【43話】 逢魔の姫
スピカがシャーレと苛烈な戦闘を繰り広げていた時、
ネル、アイシス、ジークの三人は夜の荒野を歩いていた。
神殿が見えなくなるほど遠くへ来た頃、
ジークは不安そうに、取り残してきたスピカのいる方角へ振り返る。
「……大変なことになってしまったな」
しみじみと、彼女は呟いた。
アイシスが騎士になった祝いの席から、状況は一変。
大事な仲間のひとりが死に、スピカは冷静ではいられなくなった。
「ごめんねジーク。私がもっと強ければ、こんなことには……」
「君は悪くないよ。むしろ謝るのは私の方だ。こんな形で君たちを巻き込むことになってしまって、本当にすまない」
「ジークさん……」
アイシスはジークの不安気な顔を見て、ある決意を固める。
何としても、この人だけは守らなければと。
スピカはまだ交戦中。
頼みの綱であるシリウスも、今はもういない。
ジークを守れるのは、アイシスとネルの二人だけ。
自分がしっかりしなければならないのだ。
「ジークさん、きっと大丈夫です」
アイシスは笑顔で、ジークを励ました。
ジークは「ああ、そうだな」と答え、無理に笑顔を作った。
きっと、大丈夫。
そんなアイシスの淡い期待を裏切るような形で、そいつは現れた。
「……お迎えに上がりましたよ。お姫様ァ」
「!?」
チャキッ。
ネルとアイシスは即座に剣を抜き、警戒の体制を取った。
声の主は岩の上、風に揺れるフードと水色の大斧が特徴的な、
高身長の女……シャーレに『スイ』と呼ばれていた女だ。
「貴様、何者だ?」
「応える義理はねぇな……水蒸気爆発ッ!」
スイが大斧で地面を叩くと、爆発音とともに大量の湯気が辺りを覆った。
真っ白になる視界の中で、アイシスとネルはジークを囲うように立った。
「気をつけろ二人とも! こいつ、かなりの手練だぞ!」
「ええ、わかってる……アイシス、何としてもジークを守るわよ!」
「ああ!絶対に、渡すものか!」
ギュッと、アイシスがジークの手を握った。
これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかない。
師匠の為にも、何としてもジークを守らなくては。
そんな使命感が、アイシスに力を与える。
「……見つけた、そこだっ!」
「うぉぉっ!?」
片手で放った夜斬りが、霧の中のスイを掠めた。
一部だけ晴れた、霧のカーテン。
見えないはずの場所を割り出され、驚く彼女の姿が露呈する。
「二人とも、僕が時間を稼ぐから行って!」
「すまないアイシス!」
「死ぬんじゃないわよッ!」
アイシスは二人を霧の奥へと逃がし、自分はスイを見失わないよう、彼女に斬りかかった。
「ここは、通さないッ!」
「どけクソガキッ! こっちも急がなきゃならねぇんだよォッ!!」
スイはアイシスの剣を大斧で受け、振るった。
凄まじい衝撃が巻き起こり、霧を晴らす。
飛ばされるアイシスは空中で体勢を立て直し、
地面につくとほぼ同時タイミングで、スイに向かって突進した。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!」
「邪魔くせェ! 水流乱舞!」
しゅんしゅんと風を切る音がして、彼女の周りに水の刃が生まれた。
「アタシに近づくと、細切れになるぜ?」
「─────ッ!」
刃はスパスパと周りの地面を切り裂いて、その切れ味の良さを十分に知らしめる。
これでは彼女に近づくことすら適わない。
「わかったら大人しく……っておいおいおいおい!」
「ぬぁぁぁぁぁあッ!!」
アイシスは自身の身体が切れるのも厭わず、
乱れ舞う水の刃の中へと突っ込んで行った。
服が裂け、血が滲む。
それでもアイシスは歩みを止めない。
「馬鹿やろう! 死ぬ気かテメェ!」
「命に代えても、守りたいものがあるだけだ!」
覚悟の炎が灯った瞳。
アイシスが足を止めないとみるや、スイは急いで水の刃を引っ込めた。
(攻撃を止めた?)
彼女の不可解な行動に、アイシスの動きが一瞬止まる。
「良い目してんなァお前。流石、あの人が惚れ込むだけのことはある……でもな」
「なッ!?」
バッ!
スイは瞬間移動のようにアイシスの背後に移動すると、
彼の身体を羽交い絞めにした。
「世の中には、覚悟だけじゃどうしようもないことがあんだよ」
パキン─────彼女が砕いたのは、『パラライズ』の魔石。
身体を痺れさせる黄色い煙が、二人を包む。
アイシスは咄嗟に息を止めたが、
スイに腹を殴られ、煙を吸い込んでしまった。
煙がアイシスの肺を犯し、全身がビリビリと痺れ始める。
やがて全身の力が入らなくなり、アイシスの身体はばたりと地面に倒れ込んだ。
「ちき……しょう……行かせて、たまるか……」
アイシスは痺れる腕を伸ばして、スイの足首を掴むが、
「お前は殺すなって言われてんだ。悪いようにはしねぇから、そこで大人しく寝てろィ」
「ま、待てッ……」
痺れて動かなくなっていく腕を伸ばすが、スイには届かない。
彼にできるのは、ここまでだった。
「さて、と。お姫様は……」
視線の先には、ジークとネルの後姿。
まだそれほど遠くへは逃げていない。
スイはにやりと笑みを浮かべ、二人の後を追った。
「ジーク! 来たわよ!」
「ああ、頼んだよネル!」
バッ!!
フードを被った二人のうち、一人が振り返った。
じろりとにらみを利かせた少女は、偉そうにスイの前に立ちはだかる。
「ヘヒャッ! 今度はテメェが相手かァ!」
「ジークには指一本、触れさせないわ!」
「おもしれェ! 出来るもんならやってみろよ!」
ガキィィィィィイン!
重たい金属の斧を、細い剣で受ける。
かなりの重みだが、少女は軽々とそれを跳ね返した。
「確か、ネルとか言ったか……聞いてたよりもだいぶ強ェな」
「そりゃどうも。これでも一応、鍛えてはいるんでね」
「なるほどねェ。こりゃちょっと本気出さねぇとまじィかもな!」
スイはそう言うと、大げさに斧を構え治す。
何か大技が来る─────そう踏んだ少女は、警戒を露わにした。
「”深海迷彩”」
すっと、スイの身体が目の前から消えた。
闇の中に消えたスイ。
どこから攻撃が来るのかと身構えていた少女だが。
「は、放してよッ!」
背後から聞こえた声に、ハッとした。
振り返るとそこには、逃げた少女を抱きかかえたスイの姿があった。
「なっ! 卑怯だぞ貴様!」
「まぁそう喚くな。ネル、お前はまた今度相手してやるよ……じゃあな!」
スイはローブをはためかせ、神殿の方へと消えてしまった。
「……」
その場に残った少女は、静かにその後姿を見つめる。
不思議と焦った様子はない。
諦めている様にも見えるが、そうではなかった。
ばさりと少女が被っていたフードを脱いだ。
風になびいた髪の色は栗色ではなく、
月光に輝くような美しい白色だった。
「ジークさん、お怪我はないですか?」
パラライズの効果が解けたアイシスが近寄ってきて、彼女にそう尋ねる。
「ああ、上手く騙せたようだ。馬鹿な奴で助かったよ」
安堵した顔で、ジークはそう言った。
彼女がここに残っているという事は、考えられる可能性は一つ。
スイに連れ去られたのは、ジークに扮したネルだったのだ。
追手が来た場合、まずはアイシスが時間を稼ぎ、
その間にネルとジークがローブを入れ替え、お互いを演じる。
それはスイの襲撃より前に、ネルが提案した作戦である。
作戦は無事に成功し、ネルはジークの代わりに連れ去られていった。
「ネル、大丈夫かな……」
アイシスは心配そうに、神殿の方を振り返る。
役目とはいえ、大切な恋人が敵に連れ去られたのだ。心配になるのは当然だろう。
ジークはアイシスの肩に手を置き、言葉をかける。
「心配ない。復活の儀を成功させるには、適合する器が不可欠だ。
器でない人間が儀式を行った場合は、何も起こらない。失敗して、終わりだ」
「失敗して……そのあと、殺されたりはしないですよね?」
それは当然の疑問だった。
役立たずだとわかった瞬間、殺されてしまうかもしれない。
心配するアイシスに向けて、ジークは微笑んだ。
「その心配ないよ。ネルには拡声石を渡しておいた。正体がばれたタイミングで、スピカに助けを求める手はずになっている。スピカのことだ。今頃はもう目標を始末していることだろう。大丈夫、ネルは絶対に死なないよ。スピカと私を、信用してくれ」
ジークの言葉に、アイシスは大きく頷いた。
「さ、早く行こう。奴が気付いて引き返してくるかもしれないからな」
「はい!」
自分の言葉を信じたアイシスを見て、胸がズキンと痛む。
この時、ジークは彼に嘘をついていた。
攫われたネルは、拡声石など持っていない。
スピカが戦いを終えているという保証も、どこにもない。
すべて彼女の思い付きのデマだ。
儀式が失敗に終われば、問答無用で殺されてしまう可能性も十分にありうる。
命の危険が伴う役。
それでも彼女は「私がやる」と言ってくれたのだ。
『ジークの為なら、私は死んでも構わない』
ネルはまっすぐな目で、そう言ってくれた。
そこまで言われたら、ジークはそれに従う他ない。
けれど真実を知れば、アイシスは間違いなく彼女を助けに行ってしまうだろう。
だがジークとアイシスの命は、『ラディカルータの誓約石』で繋がれている。
彼が死ねば、必然的にジークも命を落とすことになってしまう。
戦律の核を守るためにも、それだけは避けなければならなかった。
(ネル、スピカ……どうか無事でいてくれ……!)
ついた嘘に胸を痛めながらも、ジークは走り続けた。
自分の命の重さを、痛いほど知っていたから。
*
『二人とも! ごめんもうそろそろ限界……ッ!!』
シャーレの声が、スイの仮面についている伝達石から流れた。
たった一言で、いかに状況が逼迫しているかがわかる。
戦いが終われば、スピカは間違いなくテオリカの戦気に気が付くだろう。
そうなる前に儀式を終わらせなければ、逢魔の姫の復活は叶わない。
スイは『パラライズ』で痺れさせた器の身体を抱え、神殿へと急ぐ。
神殿へ戻ると、同じく焦った様子のテオリカが外で待機していた。
「遅い! 時間がないわ! 早く中へ!」
「わぁってるから、そう急かすなよ。ほら、お待ちかねの器だ」
「急いで彼女を水柱の中へ! 私は儀の準備に取り掛かります!」
「へいへい……ったく、騒々しい女だぜ。もう少し落ち着いて……っと、そうも言ってられんか」
伝達席から『し、死ぬ……』というシャーレの声が聞こえ、スイも急いで準備に取り掛かる。
どぷん! と音がして、器の身体が水柱の中へと投げ込まれた。
ぷかぷかと浮かぶ身体。
顔を隠していたフードが脱げ、栗色の髪と吊り目が露わになる。
似ても似つかぬ二人だ。
ジークレインの特徴を知っていれば、一目で別人とわかるはずだ。
だが、焦っている二人は気づかない。
気付かぬまま準備は進められ、とうとう儀式は最後の行程へと至った。
「この魔石を砕けば、いよいよ復活だな。どっか間違えて魔石をはめてたりしないかァ?」
「ええ。抜かりはないわ!」
「じゃあ行くぜェ……!」
パキンッ!
魔石の中でも一際高純度のものが、スイの手によって砕かれた。
凄まじい量の魔力が神殿へと取り込まれ、いよいよ復活の儀が始まろうとしたその時。
テオリカがようやく、違和感に気がついた。
「スイ……貴方、器を連れてきたんじゃ?」
「だから、ちゃんと連れてきてるだろ。ほら、見ろよ水の中を」
「見てるから言ってんのよ」
「はぁ? お前は何を言って───あれ? ジークレインじゃ……ない?」
一瞬だけ時が止まり、状況を把握したテオリカが声を荒らげた。
「この馬鹿ッ! あれほど間違えるなと言っただろ!」
「わ、悪い! 確認しなかった俺のミスだッ!」
「んなこたぁわかってるわよこのポンコツ! いいから、急いで引き抜きなさ───って、え?」
もめる二人の瞳に、驚くべきものが映った。
水の柱に浮かぶ少女が、青白い光を放ったのだ。
復活の儀は召喚魔法の応用である。
召喚魔法において青白い光が示すのは、召喚が成功したという証。
とはいえ、水に浮かぶ少女はジークレインとは明らかに別人のはず。
器無くして、復活の儀が成功するはずがない……はずだった。
その直後、ものすごい地響きが起こり、二人は立っていられなくなる。
水柱の下の卵が割れ、中からでた黒い液体がネルの身体を包み込んだ。そして、穴という穴から液体が侵蝕し、最後に真っ黒な六芒星が彼女の心臓に深く突き刺さった時。
ネルの白い肌に、紫色の茨紋様が浮かび上がった。
「これは……まさか……!」
「器として、適合……した?」
それは何千、何万分の確率だったのだろう。
逢魔の姫、その器になれる人間など、そうそう居るはずもない。
天文学的な確率を引き当て、姫は器に宿った。
千年前を生きた混沌の魔物が、
あろうことかネルの身体に、受肉してしまったのだ。
───────ドガァァァンッ!
ド派手な爆発音とともに、神殿が地面ごと吹き飛ばされた。
吹きすさぶ嵐のような魔力と戦気。
立ち込める砂煙の中から、人影が浮かび上がった。
「……ギヒ、ギャハハハ、ギャハギャハハハハハハッ!!」
無邪気な笑い声が、荒野に響く。
栗色の髪に、吊り上がった両目。
間違いなくネルの身体だが、放つ戦気は全くの別物である。
逢魔の姫───ヴィオラはひとしきり笑った後、乱れた髪をかき上げた。
「帰って来たぞ、世界。ようやくじゃ。ようやく余の時代が、幕を開ける……」
ぎょろりと、大きく見開いた目で世界を見渡す。
その目に映ったのは夜の闇だけではない。
彼女のセンサーは広く、一瞬で世界中にいる強者の戦気を感じ取った。
「ふむ、血の匂いが足りんな。余が寝ている間に、随分とぬるい時代になったものじゃ。まぁそれもすぐに終わる。二人の神が死んだ今、余に勝てるものなどおらんわ!」
自信に満ちた態度も、そのおぞましい戦気を感じれば相応に映る。
ヴィオラはすぐ近く、膝をつき服従の姿勢をとる二人に目を向けた。
「余を復活させたのは、主らじゃな?」
「……ご明察の通りでございます」
二人はその身をさらに小さく屈ませ、懸命に敵意がないことを示して見せた。
へりくだる二人の態度に気分を良くした逢魔の姫は、またしても無邪気に笑った。
「ギャハハハハ! 人を見下すのは気分がいいのう。二人共よくやった、余が褒めて遣わす! そして特別に、生きていてもよい権利をやろう。余の顔を見て生きていられるとは、つくづく幸福な奴らじゃな!」
「は、ありがたき幸せ」
彼女の口から出る言葉に一切の誇張はなく、すべてがそのままの意味である。
かつて戦が絶えなかった時代、彼女はいつも戦火の渦中にいた。
抑えきれない殺戮の衝動をぶつける場所を探して、戦場を渡り歩いた。
人も龍も神も、殺して殺して殺して殺して。
気付いたら、彼女は『逢魔の姫』と呼ばれていた。
彼女の作った血溜まりが、まるで夕日で染まっているように見えることから、誰かがつけたその名前は。殺戮を好んでやまない、彼女に相応しい通り名である。
「畏まるのは殊勝な心掛けじゃが。余は堅苦しいのは嫌いじゃ。二人とも、おもてをあげろ」
「御意」
そう言われ、スイとテオリカの二人は顔を上げる。
奇妙な仮面をつけた二人の顔を、ぷかぷかと宙に浮かぶヴィオラが見下ろした。
「変な仮面じゃな。何か余に顔を見せられない理由でもあるのか?」
「……醜い顔ですので、ヴィオラ様のお目汚しにならぬようにと。私なりの配慮でございます」
「ほぅ。余の真名を知っておるか。貴様、古い時代の戦士であろう。名を名乗ることを許可しよう」
「私がテオリカ。こちらの粗野な方が、スイでございます」
「……」
スイがちらりと目線で不満を訴えるが、テオリカは意に介さない。
スイが喋らないのは、余計なことを口走らぬようにと、テオリカから言鍵の呪いをかけられてしまったからだ。
逢魔の姫と会話しようとすれば、たちまち呪いが彼女の喉を焼くだろう。
「千年前に一度お会いしたはずですが、覚えていらっしゃいませんか?」
「ふむ……知らんな。悪いが、少し記憶が混濁しているようじゃ。まぁ、そのうち思い出すじゃろうて。今はそれよりも、白の核の行方じゃ。テオリカとやら、白の核は今どこにある?」
「申し訳ありません。手は尽くしたのですが、いまだに行方が分から───」
身体の奥底が凍るような怖気に襲われ、テオリカは口をつぐんだ。
殺意を放った張本人は、不快をそのまま顔に出し、氷のように冷たい目でテオリカを睨んでいる。
「余の前で嘘をつくとは、肝の座った奴じゃ。これだけ近くに在って感じぬほど、余は間抜けではないわ。それとも何か? 貴様は余をバカにしとるのか?」
「……滅相もございません」
「まぁ良い。余を復活させたのがお前でなければ、二度は殺していたぞ。次はないからな」
「……白の核は、ジークレインという名の少女の身に宿っております。本来ならその少女を器にする予定でしたが、手違いで別の器に受肉してしまいました」
テオリカは努めて冷静に、最低限の事実を伝える。
それを聞いたヴィオラは目を細めた後、再び無邪気な笑顔を浮かべた。
「今度は嘘は無いようじゃな。見た目に反して、賢明な奴じゃ。テオリカ、余の配下にしてやってもよいぞ」
「ありがたく、拝命いたします」
これ以上彼女の機嫌を損ねれば、確実に首が飛ぶ。
断らなかったのは、テオリカの英断だったと言わざるを得ない。
ヴィオラは上機嫌に笑みを浮かべていたが、ふと感じた不穏な気配に、西方を仰ぎ見た。
「何やら懐かしい戦気がこちらに向かって来ておるな。忘れもせん、いやーな匂いの戦気じゃ。確か、名前がぁぁ……す、す、スーパーカー?」
「……スピカ・フォートリカですね」
「そうそう! そいつじゃそいつ! 戦うのはやぶさかではないが。核がひとつしかない身体じゃと、流石に分が悪いかのぉ」
千年前のおぼろげな記憶をたどり、ヴィオラはスピカの強さを思い出す。
「まぁそれも余が白の核を取り戻せば、それで済む話。幸い、すぐ近くにあるようじゃしな」
そう言って彼女が見たのは、ジークたちが逃げた南の方角である。
黒の核がその位置を知らせるのか、彼女には白の核の正確な位置が手に取るようにわかるのだ。
「やつが来る前に、余はあれを取りに行くが。主らも来るか?」
「……いえ。我々はスピカに用がありますので。あとで向かいます」
「そうか。では、スパカの足止めは任せたぞ。ではな!」
その言葉を置いて、逢魔の姫は滑空した。
向かう先はもちろん、ジークレインのいる場所である。
「ふぅ……ようやく行ったか。それで、よかったのか? シャーレ様に許可も取らずにあいつの部下になっちまって」
「部下じゃなく配下よ。仕方ないじゃない。あそこで断れば、二人とも間違いなく殺されていたわよ」
ヴィオラの危険性をよく知るテオリカは、知略を尽くし適切な処置をした。
けれど、ヴィオラが去っても彼女の顔は険しいままだ。
どうするべきかと思案を巡らせていると、仮面に着けた伝達石から声がした。
『……ちょっと、あれは一体どういうこと?』
声の主はシャーレだった。
彼女の声からは憤りを感じる。恐らくヴィオラの姿を見たのだろう。
スイではなくテオリカに連絡が来たのは、テオリカを疑ったわけではなく、彼女の説明能力の方が長けているという判断による結果だ。
テオリカはため息をつきたい気持ちをぐっとこらえ、彼女の質問に答えた。
「申し訳ありませんシャーレ様。スイのバカがとちりまして……ええ、そうです……はい、……はい……」
スイの名前が挙がるたび、彼女の肩がピクピクと反応する。
しばらく話し込んでいたテオリカだが、最後に「承知しました」と頷いて通信を切った。
「……シャーレ様、お、怒ってたか?」
恐る恐る、スイがテオリカに尋ねた。
まるで母の機嫌をうかがう、子供のようだ。
「ええ。それはもうカンカンに。ま、とりあえず我々はジークレインの味方をしなければならなくなってしまったので……折檻はその後ですね」
「うげぇぇぇえ……って、ジークレインの味方? そりゃなんでまた」
スイから出たのは当然の疑問だ。
さっきまで敵だった者の味方をしなければならなくなった理由。
そんなスイの疑問に答えるために、テオリカが口を開いた。
「もう貴方は何も考えなくていいわ。どーせ馬鹿なんだから、言ったところで理解できないでしょ」
「ぐぅ……言い返してぇところだが。ミスした手前、今回ばかりは何も言えねェ」
「ほら、わかったらとっとと行くわよ。グダグダしてると、ジークレインが殺されてしまうわ」
「へいへい……って、痛ぇな!」
適当な返事をするスイの頭をしばいて、テオリカはジークのもとへと向かう。
二人は今出せる全速力で走った。
スピカの戦気が猛追してくるのを、背中でひしひしと感じながら。
あけましておめでとうございます。
今年もコツコツ書いていきます。
よろしくおねがいします・・・。




