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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
34/43

【34話】 最強の証明 ー後編ー ★

★挿絵があります↓

 

 最強の騎士。

 自らをそう名乗った小さな剣士を目の前に、戦律の簒奪者の二人は警戒をあらわにする。


「ラムダ! 本気でいきますわよ! 速やかに殺しなさい!」

「了解!」


 彼女の放つ不穏な気配を感じ取ったのか、ヲズワルドはラムダに攻撃の指示を出した。

 本気というだけあって、先ほどとは比べ物にならないスピードでラムダは仕掛ける。

 だが、本気ではなかったのはスピカも同じ。


「遅い」


 彼女は一本背負いの要領で襲い来るラムダを投げ飛ばした。

 龍神の身体が地に伏し、スピカがそれを見下ろす。

 龍の瞳に映ったのは、青い空とふたつの赤い瞳。

 この瞬間、早くも形勢は逆転した。


「メテオラ!」


 魔法を詠唱したヲズワルドのワンドから、白い塊が射出される。

 詠唱の声からは、かなりの焦りが感じられた。


「芸がないな、天才魔術師」


 スピカが言った。

 おちょくるような、自信に満ちた、生意気な言い方だった。

 彼女は襲い来る白い塊を真正面から迎え撃ち、剣を持たない左手で握りつぶした。

 ぶしゅううううう……

 情けない音が漏れて、星魔法は消失してしまう。


「ま、マジで言ってますの……?」


 開いた口がふさがらないヲズワルドが、そうこぼしてしまうのも無理はない。


 本来、戦気で作ったバリアは魔法を防御するのに向かない。


 それは単純に相性の問題で、簡単に言ってしまえば()()()()()()()()のである。

 全く防げないわけではないが、攻撃の九割は通してしまう。

 以上の理由から、戦気で魔法を完全に防ぐのは不可能だと言われていた。


 しかし彼女は、手に纏ったわずかな戦気の膜で、最強の属性である星魔法を握りつぶしたのだ。


 ここまで説明すれば、ヲズワルドが驚いた理由が伝わるだろう。

 常識では考えられないことだが、最強に不可能はない。


黒龍砲(ガンマ)ッ!」


 スピカが魔法を潰している間に起き上がったラムダが、彼女に向けて口から光線を放つ。

 龍化戦気が収束してできたその黒い光線は、まっすぐスピカに向かうが。


「邪魔だ」


 ふっと、彼女が振るった剣の先が、光線の軌道を捻じ曲げた。


「がぁっ!?」


 目を見開いて驚くラムダ。

 スピカは一歩一歩踏みしめるように、彼女へとゆっくりと近づいていく。

 ラムダは全身に戦気をほとばしらせ、警戒の態勢をとった。

 一瞬たりとも目を離さないよう、ラムダはスピカの一挙手一投足を凝視する。

 だが突然、警戒する彼女の目の前から、スピカが音もなく消えた。


 ─────ぼと、ぼと。


「龍神……所詮、この程度か」


 声が聞こえ振り返ると、スピカはラムダの後ろにいた。

 彼女の剣には、真っ赤な血が滴っている。

 あまりに早すぎて、ラムダは自身の身に何が起こったのか理解が出来ずにいた。

 傍観していたヲズワルドですら、それを理解したのは事が起きてから数秒後だ。


「あ、あれ? ラムダの、腕が……」


 彼女の肘から下。

 竜の鱗でおおわれた頑強な腕がない。

 下を見ると、二つの見覚えのある塊が落ちていた。

 それを見て、ようやくラムダは理解した。

 彼女の身体についた二つの腕は、スピカに一瞬でぶった切られたのだ。


「あ、ああぁぁぅぅぅ……」


 情けない声が漏れ、彼女の戦気が目に見えて収縮した。

 こうなってしまえばもう、ラムダはスピカに立ち向かえない。

 もちろん攻撃の手段を断たれたというのもあるが。

 一番は()()()()()()()()()を叩きこまれたからだろう。


 震える瞳。

 最後に残ったなけなしの勇気で逃げようとしたラムダの足を、スピカが無慈悲に切り落とす。


「ガァァアアアアッ!」


 熱にも似た痛みに、ラムダはもだえ苦しんだ

 だるまになった彼女は、もはや逃げることも出来ない。

 かろうじて死んではいないが、生き物としての尊厳はとうに失われていた。


「おっと、逃げるなよ」

「がぁ……!」


 肘から下のない腕で這ってでも逃げようとするラムダの頭を、スピカが正面から踏みつけた。

 みし、とラムダの頭骨が嫌な音を立てる。

 このままスピカが力を込めれば、彼女の頭は果実のように簡単に潰れてしまうだろう。


「さぁ、逢魔の姫の居場所を吐いてもらおうか」


 彼女の頭に足を置いたまま、スピカは尋問を開始した。

 鎧の隙間から出た、二つの金の毛束。

 彼女のアイデンティティであり、絶望の象徴でもあるツインテールが風に揺らいだ。


「ラムダ、知らない……」

「シラを切るなら、このまま潰すぞ」


 ぎゅむ、と。

 スピカは足に全体重をかける。

 ラムダの頭蓋骨が、靴と地面にはさまれて(きし)んだ。


「グガァァアアアアアアッ!」


 痛みによる絶叫。

 龍神の咆哮が轟き、空気が震えた。

 それでもスピカは足の力を緩めない。

 それどころか、ますます強まる力に、ラムダの頭が潰れ……


黒き凶星の落とし子(マヴロス・ミーティア)!」


 ─────パキン!


 軽快な音を立てたのは、ヲズワルドが握ったワンドの先についていた大きな魔石。

 見たこともないほど巨大なサイズの魔石が割れ、凄まじい魔力が空中に解き放たれた。

 魔力はヲズワルドの声と共に上空へ飛んでいき、空に大きな裂け目を作り出す。


 黒き凶星の落とし子(マヴロス・ミーティア)


 それは古代魔法である星魔法の神髄ともいえる、まさに超ド級の攻撃魔法。

 空に生まれた大きな裂け目から、メテオラより遥かに巨大な黒の塊が降り注ぐ。


「これは、星魔法か……?」


 隕石にも似た黒い塊が放つ絶大な魔力に、流石のスピカも驚きを隠せないようだ。


「ウィンド! バインド!」

「……ッ!?」


 呆気にとられたスピカの隙をついて、ヲズワルドは続けざまに二つの魔法を詠唱した。


 一つは『ウィンド』。

 ラムダに向けて放たれた魔法は風を生み、動けないラムダの身体と飛散した四肢を引き寄せる。

 ヲズワルドは走り、飛んでいくラムダの身体とパーツたちをがっちりと受け止めた。


 もう一つは『バインド』。

 スピカに向けて放たれた光の魔法は、彼女の足に絡みついた。

 強力な拘束効果を持つ魔法だが、スピカならものの数秒で抜け出してしまうだろう。

 けれど、今は数秒足止めが出来れば十分だ。

 これでもうスピカは黒き凶星の落とし子(マヴロス・ミーティア)から逃げられない。


「プロテクション!」


 ラムダを受け止めたヲズワルドは、ワンドの最後の魔石を使って魔法を発動する。

 魔石が割れ、ヲズワルドとラムダの身体を赤い防壁が包み込んだ。

 結界を作る魔法はいくつか存在するが、プロテクションはその最上位にあたる魔法だ。


 『戦気』は『魔力』に弱いが、『魔力』は『魔力』に強い。


 絶大な威力を誇る星魔法といえど、プロテクションならば無傷で防ぐことができる。

 これで準備は整った。


「…………」


 猛烈な速度で堕ちてくる隕石を前に。

 スピカは何も言わず、ただ静かに剣を構えた。

 鎧に包まれたスピカの瞳に、動揺は感じない。

 避けられぬ絶望を前に諦めているのか、それとも─────


「星と共に散りなさい、白鎧の騎士!」


 ─ィィィイイイン


 耳鳴りにも似た音。それは予兆だった。

 これから起こる、未曽有の大爆発の、微かな予兆だった。

 息をのんだ。次の瞬間、


 ─────ボガァァアアアアアアンッ!


 轟音が響いた。


 高度な防音効果も併せ持つプロテクションの中にも、その轟音は届いた。

 凄まじい爆風が起こり、二人はプロテクションごとはるか遠くへ飛ばされる。


「がぁぁああああああ!」

「きゃああああああああ!」


 二人の全力の悲鳴すら、爆発音にかき消されてしまう。

 着地した隕石は、敵味方問わず、周りにあるすべてを吹き飛ばした。


 同時に生まれた熱波が真っ黒な煙を上げ、辺り一面を焼き尽くす。

 草も木も、水も空気も。

 すべてが一瞬にして姿を変えていった。


 立ち込める黒煙と、赫灼の熱波。

 灼熱の星が作り出した絶望的な光景は、この世の終わりのようにも思えた。

 破壊。

 彼女の星魔法は、まさしく破壊の権化だった。


 ……爆発が始まってからおよそ三分。

 凄まじい勢いで広がり、すべてを焼き尽くした熱波が、ようやく収まった。


「な、何とか持ってくれたようですわね……」


 崩壊寸前のひび割れたプロテクションを解いたヲズワルドが、瓦礫の中から顔を出した。

 腕に抱えられるラムダは、何が起こったのか理解できず、目を丸くしている。


「自分で使っておいてこんなことを言うのもなんですけど、凄まじい威力ですわ……」


 目の前に広がる圧巻の光景を見て、ヲズワルドが呟いた。

 隕石が落ちた地点を中心にできたクレーター。

 その大きさは直径1キロにも及ぶ。

 こんな魔法を受けて生きていられたのなら、もはやそれは人間とは呼べないだろう。


「……正直、これだけは使いたくありませんでしたが。何事も命には代えられませんもの」


 ヲズワルドはそう零すと、手元に残った魔石のないワンドを名残惜しそうに見つめる。


 黒き凶星の落とし子(マヴロス・ミーティア)はとあるS級ダンジョンの最奥にて発見された、巨大な魔石に付与されていた古代魔法。

 その魔法陣はまだ研究途中であり、十年という歳月をかけても半分ほどしか解析が進んでいなかった。


 ヲズワルドはこの魔法陣の解読に、生涯の半分をささげるつもりでいたのだが。

 今しがた放った魔法によって、彼女が研究に費やした時間は水泡に帰した。

 文字通り、彼女のすべてをかけた一撃だったというわけだ。


「……ラムダ、助かったの?」

「ええ、感謝してくださいね。あれは私の半生と引き換えに放った魔法ですのよ。おかげで実験室も研究資料もぜーんぶ吹き飛びましたけど、私たちの命は守られましたわ」

「それは……ごめんなさい」

「まぁ、起きてしまったことは仕方ありませんわ。あとは奴の死体を回収して……は?」


 ヲズワルドがクレーターの方を見て、間の抜けた声を上げる。

 星魔法によってできた巨大なクレーター。

 真っ黒な煙で包まれたその穴の中心から、竜巻のような渦が生まれたのだ。


 嫌な予感。

 まさか、と思った。嘘だろ、と思った。けれど、現実だった。

 信じがたい真実を前に、ヲズワルドの頬に一筋の汗が垂れる。


「まさか……そんな馬鹿なッ……!」


 ひきつった笑顔で、彼女が見下ろした先。

 竜巻の発生によって、晴れたクレーターの中心に現れた()()


 ガシャと音がして崩れ落ちる、黒焦げになった鎧。

 崩落した鎧の下から現れたのは、一人の小さな少女であった。


 隕石の熱で少し焼け焦げた、アースディアの騎士礼装。

 あどけなさの残る幼い顔つきと、彼女の象徴でもあるツインテール。

 そして、何百人と殺してきたであろう殺気の篭った鋭い瞳が、はるか遠くからこちらを睨んでいる。


 龍神を蹂躙し、圧倒的な実力でねじ伏せた少女。

 最上級星魔法を正面から受けきり、それでもなお平然とそこに立っている少女を。


 ─────()()と呼ばずして、何と呼ぶのだろう。


挿絵(By みてみん)


 少女と目が合った瞬間。

 ヲズワルドの頭に、様々な思考の波が駆け抜けた。


(バカなッ!) (あいつ、生きてやがった!) (魔法は確かに当たったはずだ!)(ならどうやって!) (星魔法を、戦気で相殺した……?)(ありえない!)(そんなこと、できるわけがない!) (でも、奴は生きてる!)(本当に相殺するとしたら、一体どんな原理で……) (違うそうじゃない!)(このままじゃ、確実に殺される!)(今、私が生きるためにするべきことは!)


 脳みそが煙をあげるほど、高速で回転する。

 わずか一秒にも満たない思考の中で、彼女が導き出した答えは……


「て……テレポートッ!!」


 ヲズワルドは、震える声でその魔法を詠唱した。

 選んだのは、逃走という選択肢だった。

 煙の中から現れた少女の姿を見て、あれは決して対峙してはいけない者だったのだと、ヲズワルドはここに至りようやく気が付いた。


 魔力が二人を包み込み、二人の身体が瞬時に消える。

 その直後─ぶぉん─という強烈な風音とともに、ヲズワルドの頭があった場所を戦気の斬撃が通過した。

 あと一秒、詠唱が遅れていればヲズワルドは確実に死んでいただろう。


「……逃げられたか」


 消えた二人がいた場所を睨みつけて、スピカが呟く。

 最上級星魔法を受けとめた彼女の右腕は焼け爛れ、皮膚がはがれ落ちている。


 だというのに、スピカは痛がるそぶりすら見せない。

 傷を負うことに慣れているのか、そもそも痛みを感じないのか。


 彼女はため息を一つつき、腰に着けた金輪に剣を通した。

 その時、彼女の焦げた騎士礼装のポケットがぶるぶると震える。

 スピカは焼け焦げた手で、ポケットから伝達石を取り出した。


「どうした」

『師匠! ジークさんが、さらわれてしまいました!』

「……そうか」

『すみません! 僕が不甲斐ないばかりに!』

「いや、奴らは相当の手練れだ。お前とジークが生きているだけでも僥倖と見るべきだろう。俺もすぐにそちらに戻る。お前はシリウスに連絡を取っておけ」

『……わ、わかりました!』


 通信を切り、スピカは空を睨む。

 ぐんっと地を蹴り、彼女ははるか上空へ飛んだ。


 雲の上から下を見下ろすと、遥か遠方に青い海と真っ赤な屋根が立ち並ぶ街が見えた。

 赤と青が織りなす美しい景色は、アースディア最北端の港町『リードポート』を置いて他にない。


「ここから王城まで、急いで一時間といったところか」


 現在地を正確に分析したスピカは、帝都アースディアの方角に向けて走り始める。

 星魔法でできた巨大なクレーターと凄まじい速度で走る彼女の目撃情報により、リードポートでは『宇宙人飛来伝説』がまことしやかに囁かれるのだが。

 それはまた別の話である。




 

illustration みるくびたみん様

素晴らしい絵を、ありがとうございました。

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