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13③

 萌さんを侮辱されて、なんて言い返していいか分からなかった。彼女は腰の悪いおばあちゃんが生きがいにしている歌会に出られるように、ずっと歩行介助してあげられるような心優しい女性だ。でもそんなことはこの男には何の価値もないことなのだろう。

 「あなたはJリーガー目指してアマチュアリーグでプレーしてるんだよね。そういうことは言わない方がいいと思うよ」

 「Jリーガーは人格者であるべきってか。きれいごと言うなよ。客が見たいのは人格者さんのつまらないプレーじゃなくて、おれみたいな女ったらしのゴラッソさ」

 ゴラッソとは豪快なゴールのこと。確かに桜町選手のゴラッソなら見てみたい気がする。

 「もしかしてあんた、その女とガチでつきあってるの?」

 「結婚したいと思ってます」

 「結婚? 高校中退のヤンキーで、頼めば何でもしてくれる女と? マジで?」

 「マジです……」

 「底辺女と結婚したいあんたもゴミレベルの底辺に決定だ。おれがてっぺんでゴラッソ決めるのをおまえら底辺は下からずっと見上げてるといいぜ!」

 萌さんは隣でうつむきながらかすかに震えていた。僕は彼女一人守れない自分のふがいなさを呪うしかなかった。

 そこへ僕らと同じく背番号24のユニフォームを着たサポーターが後ろからやってきて、すくっと僕らの前に立った。

 「Jリーガーを目指してるそうだけど、これ以上僕らが愛してるサッカーを侮辱するのはやめてくれないか」

 「また新手の正義の味方が現れたみたいだ……ぜ……?」

 山田康二はその人の顔を見るなり、得意の毒舌を吐くのをやめた。

 「僕らの使命は見る人に夢を与えること。なのに、頑張って幸せになろうとしている人たちを傷つけて笑いものにしたいなら、お願いだからこれからはサッカーにかかわらないで生きていってほしい」

 「JリーガーといってもJ3のギリギリJリーガーじゃねえか。見てろよ。おれは絶対あんたより上に行ってやるからな。行こうぜ!」

 山田康二はコラボユニの男を連れて、スタジアムとは逆方向へと去っていった。

 「絡まれて困ってました。助けてくださってありがとうございます」

 「途中から見てましたが、あなたもカッコよかったですよ。サッカーにかかわる者として、あの男に代わって謝ります。ひどい男でしたが、サッカーやアスルヴェーラは嫌いにならないでください」

 「それはもちろんです」

 手を差し出されたので握手した。色白で華奢に見えるけど、がっしりして温かい手だった。

 「試合、楽しんでください」

 彼はそう言い残して雑踏の中に消えた。どうなってしまうんだろうと気が気ではなかったけれど、試合前になんとか事態を収拾できてよかった。

 萌さんは相変わらず呆けたように言葉を発せずにいる。

 「親切な人がいてよかったね。ところで大丈夫?」

 「本物だよ」

 「何が?」

 「さっきの人、太陽選手」

 「えっ」

 試合開始の時間が近づき、ゴール裏の人たちがチャントを歌う歌声が聞こえてきた。僕らはスタグルを買うのをあきらめてスタジアムへと急いだ。試合中しか吹かない熱い風を心に感じながら。君と手をつないで走りながら、こんな歌を詠んだ。


  熱い風 君の歓声 スタジアムの記憶が僕をまた走らせる


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