第1話 異端者ユアン、村から追放される
拙い文章ですが、完結まで書き上げます。
よろしくお願いします。
――精霊と共に生きる世界――イヴェルシア。
その東方に広がる広大な大森林[リゼルヴァの森]の奥深く――
古来より自然と精霊の調和を絶対の掟とし、異なる価値観を忌む種族”エルフ”たちの隠れ里[エルカリード]がある。
その村の外れ。
枝葉が鬱蒼と生い茂る奥まった場所に、ひっそりと佇む小さな木造の家が一軒ある。
そこに暮らしているのが、ユアン・リュシオン。
彼は人間とエルフの間に生まれた“ハーフエルフ”の少年であり、十五歳の今も村の中では浮いた存在だ。人間の母は彼が幼いころに病で他界し、エルフの父も数年前、古代遺跡の探索中に襲ってきた魔獣との戦いで命を落とした。
以来、ユアンはこの小屋でたった一人、誰とも深く関わらずに生きてきた。
* *
森の朝は、ひどく静かで冷たい。
木々の隙間からこぼれる光が地面にまだら模様を描き、小鳥たちのさえずりと風のそよぎが、遠くでさざ波のように響いている。
そんな朝、ユアンは家の裏にある崖の上に立ち、吹き抜ける風に身を晒していた。
手には奇妙な道具――角ばった筒状の物体。
「……これで六十本目。さすがに、今度こそ頼むぞ」
独り言のように呟いたその声は、少し掠れていた。
夜明け前まで作業をしていた疲れが、まだ喉に残っているのだ。
それは“銃”の形をしていた。
この世界に存在しない概念――精霊の魔力を一点に収束させ、外部へ撃ち出す器。
ユアンは、静かに深呼吸をしながら、手にした“それ”を見つめる。
十歳の頃から、父が遺した古文書と図面、そして金属製の工具を頼りに作り続けてきた、“未完成の遺産”。
――【精霊銃・試作六十号】。
木製の外装は、魔力に強い〈エルドウッド〉から削り出して組まれた角筒。
内部には、ダンジョンの崩壊跡から持ち帰った超硬質の壁材――〈魔壁材〉を薄く削り、平たく加工した石板が魔力通路として張り巡らされている。
銃の後部、いわゆるハンマー部には、青みがかった楕円形の〈魔石〉が一つ埋め込まれていた。
その表裏には、二つの術式が刻まれている。
ひとつは〈精霊魔力収束術式〉。
精霊との契約によって得られる力を、魔石内に凝縮する技法。
もうひとつは〈精霊魔力解放術式〉。
収束した魔力を、射出口を通じて狙った先へ一気に解き放つ技法。
この術式を発動するには、詠唱が必要だ。
ユアンは、銃口を崖下の岩壁に向けた。
慎重に魔力を練り、精霊との契約回路を開く。
「――風の精霊。頼む、今回も力を貸してくれ」
〝また撃つの? 本当に好きだね、そういうの〟
耳元でそっと風がささやいた。
それは風の精霊の声。どこか茶化すようで、しかし嫌悪はなかった。
「――ああ。今度こそ、届かせてみせる」
目を細め、照準を合わせる。
銃に取り付けられた魔石が翡翠色の輝きを放ち出した。
空気が一瞬、張り詰める。
そして、彼は低く、しかし強く詠った。
「――穿て、《ヴァル・イクス》!!」
瞬間、収束された魔力が一気に解き放たれた。
――ズドンッ!!!
轟音が森を揺るがした。
銃の内部を通り抜けた風精霊の力が、一直線に射出され、崖下の岩壁を抉るように吹き飛ばす。
だが――
銃の外装は、またしても耐えきれなかった。
バリッ――バラバラッ!
木製のフレームが爆音とともに裂け、内部の魔壁材も継ぎ目から崩れて散った。
「……ちぃっ」
ユアンは一歩後ろに引きながら、肩をすくめる。
残されたのは、粉砕された試作銃と、えぐれた岩壁。
威力は確かだ。
だが、銃本体は一発で崩壊。
それでも彼は、砕けた破片を拾い上げながら、どこか笑っていた。
「六十回目で、ようやくここまで来たか……」
筒の構造が、収束した精霊の力に耐え切れない。
発射のたびに壊れてしまっては、武器とは呼べないのだ。
彼が求めるのは、“何度でも使える物”。
精霊の魔力を、技術の力で制御する道具。
それが、彼の“夢”だった。
「また壊したの?」
軽やかで、どこか呆れた声が背後から飛んできた。
ユアンが振り返ると、そこには一人の少女――フィーリア・ルクステラの姿があった。
彼と同じくハーフエルフで、肩まで伸びた明るい亜麻色の髪と、やわらかな緑の瞳が特徴的な、幼馴染の少女だ。
手には小さな籠を抱え、朝露に濡れた薬草が覗いている。
「よく起きたな、フィー。こんな朝っぱらから来るとは」
「来るも何も、村中が目覚めたって騒ぎになってるよ? ユアンの爆発音でね」
フィーは頬を膨らませてみせたが、怒っているというより、呆れているようだった。
「……今回は、手応えあったんだけどな」
「そのセリフ、もう何十回聞いたことか……。でも」
フィーは崖下に目を向け、ぽつりと呟く。
「……威力だけは、本当にすごいよね」
「そうだろ?」
ユアンは破片だらけの地面にしゃがみ込み、吹き飛んだ部品を拾い集め始めた。
「でも、結局壊れたら意味がないんだ。実用性がなきゃ、ただの一発芸だ」
「それでも諦めないんだね。ユアンって、ほんと……」
そこまで言って、フィーは言葉を止めた。
それが“褒め言葉”ではないと、互いに理解していた。
「……ねえ。あの図面って、本当にあなたのお父さんが残したものなの?」
「……ああ。嘘じゃないよ。小さい頃、父さんがよく話してくれた。『精霊と技術を融合させる未来』を夢見てたって」
フィーは俯いたまま、小さく首を振った。
「私、怖いよ。ユアンのやってることが――村の外の人間たちに近づいてるようで」
「……かもな」
そのとき、小道の向こうから足音が近づいてきた。
村の見回り役を務めるエルフの青年だった。
表情は固く、ユアンに目を向けると短く告げる。
「ユアン・リュシオン。長老会が召集されている。すぐに集会所へ来るように」
「……了解」
その短い返事を残し、ユアンは歩き出した。
フィーは何かを言いかけて、しかし言葉を飲み込んだ。
* *
[エルカリード]中央の大樹の根元には、自然の木を削って作られた円形の集会所がある。
壁も床も石材を使わず、すべてが木と蔦と苔で覆われていた。
その中央に立つ、長老エルフたち――村の最年長にして、権限を持つ者たちの視線がユアンに注がれる。
「ユアン・リュシオン。貴殿が今朝、森で試射していた魔術具……あれは何だ?」
低く響く声。長老の一人が問いかけた。
「……精霊魔力の収束と解放を、効率よく行うための媒体です。父の遺した術式を応用しました」
「媒体、だと?」
別の長老が低く呻いた。
「精霊の力を道具として使うなど、自然と共に生きる我らエルフの理念に反する行為。父君の名を騙ってまで、何を目指す」
「騙ってなどいません」
ユアンは声を荒げなかった。むしろ淡々と語る。
「父は確かに言っていました。『精霊は意思を持ち、話し、笑う存在だ。ならば、共に歩む形は一つじゃない』と」
「……黙れ」
最年長の長老が、重く言い放った。
「貴様の考えは異端。危険思想だ。これ以上、森に災いをもたらす前に、村より追放する」
「……そう、ですか」
驚きもなかった。
ユアンは静かに頭を下げ、その場を後にした。
* *
夜。家の明かりはすでに落ちていた。
だがユアンは、窓辺で一人、父の形見の古文書を手にしていた。
『ユアン。お前がこの村で生きづらいことは分かっている。だがな、精霊の声を本当に聞ける者は、少ない。お前は、その一人だ』
昔の記憶――まだ母が生きていたころ、父に膝の上で話を聞いた、あの夜のことを思い出す。
『精霊の力を借りるだけではない。対話し、交わり、時には一緒に遊ぶ……そういう未来が、私は見たい』
「……やっぱり、この村じゃ駄目だったな」
ユアンは呟き、窓の外を見つめた。
そこにはかつて、賑やかだった村の光景があった。
だが今では――人と人の間に、静かに冷たい壁ができている。
* *
東の空が淡く白んできた頃、ユアンは森の奥深く、村の外れにある静かな丘にいた。
朝露に濡れた草の匂いが立ちこめる小道を越えた先、小さな石碑が二つ並んでいる。
どちらも苔むし、エルフの古語で彫られた名が半ば読み取れなくなっていた。
一つは、母・リィアの墓。もう一つは、父・セリオスの墓だった。
背後では、森の精霊が囁くように木々を揺らしている。鳥たちがさえずりを始めるには、まだ早い。
そんな、静寂と冷気に包まれた朝の中で、ユアンは膝をつき、手を合わせた。
「……父さん、母さん。今日、ここを発つよ。」
語る声に、悔しさはなかった。
あるのは、静かな決意と、ほんの少しの寂しさだけだった。
「精霊の力を“道具”にしてはいけない。そう言われた。でも、俺は違うって思ってる。精霊と協力する形は、ひとつじゃない」
吐く息が白く揺れ、風に溶ける。
「……だから、俺は村を出る。けど、絶対に忘れないよ。父さんが残した言葉も、母さんの微笑みも」
手にしていた小さな野花を、墓の前にそっと置くと、ユアンは立ち上がった。
空はすでに朱を帯び、村の屋根の向こうがやわらかく燃え始めていた。
* *
家へ戻ると、そこには見慣れた姿があった。
「おはよう、ユアン……って、言っていいのかな、今日は」
フィーリア・ルクステラ。
亜麻色の髪に朝の光が透けて、まるで森の妖精のようだった。
彼女は、見慣れたエプロン姿で、テーブルに朝食を並べていた。
薬草を使ったスープに、干し果実入りのパン。小さな皿には山羊のチーズ。すべて、村でとれたものだ。
「……最後のご馳走ってやつ?」
「うん。どうせ食べる相手がいなくなるなら、せめて一緒に、って思って」
ユアンは黙って席についた。
スプーンを手に取り、スープをすすると、優しい苦味と甘さが舌に広がった。
「……うまいな、これ。フィーが作ったの?」
「もちろん。今日は特別だから、ちゃんと気合入れて作ったんだよ」
しばし、二人は黙って食べ続けた。
食後、ユアンが立ち上がると、フィーは彼に手紙のような小さな紙包みを手渡した。
「中、見ないでね。旅先でひと息ついた時にでも読んで」
「……わかった」
彼女の目は、どこか潤んでいた。
だが、その涙を見せることはせず、フィーはいつものように微笑んでいた。
* *
村の東門。
古木のアーチで囲まれたその道は、森へと通じる唯一の外界への出口だった。
見送りの者は誰もいない。
いや、正式には――ただひとりだけ。
「ここで見送りって、少し恥ずかしいね」
森の風に髪を揺らしながら、フィーリアが笑う。
「最後に、言いたいことがあるんだ」
ユアンは、彼女の前で足を止めた。
空は高く、陽が差し込んで木々を金に染めていた。
「もし、何年後かに――また戻ってこれたら」
「うん?」
「……俺の作った“何か”を、村の誰かじゃなくて――真っ先に、お前に見せたい」
フィーは一瞬、きょとんとした顔をして、それから――ふっと微笑んだ。
「約束、だよ。絶対に破っちゃダメだからね」
「……ああ、約束する」
風が吹き抜けた。
ユアンはそのまま、森の奥へと歩き出した。
荷物は少ない。背には小さな荷と、壊れた“試作六十号”の残骸。
けれど、彼の胸には重みがあった。
父が遺した夢。精霊と共に歩む、新たな可能性。
それはまだ名も形も持たない、不完全な“何か”。
だが確かに、彼の中に――芽吹いていた。
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