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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
8/43

【8話】 死闘

 


 二人の命運を決める死闘は突如始まった。先陣を切ったのは、どちらだったのか。

 タイミングはほとんど同時。両者は共に走り出し、その距離はぐんぐんと急速に埋まっていく。


 間合いに入るか入らないか寸での所でネルが先に飛び込み、黒騎士の身体を目掛けて斬りかかった。

 空中に浮かんだ少女の身体を、前進を続けたまま黒騎士は目で追う。


「炎狼剣ッ!!」


 それはカルドリザード相手に放ったものと同じ技。

 当たれば必殺の剣技でネルは仕掛けた。


 腕から焔が燃え上がり大剣へとその力を伝えていく。

 燃える燃える、まさに炎の一撃。


 黒い鎧を纏った本体を目掛け、重たく力強い斬撃が襲いかかった。

 対する黒騎士も剣を振り上げその一撃を真正面から迎撃する。

 切り上げた刃と振り下ろした刃。その二つが交わる瞬間。


 ─────ギャリィィインッ!


 爆発音にも似た、鋼同士のぶつかる音。

 耳をつんざく金属音が、部屋中に響き渡った。


「ウラァァアッッッ!!」


 獣のような咆哮を放ち、ネルは刃をさらに押し込む。

 だが力では黒騎士には及ばず。

 奴が切り上げた刃がネルの持つ大剣ごと彼女の身体を吹き飛ばしてしまう。


「クソッ!」


 渾身の一撃を弾かれたネルは空中でひらり、回転して体制を立て直そうと試みるが。

 炎狼剣を放ったあとでは力が上手く入らず、足を着くべきタイミングを逃し、背中から固い床へと着地してしまった。


「グゥッ!」


 ドガンッ! 強い衝撃が背中に走り内臓が瞬間的に機能を停止する。

 ゴロゴロと無様に床をころがって遠心力がなくなるまで彼女は回り続けた。


「ネルッ!」


 アイシスが叫び、いてもたってもいられず倒れるネルの元へ走り出す。


「……大丈夫! 大丈夫だから!」


 だがネルはそれを手で制し、助けを拒んだ。

 戦闘経験の浅いアイシスでは、黒騎士を相手にしてもあっという間に肉塊に変えられてしまうだろう。


 アイシスは決して弱い訳では無い。それでも、こいつは桁が違う。

 一太刀刃を交えてそれが痛いほどわかった。


 ふらりふらり。黒騎士は体制を崩したネルに追撃を加えるでもなく。

 ただ、ゆらゆらとその場で揺れていた。

 まるで、実力で数段劣っている彼女を嘲笑うかのように。


(こいつ、遊んでやがる!)


 奴は今、ネルを追い込もうと思えば幾らでも追い込めたのだ。

 それほどに隙だらけの状態だったのにも関わらず、奴はそれをしなかった。


 無論、ネルは抗いそれを払い除けただろう。

 だが追撃することで、彼女が追い詰められていくのは明確だった。

 奴は楽しんでいるのだ。この戦闘を。どこまでもイレギュラーな魔物だ。


「殺すッ!」


 大剣を振り上げ、大きく踏み込む。

 怒りに任せた八つ当たりのような横薙ぎを、黒騎士はまるで余裕を見せつけるようにゆっくり歩いて避けた。


 再び空ぶった大剣だが、今度は地面に着くことはなく、ネルは遠心力を利用してそのまま二撃目を繰り出した。

 逼迫する刃、だが感情の無い瞳はひっそりとその軌道を捉え、首をひとひねり。

 まるで飛んできた羽虫を避けるように容易く躱した。


(なんで避けれんのよ!)


 三秒にも満たない間に繰り出された瞬速の攻撃。

 頭を真っ二つにするつもりで放った連撃すらもふ奴はらりふらりと不気味な動きで避け続ける。

 その動きは、まるで人間のベテラン剣士のようだ。

 明らかに、ネルの太刀筋を読んだ行動。


 今相手しているのは獣ではなく、自分より数段上の理性を持つ剣士だと言われた方がまだ納得出来る。

 なんとも、不思議な感覚にネルは陥っていた。


(もしかして、中に人が?)


 そう思ってしまうほど、奴の動きは人間臭い。

 ネルが相手にしてきたどの魔物や剣士とも違う。ただひたすらに不気味だ。


 空ぶった剣を握りしめ後方へと蹴って距離を取る。

 奴はそれが当たり前のように、追撃をしてこない。

 完全に舐めているとしか思えない立ち回りだ。


 だが、獣であろうと人であろうと、ネルより格上なのは確か。

 このままでは天地がひっくり返ろうとも勝てない、それ程の実力差がある。


(……やっぱり、こいつを殺すには()()しか無さそうね)


 ゴクリ。生唾を呑み、ネルは()()を使うと決心した。

 奴を倒すにはこれしかないと、初めから分かってはいたが。

 なるべくなら使いたくなかった。

 だが、もう逃げ場は無い。

 彼女は大きく息を吸い、揺れ続ける黒騎士をギロリと睨みつける。


(ハツ)─────」


 ネルがボソッと呟いた瞬間。

 彼女の全身から、身を焦がすような紅い戦気の炎がブォッと火を吹いた。

 瞳孔は収縮し、瞳にもゆらゆらと小さな炎が揺らぐ。


自戒律(じかいりつ)


 剣士の間でそう呼ばれているこの技は、戦気のある性質を利用したものだ。

 その性質とは()()()()()()()()()()()()()するというもの。


 例として片腕の剣士は普通の剣士より戦気が高いという説がよく挙げられる。

 これは腕が無いことにより、動きに制限が掛けられるからだ。


 もっとも()()()()()()()()()というわけではなく、どんな条件下でどれほど戦気が増幅するかは個人によって異なる。

 

 そして、その制限を人為的に行うのが【自戒律】だ。


 ネルの場合は『一分間経つと動けなくなる』というルールで自分を縛り、戦気を増幅させている。

 時間制限と動けなくなるという制限を設けることにより、彼女の戦気は倍加した。



「悪いけど、こうなったら時間が無いの。さっさと決めさせてもらうわよ」


 火を纏う大剣を水平に一振り。煌々と燃える炎が、その軌跡を辿る。

 臙脂色の戦気が狼のように燃え盛り、彼女の戦闘本能を刺激する。


 殺気は刹那。

 踏み込みのモーションは最小限で、彼女は黒騎士の身体へ切り込んだ。

 大剣を持っているとは思えない俊敏な動きで間合いを詰める。


「ウォラァアッ!」


 乙女に有るまじき咆哮を放ち、ネルは三度目の刃を振るった。

 先程までとは次元の違うスピードに、一瞬ガードが遅れた黒騎士。

 そこをネルは見逃さない。

 的確な道筋を辿った刃は、確かに守護者の右腕を捉えた。


 ブシュッ。


 気持ち悪い音を立て、腐ったように黒い血が断面から吹き出す。

 炎の刃は今確かに、奴の腕を捉え血肉を断った。


(よしッ!貰ったわッ!)


 宙を舞う奴の右腕と剣を見て、ネルは勝利を確信した。

 奇襲とはいえ、奴の生命線である右腕を切り落としたのだ。


 いくら強くとも、攻撃手段を失った騎士は動くことの無い人形同然。

 あとは煮るなり焼くなり好きにすればいい……そう思っていたのに。


「─────ッ!?」


 次の瞬間、ネルの身体は吹き飛ばされていた。

 右の脇腹に鈍痛が走り、何が起こったのかわからないまま彼女は遠く飛ばされる。


「グゥゥッ!」


 ドカンッ!と音がして衝撃が全身を襲った。

 ダンジョンの固い壁に身体を打ち付け、吐血してしまう。

 飛びかけた意識をなんとか持ちこたえ立ち上がろうとするも、上手くいかずに崩れ落ちてしまった。


 自分がなぜ飛ばされたのか確認するために、黒騎士のいる方を睨みつけると。

 奴の左手。何も持っていなかったはずのその手にはなんと、新たな黒い剣が握られていた。


(……もう一振り、持っていた?)


 右腕に握られていた剣はそこへ転がっている。間違いなく、新しい剣だ。

 あの戦いの中で、新しい剣を取り出す素振りは見えなかった。

 いったいどうやって……その答えはすぐに明かされる。


 黒い刀身を持つその二本目の剣がふわり、ネルの目の前から消えたのだ。

 消える剣。

 奴は最初から剣を二つ持っており、それを隠して戦っていたらしい。

 ネルはあの剣で切られ飛ばされた。

 戦気を増幅させていなければ、彼女の身体は今頃真っ二つになっていただろう。


(次が最後か……)


 自戒律によって定められた制限時間が差し迫る。

 悠長に構えている時間はない。

 例え待ち構えているのが死でも、前へ出るしか無いのだ。


(決める、この一撃で!)


 自分より格上の敵を相手に、一撃でも外せば終わりという今の状況。

 こんな崖っぷちに立たされてなお、ネルが諦めることは無い。


 たった一筋でも勝ち筋があるなら、死にものぐるいでそれを引き寄せてやろうと彼女は足掻く。

 それは心配そうに見つめる彼の為だ。

 大事な人を死なせるわけにはいかない、そんな思いが彼女を前へ押し出すのだろう。


 剣を地に着け彼女は立ち上がった。燻っていた炎が再び激しく燃え上がる。

 これが、最後の一撃になる。

 大剣を上に振り上げ、彼女は駆け出した。


「黒・炎狼剣ッ!!」


 その技は、彼女が出せる最高峰の技。

 剣の纏う炎が黒く染まり、極限まで研ぎ澄まされた一振りが奴の身体めがけて打ち出された。


 感情の無い魔物は、見えない剣を振り上げそれを迎え撃つ。

 轟々と音を立て迫る決着の時。

 相対する両者の剣が、触れ合ったその瞬間。


 ─────ガキィィイッ!


 破裂音が再び耳朶に叩きつけるように響き渡った。

 鋼と鋼が交わった点から衝撃波が生まれるも、両者が引くことは無い。

 交わったままのせめぎあい。世界が揺らいで見えるほど激しくぶつかり合う。


「……フフッ」


 不気味な笑い声。

 ハイスピードの戦闘の中で、感情の無い獣が密かに笑った。


(この感覚、まさかッ!?)


 ネルはよく知っていた。この、違和感の正体を。

 刃が交わった瞬間に感じる、背筋が凍るようなこの感覚の正体を。

 刃ではなく戦気が跳ね返るようなこの感覚は……


 ─────ブシュッ!


 突如放出された光の刃が、ネルの身体を通り抜けた。

 飛沫をあげる、血。

 鋭い痛みが全身を突き抜ける。


「ああっ……」


 体から必要なものが抜けていく感覚に、情けない声が漏れた。

 奴が使ったのは【斬光】

 戦気を跳ね返す、カウンター技だった。


 斬光は相手の放った魔力に応じて威力が上がる。

 彼女の放った黒炎狼の持つその多大な戦気が仇となってしまった。

 ゆっくり、ゆっくり。力を失った身体は地面に向けて落下を始める。


(負けた、のね)


 命の灯火が掻き消えていくような喪失感に身を委ねながら、彼女は落ちる。

 戦意を失った彼女は地面に叩きつけられ命が終わる……はずだった。

 実際に訪れたのは痛みではなく安らぎ。

 明らかに地面では無い何かが彼女の衝突を防いだ。


(……痛く、ない?)


 ぼふっ、と音がして柔らかい感触が全身を包む。

 固い地面の代わりに彼女が落ちたのは、暖かい腕の中。

 いつの間にそこにいたのか、アイシスが彼女を優しく抱き留めたのだ。


「……バカ……逃げな……さ」


 途切れ途切れになりながら、必死に訴える。

 だが、アイシスは首を横に振った。


「大事な友を置いて逃げるなんて、僕には出来ないよ」


 それだけ言って、彼は黒騎士に背を向ける。

 奴は何を考えているのか、ただ二人をぼーっと見つめていた。

 アイシスはネルを壁の際へと移動させ、腰にさした剣を抜く。


「必ず、二人で帰ろう」


 前へと歩き出す彼の胸に、葛藤は無い。

 今はただ、この黒騎士を殺すことだけを目的にしている。


 アイシスが誰かと本気で戦うのは何時ぶりだろうか。

 思えば兄が父を倒したあの日からまともに戦ってこなかった。

 才能が無い奴は剣を握るな言われ、アイシス自身も兄の機嫌を損ねることを恐れて戦うことを避けてきた。

 自分は弱いと思い込み続け、殻に閉じこもっていた。


 そんなアイシスがネルを守りたいという気持ちから、戦う覚悟を決めたのだ。

 彼は今、友を守る為に剣を握っている。


「僕が、戦うんだ」


 己を鼓舞するように、そう呟くアイシス。

 だがそんな思いに反し、心はざわざわと音を立て、目も泳ぎ、剣を握る手はふるふると小さく震えている。

 人の体は恐怖に抗えない。


(……ダメだ、どうしようもなく怖い)


 後ろにネルがいなければ、とっくの昔に逃げ出していただろう。

 死の恐怖に足がすくみ、アイシスは一歩も踏み出せない。


 そんな時、ふと父の言葉を思い出した。

 厳しくも優しい、父の言葉を。


『恐れを感じた時は目を瞑れ。そして大きく深呼吸をしろ。そうすれば分かるはずだ、お前の成すべき事がな』

 

 息を吸い込み、息を吐く。

 そんな単純作業に効果があるとは思えない。


 だがその時、ふつふつと胸の内から何かが込み上げてくるのをアイシスは確かに感じた。

 熱い、何かがこみ上げてくるのを。

 それは勇気か、それとも狂気か。

 どちらとも言える、そんな感情だが。

 不思議とアイシスの気持ちは安らいでいく。


(不思議だ、震えが止まった)


 それは本当にただの気休めでしかない。冷静な思考が戻ったところで、その戦力差が埋まる訳では無いのだ。

 だが、それだけで十分だった。


「父さん、少しだけ。僕に力を下さい!」


 ぎゅっと、胸の前で握った拳。

 目には確かな闘志の炎が宿り、真っ直ぐに正面の敵を見据えている。

 彼には一つだけ勝算があった。成功するかどうかはわからないが、これ以外に方法は無い。

 

 アイシスは覚悟を決め、剣を抜く。


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