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8.絵師は引率する

 それからの翌日以降、凛空は何かにつけて磨鈴と接する機会が多くなった。

 磨鈴はどういう訳か時々教科書を忘れてくることがあり、その都度、左隣の凛空席に机を寄せてきて、ふたりで顔を寄せ合って一冊の教科書を左右から覗き込むという光景が何度も見られた。

 凛空は磨鈴との仲が少しずつ良くなってゆくのを肌で感じていたが、反比例的にクラスメイト男子からの突き刺さる様な視線強度が段々と威力を増していっている様子も伺えた。


(ははは……まぁ、そうなるよね、やっぱり……)


 内心で乾いた笑いを漏らしながら、しかし自分としてはどうすることも出来ない。

 磨鈴を挟んで反対側に座っている亮輔などは時折、


「オレも教科書持ってるぞ」


 という無言のアピールを投げかけてくるのだが、何故か磨鈴は一切気付かぬ様子で、毎度当たり前の様に凛空の方へと机を寄せて来る。

 美都奈などは、もう諦めろといわんばかりの乾いた笑みを送ることもあったが、それでも亮輔は粘り強く毎回アピールし続けていた。

 そんな日々が続いてしばらく経った或る日、またもや机を寄せてきた磨鈴が、ふと何気ない調子で妙なことを囁きかけてきた。


「そうだ……南城くん、デジタルイラスト研究会って、知ってる?」

「あ……デジ研って呼ばれてるとこですね。はい、名前と噂ぐらいは……」


 磨鈴が訊ねてきたデジタルイラスト研究会は、部活ではなく同好会だということらしい。

 絵心が無くとも、先輩会員が懇切丁寧に色々と教えてくれるから、どんな初心者でも割りと早い段階で一枚絵をそれなりに仕上げることが出来る様になるのだという。

 どうやら磨鈴は、そのデジタルイラスト研究会に入会しようかと考えているらしい。


「え……帝塚さんが、ですか」


 その予想外の意思に、凛空は驚きを禁じ得なかった。

 スクールカースト最上位に君臨する超絶美少女の磨鈴が、オタクや最底辺民などが出入りする辛気臭い同好会に入会を希望するなど、ちょっと考えられない話だったからだ。

 しかし磨鈴の意思は本物らしい。

 彼女は活動場所や活動日時について真剣に情報を掻き集め始めており、自身もデジタルイラストを描く為のPCやデバイスの購入を本気で検討している旨を語り始めた。

 これがプロの仕事という局面ならば、凛空は幾らでも助言してやれる立場にあったのだが、高校生が趣味で手掛ける活動には、流石に手を出し辛かった。

 S-Rickとしての立場がバレてしまえば、後が色々と面倒臭くなりそうだったからだ。

 とはいえ、磨鈴がデジタルイラスト研究会に入会する意思を持っていることについては、凛空としては別段反対するつもりは無かった。


「それでね……もし良かったら、南城くんにも一緒についてきて欲しいんだけど」

「え、僕がですか」


 凛空は一瞬迷った。

 磨鈴の為に色々とアドバイスを送ってやるのは全く吝かではないのでが、自分が直接デジタルイラスト研究会と関わりを持ってしまうのは、少し問題がありそうな気がしたのである。

 しかし――。


(他でもない、帝塚さんの頼みとあっちゃあ、断る訳にもいかないかな)


 磨鈴には席替えの時に庇って貰った恩がある。

 その彼女の助けとなるならば、一緒についていって諸々の助言を与えることぐらいなら、別に大きな問題へ発展することも無いだろう。

 磨鈴には、凛空がイラストの技術があることを黙っていて貰えれば、それで済む話だった。


「僕で良ければ……ただ、ひとつお願いがあります。僕が絵を描けることは、極力黙ってて貰えませんか?」

「きみは……それで良いの?」


 寧ろ逆に、磨鈴の方が驚いた様子で小首を傾げてきた。

 凛空程の技量があれば、即戦力として大歓迎されるのではないか、というのが磨鈴の疑問らしい。

 しかし凛空は、ちょっと色々事情がありまして、と言葉を濁した。

 これに対し磨鈴は、それ以上追及してくる様な真似はしなかった。彼女は不思議と、凛空の意思は尊重してくれることが多かった。

 今回も磨鈴は、凛空がそういうのならと、あっさり引き下がってくれた。


「その代わり、僕でお手伝い出来ることなら、何でもやらせて貰いますから、気軽にお申しつけ下さいね」

「うん、ありがとう。これから色々、頼らせて貰うことになるだろうから、宜しくね」


 この時、凛空は思わず、はっと息を呑んだ。

 磨鈴がほんの薄っすらとではあるが、その形の良い桜色の唇に笑みの形を浮かべていたのである。

 これまで散々鉄仮面だ鋼の女だと揶揄され続けてきた彼女が、凛空の前で初めて笑ったのだ。

 他の生徒は誰も気付いた様子が無い。

 授業中なのだから当然といえば当然だが、それにしても凛空の前だけであれ程に美しい笑みを披露してくれるというのは、一体何が彼女にそこまでさせたのだろう。

 凛空にとってはそれ程に、衝撃的な一瞬だった。


◆ ◇ ◆


 そしてその日の放課後、凛空は磨鈴と連れ立ってデジタルイラスト研究会の活動場所へと足を運ぶことになった。

 実はこの日の昼休みに、凛空は校内の掲示板や部活動案内板などを巡って、デジタルイラスト研究会の活動場所と活動日時を前もって調べていたのである。

 結果として、凛空が磨鈴を案内する格好で情報処理学習室の隣にあるPC作業室へと向かう形となった。

 このPC作業室が、デジタルイラスト研究会の活動場所として使用されている訳だ。


「すみません、失礼します」


 凛空がノックを響かせてから、応答の声に続いてドアを開けると、そこに三人の研究会員の姿があった。


「えっと……デジタルイラスト研究会はこちらで宜しかったでしょうか……」


 挨拶に続けて凛空が問いかけたが、しかし研究会の会員らは凛空など無視して、彼の傍らに立つ超絶美少女に向けて素っ頓狂な声を上げていた。


「え……えぇぇぇぇぇぇ! て、帝塚さんだぁ!」

「うっそ、マジかぁ! あの……あの、鋼の姫が、うちの部屋にぃ?」


 とてもではないが、すんなり磨鈴が入会出来る様な空気ではなかった。

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