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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
39/43

【39話】 天使の騎士

 

 デボン荒野にある神殿。

 何もない荒野のど真ん中に位置したその開放的な神殿は、外からも中の様子がうかがえる。


 神殿の中央。

 真っ白な大理石でできた祭壇には、巨大な水の柱が立っていた。

 そしてその水の柱の中央に置かれた、禍々しい卵のような物体。

 その卵を囲うように。

 地下のアジトから出てきた戦律の簒奪者のメンバーたちが、魔神復活の準備にいそしんでいた。


「サロメさん、そっちは違います。その魔石は右の穴にはめ込んでくださいまし」

「ああ、こっちか」

「違いますわ……もういいです。そこは私がやりますので、サロメさんは復活に必要な魔力の補充をお願いいたします」

「すまんな」


 天才魔術師ヲズワルドの指示により、着々と準備が進んでいく中。

 目隠しをされ、手足を縛られたジークレインは、特に暴れることもせず。壊れた石柱の上に大人しく座ってスピカの到着を待っていた。


 彼女の足元には、同じように手足をがんじがらめに縛られたネルが床に座り込んでいる。

 シャーレが出て行ったあと、目を覚ましたネルは力の限り暴れたのだが。

 サロメとヲズワルドの手によってボコボコに叩きのめされ、暴れられないように両手両足を折られてしまった。


 気絶してしまうほどの痛みに襲われていても、彼女の瞳から闘志は消えていない。

 その意志の強さは称賛に値するが、これ以上は命にかかわると判断したジークが、大人しくしているよう彼女を説得した。


 ジークは信じている。

 自分の騎士が、最強を連れて助けに来てくれることを。

 ゆえに彼女は狼狽えない。

 そして、その時は訪れる。


「……きっ、来たよぉ! 来た来たぁ!」


 神殿の上。

 ネクターの命令によって見張りをさせられていたフッカが、荒野の向こうに現れた人影を指さして騒ぎ立てた。

 土煙を上げながら、二人の影がこちらに迫ってくる。

 そのうちの一人の少女を見て、ネクターが隣のヲズワルドに訪ねた。


「ヲズワルド、どうですか?」

「……ええ、間違いありませんわ。あの少女こそ、ラムダの腕と足をぶった切り、私の星魔法を片手で受け止めた最強の騎士。スピカ・フォートリカでしてよ」


 ヲズワルドの肯定の言葉に、場に緊張が走る。

 シャーレ曰く、神童を遥かに凌ぐ異次元のバケモノ。

 その話が本当だとするなら、逢魔の姫の復活は確実に阻止されてしまうだろう。


 肝心のシャーレも、行くところがあると飛び出したきり戻ってきてはいない。

 戻ってきたとして、彼女がスピカに勝てるかどうかは不明だ。


 正面から迎え撃つのは得策ではない。

 そう考えたネクターは、不遜な目つきでこちらを睨んでいるネルの首を掴んだ。

 彼は無理やりネルを立ち上がらせ、彼女の首に剣を押し当てたまま、神殿の外へと出る。


「スピカとやら! それ以上近づくと、この子の首が飛びますよ!」


 ネクターが外へ出た時、彼女はもうすぐそこまでやってきていた。

 彼の忠告を聞いた彼女は立ち止まり、怒りの篭った目でこちらを睨みつける。


「ネルを離せ」

「それはできない相談ですね。貴方には逢魔の姫が復活するまで、そこで大人しくしててもらいますよ」

「……もう一度だけ言う、ネルを離せ」

「嫌だと言ったのが、聞こえませんでしたか?」

「そうか」


 それが彼女が与えた最後のチャンスだったのだと。

 ネクターは気付くことすらできなかった。

 気づくと遥か遠くにいたはずの彼女は目の前にいて、ネクターの身体は八つ裂きになっていた。


 ぐちゃべちょぐちゃぐちゃ。


 肉の崩れる音。

 ばらばらになった彼の身体が、神殿の入り口に散乱した。

 切られたことにも気づかせない、鮮やかな手つきだった。

 スピカは血だまりに倒れ込んだネルを肩に担ぎ、そのまま神殿の中へと入っていく。


「「「「─────ッ!?」」」」


 神殿内部にいた全員の視線が、スピカに集中した。

 あまりに堂々と入ってきた少女を前に、彼らは驚きで声も出せずにいる。

 スピカは神殿の中をきょろきょろと見回すと、奥の方で座り込んでいるジークを見つけた。

 そして、彼女はこちらに注目している四人に向けてこう言い放つ。


「死にたい奴はかかってこい」


 まるで地獄の底から聞こえたような。

 わかりやすい脅しの言葉に、四人は戦慄した。

 一言。

 たった一言で、スピカはこの場を完全に支配したのだ。

 誰一人として、ジークのもとへ向かう彼女の歩みを止める者はいない。


 彼女の強さを知っているヲズワルドとラムダはもとより、彼女を初めて見るサロメやフッカまでもが、その少女の放つ強大な戦気の前に動けずにいた。

 底知れない深淵を覗いているような、未知の恐怖が四人を襲う。


 悠々とジークのもとに辿り着いたスピカは、手に握った剣で彼女の拘束を解いた。

 はらはらと布と縄が落ち、自由の身になったジークがほほ笑む。


「……随分と遅かったな。待ちくたびれたぞ」

「……ああ」


 どこか憂いを帯びたようなスピカの返事に、ジークが首を傾げた。

 一つ目の目的を達成した彼女は、ジークの手を引いて神殿の外へと向かう。


 一方、その様子を見つめていた戦律の簒奪者の面々だが。

 逢魔の姫の復活において最も重要ともいえる人物を連れ去られようとしていても、彼らは引き留めることすらできずにいた。


 ─────動けば死ぬ。


 まるで冷たい刃を心臓に押し当てられているような恐怖が、彼らの行動を極限まで縛るのだ。

 二人を連れたスピカは、神殿を出て外で待つアイシスのもとへ向かった。


「ジーク! ネル!」


 二人の姿を見たアイシスが、スピカのもとに駆け寄ってくる。

 スピカは苦しそうに呻くネルの身体をアイシスに預け、ジークの手を離した。


「少しの間、二人を頼む。それから、ネルにはこれを使ってやれ」


 スピカは彼に【リレイズ】の魔石を渡すと、踵を返して再び神殿の方へと歩いていってしまう。

 寂しそうな彼女の瞳には、何が映っているのか。


「なぁ、アイシス。彼女に……スピカに何があった?」


 去っていく彼女の背中を心配そうに見つめながら、ジークがアイシスに尋ねた。


「あんなに怒っている彼女は初めて見る。きっと、何か彼女にとって辛いことがあったのだろう?」

「実は……」


 アイシスはここへ来る途中の出来事を、出来るだけ細かく話した。

 シリウスの死。死霊戦気により傀儡となった彼の姿。それと戦ったスピカの怒り。

 愛する弟を殺された彼女の悲しみの大きさは、アイシスにはわからない。


「そうか……シリウスがな……」


 事の経緯を聞いた彼女は空を仰ぎ見て、しみじみとそう呟いた。

 彼女がシリウスと過ごした時間は、そう多くない。

 けれど仲が良かったのは確かだ。

 彼女は一瞬だけ苦しそうな顔を見せたが、すぐに取り繕った。


「悲しむのはあとにしよう。今は、この戦いを見届けるんだ」

「師匠、大丈夫でしょうか……」

「もし、君が戦いのことを心配しているのなら。それは不要な心配だよ」

「でも、シリウスさんを殺すほどの相手ですよ。実力は底が知れないですし、もしかすると師匠も……」

「いや、それはありえない。彼女は勝つさ。だって彼女は……最強の騎士だからな」


 ネガティブな発言をするアイシスを、ジークは真っ向から否定した。

 ジークの彼女に対する絶対的な信頼は、シリウスが殺された今も健在のようだ。


 ……けれど、この時ジークはえもいえぬ不安を感じていた。

 最強であるはずの彼女が、こんなにも追い詰められているのは初めてみたのだ。

 悪い予感が頭をよぎり、ジークはそれをかき消すようにゆっくりと頭を横に振った。

 今はそれが現実にならないよう、祈るばかりだ。


「お前らの中に、神を信仰している者はいるか?」


 神殿の前に立ったスピカが、彼らに向けて尋ねる。

 質問の意図を理解しない彼らは誰一人として頷かなかったが、スピカはこう続けた。


「最後に祈る時間を与えてやる。祈りを終えた者から、外へ出て来い」


 最強による実質的な死刑宣告。

 だがそれは神殿の外に出る前に、準備する時間が与えられたという意味でもある。

 スピカは弱者である彼らに対して、あえてその時間を与えたのだ。


 卑怯も姑息も受け入れ、真正面から叩き潰す。

 最強である彼女らしいやり方である。


「ラムダ、ヲズワルド。奥の手を使いますッ!」


 死なずの呪いを持つ男。死の淵から蘇ったネクターが、二人に向けてそう言い放つ。

 冷や汗を垂らす二人は頷いて、奥の手の準備にかかった。


 巨大な魔法陣が書かれた布の上に、袋に入っていた大量の魔石がばらまかれる。

 その魔石は、魔神の復活に使用するつもりで集めていたもの。


 魔神の復活を後回しにしても、今目の前に差し迫る脅威を排除すべきだと。

 司令塔であるネクターはそう判断した。

 そして、その判断は恐らく間違っていない。

 窮地に追い込まれた彼にとって、それは最善の選択であったはずだ。


 だが、最善の選択をしたとして、それが必ずしも良い結果を生むとは限らない。

 彼の前に立ちはだかるのは、理不尽すら感じさせるほどの脅威である。


「集いし激しい魔力の波に身を任せ、人を捨てる。かの者に龍となる力を与えん」


 ヲズワルドが詠唱を唱えると、魔法陣が光を放ち、魔石が一斉に割れた。

 すると魔法陣の中心に立ったラムダの身体が、バキバキと音を立てて変化していく。


【龍神変化】


 数ある変化魔法の中でも、禁忌とされるほど強力なその魔法は、ラムダの身体を龍へと変えた。

 それもただの龍ではない。

 彼女が変化するのは龍の中の龍。

 戦神との聖戦にて、龍人たちを先導して戦ったとされる【龍神】ヴァグダフリーラ。

 普段は人の姿をしている彼が見せた本気の姿。


 神話上のバケモノが、この時代に産声を上げた。


「バォォォオオオオオオッ!」


 魔力に覆われた、紫色の鱗。

 彼女の持つ龍化戦気の総量が、爆発的に跳ね上がった。


 龍本来の力を取り戻した彼女の戦気は、値にして【4000】にも昇る。


 異常なまでの力。

 ネクターが奥の手と言ったのにも頷ける。


 だが、こうなってしまったラムダは理性を保っていられない。

 今の彼女は、ただ破壊の限りを尽くす猛獣。

 ラムダはその鋭い鱗に覆われた尻尾を、左右にぶるんと振るった。

 不死身のネクターの身体を凶器のような尻尾が薙いだ。


「ぐっッ!」

「違いますわラムダ! 敵はあちらですッ!」


 思うがままに暴れ狂う巨龍に指示を出すヲズワルドだが、龍となったラムダの耳には届かない。

 けれど、彼女は本能で察したのだろう。

 真っ先に殺すべきは誰なのか。

 その視線は自然と、視界の中で一番強いものに向けられる。


 ─────バサッ!


 広げられた紫紺の翼が、神殿に凄まじい風圧を生んだ。

 飛翔する龍神。

 石柱を破壊しながら飛び立ったその龍は、悠然と構えるスピカの身体を咥えて空へと飛び立った。


「師匠ッ!」


 焦ったアイシスが空に向かって叫んだが、すでに声が届かない場所まで、龍は高く昇ってしまっている。

 雲の上に消えた龍を見て、アイシスの中の焦燥が大きくなった。


 スピカが強いのは百も承知だが、今回ばかりは相手が強大すぎる。

 黒龍などとは比べられないほど絶大な魔力と戦気を蓄えたその龍は、もはや災害そのものだといえるだろう。

 加えて、空は努めて彼らの領域である。

 空を飛ぶ手段を持たない彼女にとって、空中での戦闘は最も避けたい展開であったはずだ。


 不安そうに見つめるアイシスの肩を、冷静なジークが叩いた。


「アイシス、心配ない。トカゲごときに、本気の彼女が止められるものか」


 そう言った彼女の瞳に陰りはなく、紛れもない本心から出た言葉であることが伺える。

 そして、そんな彼女の自信に満ちた発言を裏付けるように。

 雲の上から大きな何かが落ちてきた。


 ─────ドォン!


 荒野の上に落ちてきたのは、頭の無い龍の死骸。

 首の付け根に無理やり引きちぎられたような跡があり、傷口からどくどくと血が流れ出ていた。

 そして、赤色の血を垂れ流す龍の上に。


 ()()()()使()が舞い降りた。


 (ラムダ)の頭をその手に携えた彼女の背中には、純白の翼が生えている。

 アイシスはその翼を見て、空から天使が舞い降りたのだと思ったのだ。


 だが違った。

 アイシスが翼だと思ったそれは、彼女の身体から迸る()()()()()()だった。


 質が上がるほどに黒くなるはずの戦気が、白くなった理由。

 【五感をすべて失う】という()()()により、彼女の戦気は限界の限界すら突破したのだ。


 思わず感嘆のため息が漏れるほど、美しい戦気。

 それはどこまでもイレギュラーなその騎士がたどり着いた、強さの極致である。


 もはや傍観する彼らには理解すらできなかった。

 彼らにわかるのは、彼女には天地がひっくり返っても適わないという事実だけ。


 そこに降り立つだけで、最強の名をほしいままにする彼女の姿の、何と可憐で美しいことか。


「ねぇ、ジーク……」

「どうした?」


 目線は天使に釘付けのまま、アイシスが掠れた声で呟く。


「……あの翼を、僕は見たことがあるよ。昔読んだ絵本の中にいた、僕の大好きな英雄と同じなんだ」


 鴉の騎士の英雄譚に登場する英雄はいくつかいるが。

 その中でも一際異彩を放っていた、白い翼の生えた騎士。

 仲間想いで情に厚く、けれどとても不器用なその騎士に、幼少期のアイシスは強く憧れた。


 そんな憧れの英雄によく似た彼女の背中を見つめながら、アイシスはこう続ける。


「美しい金色の髪を持つ彼女の名前は、天使の騎士スピカ。特徴も強さも名前も、その全てが師匠と一致する……僕にはこれがただの偶然だとは思えない。ねぇ、ジーク。もしかして、もしかして師匠は……!」


 憧れを前に、興奮を抑えきれない様子で尋ねたアイシスの言葉に、


「……やはり、君には話しておくべきだろうな」


 意を決した表情で、ジークはうなづいた。

 そして、彼女の口から真実が語られる。


「彼女は戦神(アダム)の右腕として(つか)え、八面六臂の活躍を見せた天使の騎士──その生まれ変わりだよ」


 天使の騎士の生まれ変わり。

 その話はとても信じ難く、けれど凄まじい説得力を持っていた。

 あれほどの強さ、神話時代の英雄でもなければ説明がつかない。


「……さぁ、次はどいつだ?」


 その雷鳴とは裏腹に、悪魔のような顔で彼女は尋ねた。

 荒野の冷たい風に吹かれて、彼女の血に濡れたツインテールが靡く。

 弟の死により、復讐鬼と化した天使による蹂躙はまだ始まったばかりだ。


 

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