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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
36/43

【36話】 深紅の雷 ー後編ー


 両腕を犠牲にする自戒律。

 シリウスが初めて見せた本気は、文字通りその場を震撼させた。


 轟々と、()()()()が音を立てて立ち昇る。

 値にして【3000】

 普段の彼の本気が【500】だとするなら、実にその6倍の戦気量である。

 

 黒々とした彼の戦気を前に、シャーレはとても嬉しそうな顔をした。


「……いいわ、とてもいい。やっぱり、戦いってのはこうじゃないと。自分より格上の相手をねじ伏せてこそ、私の欲は満たされる。貴方ならこの気持ち、わかってくれるでしょう?」


「気持ちはわかりますが、残念ながら貴方の欲が満ちることは無いでしょうね。

 なぜならその前に、私が貴方を殺してしまいますから」


 その言葉を最後に、シリウスの顔から笑みが消えた。


 トッ。

 軽い音がした。

 

 次の瞬間、シャーレの身体が凄まじい勢いで吹き飛んだ。

 その場に残ったのは、足を蹴り上げた状態で止まっているシリウス。

 軽い音はシリウスが地を蹴った音だった。


 ─────ドゴォ!


 凄まじい音がして、洞穴の壁が破壊される。

 傍観者で飛んでいくシャーレを視認できたものは一人もいない。

 腕を捨ててまで手にした速さは、神童シリウス・ダーライツ最大の武器である。


 ばらばらと崩れた瓦礫の中から、頭から血を流すシャーレが顔を出した。


「……不意打ちとは、卑怯な真似してくれるじゃない!」

「心外ですね。私は正面から堂々と蹴っただけですよ。不意打ちなんて卑怯なことをしたつもりはありませんが」

「……言われてみると、確かにそうね。油断していた私の落ち度だわ。でも、もう油断してあげない。だから貴方の速さ、もっと味合わせて!」

「……お望みどおりに!」


 狂気的な笑みを浮かべて、手招きをするシャーレ。

 その顔面に、再びシリウスの膝蹴りが炸裂する。


「っっ!?」


 油断は一切なかった。

 それでもなお、神童の蹴りは見切れない。

 再び吹き飛ぶシャーレの体。

 静止した片足立ちのシリウスが、見たこともないほど恐ろしい顔でそこに立っていた。


「ザイン君、ネルさん─────」

「「はい!」」


 静かな洞穴。

 鋭い目をした圧倒的強者は、弟子二人に向けて言葉を投げかける。


「この戦いを、よく見ておいてください。これが私の辿り着いた境地。シンプルな速さと力が、結局は一番強いのだと。私が姉弟子から教わったすべてを、今からお見せします」


 ごくり、二人の生唾をのむ音が洞穴に響く。

 とはいえ、もう既に決着はついたはずだ。

 圧倒的な戦力差をもって、シリウスの勝ちで勝負はついたと。

 少なくとも、ネクターを含め傍観する三人はそう感じていた。

 

 だが、シリウスだけは知っていた。

 目の前で仰向けに倒れる少女の底力。

 彼女がまだ、本気のホの字も出していないことを。


「─────発」


 少女の口からこぼれた、自戒律発動の合図。

 眠っていた修羅が今、地獄の淵から蘇る。


「あはははっ……もっと、もっと私を楽しませて!」


 両腕を失うというわかりやすいシリウスの自戒律と違い、少女の自戒律は一見して特に体の変化は見られない。

 それもそのはず。

 彼女の自戒律は【発動中、耐えがたい激痛が体を襲う】というものだった。


 ズキズキ、ズキズキと。

 骨の神経を直接突き刺すような痛みが、シャーレを襲う。

 だが彼女は、その痛みすら心地いいと感じてしまっている。

 脳内にドバドバとあふれ出るアドレナリン。

 笑みを浮かべた修羅が、自分の頭から流れる血液をぺろりと舐めとった。

 

「ここから本気。付き合ってくれるわよね?」

「もちろんです。貴方が死ぬまで、お付き合いしますよ」


 笑みを交わした二人の本気が、遂に交錯する。


 ─────ドドォン!


 戦気がぶつかり合う音。

 爆発的な熱量同士が交わり、洞穴に風を生む。


 シリウスの戦い方は、極めてシンプルなものだった。

 蹴り、蹴り、蹴り、蹴り。

 両腕がないことがハンデにすら思えないほどの猛攻で、シャーレの体に着実に攻撃を当てていく。


 それに対し、シャーレは受けを主体とした、反撃の型(カウンター)で勝負を挑む。

 シリウスの素早い攻撃を超人的な反射神経をもって見切り、彼の力を利用しての反撃を試みた。

 

 だが、彼の言葉の通り、結局はシンプルな戦い方が一番強い。

 反撃すら許さない彼の蹴りが、徐々にシャーレの身体を破壊していく。


「す、すっげぇ……あれが、最強の弟か……!」


 傍観していたコールザインが、興奮した様子でつぶやいた。

 一生を鍛錬に費やしても、決して届かないほどの領域。

 いったい、どれほどの犠牲を払えば、そこへ辿り着けるのか。


 それほどの人物を師匠と呼べることが、嬉しくもあり、恐ろしくもある。


「……畜生がッ」


 反撃が決まらないことへのイラつきか。

 シャーレの口から思わず暴言がこぼれた。

 

 自棄になった彼女は受けに回るのをやめ、攻撃主体の型に移行する。

 だが、それがこの勝負における彼女の敗着となった。


「あっ……」

「─────終わりです」


 焦りから、空ぶったシャーレの攻撃。

 それを見越したように、シリウスは戦気を溜めていた。

 

 防御不能、回避不能。

 それはまさに、不可避の一撃。


 圧倒的攻撃力で放たれたその蹴りは、彼女の頭部に見事直撃した。

 白目をむいた彼女の頭が、凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。


「……勝負あったわね」


 腕を組んで勝負の行方を見守っていたネルが、静かに呟く。


「さて、貴方も地獄に送って差し上げましょうか?」

「……いえ、遠慮します。それに、お言葉ですが、まだ彼女は死んでいませんよ」


 苦笑いを浮かべて否定したネクターは、倒れているシャーレを指さした。

 ふらふらと頭を抱えたまま、血まみれのシャーレが起き上がる。

 

「いったぁ……レディに対して、何てことすんのよ。流石に死んだかと思ったわ」

「なっ……まだ起き上がれるのか!」


 コールザインが驚きの声を上げたが、シリウスは落ち着いた声でこう言った。


「何度起きあがっても同じこと。返り討ちにするだけですよ。

 それに、私との力量差がわからないほど、貴方も愚かではないはずです」


 自信に満ちた発言。それは確かな事実だった。

 事実だったのだが、

 

「確かに、今のままでは貴方に勝てないわ。そう、()()()()()()ね……」


 不気味な発言。

 シャーレは袖口から、真っ黒な宝石を取り出した。

 それはジークがアイシスに渡した【戦神の宝珠】によく似ている。

 ただし、ジークが持っていた宝珠の色は白。

 こちらの宝珠は黒色で、ギラギラと危ない光を放っていた。


「できれば、これは使わずに倒したかったのだけれど。

 ちょっとそれは難しそうだものね」


 ─────パキン


 石の砕ける音。彼女が宝珠を握りつぶす。

 その瞬間、石から漏れ出した何かが、彼女の体に取り込まれた。


「……?」


 シリウスが彼女の言動に首を傾げる。

 一見して、彼女に変化は見られない。

 異変が起こったのは、次に彼女が言葉を発した時だった。


「─────神成(かみなり)


 彼女の戦気、その性質が。

 ()()()()へと変質した。


「なっ……! 赤い雷、だとッ!?」


 それを見たシリウスの顔に、明らかな動揺が走る。

 ネルやコールザインにはわからない。

 彼女が纏う深紅の雷が、どれほど恐ろしいものなのか。

 

 【雷の性質変化】


 それは戦気の頂点に君臨する、『性質変化の王』とも呼ばれる能力。

 その性質変化を扱えるのは、シリウスの知る限り、歴史上でたった()()しか存在しない。


 【白の戦神】アダムと、【黒の戦神】イヴ。


 およそ千年前。

 時代の覇者として君臨していた二人の神が使ったとされる、幻の性質変化。

 それが今、彼の目の前ににいる少女が使った雷の正体だ。


「褒めてあげる。この能力を使うのは、この世界では貴方が初めてよ」

「……それは、光栄なことですね」


 乾いた喉。

 べったりと張り付くような嫌な予感に、シリウスの胸がざわめく。

 得体のしれない女が見に纏う、深紅の雷。

 もし、それが本当に神の力だとするなら……

 

「じゃあ、今度は私から行くわね」


 返事をする暇は与えられなかった。

 刹那、彼女の身体は消え、深紅の雷が空間を走る。

 

「─────ッ!!」


 音速を超える、彼女の蹴りが炸裂した。

 かろうじて間に合ったシリウスの右足が、間一髪のタイミングで攻撃を受け止める。


 ビリビリッ!

 攻撃を受けた箇所に、痺れるような痛みが伝わった。

 百戦錬磨のシリウスは、この一撃を受けただけで分かってしまった。

 

 (……この雷、やはり本物か!)


 彼女の雷は見た目だけの偽物でなく、戦神の力そのもの。

 理由はわからないが、今この少女は確かに戦神の力を纏っている。

 

 まずい。

 シリウスは嫌な予感が的中したことを悟り、最悪のケースを想定する。

 ここで言う最悪のケースとは、シリウスがシャーレの手によって殺されるという事態だ。

 

「ザインく……ッ!」

「余所見厳禁」


 何とか二人だけでも逃がそうと、シリウスがコールザインに声をかけようとした瞬間。

 したり顔のシャーレが、シリウスの横腹を蹴飛ばした。


「ちょっと、今は殺し合いの最中よ。私だけを見てくれなきゃ、いやっ!」

「……可愛くねぇよ」


 頬を膨らませてぶりっこをするシャーレに、腹を抑えるシリウスが苦言を呈した。

 力の差は明確。彼女から目を離せば、今度は確実に殺られるだろう。

 形勢は逆転し、シリウスは狩られる側になっていた。

 

 二人を助けるためには、意地でもこの勝負に勝つしかない。

 シリウスはシャーレに勝つための、最後の賭けに出る。


破壊律(サクリファイス)


 刹那、彼の胸に刻まれた六芒星が、白い光を伴って弾けた。

 

 【破壊律(サクリファイス)】は戦律の欠片を持つすべての者が使う事の出来る、最後の奥義。

 使用者は二度と【戦律の解放】が使用できなくなる代わりに、一時的に膨大な戦気を得ることができる。

 窮地に追い込まれたシリウスが選んだ苦肉の策。

 彼の決意を目の当たりにして、シャーレがひゅ~と口笛を吹いた。


「決死の覚悟ってやつね。いいわ。その覚悟、真正面から受けてあげる」


 余裕の表情は崩れない。

 彼女は知っているのだ。

 自分が未だ、圧倒的に優位な立場にいることを。


「ウォォォオオオオオオッ!」


 けたたましい咆哮とともに、シリウスの戦気が上昇していく。


 ─────ぼふっ。


 黒い煙とともに、彼の両腕が元に戻った。

 自戒律に頼らずとも、既に十分な量の戦気が彼を覆っている。

 破壊律の制限時間は持って1分がいいところ。

 対するシャーレの雷も、刻々と制限時間が近づいていた。

 

 お互い、一歩も引けない状況の中。

 先に仕掛けたのはシリウスだった。


 彼は取り戻した腕で居合の構えをとると、戦気を手元に集中させる。


 それは最強(スピカ)直伝の必殺技。

 溜める戦気の量が上がれば上がるほど、比例して威力と速さが上がるその技は。

『性質変化など必要ない』と言い切った彼女を象徴するような、シンプルな一撃である。


撃滅の剣(アナイアレイト)ッ!」


 迫真の声と共に、放たれた一撃。

 まさに彼の全身全霊をかけた一太刀が、シャーレに襲い掛かる。

 弧を描いた剣の軌道は光速となり、彼の刃は彼女の首を断ち切る……はずだった。


「……やるな、神童」


 シャーレの口から思わず漏れた称賛の言葉。

 彼が放った最後の一刀は、雷を纏った彼女の剣をへし折り、首をガードした右腕に半分ほど食い込んでいる。

 だが、刃はそこで止まっていた。

 

 彼の刃は、彼女の首を狩るには至らず。

 負けを悟ったシリウスの顎を、深紅の雷が打ち抜いた。


 ─────轟音。 


 腕を斬られた少女がお返しとばかりに放った、下からの蹴り。


 蒼穹の空に、シリウスの身体が軽々と打ちあがった。

 雷によって痺れた全身の筋肉。

 もはや彼の身体に、落下にあらがうほどの力は残っていない。

 下へ、下へ。

 風を全身で受けながら、彼はシャーレの待つ場所へと落ちていく。


 バチ、バチバチッ!

 

 シャーレの両手に、シリウスにとどめを刺すための戦気が宿った。

 生み出された二本の雷は、螺旋を描きながら歪な槍を作り上げる。

 彼女はその雷槍を片手で握り、落ちてくる彼の身体に狙いを定めた。


「さよなら神童……いや、最後くらい()()()()()()と呼ぶべきかな」


 シャーレが親しげに呼んだ、彼の名前。

 その懐かしさを帯びた響きに、シリウスの顔が驚きに染まる。


「その呼び方……まさか、まさか貴方はッ!!」

「─────貫け、熱月の雷槍(テルミドール)

 

 深紅の雷槍は、熱く熱く。

 シリウスを死に至らしめるには十分な熱をもって、彼女の手を離れた。

 迫りくる深紅の雷を前に、神童が思い出したのは誰の事だったのか。

 

 熱月の雷槍(テルミドール)

 【黒の戦神】イヴの代名詞ともいえるその技が。

 自由落下に身をゆだねるシリウスの腹部を、確実に貫いた。


 ─────どちゃ。


 臓物をぶちまけながら、シリウスの身体が地に落ちる。

 美しい真っ白な砂浜が、彼の真っ赤な血で深紅に染まっていく。

 澄んだ彼の瞳から、徐々に彩が消え……


 神童シリウス・ダーライツが、死んだ。


「う、うわぁぁぁああああああああああッ!」

「ネルちゃん、ダメだッ!」


 神童の死を前に、剣を抜き飛び出したのは半狂乱のネルだった。

 コールザインが止めるのも聞かず、牙をむき出しにしてシャーレに斬りかかる。


「……愚かね」

「!?」


 ネルの全力の攻撃を、彼女はたった二本の指で止めて見せた。

 そのままねじるように動かすと、ネルの剣が容易く折れる。


「うらぁッ!」


 剣がダメと見るや否や、ネルは武器を拳に切り替えた。

 戦気を込めた彼女の拳が、シャーレに襲い掛かるが。


 ─────バキッ!


「ッッ!!」


 痛みに顔をゆがめたネルの腕が、逆の方向に曲がった。

 シャーレは視認できないほどの速さで、ネルの腕をへし折ったのだ。

 神童を葬った彼女にとって、それは赤子の手をひねるように簡単なことだった。


「ぐぁあぁあああっ!」

「うるさいわよ。すこし黙ってて」


 シャーレは痛みにもだえるネルの首に手刀を浴びせ気絶させると、栗色の髪を掴んでネクターの足元にぶん投げた。


「ネクター、そいつは人質としてアジトへ連れていくわ。

 それから、コールザインには伝言を頼みたいのだけれど……まぁ、そう来るわよね」


 ネクターに向かって話していたシャーレの背後に、コールザインの刃が迫る。

 彼女は見向きもせずにそれを避けると、シリウスに折られた剣を軽く振った。

 すると次の瞬間、剣を持ったコールザインの腕が切れ、宙に飛んだ。

 ぴっ─────と、シャーレが折れた刃についた血を払う。

 まざまざと見せつけられた戦力差に、コールザインはただただ絶望することしかできない。


 失われた希望。

 愕然とその場に座り込んだ彼に、シャーレは一枚の手紙を手渡した。


「これを、アイシス・クロウディアに届けなさい。

 王都は洞窟を出てひたすらまっすぐ行けば着くわ。お使いが上手にできたら、あのネルって子は殺さないでいてあげる」


 何の保証もない、彼女の言葉に。

 コールザインは頷くことしかできなかった。

 

 

 

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