【34話】 最強の証明 ー後編ー ★
★挿絵があります↓
最強の騎士。
自らをそう名乗った小さな剣士を目の前に、戦律の簒奪者の二人は警戒をあらわにする。
「ラムダ! 本気でいきますわよ! 速やかに殺しなさい!」
「了解!」
彼女の放つ不穏な気配を感じ取ったのか、ヲズワルドはラムダに攻撃の指示を出した。
本気というだけあって、先ほどとは比べ物にならないスピードでラムダは仕掛ける。
だが、本気ではなかったのはスピカも同じ。
「遅い」
彼女は一本背負いの要領で襲い来るラムダを投げ飛ばした。
龍神の身体が地に伏し、スピカがそれを見下ろす。
龍の瞳に映ったのは、青い空とふたつの赤い瞳。
この瞬間、早くも形勢は逆転した。
「メテオラ!」
魔法を詠唱したヲズワルドのワンドから、白い塊が射出される。
詠唱の声からは、かなりの焦りが感じられた。
「芸がないな、天才魔術師」
スピカが言った。
おちょくるような、自信に満ちた、生意気な言い方だった。
彼女は襲い来る白い塊を真正面から迎え撃ち、剣を持たない左手で握りつぶした。
ぶしゅううううう……
情けない音が漏れて、星魔法は消失してしまう。
「ま、マジで言ってますの……?」
開いた口がふさがらないヲズワルドが、そうこぼしてしまうのも無理はない。
本来、戦気で作ったバリアは魔法を防御するのに向かない。
それは単純に相性の問題で、簡単に言ってしまえば戦気は魔力に弱いのである。
全く防げないわけではないが、攻撃の九割は通してしまう。
以上の理由から、戦気で魔法を完全に防ぐのは不可能だと言われていた。
しかし彼女は、手に纏ったわずかな戦気の膜で、最強の属性である星魔法を握りつぶしたのだ。
ここまで説明すれば、ヲズワルドが驚いた理由が伝わるだろう。
常識では考えられないことだが、最強に不可能はない。
「黒龍砲ッ!」
スピカが魔法を潰している間に起き上がったラムダが、彼女に向けて口から光線を放つ。
龍化戦気が収束してできたその黒い光線は、まっすぐスピカに向かうが。
「邪魔だ」
ふっと、彼女が振るった剣の先が、光線の軌道を捻じ曲げた。
「がぁっ!?」
目を見開いて驚くラムダ。
スピカは一歩一歩踏みしめるように、彼女へとゆっくりと近づいていく。
ラムダは全身に戦気をほとばしらせ、警戒の態勢をとった。
一瞬たりとも目を離さないよう、ラムダはスピカの一挙手一投足を凝視する。
だが突然、警戒する彼女の目の前から、スピカが音もなく消えた。
─────ぼと、ぼと。
「龍神……所詮、この程度か」
声が聞こえ振り返ると、スピカはラムダの後ろにいた。
彼女の剣には、真っ赤な血が滴っている。
あまりに早すぎて、ラムダは自身の身に何が起こったのか理解が出来ずにいた。
傍観していたヲズワルドですら、それを理解したのは事が起きてから数秒後だ。
「あ、あれ? ラムダの、腕が……」
彼女の肘から下。
竜の鱗でおおわれた頑強な腕がない。
下を見ると、二つの見覚えのある塊が落ちていた。
それを見て、ようやくラムダは理解した。
彼女の身体についた二つの腕は、スピカに一瞬でぶった切られたのだ。
「あ、ああぁぁぅぅぅ……」
情けない声が漏れ、彼女の戦気が目に見えて収縮した。
こうなってしまえばもう、ラムダはスピカに立ち向かえない。
もちろん攻撃の手段を断たれたというのもあるが。
一番は生き物としての序列を叩きこまれたからだろう。
震える瞳。
最後に残ったなけなしの勇気で逃げようとしたラムダの足を、スピカが無慈悲に切り落とす。
「ガァァアアアアッ!」
熱にも似た痛みに、ラムダはもだえ苦しんだ
だるまになった彼女は、もはや逃げることも出来ない。
かろうじて死んではいないが、生き物としての尊厳はとうに失われていた。
「おっと、逃げるなよ」
「がぁ……!」
肘から下のない腕で這ってでも逃げようとするラムダの頭を、スピカが正面から踏みつけた。
みし、とラムダの頭骨が嫌な音を立てる。
このままスピカが力を込めれば、彼女の頭は果実のように簡単に潰れてしまうだろう。
「さぁ、逢魔の姫の居場所を吐いてもらおうか」
彼女の頭に足を置いたまま、スピカは尋問を開始した。
鎧の隙間から出た、二つの金の毛束。
彼女のアイデンティティであり、絶望の象徴でもあるツインテールが風に揺らいだ。
「ラムダ、知らない……」
「シラを切るなら、このまま潰すぞ」
ぎゅむ、と。
スピカは足に全体重をかける。
ラムダの頭蓋骨が、靴と地面にはさまれて軋んだ。
「グガァァアアアアアアッ!」
痛みによる絶叫。
龍神の咆哮が轟き、空気が震えた。
それでもスピカは足の力を緩めない。
それどころか、ますます強まる力に、ラムダの頭が潰れ……
「黒き凶星の落とし子!」
─────パキン!
軽快な音を立てたのは、ヲズワルドが握ったワンドの先についていた大きな魔石。
見たこともないほど巨大なサイズの魔石が割れ、凄まじい魔力が空中に解き放たれた。
魔力はヲズワルドの声と共に上空へ飛んでいき、空に大きな裂け目を作り出す。
黒き凶星の落とし子
それは古代魔法である星魔法の神髄ともいえる、まさに超ド級の攻撃魔法。
空に生まれた大きな裂け目から、メテオラより遥かに巨大な黒の塊が降り注ぐ。
「これは、星魔法か……?」
隕石にも似た黒い塊が放つ絶大な魔力に、流石のスピカも驚きを隠せないようだ。
「ウィンド! バインド!」
「……ッ!?」
呆気にとられたスピカの隙をついて、ヲズワルドは続けざまに二つの魔法を詠唱した。
一つは『ウィンド』。
ラムダに向けて放たれた魔法は風を生み、動けないラムダの身体と飛散した四肢を引き寄せる。
ヲズワルドは走り、飛んでいくラムダの身体とパーツたちをがっちりと受け止めた。
もう一つは『バインド』。
スピカに向けて放たれた光の魔法は、彼女の足に絡みついた。
強力な拘束効果を持つ魔法だが、スピカならものの数秒で抜け出してしまうだろう。
けれど、今は数秒足止めが出来れば十分だ。
これでもうスピカは黒き凶星の落とし子から逃げられない。
「プロテクション!」
ラムダを受け止めたヲズワルドは、ワンドの最後の魔石を使って魔法を発動する。
魔石が割れ、ヲズワルドとラムダの身体を赤い防壁が包み込んだ。
結界を作る魔法はいくつか存在するが、プロテクションはその最上位にあたる魔法だ。
『戦気』は『魔力』に弱いが、『魔力』は『魔力』に強い。
絶大な威力を誇る星魔法といえど、プロテクションならば無傷で防ぐことができる。
これで準備は整った。
「…………」
猛烈な速度で堕ちてくる隕石を前に。
スピカは何も言わず、ただ静かに剣を構えた。
鎧に包まれたスピカの瞳に、動揺は感じない。
避けられぬ絶望を前に諦めているのか、それとも─────
「星と共に散りなさい、白鎧の騎士!」
─ィィィイイイン
耳鳴りにも似た音。それは予兆だった。
これから起こる、未曽有の大爆発の、微かな予兆だった。
息をのんだ。次の瞬間、
─────ボガァァアアアアアアンッ!
轟音が響いた。
高度な防音効果も併せ持つプロテクションの中にも、その轟音は届いた。
凄まじい爆風が起こり、二人はプロテクションごとはるか遠くへ飛ばされる。
「がぁぁああああああ!」
「きゃああああああああ!」
二人の全力の悲鳴すら、爆発音にかき消されてしまう。
着地した隕石は、敵味方問わず、周りにあるすべてを吹き飛ばした。
同時に生まれた熱波が真っ黒な煙を上げ、辺り一面を焼き尽くす。
草も木も、水も空気も。
すべてが一瞬にして姿を変えていった。
立ち込める黒煙と、赫灼の熱波。
灼熱の星が作り出した絶望的な光景は、この世の終わりのようにも思えた。
破壊。
彼女の星魔法は、まさしく破壊の権化だった。
……爆発が始まってからおよそ三分。
凄まじい勢いで広がり、すべてを焼き尽くした熱波が、ようやく収まった。
「な、何とか持ってくれたようですわね……」
崩壊寸前のひび割れたプロテクションを解いたヲズワルドが、瓦礫の中から顔を出した。
腕に抱えられるラムダは、何が起こったのか理解できず、目を丸くしている。
「自分で使っておいてこんなことを言うのもなんですけど、凄まじい威力ですわ……」
目の前に広がる圧巻の光景を見て、ヲズワルドが呟いた。
隕石が落ちた地点を中心にできたクレーター。
その大きさは直径1キロにも及ぶ。
こんな魔法を受けて生きていられたのなら、もはやそれは人間とは呼べないだろう。
「……正直、これだけは使いたくありませんでしたが。何事も命には代えられませんもの」
ヲズワルドはそう零すと、手元に残った魔石のないワンドを名残惜しそうに見つめる。
黒き凶星の落とし子はとあるS級ダンジョンの最奥にて発見された、巨大な魔石に付与されていた古代魔法。
その魔法陣はまだ研究途中であり、十年という歳月をかけても半分ほどしか解析が進んでいなかった。
ヲズワルドはこの魔法陣の解読に、生涯の半分をささげるつもりでいたのだが。
今しがた放った魔法によって、彼女が研究に費やした時間は水泡に帰した。
文字通り、彼女のすべてをかけた一撃だったというわけだ。
「……ラムダ、助かったの?」
「ええ、感謝してくださいね。あれは私の半生と引き換えに放った魔法ですのよ。おかげで実験室も研究資料もぜーんぶ吹き飛びましたけど、私たちの命は守られましたわ」
「それは……ごめんなさい」
「まぁ、起きてしまったことは仕方ありませんわ。あとは奴の死体を回収して……は?」
ヲズワルドがクレーターの方を見て、間の抜けた声を上げる。
星魔法によってできた巨大なクレーター。
真っ黒な煙で包まれたその穴の中心から、竜巻のような渦が生まれたのだ。
嫌な予感。
まさか、と思った。嘘だろ、と思った。けれど、現実だった。
信じがたい真実を前に、ヲズワルドの頬に一筋の汗が垂れる。
「まさか……そんな馬鹿なッ……!」
ひきつった笑顔で、彼女が見下ろした先。
竜巻の発生によって、晴れたクレーターの中心に現れた人影。
ガシャと音がして崩れ落ちる、黒焦げになった鎧。
崩落した鎧の下から現れたのは、一人の小さな少女であった。
隕石の熱で少し焼け焦げた、アースディアの騎士礼装。
あどけなさの残る幼い顔つきと、彼女の象徴でもあるツインテール。
そして、何百人と殺してきたであろう殺気の篭った鋭い瞳が、はるか遠くからこちらを睨んでいる。
龍神を蹂躙し、圧倒的な実力でねじ伏せた少女。
最上級星魔法を正面から受けきり、それでもなお平然とそこに立っている少女を。
─────最強と呼ばずして、何と呼ぶのだろう。
少女と目が合った瞬間。
ヲズワルドの頭に、様々な思考の波が駆け抜けた。
(バカなッ!) (あいつ、生きてやがった!) (魔法は確かに当たったはずだ!)(ならどうやって!) (星魔法を、戦気で相殺した……?)(ありえない!)(そんなこと、できるわけがない!) (でも、奴は生きてる!)(本当に相殺するとしたら、一体どんな原理で……) (違うそうじゃない!)(このままじゃ、確実に殺される!)(今、私が生きるためにするべきことは!)
脳みそが煙をあげるほど、高速で回転する。
わずか一秒にも満たない思考の中で、彼女が導き出した答えは……
「て……テレポートッ!!」
ヲズワルドは、震える声でその魔法を詠唱した。
選んだのは、逃走という選択肢だった。
煙の中から現れた少女の姿を見て、あれは決して対峙してはいけない者だったのだと、ヲズワルドはここに至りようやく気が付いた。
魔力が二人を包み込み、二人の身体が瞬時に消える。
その直後─ぶぉん─という強烈な風音とともに、ヲズワルドの頭があった場所を戦気の斬撃が通過した。
あと一秒、詠唱が遅れていればヲズワルドは確実に死んでいただろう。
「……逃げられたか」
消えた二人がいた場所を睨みつけて、スピカが呟く。
最上級星魔法を受けとめた彼女の右腕は焼け爛れ、皮膚がはがれ落ちている。
だというのに、スピカは痛がるそぶりすら見せない。
傷を負うことに慣れているのか、そもそも痛みを感じないのか。
彼女はため息を一つつき、腰に着けた金輪に剣を通した。
その時、彼女の焦げた騎士礼装のポケットがぶるぶると震える。
スピカは焼け焦げた手で、ポケットから伝達石を取り出した。
「どうした」
『師匠! ジークさんが、さらわれてしまいました!』
「……そうか」
『すみません! 僕が不甲斐ないばかりに!』
「いや、奴らは相当の手練れだ。お前とジークが生きているだけでも僥倖と見るべきだろう。俺もすぐにそちらに戻る。お前はシリウスに連絡を取っておけ」
『……わ、わかりました!』
通信を切り、スピカは空を睨む。
ぐんっと地を蹴り、彼女ははるか上空へ飛んだ。
雲の上から下を見下ろすと、遥か遠方に青い海と真っ赤な屋根が立ち並ぶ街が見えた。
赤と青が織りなす美しい景色は、アースディア最北端の港町『リードポート』を置いて他にない。
「ここから王城まで、急いで一時間といったところか」
現在地を正確に分析したスピカは、帝都アースディアの方角に向けて走り始める。
星魔法でできた巨大なクレーターと凄まじい速度で走る彼女の目撃情報により、リードポートでは『宇宙人飛来伝説』がまことしやかに囁かれるのだが。
それはまた別の話である。
illustration みるくびたみん様
素晴らしい絵を、ありがとうございました。




