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第27話

 禁書庫の冷たく張り詰めた空気の中、オーレリアス・グリムロック校長の問いかけが、エクス、ライラ、カイルの三人に重くのしかかっていた。「君たちは、その意味を、そしてその知識を得た結果として背負うことになるであろう責任を、真に理解する覚悟があるのかね?」その言葉は、まるで彼らの魂の重さを測る天秤のように、絶対的な静寂の中で響き渡る。床に散らばる古文書、砕けた石畳、そして未だに漂う魔力の残滓が、先ほどの死闘の激しさと、彼らが触れようとした知識の危険性を物語っていた。


 エクスは、脇腹から絶え間なく伝わる裂けるような激痛と、急速に失われていく意識の中で、必死に思考を繋ぎ止めようとしていた。校長の深い瞳は、彼の存在の根源までも見透かしているかのようだ。過去視の断片、禁書庫で垣間見た世界の禁忌、そして仲間たちの存在。それらが脳裏で激しく交錯し、一つの答えへと収束していく。

(真実を知る覚悟…そして、その責任…)

 彼はゆっくりと、しかし確かな意志を込めて口を開いた。声は掠れ、途切れ途切れだったが、その響きには微塵の揺らぎもなかった。

「…校長先生…我々が求めているのは、単なる知的好奇心を満たすためのものではありません。この世界に存在する『歪み』…オルドヴァンの森で見た魔力の汚染、学園地下のゴーレム、そして私自身の内に存在する説明のつかない記憶と力…。これらの根源を理解し、もしそれが世界や、我々が大切に思う人々にとって脅威となるのなら、それに対処する道を探し、見つけ出すこと。それが、我々の…いえ、私の目的です」

 彼は一度息を継ぎ、傍らで固唾を飲んで自分を見つめるライラと、苦痛に耐えながらも真っ直ぐな視線を校長に向けているカイルに、力なくも温かい視線を送った。二人の瞳には、不安と共に、彼を信じ、共に歩もうとする強い光が宿っている。

「例えそれが、世界の禁忌に触れることであっても、知ってはならない真実であったとしても…我々は、そこから目を背けることはできません。真実を知ることなしに、真の理解も、正しい選択も、そして未来を切り開くことも不可能だと考えます。その結果としてどのような責任が生じようとも、私一人ではなく…この仲間たちと共に、必ず背負ってみせます」

 エクスの言葉には、かつての彼にはなかった、人間としての感情と、仲間への信頼が明確に表れていた。それは、もはや単なる知的な探求心や論理的な判断だけではない、この世界で生きるということへの静かな覚悟が込められていた。


「エクス…!」ライラは、エクスの力強い言葉に胸を打たれ、抑えていた涙が再び溢れ出した。しかし、その涙はもはや恐怖や絶望の色ではなく、仲間への信頼と、共に困難に立ち向かう決意の光を宿していた。「私も、同じ気持ちです!エクスが知りたいって思うこと、私も一緒に知りたい。どんなに怖いことが待っていても…エクスやカイル君と一緒なら、きっと乗り越えられるって、そう信じてるから!」彼女の声は震えていたが、その芯には確かな強さが灯っていた。

 カイルも、深手を負った腕を押さえながら、血の気の引いた顔に苦々しい笑みを浮かべた。「…ったく、メガネのくせに、いちいち面倒なことに首を突っ込みやがるぜ。だがな、一度ツルんだ仲間を見捨てるほど、俺は薄情じゃねえ。それに、こんなヤバそうな世界の秘密ってんなら、最後まで付き合ってやるのも悪くねえ。どんな化け物が出てきやがっても、今度こそ俺が一人でぶっ飛ばしてやるさ」彼の言葉は粗野だったが、その奥には仲間への揺るぎない忠誠心と、自らの力を試したいという魔法闘士としての渇望が感じられた。


 三人の、それぞれの言葉で語られた、死線を超えてなお揺るがない覚悟。それを静かに聞いていたオーレリアス校長は、しばらくの間、目を閉じて何かを深く吟味しているかのようだった。禁書庫の重苦しい沈黙を破ったのは、彼の深い、そしてどこか安堵したような溜息だった。

「…そうか。それが、君たちの答えか」

 校長はゆっくりと目を開けると、その表情は先ほどまでの厳しさが少し和らぎ、代わりに複雑な、そして何か遠い過去を懐かしむような、あるいは未来を憂うような、深遠な色合いを帯びていた。「若さ故の無謀さ、と切り捨てるのは容易い。そして、それが最も安全な道であろうこともな。だが…」

 彼は言葉を区切り、床に転がった黒い書物――「原初の黙示録」へと視線を移した。「だが、この書物が君たちの前に姿を現し、そして君たちがそれに手を伸ばしたという事実そのものが、あるいは何らかの運命の導きなのかもしれん。この世界は、我々が認識している以上に、遥かに古く、そして複雑な理ことわりの上に成り立っておる。そして今、その理が、静かに、しかし確実に揺らぎ始めているのかもしれん…その兆候は、既に各所で見え隠れしておる」

 校長は、まず深手を負っているエクスとカイルに歩み寄り、その傷ついた体にそっと手をかざした。

「まずは、その傷を癒さねばなるまい。無謀な若者たちの手当てをするのも、老人の役目じゃからの」

 校長の手のひらから、温かく清浄な黄金色の光が溢れ出し、エクスの脇腹とカイルの腕の傷を包み込んだ。それは、まるで春の陽光が凍てついた大地を溶かすように、見る見るうちに傷が癒え、出血が止まり、激しい痛みが和らいでいくのが分かった。ライラの使う治癒魔法とは比較にならないほど高度で、生命力そのものに直接働きかけるかのような、力強くも慈愛に満ちた魔法だった。エクスの朦朧としていた意識も、その温かい光に触れて急速に鮮明さを取り戻していく。

「…ありがとうございます、校長先生…」エクスは、まだ完全ではないものの、痛みが大幅に軽減されたことに驚きながら礼を述べた。

「ふん、借りができたな」カイルも、腕の傷が塞がっていくのを感じながら、素直ではない言葉で感謝を示した。

「傷は深いが、致命傷は避けられたようじゃ。だが、消耗した体力と魔力の回復には、数日の安静が必要じゃろう」校長は簡潔に言うと、治癒の光を収めた。


 そして、改めて三人に厳粛な面持ちで向き直った。

「よかろう。君たちの覚悟、確かに受け止めた。今回は、禁書庫への不法侵入の罪は不問としよう。そして、『原初の黙示録』は、再び厳重に封印する。今の君たちには、まだ早すぎる代物じゃ。あれは、正しく理解し、制御する術を持たぬ者にとっては、破滅をもたらす呪いの書に他ならぬ」

 校長の言葉に、三人は安堵の表情を浮かべたが、彼の言葉はまだ続いていた。その瞳には、彼らの覚悟を認めた上での、新たな試練を課す者の厳しさが宿っていた。

「しかし、君たちの探求心を完全に閉ざすこともしない。いや、あるいは、閉ざすことなどできぬのかもしれん。ならば、その力を、その覚悟を、世界の歪みを正すために使う道を示そう。ただし、それは茨の道であり、生半可な覚悟では踏破できぬぞ。2年だ。」

 校長の瞳が、再び鋭い光を宿した。

「2年?」

 エクス達が答えた。

「そうじゃ。2年間は自分を鍛えるんじゃ。真面目に従業を受けて、修行を積むこと。ワシが良いと思ったら、君たちに道を示そう。」

エクス達は大きく頷いた。

 その先に待ち受けるものが、世界の歪みの兆候なのか、それとも彼ら自身の運命の試練なのか、まだ誰にも知る由はなかった。しかし、彼らはもう、決して一人ではなかった。

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