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3.絵師は引っかかる

 あれ以来、凛空は磨鈴とは出来るだけ距離を取ろうと努めた。

 あんなに綺麗なひとが、自分みたいな陰キャなぼっちと何らかの繋がりを持つなど、まずあり得ない話だ。

 彼女の美貌にはどうしても心惹かれてしまうのだが、しかし下手に関わりを持ってしまうと、他の陽キャ連中が黙っていないだろう。

 磨鈴は、見た感じこそ冷淡で鉄仮面の如く無表情だが、決して周囲から浮いている訳でも、また孤立している訳でもない。

 彼女は笑顔をほとんど見せないだけで、周囲に対しては人並みに接している。問いかけられれば普通に答えているし、他の女子らと一緒になってお喋りに興じている姿も何度か見られた。

 要は、磨鈴はただ笑ったり怒ったりすることがないというだけで、決してぼっちではないということなのだろう。笑わないから陰キャというカテゴリーに入るかも知れないが、断じてコミュ障などではない。

 実際凛空は教室内で、磨鈴の実に艶やかで張りのある声を何度も耳にしていた。

 あの美貌に加えて、周囲に集まる他の生徒らへの澱みのない言葉遣いや流れる様な台詞の数々は、彼女が間違い無くスクールカースト最上位の存在であることを雄弁に物語っている。

 絶対に、凛空とはベクトルが交わることなど無いだろう。


(はは……そりゃ、そうだよな……僕なんかとは住む世界が、そもそも違い過ぎるんだよ……なのに、僕は何を勝手にひとりで勘違いして、勝手にびくびくしてたんだろうな……)


 入学式から早くも一週間程が経過した頃、凛空は放課後の廊下をひとり自嘲の笑みを浮かべながらのんびり歩いていた。

 今のところ、クラスメイトの大半は凛空の存在など忘れてしまった様子で、それぞれの華やかな生活を送っている。

 もう間も無く席替えが実施される予定だが、その時もきっと、凛空の前後左右に座る連中は彼を疎ましく思うか、或いは路傍の石の如く完璧にシカトするかのいずれかであろう。

 勿論、凛空自身はその様に扱われることには慣れ切っているし、寧ろその方が気楽だとさえ思っている。

 下手に目立つと何をされるか分かったものではないから、兎に角静かに、穏便に暮らすことだけを考える様にした。


(そういえば、遠足なんかもあるんだっけ……どうせどこの班にも入れて貰えないだろうし、サボっちゃおうかな……)


 などと考えながら、ひと気の薄れた廊下をひとり寂しく歩いてゆく。

 クラスメイトの大半は部活へ向かったか、既に帰宅したかのいずれかであろう。凛空はこの日はたまたま用事で職員室に足を運んでいたから、他の面子よりも家路に就く時間が遅れた。

 が、こうして誰の目にも留まることなく、孤独に帰宅するのもそろそろ板についてきた様な気がしていた。

 しかしこの日は、思わぬ出来事が不意に襲い掛かってきた。


「きみ……絵、上手いんだね」


 突然誰かが、後ろから呼びかけてきた。

 その凛とした艶のある声に、凛空は思わずびくっと全身を強張らせて立ち止まった。

 あり得ない、そんな馬鹿なことが――凛空はごくりと喉を鳴らしながら、ゆっくりと振り向いた。

 すると、彼のすぐ後ろにあの完璧な程の美貌が静かに佇んでいた。

 磨鈴だった。

 凛空は愕然たる表情で、じっとこちらを見つめてくる磨鈴の端正な顔立ちを凝視した。目を逸らしたくとも、出来なかった。

 それ程に彼女の美貌は、悪魔的な魅力に彩られていた。


「な……何の、こと、かな……」

「誤魔化さなくても良いから……絵が上手いって言葉に、そんなに敏感に反応するってことは、やっぱりきみは本当に絵が上手かったってことなんだね」


 この時凛空は内心で、しまったと唸ってしまった。

 先程磨鈴がかけてきたひと言は、引っ掛けだったのか。

 その巧みな罠に乗ってしまった自分に、凛空はただ呪詛を投げかけるばかりであった。

 そして磨鈴は、そんな凛空の葛藤などまるで知らぬとばかりにゆっくりと歩を寄せてきた。ミニスカートから伸びるすらりとした白い脚が、恐ろしい程の色気を漂わせると同時に、この上なく不気味に思えた。

 凛空は、逃げようと思った。しかし、体が動かない。

 まるで蛇に睨まれたカエルの如き心境だった。


「ねぇ、きみ……確か、南城くんって、いうんだっけ?」


 磨鈴はにこりともせずに、静かな調子で問いかけてきた。凛空はただ、頷くことしか出来なかった。


「それで、きみ……何であんな絵、描いたの? あれ、どう見ても、わたしをモデルにしてたよね?」


 彼女の声にはほとんど全くといって良い程に、抑揚が無い。

 その平坦な調子が却って恐ろしかった。勝手に自分がモデルにされたことに対し、相当腹が立っているのだろうか。

 いや、それも無理のない話かも知れない。

 磨鈴は誰もが認める超絶美少女で、しかも陽キャ連中にも崇められる程の高嶺の花なのだ。

 そんな彼女の姿を勝手に絵にしたことに対し、怒りの念をぶつけられたとしても文句はいえないだろう。

 これは全て、凛空のだらしない欲望がもたらした結果なのだ。甘んじて受けるしかない。


「あ、えっと……その……御免なさい……もう、二度とやらないので……今回は、許して、下さい……」


 凛空は消え入りそうな声を辛うじて搾り出した。

 今ここに居るのは磨鈴ひとりだが、きっと彼女がひと声かければ、あっという間に陽キャ連中が凛空に制裁を加えに集まって来るだろう。

 そんな悲惨な事態を回避するには、もうひたすら謝るしかない。必要ならば土下座だって辞さないつもりだった。

 ところがその直後、思わぬひと言が返ってきた。


「どうして謝るの? わたしは別に、怒ってなんかいないんだけど」


 予想外の応えに、凛空は思わず両の瞼を瞬かせた。

 一方、磨鈴は大きな膨らみが自己主張している豊満な胸元から、何かの紙片を一枚取り出して凛空に押し付けてきた。


「はい……じゃ、これ、お願い」


 磨鈴はそれだけいい残すと、踵を返して去っていった。

 その場に置き去りにされた格好の凛空は、磨鈴から押し付けられた紙片に、信じられないものを見た。


「え……これって……」


 思わず声に出してしまった。

 その紙片には、幾つかの文字列が並んでいる。それらは全て、SNSRPG『ブラッドスローン』に登場するキャラクターの名前だった。

 まさか、彼女は――。


(え? これ、描いてこいってこと?)


 凛空は尚も信じられず、その場に愕然と立ち尽くしていた。

 まさか、磨鈴がブラッドスローンの登場キャラ名を知っていたとは。

 しかもそれを、凛空に要望してくるとは。

 こんな展開、一体何をどうすれば予測出来ただろうか。

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