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7①


 学校ではふとした瞬間に、浴室で見た萌さんの一糸まとわぬ肢体が脳裏に浮かんできて仕事にならなかった。実際に見ていたときは気にならなかったのにと不思議だったが、あれはきっと僕の人生でもっとも空前絶後の事態に直面して脳の機能が一部停止していたせいだろう。

 このまま最後までという萌さんの誘いに乗らなかったことで、萌さんの気が変わったらどうしようと後悔の念にもさいなまれた。

 その夜、朝の続きをしに来たと言って萌さんがまた押しかけてきた。

 「アルバイトは?」

 「体調悪いと言って休んだ」

 「心の準備が……」

 いきなり唇をふさがれて、それ以上言い逃れすることができなくなった。彼女の辞書に性的同意という単語は存在しないらしい。

 僕はわけも分からず、あたしに任せてという彼女のすべての指示に従っただけだ。彼女は避妊具も用意していたけど、遊びじゃないなら使わなくていいと言われて、そう言われると使いづらくなって、結局使わなかった。気がついたら僕らは結ばれていた――


 事後、僕らはベッドの上で向かい合って座っていた。僕は照れくさくてシーツで前を隠してうつむいている。ふと顔を上げると、彼女は無防備にどこも隠さずあぐらをかいていた。やってやったぜと言わんばかりの得意満面の表情で。

 「ええと、恥じらいは……?」

 「ん? まかない?」

 「なんでもないです」

 最後の〈い〉しか合ってない。性的同意と同じく、彼女の辞書にはなかった言葉のようだ。

 卒業おめでとうと言われて、ありがとうと返したけど、答え方はそれで合っていたのだろうか?

 「これでどこかの馬鹿に童貞だって絡まれることもなくなったわけだ」

 童貞だからと僕に絡んできた馬鹿は今のところ一人しか知らないが、それは黙っていた。

 鈍感な僕はすぐに地雷を踏んだ。萌さんが喜ぶと思って、またスタジアムに行こうよと言ってしまったのだ。僕がもう行くなと言えばもう行かないつもりだったと言われて、ようやく気がついた。彼女がアスルヴェーラ沼津の熱狂的なサポーターになるきっかけを作ったのは元カレだった、ということに。

 「行こうよ。僕はたぶんスタジアムで応援する姿を見て君を好きになったんだ。正直君の元カレは気に入らないけど、アスルヴェーラに罪はないし、何より君の大事な居場所を奪いたくないんだ」

 「ありがとう」

 アスルヴェーラの次の試合はアウェイの高知(こうち)戦だそうだ。

 「車があるから、アウェイでも岐阜(ぎふ)栃木(とちぎ)なら応援に行ったことあるけど、さすがに高知まではね」

 アスルヴェーラの試合日程を見ると、夏休みにアウェイの琉球(りゅうきゅう)戦があることが分かった。

 「夏休みに一緒に沖縄(おきなわ)に行こうか」

 「うれしい!」

 僕がそう言うと、小さな子どもみたいに抱きついてきた。君の笑顔が見られるなら、二人分の沖縄旅行の代金なんて安いものだ。


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