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第12話

 馬車は街の大きな石造りの門をくぐり、活気にあふれた通りへと進んでいく。村にはなかった人々の多さ、立ち並ぶ色鮮やかな看板、様々な匂い。焼き立てパンの香ばしさ、香辛料の刺激、人々の体温と汗の混じった匂い。全てが新しい、そして村に比べてはるかに情報量の多いデータの流れとなって脳に流れ込んでくる。街の通りを進むにつれて、さらに異なる建物が見えてくる。立派な石造りの邸宅、大きな塔を持つ教会など。


 馬車が、賑やかな市場に近い通りをゆっくりと進んでいた時だった。


 キィン!という耳鳴りのような高音と共に、道の脇にある一つの露店から、異常な光が迸る。赤、青、緑…色が不規則に変化しながら激しく明滅し、周囲に不快な熱と振動を撒き散らしている。露店に並べられていたガラス製品が弾け飛ぶような音と共に割れ、奇妙な形状の魔法の品が意志を持ったかのように空中を飛び回っている。周囲の通行人が驚き、悲鳴を上げて慌てて距離を取る。混乱と恐怖の渦が露店を中心に広がった。


 露店の魔法の品が無作為に宙に浮いたり、奇妙な形に変形したりと、制御不能の状態に陥っていたのだ。混乱の中心にいるのは、露店の売り子らしき少女と、その家族だ。少女は恐怖に顔を引きつらせながら、手に持った杖で事態を収束させようと、基礎的な魔法を必死に試みているが、全く効果がない。


「どうしよう、お父さん、お母さん!商品が勝手に暴走してる!誰か、止めてください!」少女が泣きそうな声で叫ぶ。彼女の頬は恐怖で蒼白だ。


 その時、露店の奥から、焦った様子の女性の声が響いた。「ライラ!危ない!そこから離れて!」


 エクスは馬車の窓からその様子を静かに観測した。彼の視覚機関は、露店から放たれるエネルギーの流れを解析する。それは、不安定で予測不能な流れを描いているが、その根底には、ある一定の法則性が存在するように見えた。それは、露店の中央に置かれた一つの装飾的な魔法具内部の機構が破損し、周囲の魔力の場と異常な結合を起こしている現象だと推測された。このままでは、共鳴が増幅し、周囲に被害が広がる可能性がある。エネルギーの拡大速度を計算する。危険度は、介入により収束可能と判断される。


 アイリスが不安そうな顔をする。「大変!坊や、危ないわよ!早くここから離れましょう!」


 エクスは落ち着いて答えた。「危険度は計算範囲内です。原因は特定できます。問題は、魔法具の異常な暴走が原因です。迅速な対処が必要です」彼の声は、周囲の混乱とは無関係に、平坦で論理的だった。


 アルデンが素早く尋ねた。「なに!?どうすればいい、エクス!」


 エクスは解析結果を続けた。「問題は、魔法具内部のエネルギー形態の乱れが、周囲の魔力の場と共鳴していること。この共鳴を打ち消す逆のエネルギー波を投入する必要があります。最も効果的な介入点は、暴走している魔法具の近傍で、かつ魔力を扱える存在です。」


 彼の言葉と共に、視線は自然と、魔法具のすぐそばで立ち尽くし、必死に魔法を使おうとしているライラに向けられた。


 エクスが声をかけた。彼の声は穏やかで、感情的な響きはないが、混乱の中でもはっきりと響く。


 「そこの少女。」彼は静かに続けた。「指示を聞いてください。杖は一度地面に置いてください。あなたの魔力の流れが魔法具のエネルギー形態と共鳴を増幅させている可能性があります」


 ライラは突然の声に驚き、エクスの馬車を見た。窓から覗く、感情の読めない、しかし知的な光を宿した少年の瞳。その異常な落ち着きに戸惑いながらも、彼女は言われた通りに杖を地面に置き、震える体でエクスに視線を向けた。藁にもすがる思いだった。


「あなたの魔力の流れを、魔法具のエネルギー形態に、この拍子で、この波形をイメージして投入してください」エクスは指先で複雑な拍子を正確に刻み、空中に見えない波形を描いた。それは、通常の魔法の呪文や詠唱とは全く異なる、数学的な規則性に基づく精密な指示だった。


 ライラはエクスの指示の意味を全く理解できなかった。エネルギー形態??波形?そんなもの、魔法学校で習ったこともない。示された拍子も、魔法の詠唱に使われるものではない。しかし、エクスの瞳の深い知性と、周囲の混乱の中でも揺るがない落ち着いた存在感に、彼女は不可思議な信頼感を抱いた。言われた通りに、震える手で魔力の流れを操作し、エクスの示した拍子と波形を必死にイメージした。


 すると、魔法具から放たれていた奇妙な光と音が嘘のように収まり、宙に浮いていた商品も地面に落ちた。暴走が止まったのだ。街の通りに、急速に安堵のため息が広がった。


 ライラは魔法具が静止したのを見て、呆然とエクスの馬車を見つめた。彼女の瞳は驚きに見開かれている。露店の家族も、何が起きたのか理解できていない様子だ。


「な…どうして…?」彼女は呟いた。「どうしてそんなことが分かるの!? 私が知ってる魔法と違う!あの魔法…何? あなた…一体、誰なの?」彼女の声は興奮と混乱で上ずっている。


 エクスは静かに答えた。「エネルギー形態の共鳴を相殺しただけです。複雑な原理ではありません」彼はそれ以上の説明をせず、御者に再び馬車を進めるよう促した。


 馬車がゆっくりと再び動き出す。ライラはエクスの馬車が遠ざかるのを、驚きと、強い好奇心に満ちた視線で見送っていた。彼女にとって、それは理解不能で異常な、しかし間違いなく事態を救った魔法であり、それを操る謎の少年の姿だった。


 エクスの脳裏には、ライラの驚きと探求心に満ちた瞳、彼女の魔力の流れの微かな特性、そして彼女が恐怖の中で示した、見知らぬ相手の指示に従うという非論理的な行動様式がデータとして記録される。「興味深い個体だ」エクスは静かに記憶に情報を整理した。それは、新しい世界で遭遇した最初の、解析すべき興味深い変数との出会いだった。


 アイリスとアルデンは、エクスの大人びた言葉と、彼が引き起こした(そして解決した)騒動にいつものように少し驚きつつも、無事だったこと、そして多くの人が助かったことに静かに安堵した。


 馬車は街の通りを進んでいく。魔法学校は、まだ少し先だ。騒動の余韻が、喧騒の中に溶け込んでいく。

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