15.絵師は評価する
遠足の翌日、PC作業室に激震が走った。
漫画研究部との対戦式コンテストに臨む飯塚副会長が、前日の体育の授業で、バスケットボールの試合中に右手人差し指を突き指してしまったというのである。
飯塚副会長の利き手は右だ。つまり、デジタルイラストを描くに際して、微調整が利かなくなるというハンデを自ら負ってしまった格好だった。
「御免、皆……こんな大事な時に……」
「怪我してしまったものが仕方が無いよ。それよりも、今からどうすべきかを考えよう」
項垂れる飯塚副会長の肩をぽんぽんと軽く叩きながら、田嶋会長は他の面々に視線を流した。
確かに彼のいう通り、ここで落ち込んでいる場合ではない。対戦式コンテストの投票日は来週の水曜、つまり現時点でもう一週間を切っている。
既にある程度の工程は進めているという話だから、誰かが飯塚副会長の後任に入れば何とか期日には間に合わせられるだろう。
尚、途中交代が認められるのはひとりだけだから、飯塚副会長の作品を受け継いで携わることが出来るのは、凛空か磨鈴のいずれかのみであった。
「なら、わたしにやらせて下さい」
ここで磨鈴が声を上げた。
彼女は三人の先輩達と同じぐらいの強い気持ちで、このデジタルイラスト研究会という自分の居場所を守りたいと願っているらしい。
まだイラスト制作技術を学び始めたばかりの磨鈴だが、その成長は凛空から見ても目を見張る程の速さだ。彼女なら飯塚副会長の指示に従って十分に作業の続きを進めることが出来るだろう。
「御免、南城くん。ここはわたしにやらせて欲しい……本当なら、実力的にも南城くんが飯塚さんの後を受けるのがベストなんだろうけど……」
磨鈴はどうやら、この勝負には凛空を巻き込みたくないという思いを抱いている様子だった。
そもそも凛空は当初、デジタルイラスト研究会に入会する意図は持っていなかった。が、磨鈴が半ば頼み込む形で一緒に入会したという経緯がある。
いわば、凛空は今回の一件には巻き込まれた様なものだ。
その凛空の手を煩わせる訳にはいかないというのが、磨鈴の考えらしい。
(でも、本当に大丈夫かな……?)
相手はブラッドスローンの二次創作同人誌でキャリアと実績を積んでいる、桜庭部長だ。彼の手ほどきを受けた部員らもきっと、相当な実力の持ち主だろう。
そんな強敵を相手に廻して、磨鈴が太刀打ち出来るのか。
(いや……僕がそんなことを考えること自体、おこがましい話だよね)
凛空は内心でかぶりを振った。
磨鈴の努力とその成長は、凛空も間近で見ていたから知っている。例え敗れることになっても、ここは彼女の意思を最大限に尊重すべきだろう。
田嶋会長と杏奈も、磨鈴の覚悟と強い想いを感じ取ったのか、彼女が飯塚副会長の後を受けて制作に着手することには何もいわなかった。
勿論、凛空は何もしない訳ではない。
磨鈴の傍らに張り付き、飯塚副会長と一緒になって諸々の助言や作業補助に入る。主制作者は飽くまでも磨鈴だが、凛空がそのサポートに入ることには何の制約も無い。
要は凛空がメインの制作者として手を付けなければそれで良いのである。
「頑張りましょう、帝塚さん。出来ることはまだまだ、たくさんありますから」
「うん、ありがとう。南城くんが居てくれるなら、わたしも心強い」
こうして磨鈴の戦いが始まった。
◆ ◇ ◆
そしていよいよ、漫画研究部とデジタルイラスト研究会による対戦式コンテストの投票日を迎えた。
両者はそれぞれの作品を校内ソーシャルネットワークにアップロードし終えており、後は全校生徒がポイントを投票してゆくだけである。
(流石だな……どちらも素晴らしい出来栄えだよ)
凛空はデジタルイラスト研究会の一員としてではなく、ブラッドスローンの公式イラストレーター、S-Rickとしての目線で両者の作品にじっと目を凝らした。
桜庭部長の漫画的な構図を意識した作品と、田嶋会長の一枚絵のピンナップ然としたイラストは甲乙付け難い程に完成度が伯仲している。
そして漫画研究部の他の二名が制作したイラストも、ダイナミックな躍動感に満ちており、流石だと唸らされた。
(アマチュアとしての実力は、相当なものだね……)
同時に凛空は、自分がデザインしたキャラクターをこれ程までに愛してくれているのかという感謝の念を禁じ得なかった。
彼らのブラッドスローンへの愛情は間違い無く、本物だろう。それ故に、今回は敵対する格好とはなってしまったものの、漫画研究部に対しては心の中で感謝と敬意の念を抱いてしまった。
一方、杏奈の作品も十分なレベルに達している。彼女は色使いが柔らかで、見る者に安心感を与える総合的な技術の高さを感じさせた。
躍動感は無いが、静かな構図の中に間違い無くキャラクターの息遣いを感じることが出来る。この作品のレベルならば、或いは漫画研究部員らの実力を押し返すことも可能だろうか。
しかし問題は、飯塚副会長から後を受けた磨鈴の作品だった。
確かに彼女は本当に頑張った。その努力を、情熱を、凛空は間近で見ていたから知っている。
が、作品そのものの出来栄えという観点で見れば、他の五作品と比べるとどうしても一段、見劣りしてしまっていた。
(これは……勝負あったかな)
磨鈴の落ち込む顔を思い浮かべて、つい奥歯を強く噛み締めてしまった凛空。
だが、結果は結果として受け入れなければならないだろう。
(帝塚さんは……漫研に入るのかな……?)
桜庭部長は磨鈴を漫画研究部に引き抜く為に、今回の勝負を仕掛けてきたものと思われる。しかし磨鈴にその気が無ければ、彼の思惑も空振りに終わるだろう。
尤も、PC作業室を得られるというメリットは依然として残る。
いずれにしても、漫画研究部にとってはプラスの結末で終わることになるのだろう。
(僕は……どうしようかな)
活動場所を失う以上、デジタルイラスト研究会は解散を余儀なくされる。
凛空は、どう動くべきか。
少しばかり、頭を悩ませる必要があった。




