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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紅い宝石

作者: 響戸桃

 それは世紀の大発明のはずだった。その紅い宝石に似たエネルギー体は、世界中すべてのエネルギー問題を解決した。ひとかけらで1年分のエネルギーを賄えるのだ。その発明者は世界中から称賛され、億万長者に慣れただろう。その発明は、全てにおいて完璧としか言いようがない。はずだった。


 しかし、そうはならなかった。たった一つ、欠点があったからだ。


その欠点は、


シュンは吐き捨てるようつぶやいた。 


「別にそんなに怒ることないじゃないか」 


 シュンは、両親共にさる大学の教授だということを除けば、ごくごく普通の少年である。彼はぶつぶつと文句をいう


「ちょっとテストの点が悪かっただけだろ。母さんも父さんもすごい人だし、あの発明の凄さもわかってるよ。でも、僕だってそんな言われたらイライラするし。」


 そんなわけで、いまシュンは広い家の中のやけに豪華な扉の前にいる。怒られた腹いせに両親に入るなと言いつけられている部屋に入ってやろうとしているのだ。


 ゆっくりと観音の扉を押すと、ぎしぎしと重い音をたてながらゆっくりと開いていった。意外と簡単に開いて、シュンは少し拍子抜けした。しかし、内側からドアチェーンがかかっていて、10センチほどしか開かなかった。


 シュンは、あらかじめ持ってきていた懐中電灯で、部屋の中を照らした。


 


 その細長い部屋の中には、女の子らしい____死語に近い言葉だがこれ以外で表現のしようがなかった___人形やぬいぐるみ、ふわふわした服、たくさんのかわいい小物などだった。


 シュンは、きっと母さんに少女趣味があったのだろう、もしかしたら父さんのかも、どっちにしろそれが恥ずかしかったのでこの部屋のことを隠したのだろうとどこか拍子抜けした気持ちで思った。


(別に隠すことないだろう。)


 シュンが戻ろうとしたその時、部屋から物音がした。なんだと思って振り向くと、部屋の奥に少女がいるのが見えた。どくどくと心臓が高鳴って、ごくりと喉仏が動いた。もしかしたらこの少女がこの部屋の秘密なのかもしれない。


 懐中電灯の光に照らされたその少女は、日に焼けたことのないような白い肌と、雪のような白さの長い髪を持っている。しかし、特に印象深いのはその目である。血のように赤いその目は、かのエネルギー体を思い起こさせた。片目には包帯を巻いていたが、肌の白さ故にすぐには気づけなかった。少し少女趣味の服を着て、部屋の奥に座っていた。


「それを消して頂戴?眩しいのだけど。」


 少女は少し傲慢に言った。


「ごめん。ええと、君は誰?」 


「シャルロットと言うわ。」


 暗闇の中でシャルロットは微笑んでいた。ベットから立ち上がるとこちらに近づいてくる。


「あなたの名前はシュンでしょう。ご両親に怒られてきたのなら、早く帰ったほうがいいわよ」


「なんでそれを…。」


 シャルロットは扉を閉めながら言った。


「またきてくれる?ここに一人だと退屈なのよ。この事は他の人には言わないで。」


 シュンの目の前でとびらがしまった。彼は夢から覚めたよう気がして、扉を見つめ続けた。



 次の日、シュンは昨日見たものが信じられなかった。両親共に天才的な発明家であるのだし、あのシャルロットとかいう少女もどちらかが作った人造人間アンドロイドかもしれない。


 でも、学校が終わって、自分の部屋に荷物を置いたあと、彼は例の扉の前に立っていた。少しだけ、シャルロットという少女の存在を信じたくなったからかもしれない。


 ノックをすると、内側から扉が開いた。シャルロットである。


「来てくれたのね!シュン」


「昨日ぶりだね、シャルロット。」 


 シャルロットは花が咲くように笑った。


「ねえ、シュン。紅茶を入れたの。最近会ったことを聞かせてくれる?」


「ああ、今日学校で……」


 シュンは最近あった面白い話やシャルロットが喜びそうな体験を話し始めた。シャルロットがとても喜んでくれたのが嬉しくて、彼は毎日話に行くようになった。


「やっぱり、体験談が一番ね!この部屋にある本なんてもう読み飽きたのよ。外に出たことなどないし」


そう喜んでくれるなら、いくらでも話しができる


 しかし、気になることもいくつかある。


 まず、シャルロットが外に出たことがないらしいこと。確かにやけに白い肌をしていたし、同じ家にいたのに気づかなかったのでどうりではあるが、それにしてもおかしい。普通十代半ばの少女が外に出たことないなどあり得ない。


もう一つはこの部屋がやけに暗いことだ。この部屋に日光が入る窓はなく、電灯もない。ただ一つ机の近くに蝋燭が一本あるだけだ。文字も読めないほどの重さだ。


でも、わかったこともいくつかある。


「でも小説もなかなかおもしろいのよ!私のおすすめはこれ!」


 1つ目は、シャルロットがおしゃべりな少女ということ。本が好きなようで、結構古典的なものをよく読んでいた。


「この本はね、姉妹が助け合って成長していく話なの」


そう言って、シャルロットはページをめくる。革の高そうな本は父が買い揃えたんだろうか。


そう、二つ目は、彼女はこの暗い部屋に困らないほど夜目が効くという事だ。


 しかし、シュンはそのことについて問い詰めようとは考えなかった。なんであろうが、シャルロットが外に出られないことには変わりがないし、この少し年上の少女を悲しませたくはなかった。




 そんな関係のまま数週間が経った。シュンは毎日のようにシャルロットに会いに行き、二人は親友のような関係になった。


そんなある日、シャルロットはついでのように言った。綺麗に微笑んだまま。


「実はね、私、吸血鬼なの」


「……は?」


「シュンは吸血鬼ってどんなものだと思ってる?」


 シュンは、気持ちを落ち着けようと、一口紅茶を啜った。


「そりゃあ、血を吸って、昼間は棺で寝てるんだろ?」


 シャルロットは楽しげに笑った。


「そうよね。でも、私は違うの。これでも、紅茶も飲めるし、昼間は起きてられる。血も少しだけで大丈夫なのよ。それに、痛覚も鈍いし、怪我もすぐ治る。もっとも、日にあたれないのは一緒だけどね。」


 シャルロットは自慢げに言った。


「それはわかったけど、なんで吸血鬼がうちにいるんだ?確かに父さんと母さんは医学部の教授だけど、人外は対象外のはずだぜ」


「あら、貴方のご両親の発明品を忘れちゃったの?」


 そう言われて思い出した。


 シュンの両親が発明したのは、完璧な人工血液だ。輸血に使われるものだが、献血の必要がなくどの血液型にも使用が可能だとして、高い評価を集めていた。吸血鬼のシャルロットが開発に関わっていても不思議ではない。


「もしかして、あの人工血液が関係しているのか?」


「そういうこと。どの血液型に混ぜても固まらないのは、吸血鬼の血の成分が元になっているからよ。」


彼女は誇らしげに笑った。


「なるほど、だからシャルロットはここにいるんだな」


「ううん、それだけじゃないわ」


そう言って彼女は包帯に指をかけた。スルスルと包帯が解けてゆくうちに、その中あるのは皮膚ではないことに気がついた。その奥にあるのは片目のはずだったが、違った。そこにあるのは、形こそ少女の顔の一部だった。しかし、素材が違った。


そう、包帯に隠されていた部分は、紅い宝石のように変化していたのだ。


「触ってみる?」


シャルロットはニコリと笑ったが、宝石の部分の表情は変わらなかった。


シュンは慌てて首を振った。シャルロットは悲しそうな顔をして、包帯をまきなおした。


「私は、日に当たっても灰にならない代わりに、日に当たった場所が紅い宝石に変化するの。そういう体質なのよ。この顔は赤子の頃に当たった部分が変化してしまったの。」


「…そうなんだ。」


シャルロットは、雰囲気を変えようとパチンと手を叩いた


「実はね、貴方のご両親にこのことを言うよう言われたの。もともと、貴方の勉強が行き詰まっているから、話相手になってやってくれって頼まれたしね。もっとも、このことを貴方に伝えるのは、別に理由があるようだけど……。」


「わかった。それは僕から聞いてみるよ」




家に戻ると、シュンは両親にシャルロットのことを尋ねた。


両親たちによると、シュンがシャルロットと会話をしていることは気づいていたが、お互いいい影響をあたえると思い、見守っていた。しかし、近頃状況が変わったらしい。


「実はね、シャルロットを狙うものが現れたの。」


「どうして?」


「シャルロットの紅い宝石に絶大な価値が現れたの。」


「僕たちはシャルロットの体質や変化した部位を治すために、少しだけ宝石を採らせてもらった。それを研究していると、ある発見があった。あの宝石は高エネルギー体だったんだ。あの一欠片だけでも、全人類丸一年分のエネルギーを賄える。」


「私たちは、それを化学や物理学の研究者に発表し、量産できるかを調べてもらった。しかし、どうしても量産どころか再現もできないことがわかったわ。そこまでは何も問題なかったの」


でも、その情報が漏れてしまい、裏社会の人間がシャルロットを狙うようになった。


「ねえ、シュン。私たちにもしものことがあったら、シャルロットを守ってあげて。私たちが、人口輸血材の儲けで作った吸血鬼を保護する施設があるわ。そこに届けてあげて。」


そう言って母親はシュンに住所を書いた紙を渡した。父親はシュンの頭を撫でた。




翌日、両親は出張に出掛けていった。シュンは姿が見えなくなるまで手を振って見送った。


いつも多忙で、シュンには遠くみえた両親が、いまはただただ誇らしかった。


その後、両親は二度と帰ってこなかった。飛行機が墜落したのだ。


 シュンは少し泣いて、その後シャルロットの部屋に向かった。任されたことがあったからだ。


「シャルロット、父さんと母さんが死んだんだ。だから、僕たちはここに行かなきゃならない、」


 シャルロットの目は潤んでいたが、歯を食いしばって頷いた。


渡された住所はとても遠かったが、飛行機は危険だし、日の光に当たりにくいよう、船を選んだ。それを聞いてシャルロットは言った。


「私は、船の貨物室にいるわ。私が一人ぶん入る箱があればいいのだけど、…棺なんかどうかしら。」


そんなわけで、シャルロットは船の貨物室に入った。流石に棺には入らなかったが。




船に乗って、シュンは本当に一人になった。今まで、シャルロットがいたから耐えられていた涙腺が緩んで、次から次へと涙が溢れた。


「…父さん、…母さん……。」




船を降りたあとは貨物船に入れておいた自転車で、夜のうちに施設に向かった。


なんとか施設に着くと、そこにいた吸血鬼が出迎えてくれた。


「シュンどのですね。シャルロットをありがとうございます。」


吸血鬼は30人ほどいた。髪のいろはさまざまだったが、全員が見目麗しく、目はザクロのような赤色だった。


シュンとシャルロットは、そこでやっと安心して寝られた。


しかし、安心などしてはいけなかったのだ。こんな状況なのだから。







翌日の昼のことである。


どこから漏れたのか、謎の組織が施設を襲った。


ロケットランチャーで壁に大きな穴を開け、施設に踏み入った。吸血鬼が応戦したが、穴から漏れた日光には敵わず、灰になってしまった。




 彼らはとうとう、シャルロットとシュンが寝ている部屋に押し入った。


壁の隙間から入っていく光をシャルロットは必死に避けた。


「女は殺すな、日光で石に変えてから連れて行く。」


「石は脆い!銃を打つのは最小限だ。」


シュンは必死に光からシャルロットを庇った。シャルロットは体を小さく丸めて、体を髪で覆った。


バンっと乾いた音がして、シュンはずるりと崩れ落ちた。撃たれたのだ。


「シュン、シュン!」


シャルロットはシュンを必死に揺さぶるった。日陰をなくした体は日光に晒され、体はパキパキと音を立てながら、紅き宝石になった。


「シャルロット…」


シュンはそう言って息絶えた。シャルロットは今や、体のほとんどが宝石となっていた。


しかし、一部はそのまま残っていた。例えば、口元である。


シャルロットは、からだをうまく動かせず、シュンの元に倒れ込んだ。都合よく彼の首筋に口が当たった。


シャルロットは牙をたて、シュンの血を啜った。


そして彼女の体は完全に宝石に覆われた。彼らは銃口を下ろし、シャルロットを捕らえようとした。灰と血と硝煙の混じったひどい臭いが充満していた。


その時だった。




彼女の体は宝石に覆われたままだったが、体の自由が効くようになった。身体能力も格段に上がって、彼女は組織のすべての人員をなぎ倒した。宝石は銃弾すら跳ね返した。


今のシャルロットには知る由もないことだったが、紅い宝石はもともと日光から守るためのものだった。その機能が生き血を啜ることによって覚醒したのだ。


夜になると、宝石は元の肌に戻った。彼女は仲間の吸血鬼を埋葬すると、恐れるものなど何もないように夜のまちにあるきだしていった。


その後のシャルロットと名乗る少女の吸血鬼のその後は、誰も知らない。もちろん、本人を除いて。


 


  *・゜゜・*:.。.:*・*:.。.:*・゜゜・*




数日後、裏社会のとある組織の首領が変わった。次の首領は白髪の美しい長髪と血のような目を持った少女だった。その傍には、いつも平凡な容姿の少年がいた。その少年の目は、首領と同じ赤だった。





トップが入れ替わった日、首領は言った。


「別に貴方がついてくる必要はなかったのよ。」


少年は答えた。


「それでも行くに決まっているだろ。君は、僕の命の恩人なんだから。」


「…ありがと。ねえ、あの宝石なんだけど、持ち前の再生能力のおかげで私の好きなだけ作れることがわかったわ。」


首領は嬉しそうに微笑んだ。そうすると、まるで普通の少女のようだった。


「君がそれを作るのに負担はないのか」


「もちろん、痛みすらないわ。それで考えたんだけど、私は、私たちの復讐にこれを使おうと思うの。」


へえ、と少年は面白そうに頷いた。


「どうやって?」


「私たちを狙ったのは、直接的には裏社会のこの組織よ。けれど、この依頼をしたのは世界中の富裕層だわ」


と、首領は書棚から依頼者のリストを取り出した。


「この富裕層全員に、ほんのひとかけら、宝石を超高値で売りつける。その後、世界中の貧困層に宝石を配り価値を激減させるの。高値で買った一欠片の宝石なんて、その辺の石ころと価値が変わらないくらいにね。」


「なるほど。それはいい案だな。」


少女と少年は笑い合った。




その後、この組織は「吸血鬼の巣ヴァンパイアネスト」として名を馳せることとなる。

その原材料を唯一生み出せるのは、人類と敵対する吸血鬼だったのだ。彼女は吸血鬼なのに、日光の下の方が強い。


彼女は気まぐれに紅い宝石を与え、人間社会をかき回した。


この宝石以外に頼るものなど存在しないから、我らはそれなしで生きられないから、


ずっと前から私たちは、彼女の手のひらの上なのだ。




いつしか、その宝石はこう呼ばれるようになった。


『吸血鬼のからかい』と、。

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