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夢2  作者: 桃花
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無題

よろしくお願いします

誤字脱字は持病なので。

これ読めないというものがありましたらお知らせください

インスピレーションで読めるならオッケー

まあ別にいいか。

本来は私の誕生日で祝うためにと何やら朝から準備をしていたが、それが息子さんの大学の合格お祝い会に早変わりしたのは、致し方がないことらしい

今の家族にはさほど執着を感じてもいないし。何かの目的があって私を引き取ったのだろうけれどもその目的はいまだに不明であるが、嫁いびりがひどく気に入らない孫ごといびり出すくらいの祖母と母親から嫁を守ることなくただ薄らぼんやりといる父親がいる環境よりはまあいいだろう。

彼らの大切な息子ちゃんたちとは同じ幼稚園に通っていたからだ。今でいうシェルターの最寄りの幼稚園がそこだった。

小さい頃は素直で天使のような?末の息子ちゃんがどういう経緯か知らんが拉致られそうになった時に結果的に身代わりになり生死をさまよった私を引き取ったのがこの家だ

私がほかの子供と間違えられて誘拐されて見るも無残に暴行されて(性的暴力はされていなかっただけ幸いだといわれたらしい)発見されたときに母のもろく壊れかけていた精神が崩壊して何もできない人となってしまった。ゆえに母はそのまま精神病棟へ

私はどこか児童福祉施設にと流れたが、息子に間違えられて暴行を受けて育てる家族がいなくなったかわいそうな子をという慈愛?偽善?な精神で引き取られて十数年。最初はいろいろと手厚く本当の娘のようにという風に気をかけてもらったが、そこまでべたべたされたくない派の人間なので適当に放置してください。できることは自分でできますし何もできない赤子のように手を出さなくても十分ですとこちらからお願いして程よく放置してもらっている

家にいる時間をできるだけ短くしなおかつ自由なお金を得るためにちょっと無理して週4のバイトを入れて名目上の家のリビングに顔を出せば。誕生日だといっていた養母があ!という顔をしている。

食卓には色とりどりのお祝いのごちそう。これぞ一家団欒という風な感じなのを見て

「何かいいことでもあったのですね。おめでとうございます。そういえばそろそろ大学受験の結果が発表されるくらいですよね。合格したんですね。おめでとうございます」すっと頭を下げてから台所に進み出て買ってきた総菜と作り置きしているおかずをワンプレートに乗せて歩き出す。気まずそうな雰囲気は放置して部屋とされている物置部屋に足を向けてから

「そういえば母から手紙が来ていると思いますが?」大切なことを思い出して振り向き聞けば慌てている母親の代わりに長兄がすっと差し出してくれた手紙。どこかぼろぼろなのは養父母が勝手に処分しようとしたのだろうまた。

ありがとうございます

頭を深々と下げてから再び歩き出した私に声をかけてきたのは同じ年の次兄である

「一緒に食べねーの」

「食べないですね。そこに私の食べられる食事はありませんから」にこやかに微笑んで私の祝いの全ではないとバッサリ切り捨てる私に渋い顔をしている。何が気に入らないのかさっぱりわからないが、子供の代わりにぼこぼこにされた子供を養子に入れて普通よりややいい生活をさせるのが報奨だったのだろうと思っている。母と二人だけでの生活であったら今の水準の生活は無理だろう。それはわかるが、こう心に穴がぽっかり空いているような暮らしをしていなかったと思う。

部屋で食事をとり大切な母からの手紙を開ける。

誕生日を祝う言葉で始まり始終元気だろうか?変わりないかとこちらを気遣う内容で。そろそろ大学に進学するか就職するかだろう。許されるなら手に職をつけた方がいいだろうと思うが、あれならいったん就職してから大学や専門学校に行く手もある。どうか人生悔いのないようにという言葉で絞められた子を案ずる母の手紙を読んで母が元気で生活しているのだということはわかった。心が折れた母が正気に戻り普通に生活を歩めるようになったのは私が中学になったころだ。それから年に一度だけ誕生日だけ母からの手紙が送り届けられる。

たとえ養子縁組をしていたとして実の母親が子供に会いたいといえば、子供が拒否しなければ会える。それは子供の権利である。最初の手紙が送られてきたときに破り捨てようとした養父を突き飛ばし自分への手紙だと母からの手紙を取り戻した。一人にしてしまったことへの謝罪。今は姉のもとで生活しながら一般社会に復帰するために頑張っている。年に一度養子先の家族に配慮して誕生日だけ手紙を送ってもいいだろうか?というのが最初の手紙である

返事はいらない。ただただ誕生日を祝いたい母親のわがままであると書き記された手紙に最初で最後の返信の手紙を送ってから6年間続けられている親子の交流。

悲しくて泣き叫びたいことがあろうとも生きていることが嫌になって死にたくなってもどこかで母が自分のことを思ってくれている。ただそれだけで頑張れている。どんなに大切にしようとしても靡かず一心に実の母親だけを頼りにしている私をいい子いい子どうでもいい子として扱ってしまうのは致し方がないことだしそれでいいと思っている。なぜか果敢に交流を図ろうとしている次兄は理解できないし形だけでもと頑張っている養母には申し訳ないが、こればっかりは相容れないものであるのであきらめてほしい。外へのパフォーマンスとしては最高なので高校卒業までの4か月だけは頑張ってほしい

 卒業後は養父母のすねをかじるつもりはなく普通に就職して普通に独立するつもりである

寮がある工場に勤務することが決まっているし。給与は安いだろうが生活できないわけでもない。今貯めているお金で生活に必要なものをそろえるつもりだし。そこまで面倒を見てもらうつもりもない

その旨は高校入学しバイトを始めたときにすでに伝えている。

ちょっと嫌な顔をされたが、けじめなので意地を通させてもらった。

相容れないと。けじめとして成人したら家を出るしそのための努力はする。養子だからと陰口をたたかれないように養子をいじめていると世間様に言われないようには一応歩み寄っているがそれ以上でもそれ以外でもないというスタンスである。

私という異分子に最初っから拒否感を表していた長兄も私の養子にしてもらったのはありがたいが私は他人ですので。スタンスを見てさほどつんつんしてこなくなったし。変にかかわってこようとしたりするとほかの家族を止めたりしてくれるようになった。現に今日も母からの手紙を捨てられないように確保してくれていた。意外と優しいというかそういうスタンスなら手助けしてやるぜ。と養家族では関係がいいのは長兄だろう。

お互いに程よい距離を保ちつつ高校を卒業。

卒業式前にすでに社員寮に入りいろいろと独り暮らしの準備をしてバイトとして働きだしていた。卒業式だけは一応ということで有給をもらって式が終わればそのまま寮に戻ることとなっている。寮に入るときに今まで育ててくれたことを感謝たし今後二度とご迷惑をおかけすることもないでしょうと頭を下げてけじめをつけておいた

ちらちらと何か言いたげに視線を向けてくるが何も言ってこない養父母と来ていたんだという次兄に軽く挨拶をしてから帰宅するのでと断りを入れて立ち去ろうとしたら

「なあ。何でそんなに他人行儀なんだ?家族だろう」そういう次兄に

「他人ですもの当たり前ではないですか。善意なのか哀れみなのか知りませんが引き取ってくれて今まで育ててくれたことはありがたいと思いますが。あの事件がなかったら私が同じような状況になってもあら、かわいそうね。で終わっていたのは簡単に想像できます。確かに母が壊れたときにひきとってもらって今までではできないだろう品質の良い生活をさせてもらいましたが、それはあの事件で私があなたの代わりに暴行を受けて生死をさまよったから。ただそれだけですよ?」にこやかに微笑んで他人だという私に理解できないと吠えるので

「別に理解してもらおうとも思っていませんが。私は私のために生活を整えて自分で勝手に満足して幸せになります。それを他人に理解してもらおうとは思っていませんし。そもそも他人であり考え方が違うあなた方に理解してもらおうとは思ってもいません。そういう人間を昔世話したなくらいでいいと思いますよ」これ以上いたら間に合わなくなりますので

再度、断りを入れて校舎をあとにする

淡々と仕事をして好きなことを好きなようにして過ごし。数少ない友達を作り自分という人生を大化している。高校最後の誕生日の母からの手紙に返信をした

無事、高校卒業して就職も決まった。今は何をしたいかわからないからお金をためてやりたいことができたときにできるように貯金を始めている。だから安心してください。今度手紙を送ってくれるときはこちらの住所でお願いしますと。

それから寮に誕生日になると送られてくる母の手紙。

返信はいらないと無事高校卒業したことを祝われ会社で何かあれば逃げたっていいという社会人の先輩からのお言葉。それと季節の話やうれしかったことなど書かれた手紙の最後の一文に。大切な人が出来てその人と人生を歩んでいこうと思っているとの報告があった。

ああ、母も幸せになるのだろうと思って寂しいようなだけどどこか安心する気持ちが湧いて出た。

愛する人よ幸せに。

その幸せが100以上続き脈々と受け継がれていきますようにとうたわれた曲を思い出された

今度こそ幸せになってほしいと

子はできないかもしれないし。できるかもしれない

母も50歳近くだが、高齢出産ということもある。

相手も同じようならば子供を作らないという選択もあるし。子育てがひと段落してお互いにお互いだけを大切にできるということでの結婚かもしれないが。どうか

どうか幸せになってほしいと

それ以来誕生日ではないときにも手紙が来るようになった。文脈を見て問題はないか幸せなのかと思ってしまうが些細なことはあれども幸せであるように読み取れるし。最低かもしれないが、母の手紙の消印からどこで出されたのか調べて軽く探してどこに住んでいるのかは把握済みである

何か決定的なことがあって困ったことになったならば土足でしゃしゃり出て母だけをかっさらっていくことはできるようにはしている。

それがないならそれでいいと思いつつ

何でこんなに母に執着しているのだろうと乾いた笑いが出てくるが

それが私である。

楽しめましたでしょうか?

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