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1.絵師は失敗する

 私立K高等学校の入学式前日。

 南城凛空(なんじょうりく)は締め切りぎりぎりまでデザインに苦しんでいた、とあるキャラクターイラストをやっとの思いで完成させた。


(や……やった……間に合った……!)


 それは現在、巷で人気を博しているSNSRPG『ブラッドスローン』の最新作に登場する主人公の女性キャラクターを描いたイラストだった。

 凛空はひと息入れる間も無く、この最終稿を契約先である大手ゲーム会社の担当者へと送付した。

 ラフの段階で既にOKは貰っていたから、後は向こうで細かな微調整を施した上で検収完了という段取りまで進めてくれることだろう。


(はぁ~……大変だったけど、遂にやり切ったぞぉ……)


 ひとつ大きな仕事を終えたことですっかり安堵した凛空は、作業用チェアの背もたれに151cmの小柄な体躯を預けて、ぼんやりと天井を見上げた。

 この時、彼の脳裏には今までの苦労が次々と過っていった。

 中学三年生の時にイラストレーター『S-Rick』としてデビューを果たした凛空は期待の超新星、次代の天才などと持て囃されたものだったが、そこに至るまでは艱難辛苦の毎日だった。

 周囲からはプロデビューなど絶対無理だと嘲られ、散々馬鹿にされ続けてきた為、同世代に対してはすっかり対人恐怖症に陥ってしまった感が拭えない。

 それでも何とかここまで辿り着き、多くのファンを抱える様になったのは、凛空のイラストへの情熱と、描くことに無上の幸福を覚える絵師としての喜びがあったからこそであろう。


(明日は入学式かぁ……どうせまた、僕はぼっちで三年間過ごすんだろうけど……)


 そんなことを思いながら、ぼんやりとカレンダーを眺めた凛空。

 その隣には、紺色のブレザーとチェックのスラックスがハンガーに掛けられてぶら下がっている。


(別に学校なんか行かなくても、絵だけで食べていければ良いんだけど……)


 しかし両親は、その道を許してくれなかった。

 将来的にイラスト一本で食っていけるという目途が立つまでは、周りと同じ様に高校から大学までの学問を修めておけときつくいわれてしまっていた。

 今まで育ててくれた恩義もある為、一応は両親の言葉にも耳を傾け、最低でも大学ぐらいまでは学歴を残そうと決心した凛空ではあったが、正直いって、そこまで真剣に勉学に励むつもりもなかった。


(けどまぁ、行くって約束したから、そこはちゃんと守らないとな……)


 そんなことを考えていると、不意に腹の虫が鳴った。

 細い腕、華奢な体格で背も低いが、他の若者と同じ様に腹だけはしっかり減る。

 一向に体が大きくならない己の小柄な体躯に苦笑しながらも、凛空は一階のリビングダイニングへと下りていった。


◆ ◇ ◆


 そして、翌日。

 入学式を終えて、自身が所属することになった一年D組の教室へと足を運んだ凛空だが、この初日の段階で早くも周囲から置き去りにされつつあった。

 視線を巡らせると、そこかしこで形成されつつある仲良しグループが幾つも視界に飛び込んでくるのだが、凛空の近辺には誰ひとり寄って来る気配が無い。

 中学の時から、その陰気で根暗な雰囲気や表情がクラスメイト達から疎まれてきた凛空。そのぼっち感は高校に入っても健在だった。


(あぁ~ぁ……やっぱ、こうなるのか……)


 元々、余り声が大きい方ではなかったし、社交的でもない。

 誰かに呼び掛けられても、変に挙動不審な態度でおかしな反応を返すものだから、自然と誰も近寄らなくなってしまう。

 実際、この教室に入ってからも何人かのクラスメイト男子から声がかかったが、その都度凛空は、コミュ障かと思われる程の口下手ぶりを発揮してしまい、自分で勝手に彼らを遠ざけてしまう破目に陥っていた。


(あぁもう……何やってんのかな、僕は……)


 そんな情けない自分に嫌悪感を抱くものの、しかし改善しようという気にもなれなかった。

 今更頑張ってみたところで、どうせ最後にはハブられるに決まっている――これ程に卑屈感丸出しの根性が根付いているから誰にも相手にされないのだと自覚しつつも、だらかといって自分を変えようと一念発起することもなかった。


(もぅ、良いんだよ、僕は……)


 すっかり殻に閉じこもってしまった凛空は、漫然と教室内を眺めた。どの顔も明るく元気で、新しく出来たばかりの友達グループの間で機嫌良さそうに笑っている。

 そんな中で凛空は、ひとりの女子の姿に目が釘付けになった。


(わ……綺麗なひとだな……)


 少し離れた位置の席で、ピンクブラウンのロングレイヤーカットが美しい端正な顔立ちの女子生徒が、何人かのクラスメイト女子に囲まれる格好で静かに座っていた。

 その美少女の名は、帝塚磨鈴(てづかまりん)

 出身中学では鋼の姫と呼ばれる程の無表情な鉄仮面で知られているらしいのだが、それにしても信じられない程の美しさだった。

 まるで凛空がよく知るゲームの世界から飛び出してきたかの様な、際立つ程の美貌だった。


(世の中には、あんな綺麗なひとが本当に居たんだな……)


 するとその時、凛空の脳裏に何かが閃いた。

 彼女をモデルにして、新たなオリジナルキャラクターを描いてみたい――そんな欲求が不意に湧いてきたのである。

 が、流石に今は無理だ。いきなりノートを取り出してペン先を走らせるような真似をすれば、無駄に注目を浴びてしまうだろう。


(でも、描きたいなぁ……後で自己紹介とか連絡なんかのロングホームルームがあったっけ……その時にでも……)


 何とか己の欲求を意思の力で抑え込んだ凛空。

 楽しみは後に取っておけと自らにいい聞かせて、今この瞬間は何とか堪え切ることにした。

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