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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
37/43

【37話】 地下室の謀略


 片腕を無くしたコールザインが座り込んだ橋の上。

 ぼたぼたと欠けた右腕から流れる血が、彼の身に起きた異常を訴えている。

 

「……なにがあった?」


 スピカが彼の腕に【レイズ】の魔石を使いながら、そう尋ねた。


「姉御……俺は、俺はぁっ……すみません……すみませんッ……」


 悔しさに歪んだ彼の頬を涙が伝う。その声は悲哀に満ちていた。

 尋常ではない彼の様子を見て、スピカが困ったような表情をする。


「謝るだけじゃわからんだろう。怒りはしないから、何があったか説明してくれ」

「転移した先で、奴らに襲われて……ネルちゃんは攫われ、師匠は……師匠が……ぐぅぅぅぅぅぅううううっ!」

「ザインさん! 大丈夫ですか!?」


 師匠……つまりシリウスの名前を出した途端。

 コールザインの額が怪しく光り、喉を抑えて苦しみだした。

 

「これは……言鍵(ことかぎ)の呪いだな」


 苦しむ彼の姿を見て、スピカが呟く。

 言鍵の呪いは、対象者が余計な情報を漏らさぬようにかけられる、いわば口封じの呪い。

 呪いを受けた者が秘密を話そうとすればするほど痛みは増していき。

 最悪の場合、死に至る。


「もういい。何も喋るな」

「ううぅぅ、ずみまぜん……ずみません……」


 潰れかけた喉で、コールザインはひたすらに謝った。

 謝り続ける彼の手元に、一枚の紙きれが握られている。

 スピカがそれを取り上げ広げると、それは戦律の簒奪者からアイシス宛の伝手事(つてこと)であった。


 『ネル・ロンクライアは預かった。

  デボン荒野にある神殿で、貴方を待つ』

                    

 丁寧な字で書かれたその紙を見るなり、スピカが立ち上がった。


「デボン荒野……また随分と南の方だが。急げば二時間程度で着くな。

 それに、羅針の魔石が示すジークの反応も一致している。恐らく二人共、その神殿とやらにいるだろう」

「師匠、僕も行きます!」

 

 忠誠を誓った主に加え、愛しの恋人も奪われた今、彼にじっと待つことなどできるはずがない。

 そんなアイシスの心情を察したのか、意外にもスピカはすんなりと頷いた。

 

 彼女はその場に座り込み、後ろに向けて手を広げる。

 

「乗れ」


 その言葉を聞いて、アイシスはようやく彼女の行動の意味を理解した。

 小さくもたくましいその背中に乗ると、彼女は駆けた。

 戦気を存分なく発揮した彼女の速度は、この世界にあるどんな乗り物よりも早い。

 振り落とされないよう捕まるのに必死だ。

 

 デボン荒野まで二時間。

 アイシスは腕の力が持つかという不安を抱えながら、彼女の背中にしがみつくのだった。


 *


 スピカたちが王城を出発した頃。

 シリウスの死体とネルを連れた二人が、アジトである地下室へと戻ってきた。

 重たい鉄扉を開け、シャーレが帰還の報告をする。


「今、戻ったわ……って、ラムダあんたその腕どうしたのよ」


 扉を開けて一番に目に入ってきたのは、ラムダがフッカに腕を縫い付けられている場面だった。

 全裸のラムダは、よく見ると足の付け根にも糸で縫い付けられた跡がある。

 

「白騎士にやられたの。ラムダあいつ嫌い。怖いし、できれば二度と会いたくない」

「ふーん……龍神様がそこまで言うってことは、あの白騎士、なかなかの手練れのようね。それで、お姫様は?」


 白騎士への興味はそこそこに、シャーレは肝心のジークレインの行方を聞く。


「奥の部屋に軟禁している。今は部屋の中でヲズワルドが見張っているはずだ」


 不機嫌そうな顔をしているサロメが、シャーレの質問に答えた。

 それを聞いて、シャーレの顔にほころびが生まれる。

 

「……ってことは、ちゃんと殺さずに(さら)ってこれたのね。やるじゃないサロメ」

「のんのんのん。今回はサロメじゃなくて、フッカの手柄なのですよ! サロメが弟くん相手に随分と手こずっていたので、フッカがすまぁとな方法で誘拐してきました!」


 ちくちくと針を動かす手を止めて、フッカが自慢げにそう言った。

 サロメが否定しないところを見るに事実なのだろうが、そのまま褒めるのはなんとなく癪に障る。


「そう……まぁどっちでもいいけどね」

「どっちでもよくないよぉ! ちゃんと褒めてくれなきゃやぁだぁ! 褒めて褒めて褒めて褒めてぎゃんっ!」


 駄々をこねるフッカの頭に、シャーレの鉄拳が振り下ろされた。

 ぶしゅぅぅうう……とフッカの頭から煙が上がる。

 涙目になった彼女は、大人しくラムダの腕の縫い付けを再開した。


「計画は順調なようですね。それでは、このネルという少女も奥の部屋で見張っててもらいましょうか」

「そうね……それとフッカ。これ、お土産よ」


 シャーレは肩に担いでいた死体を、口をとがらせているフッカに向けて放った。

 冷たい床に、同じ温度の神童が転がる。


「え~お土産~? なんだろ~って、ふぉぉぉおおおおおおお! これ、神童くんの死体じゃんッ!」


 ぽいぽーいとまだ縫い付けが途中のラムダの腕をほったらかして、大興奮のフッカが神童の死体に食いついた。捨て置かれたラムダが「あ……」と悲しそうな声をこぼして、ぷらぷらとぶら下がる腕を見つめる。


「ほ、本物の神童の死体だぁああ! すごいすごぉい! まさか、シャーレが殺してきたの!?」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ。神童と真っ向からやりあえる人間なんて、世界中探しても私くらいのものだわ。精々感謝するのね」

「ははぁ~、ありがたや~ありがたや~」


 どや顔で胸を張るシャーレを、フッカが崇め奉る。

 仲がいいのか悪いのか、よくわからない二人だ。

 

「ふふふ、仲がよろしいようで何よりです。それにしても、まさか本当に神童を殺してしまうなんて。

 目の前で一部始終を見ていても、未だに信じがたい事実です。シャーレさん、貴方は一体何者なんですか?」


 ネクターがやけに真剣な表情で問いかけた。

 仲間であるはずの彼らでも、彼女の素性を知る者は一人としていない。

 彼女がどこで生まれ、どんな人生を過ごしてきたのか。

 シャーレの本当の力を目にしたネクターが知りたいと思うのは、当然のことだ。


「余計な詮索はしないこと。それが私が貴方たちに協力する条件だったはずよ」

「……そう、でしたね。すみません。どうしても気になったもので。不躾な質問でした、どうか忘れてください」


 ネクターが真摯に謝ると、シャーレは「別にいいわ」と謝罪を受け入れた。

 

 ネクターから気絶したままのネルを引き取ったシャーレは、鉄扉を開けて部屋の中に放り込む。

 人が転がる音に、うたた寝をしていたヲズワルドが目を覚ました。


「ふぁ~あ……あらシャーレ、帰ってましたのね……」

「ちょっと、気が緩み過ぎじゃない? アジトの中とはいえ逃げられる可能性はゼロじゃないんだから、ちゃんと起きて見張っておきなさいよ」

「そ、そうですわね。私としたことが、油断していましたわ……」


 もっともな注意を受けたヲズワルドは、素直に謝罪の言葉を述べる。

 いつも寝不足な彼女だが、今日は一段と疲れているように見えた。

 

「そういえば、ラムダの腕が斬られたみたいだけど。例の白騎士はそんなに強かったの?」


 何気なく聞いたシャーレの質問に、ヲズワルドが思い出したように声を荒げた。


「そ、そうでしたわ! 聞いてくださいまし! あの白騎士、小さななりしてとんでもないバケモノでしたわよ! 私の全身全霊をかけた星魔法を、片手で止められてしまいましたもの!」

「星魔法って……もしかして、黒き彗星の落とし子(マヴロス・ミーティア)のこと?」

「ええ、その通りです! 私が手塩にかけて研究していた魔法が……か、片手で……」


 思い出してショックを受けたのか、ヲズワルドの目に涙が浮かんだ。


 黒き彗星の落とし子(マヴロス・ミーティア)の威力は、シャーレもよく知っている。

 神童クラスの戦気の使い手であっても、正面から受けきるのは難しいほどの魔法だ。

 かく言うシャーレも雷の力を使わなければ、受けることは適わない。

 そんな芸当ができる人物がいるとしたら……


「ねぇヲズワルド。もしかして、その白騎士……スピカって名前だったり?」

「……ええ、確かそんな名前でしたわ。よくわかりましたわね。もしかして知り合い……って、どうしましたの?」


 ─────ばたんっ!

 白騎士の正体を知ったシャーレが、突然仰向けで床に倒れた。


「え、ちょっと……だ、大丈夫ですの?」


 おろおろと心配するヲズワルドをよそに、シャーレは倒れたままで頭を抱える。

 

()()()()の奴、知ってて黙ってたなぁ? あんのクソガキめぇぇえ……」


 ぶつぶつと、シャーレは虚空に向かって文句を垂れはじめた。

 それを見たヲズワルドは「ついにシャーレが壊れましたわ……」と可哀そうなものを見る目で彼女を見た。


「そっか、そうだよなぁ! よく考えたらシリウスくんがいるのに、()()()()()()がいないわけがないんだよなぁ! ああクソ、私としたことが。あの子のこと、すっかり忘れてたぁぁああああああ!」


 悲壮感に満ちたシャーレの叫び声が、アジトにこだまする。

 

「どうしました!? 何か叫び声が……って、シャーレさん、何をしているんです?」


 ぐねぐねと青虫のように体をくねらせるシャーレを見て、ネクターが心配そうに声をかけた。

 ヲズワルドに目線で何があったのか尋ねたが、彼女は肩をすくめて首を振るだけだ。


 しばらく床の上で悶えていた彼女だが、突然立ち上がると「こうしちゃいられない!」と言って部屋を飛び出した。


「フッカ! 神童の死体、どのくらいで使えるようになる!?」


 扉を破壊するほどの勢いで飛び出したシャーレが、フッカに質問を投げかけた。

 「ふぇえっ!?」と素っ頓狂な声を上げて驚いたフッカは、急いで神童の死体を確認する。

 

「ええっと、損傷は大きいけど、心臓が残ってるから……急げば十分くらいでいけると思う!」

「ラムダの腕は後回しでいいから、そっちの準備を急いで! それから、残りのメンバーは復活の儀の準備に今すぐ取り掛かりなさい!」


 勝手に後回しにされたラムダが悲しそうな顔をしたが、今はそれどころではない。

 焦るシャーレは、ばたばたとアジトの奥にある魔石を袋に詰め始めた。


「シャーレさん? いきなりどうしたのですか? スピカという剣士に、何か心当たりでも?」


 シャーレは手を止め、振り返る。

 ネクターの肩に手を置き、真剣な目で彼に訴えかけた。


「あの子はね、私の知る限り最強の生物なの。アイシスに手紙を出してしまったから、彼女はすぐにでも神殿にやってくるわ。私が何とか足止めしておくから、その間にさっさと逢魔の姫を復活しちゃいなさい!」


 焦っている彼女の様子を見て、ネクターは状況が逼迫していることを悟る。

 それから彼はシャーレからいくつかの指示を受け、復活の儀の準備に取り掛かった。

 他のメンバーも状況を聞き、来たる脅威に向けてばたばたと動き始めた。


「シャーレぇ! 神童くんの死体、準備できたよぉ!」

「ありがとうフッカ! じゃあネクター、あとはよろしく! 私は行くところがあるから、もう出るわ!」


 シャーレは持っていた魔石のパンパンに詰め込まれた袋をネクターに押し付けると、神童の死体を担いで地上に続く出口へと向かった。


「ああちょっと待ってよシャーレ! 神童くんの死体、何に使うの? ちゃんとフッカの手元に返ってくるんだよねぇ?」

「折角だし、姉弟の感動的な再会を演出してあげようと思って。心配しなくても、ちゃんと返す……のは無理だわごめんホントごめん」

「ええええええ! そんなぁぁああ!」


 悲しみに暮れるフッカの咆哮を聞きながら、シャーレは地下室を飛び出すように出ていった。

 

 


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