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9.絵師は歓迎される

 デジタルイラスト研究会の現会員は全部で三名。

 二年C組の田嶋雅敏(たじままさとし)が会長。

 そのクラスメイトの飯塚彬(いいづかあきら)が副会長を務め、紅一点の三井杏奈(みついあんな)は二年A組に在籍。

 田嶋会長は磨鈴と然程背丈は変わらないのだが、相当にふくよかな体型の持ち主で、恐らく100kg近い巨漢だろう。その大半が贅肉なのだが。

 逆に飯塚副会長は少しばかり背が高いのだが、びっくりするぐらいに細い。この対照的な体型のふたりが会長と副会長を務めているというのが、何とも印象的だった。

 逆に紅一点の杏奈は良くも悪くも地味で普通。顔立ちは然程悪くはないのだが、磨鈴の圧倒的な美貌が隣に立つと、どうしても霞んでしまうのが残念ポイントだった。

 この三人が、デジタルイラスト研究会の活動場所であるPC作業室にいきなり姿を現した磨鈴に対して相当仰天し、しばらく大騒ぎとなったのはほんの数分前の話だった。


「えっと、そろそろ落ち着かれましたでしょうか……」

「あぁ、うん……大変みっともないところをお見せしてしまったね」


 凛空の問いかけに、田嶋会長は眼鏡をくいっと押し上げて大きな顔に苦笑を浮かべた。飯塚副会長も、申し訳ないと頭を掻きながら、凛空と磨鈴に席を勧めてくれた。

 一方、杏奈は全員分の紅茶を用意してくれている。PC作業室は飲食OKだそうだから、こうしてお茶しながら談笑することも可能という訳らしい。


「えっと、それで……あの帝塚さんが我が研究会にお越しになられたのは……その、入会を御希望ということで良かったのかな?」

「はい。入会希望します」


 磨鈴は一切の澱みも無く、田嶋会長にその際立つ程の美貌を真っ直ぐに向けた。

 田嶋会長は矢張りまだ慣れないらしく、若干顔を赤くしながら変にどぎまぎしている。その心情は、凛空にも大いに理解出来た。


(僕も最初はあんな感じだったもんね。帝塚さん程の美人を前にしたら、慣れないひとは皆あぁなると思う)


 実際、飯塚副会長も杏奈も、同じ様にそわそわして未だに落ち着いた様子を見せていない。

 逆に下級生で入会希望の新参者である磨鈴の方が、遥かに堂々としていた。


「入会希望して下さるのは大変嬉しい限りなんだけど……もし良かったら、その、動機を教えて、貰えるかな……あ、いや、別に変な意味じゃないんだけど、帝塚さん程の人気者なら、もっと、こう、色んなところから引く手あまたなんじゃないかと思って……」


 飯塚副会長が口にした疑念は、実は凛空も同じ様に内心の奥底で抱えていた。

 校内屈指の美少女で、大勢のファンや取り巻きが居る超絶美少女が、何故よりにもよってオタクが集う弱小同好会などに入会を希望するのか。

 磨鈴ならばもっとメジャーなところで活躍し、大勢からの称賛を浴びることも可能な筈だ。

 それなのに、何故。

 その疑問に対して磨鈴は、何の躊躇いも無い調子で淡々と答え始めた。


「今わたしは、小学一年生の従弟と同居しています。この従弟が、ブラッドスローンというゲームの大ファンでして、わたしも付き合いで遊んでいたら、すっかりファンになってしまいました。そのゲームに登場するキャラクターを自分でも描きたいと思ったからです。そうなれればわたしも嬉しいし、従弟にもたくさんのイラストを描いてプレゼントすることが出来ますから」


 成程、そういうことだったのか――磨鈴の隣で凛空は、ひとり合点して何度も頷いていた。

 どうしてスクールカースト最上位に君臨する磨鈴が、SNSRPGなどにあれ程の興味を示していたのか。何故彼女があんなにも凛空の描くイラストを欲しがったのか。

 その全ての理由が今、語られた格好だった。

 意外ではあったが、同時に素晴らしいと密かに感動した。

 好きが高じて、自力でイラストを描きたくなるという気分を抱いてくれたことが、凛空には何にもまして誇らしく思えた。

 イラストレーターS-Rickとしてプロデビューを果たし、ブラッドスローンに登場する多くのキャラクターのデザインを手がけ始めてからまだほんの一年程度の凛空ではあったが、この仕事をしていて良かったと、心の底から嬉しく思った。

 そしてブラッドスローン関連なら大抵のことは知っている凛空。これから色々と磨鈴にアドバイスしてやれそうな気がしてきた。

 ところがそんな凛空の高揚感を差し置いて、田嶋会長が任せろとばかりに胸を張った。


「ブラッドスローンのことなら、この学校じゃボクが一番詳しいからね。どんなキャラクターでも、変幻自在に描いてみせるから、ボクを師匠と呼んでくれたまえ」


 凛空は内心で苦笑を禁じ得なかった。

 目の前に、そのブラッドスローンの人気キャラクターを数多く生み出してきたプロが居るのに、これは中々強気な発言だ。

 とはいえ、校内ではS-Rickとしての立場を隠している凛空だから、偉そうなことをいえた義理でもないのだが。

 そして田嶋会長のテンションの爆上げ具合は相当なものだった。鋼の姫を弟子に従えることなど、普通ではまずあり得ない。そんな夢の様な状況が実現したのだから、天狗になるなといわれても無理だろう。


「ところで、君も入会希望?」


 ここで杏奈が凛空に水を向けてきた。

 プロである以上、アマチュアが運営する高校の同好会には何の興味も無かった凛空なのだが、傍らに座っている磨鈴が妙に熱を帯びた視線で、まるでせがむ様にじぃっと見つめてきた。

 こんな風に期待されてしまうと、凛空としても断れる気分ではなくなってしまった。


「あ、えぇと、はい……僕で良かったら……」

「良いも何も、うちとしては大歓迎だ!」


 突然飯塚副会長が立ち上がり、物凄い勢いで近づいてきて凛空の手を取った。何故か、異様な程に興奮している。


「何となくだがね、きみには同じ空気を感じていたんだよ! きみ、もしかして普段から自力でデジタルイラストを描いてたりするんじゃないか?」

「え、えぇ、まぁ、一応……」


 すっかり圧倒された凛空は、つい余計なひと言をポロっと口走ってしまった。

 ここでPC作業室内には、最初に磨鈴が姿を見せた時に続いて、歓喜の狂騒第二波が訪れた。

 即戦力が入会してくれたと三人の先輩達は大いに喜び、田嶋会長に至ってはむせび泣く始末だった。


(大袈裟だなぁ……)


 凛空は引きつった笑みを漏らしてしまったが、その隣で磨鈴が、凛空に向けてほんの一瞬、その美貌を苦笑らしい形に緩めていた。

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