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5③

 「あたしは高校中退の底辺だからさ、あんまり男に優しくされたことがない。優しくされると勘違いするからやめてくれ」

 「そういう経験があるんだね」

 「元カレはあたしが高校を退学して落ち込んでるときにナンパしてきて、高校出るばかりが人生じゃないって優しい言葉をかけられて好きになっちゃったんだよね」

 「去年別れたんだっけ?」

 「別れたショックで体重が一週間で5キロ減った」

 「好きなのに振られるのはつらいだろうね」

 「一応振ったのはあたしの方」

 「振った方が体重減るくらい傷つくの?」

 「つきあった三年間に三回も浮気されたから振った。身も心も尽くしたのに、あたしの三年間は何だったんだろう?」

 「でも優しくされたこともあったんだよね?」

 「ほとんどなかった。今思えばあたしは彼氏だと思ってたけど、向こうはあたしを彼女とは思ってなかったんだと思う」

 「彼女じゃなければ何なの?」

 「セフレか何か。あたしが会いたいと言っても会ってくれないくせに、自分がしたくなったらいつでも呼び出されてた。さっき浮気されたから振ったって言ったけどさ、今思えばつきあった期間が長いだけで浮気相手はあたしの方だったのかもしれない」

 おそらく彼女もこんな話をしたくてしてるわけじゃないはずだ。生きる世界が違うのだと僕に釘を刺しているのだろう。

 「君は自分のことを底辺だと言ってたけど、僕は君が底辺だとは思わない」

 「見えすいたおせじはやめろ。高校中退の底辺が将来有望な大学生に相手してもらえるんだ、感謝しろよって元カレもさんざん言ってたしな」

 「元カレさんの何が将来有望だったの?」

 「大学サッカー界ではそれなりに名の知れたストライカーで、大学卒業後はJリーガーになるんだって口癖のように言ってた。でもJリーグのクラブからは声がかからなくて、県リーグにサッカー部が参加する地元の会社に入社するしかなかった。サッカー部だからって仕事を減らしてもらえることもなかったみたい。社会人になってからはいつも疲れた顔してた。プロ選手になれなくてもあたしは気にしなかったんだけど、彼にとっては何より悔しかったんだろうね。八つ当たりされて罵倒されたり、ときには殴られたりもしたけど、あたしの力不足で彼を支えてあげることができなかった」

 なぜ萌さんが自分を責めるのか理解できなかった。Jリーガーになれなくておかしくなったという話だけど、彼が大学時代から人格的に問題を抱えていたのは間違いない。でもそれを指摘すれば、自分をひどい目に遭わせた男なのに、彼女はきっと彼をかばうだろう。だから黙っているしかない。

 萌さんの話はそれで終わったようだ。僕が立ち上がると、彼女もよろよろと立ち上がった。僕も彼女も無言で香陵台をあとにした。

 昨日スタジアムで感じたのと真逆な、強くて冷たい風が正面から吹いていた。僕は彼女のすぐ前に位置を取り、風よけとなって黙々と朝の香貫山を駆け下りていった。


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