。みんな色んな服着てる……人間の街って、ほんと多種多様なんだね~〟


 コタロウの声が、ユアンの耳に直接響く。

 ユアンの肩でふわふわと浮かぶルミナも、小さく頷くように光を揺らしていた。


 〝ユアン様……あの人、背中に槍を二本も……少し、警戒を……〟


 「……ああ。魔力の流れも普通じゃない。気を抜かないようにな」



 列は思ったよりスムーズに進み、やがてユアンの番が回ってきた。

 門の傍らに立つ門番は、筋骨隆々とした中年の男。全身を革鎧で固め、腰には長剣。

 しかし、顔つきはどこか人当たりが良く、長い勤務に慣れた兵士らしい落ち着きがあった。



 「――はい、次。……っと、あんた、亜人か? いや、耳が尖ってるだけか……。名前と目的を聞くぞ」


 「ユアン。旅の途中だ。数日だけ滞在するつもり」


 「身分証明書、もしくは銀貨一枚はあるか?」


 ユアンは小さく首を横に振る。


 「無い。代わりになるものなら、ある」



 そう言って、腰の小袋から一つの魔石を取り出す。

 これが人間の街では価値のある物だということくらいしか知らないユアンは、所持している魔石の中で一番大きな物を取り出してみた。


 門番が目を丸くした。



 「……これは、Bランクの魔獣から採れる魔石か。……すげぇな。こんなの、銀貨どころか金貨にだってなりそうだぞ?」


 「それほどのものじゃない。食料を得るために狩っただけだ」



 門番は魔石を手に取り、光にかざしてから、苦笑交じりに肩をすくめた。


 「へぇ、謙虚なもんだな。ま、規則通り、金銭での通行とみなす。これで通っていい。……だが、街の中で問題を起こすなよ」


 「ああ」


 「ようこそ、『ダンジョン都市ネザレア』へ。まずはギルドに行って身分証を作るといい。このまま、まっすぐ大通りを進んでいくと広場に出る。その広場から見える一際大きな建物が冒険者同業組合ギルドだ」


 「分かった。感謝する」



 門番が手を振ると、奥の兵士が門を半開きにし、中へと通される通路が現れた。

 門の内側は薄暗く、ほんの少し湿った空気が流れてくる――だが、その先に、まったく異なる世界が広がっているのをユアンは感じていた。



 〝わあ……いよいよ、人間の街に潜入だね、ユアン隊長! お城ある? メイドカフェある? 勇者の像とかある!?〟


 「……落ち着け。ルミナ、注意深く見ていてくれ」


 〝はい。ユアン様のそばを離れません〟



 門をくぐる。


 瞬間、風が変わった。


 目の前に広がっていたのは、活気と喧騒の街――

 石畳の広い通り。店の呼び込み。色とりどりな看板、香ばしい焼き菓子の匂い。

 背の高い建物と、人の波。


 ここはもう、森の中とは違う。

 ――人間たちの社会、その中心だった。


 ユアンは静かに、だが確かに、その足を踏み入れた。

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