【33話】 最強の証明 ー前編ー
暗転する視界。
魔法陣によって飛ばされた白鎧の騎士は、ゆっくりと目を開いた。
最強のスピカ・フォートリカといえど、奇襲で発動された移動魔法には逆らえないようだ。
「少し、油断しすぎていたか」
ぽつりと独り言を漏らし、スピカはあたりを見渡す。
彼女が飛ばされたのは、どことも知らぬ廃墟の中だった。
崩れた赤レンガ。天井はほとんど残っておらず、青々とした空が見えている。
スピカは取り急ぎ『伝達石』と呼ばれる魔石を使い、ジークを呼び出した。
「……ジーク。無事か」
『ああ。今のところ大丈夫だ。でも、まずいことになってるのは確かだな。
可能な限り、早く帰ってきてくれ』
「善処しよう」
仄かに光った魔石から落ち着いている彼女の声が聞こえ、ひとまず安堵したスピカ。
淡白な返事の後、魔石をポケットにしまったその時。
「ようこそ私の実験場へ。歓迎しますわ、白鎧の女騎士」
廃墟に反響する声。
見上げると、廃墟の二階から二人の女がこちらを見下ろしている。
一人は白衣に身を包んだ、背の高い女。
丁寧に編み込まれた金色の髪と紫色に塗られたリップ、クマが出来た冷たい目が印象的だ。
いかにも研究者然とした姿の彼女は、魔石を片手に挑戦的な笑みを浮かべている。
もう一人は、真っ黒な麻のローブに身を包んだ女だ。
「こいつが標的? ラムダ、殺る気満々」
ラムダ。そう名乗った彼女は、身軽な動きでスピカの前に降り立った。
ぱさっ。
彼女が身に着けていたローブのフードが脱げ、顔が露わになる。
瞳孔が線のように細い、爬虫類特有の瞳。
手足は青色と緑色の中間のような色をした鱗に覆われている。
極めつけは頭から伸びた二本の角。
「……龍人か」
彼女の容姿を見たスピカが呟いた。
龍人とは、その名の通り龍と人間の間に生まれた人種を指す言葉だ。
最強の魔物と謳われる龍の力を持つ彼らは、魑魅魍魎が跋扈する北の地の生態系ピラミッドの頂点に君臨している。
そんな彼女の胸には、戦律の欠片が埋め込まれていた。
ただでさえ最強の血統を持つ彼女が、そんなものを手にしたらどうなるのか。その圧倒的な強さは想像にかたくない。
「今は時間が惜しい。やるなら早くかかって来い」
スピカは表情をピクリとも変えず、くいくいと人差し指をこまねいた。
緊張感を微塵も感じさせないその態度に、二人は嘲笑を浴びせる。
「うふふ……その余裕、いつまで持つか見ものですわね」
「ラムダ、クソガキ相手でも手加減しない。ぼこぼこにしてあげる」
ラムダが構えたのを見て、スピカはゆっくりと腰に差した剣を抜いた。
綺麗な金属音が響き、スピカの瞳がきらりと光った。
「戦律解放」
さすがに龍人相手に戦気なしで戦うのは無理があると判断したのか、スピカは戦気を出そうと試みた。
だが、ここで強烈な違和感を感じる。
彼女の身体から迸る戦気が、地面へと吸収されていくのだ。
「これは……」
「ようやく気付いたようですわね、白鎧の騎士。
貴方が膨大な戦気の持ち主だという事は知っていましたので、事前に対策をさせてもらいましたわ」
廃墟の二階からこちらを見下ろしている白衣の女が、したり顔でそう言った。
彼女は手元に握った魔石を見せびらかすように弄ぶ。
地面にはそれと同じ魔石がいくつも埋め込まれており、それがスピカの戦気を吸収しているようだ。
「私はヲズワルド。お察しとは思いますが、ラムダと同じ戦律の簒奪者のメンバーですの」
「どこかで聞いたことのある名だな」
「これでも私は世界一の天才魔術師ですから。あなたほどの剣士であれば、知っていて当然かと」
自らを世界一の魔術師だと名乗った女は、手に持った魔石を弄びながら自慢げに語る。
魔術師とは、即ち魔石に描く魔法陣の回路を研究する者の総称である。
魔力が資源であるこの世界の魔法は、『魔力量』と『魔法陣』によってその威力や性質が変化する。
魔法陣は新しく作られる『現代魔法』と、古代書に書かれた『古代魔法』の二種があるが。
現在、使われる多くの魔法は『古代魔法』である。
理由は単純。
遥か神話の時代に創られた古代魔法の方が、現代魔法よりはるかに高度で質の良い魔法だからだ。
ヲズワルドはそんな古代魔法研究の第一人者であり、ある属性魔法の専門家でもある。
魔法学をかじったことのある者なら、知らない者はいないほどの有名人だ。
至る所に埋め込まれた『戦気を吸収する魔石』も、古代書から読み解いた彼女の英知の結晶の一つである。
「本当のところ、被験者は神童がよかったのですけれど。あちらは武闘派のお二人に取られてしまいましたので。仕方なくあの中で二番目に強い貴方で我慢することにしましたの。
まぁ精々私の研究の役に立てるよう、あがいてくださいまし」
スピカの正確な実力を知らない彼女の見解はある意味的外れだったが。
スピカがそれに反論することは無い。
「……戦気を吸収する魔法。確かに厄介だが、そこの龍人も戦気を使えないんじゃないのか?」
地面に埋め込まれた魔石を見たスピカが、ラムダを指さして冷静に突っ込んだ。
「うふふ、なかなか良い質問ですわね。でも残念ながら、そんな初歩的なミスをするほど私は馬鹿ではなくってよ。ラムダ、彼女に貴方の力を見せてさしあげなさい」
「了解。戦律解放」
その言葉を聞いたラムダが、戦気を放出する。
彼女の戦気は地面に吸い込まれることは無く、轟轟と音を立てて炎のように燃え盛った。
「なるほど。龍化戦気か」
スピカが納得したようにそう呟いた。
龍化戦気とは、文字通り人が龍になるために生み出された戦気。
炎を模したようなその戦気は、ラムダの身体を纏うように発現した。
「ご名答。貴方ならご存じかとは思いますが、龍化戦気はかなり特殊ですの。もとは魔力だったものが変化したものですから、普通の戦気とは性質がまるで違うのですわ」
「ああ、もちろん知っている。まだ若いのに龍化戦気を使えるとは、なかなか見所があるな。敵にしておくのが勿体ないくらいだ」
「こう見えても彼女は龍神の称号を持っていますからね。いくら噂の白騎士様と言えど、彼女の前では赤子同然ではなくて?」
龍神。
それはかつて黒龍の群れを従えたとされる、伝説上の龍人。
彼の強さを称え、龍人たちの間で一番強い者に与えられる称号だ。
ラムダは齢わずか十歳の時に、この龍神の称号を得た。
龍人の中でも異例の強さを誇る彼女の戦気は、スピカが見てきたどんな英雄よりも洗練されている。
「まぁ、龍神相手なら少しは手応えのある戦いになりそうか。いいぞ、いつでもかかって来い。聖戦の負け犬」
「クソガキ。口が過ぎるとどうなるか。ラムダが教えてあげる!」
今しがたスピカが言った聖戦の負け犬とは、龍人に対する蔑称である。
はるか大昔、自らの力に酔いしれた龍人たちは徒党を組み、時代の覇者であった二人の戦神に挑んだのだが。
戦神たちの圧倒的な力の前に屈し、敗れた彼らには不名誉な蔑称が与えられたという昔話だ。
挑発に易々と乗ったラムダが、殺気を込めた拳で殴りかかった。
戦気を使えないスピカはもちまえの剣技だけでそれを迎え撃つ。
─────ガキンッ!
ラムダの鋼鉄のように硬い爪が、刃とぶつかった。
腕全体が武器のようなラムダの猛攻を、紙一重で避け続けるスピカ。
その様子を見て、ヲズワルドが感嘆の声を漏らす。
「ほぅ。戦気を封じてなお、ラムダと渡り合えるとは。これは存外、とんでもない当たりを引いたかもしれませんわね……ラムダ、せっかくだから私も混ぜてくださいまし」
ヲズワルドはそう言うと、身を翻して下へおりる。
彼女は空中で手に持ったワンドを振ると、着地する寸前でふわりと浮いた。
詠唱なしで魔法を使えるワンドは、彼女の数ある発明品の一つでもある。
「避けれるものなら、避けてご覧なさい」
彼女はそう呟くと、ワンドの先についた大きな魔石に手をかざす。
ワンドの先に白い塊が生まれ、それはラムダの攻撃を避けるスピカに向けて放たれた。
魔法が発動した瞬間、ラムダが大きく下がり距離を取る。
その場に残されたスピカに襲いかかる、白い塊。
彼女はそれを上に飛んで躱すが。
白い塊はそれを許さず、彼女を追随した。
「面倒な……」
スピカは鬱陶しそうに剣を振り、その白い塊を斬った。
だがその瞬間───────ボォン!
「……ッ!?」
凄まじい爆発音と共に、弾けた白い塊が熱波を放つ。
熱波はスピカを飲み込み、彼女の身体を焼き焦がした。
「それは星魔法『メテオラ』。私の発見した星魔法の中でも、割と軽めの魔法なのですけれど。気に入っていただけたかしらぁ?」
黒い煙の中にいるスピカに、ヲズワルドはそう尋ねた。
星魔法とは、全魔法の中でも最も威力が高いとされる最強の属性魔法だ。
流石の最強も戦気を使えない状態で超至近距離の星魔法を喰らえば、無事ではすまない。
晴れた煙の中から出てきたのは、ボロボロの姿になったスピカだった。
煤けた鎧と鎧の隙間から垂れた血を見て、ヲズワルドは笑みを浮かべる。
「おやおや。もう満身創痍ではないですか。困りますわ、白鎧の騎士。私の実験は、まだまだこれからなのですから」
「謝るなら今のうち。今、ラムダに生意気を言ったこと謝るなら、苦しまずにサクッと殺してあげる」
勝利を確信した二人は、スピカを煽るような言葉をかけた。
「そうだな……悪かった」
そんな二人に、スピカは謝罪のセリフを口にした。
だが、相変わらず気だるげな彼女の声に反省の色はみられない。
笑みを浮かべる二人に向けて、彼女はこう続けた。
「俺も、最初から本気を出すべきだった。犯罪者でも殺してはいけないという誓約があるからか、知らぬ間に手加減する癖がついてしまったようだ。許せ」
スピカの言葉は断じて、嘘やはったりなどではない。
『例え相手が犯罪者だとしても、簡単に人を殺すな』
それはスピカにジークが口を酸っぱくして言い続けてきた、二人の約束。
ジークの優しさが感じられるその約束を、スピカは律儀に守ってきた。
「素晴らしい。死ぬ間際でもそんな強がりが言えるとは、騎士の誇りというものかしら?」
「ラムダ、そういうの嫌い。死ぬ時くらい、自分の心に正直になるべき。みっともなく命乞いをするなら、ラムダの下僕として使ってあげてもいいよ」
当然ながら、二人はその言葉を信じない。
目の前の少女が持つ、底知れないほどの力を知らないのは、幸せと言うべきか。
「強がり……か」
スピカは噛み締めるようにそう呟いたあと。
二人にこう問いかけた。
「本当に、そう思うのか?」
刹那、彼女の身体から黒い戦気が溢れ出した。
性質変化とも違う、真っ黒な戦気。
戦気はある程度濃度が濃くなると、色が変化する性質を持っている。
その黒色が意味するのは、彼女がやはり地上最強の生物だという事実。
だが、とめどなく溢れる黒い戦気は、一瞬のうちに魔石に吸い込まれてしまう。
どれほど彼女の戦気が強力であろうと、吸い込まれてしまえば無意味だ。
「無駄ですわ。どれだけ高濃度の戦気でも、吸収してしまえば何の問題も……何ですの?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
突如、彼女を中心に地鳴りが起きた。
ぐらぐらと地盤が揺れ、実験場の床がひび割れを始める。
そして次の瞬間。
───────パパパパパパパリンッ!
地面に埋め込まれた魔石が、一斉に音を立てて割れ始めた。
戦気を吸収出来ると言っても、魔石の中に貯められる戦気は無限ではない。
とめどなく戦気を吸収し続ければ、いずれは必ず限界が来る。
魔石はスピカのその圧倒的な戦気の量に耐えられず、割れてしまったのだ。
「なんだ。思ったより早かったな」
割れた魔石を見て、彼女は事もなげにそう呟いた。
もはや彼女を止める枷は消え失せた。
目の前でドス黒い戦気を纏う地上最強の生物を前にして、二人は動揺を隠せない。
「ば、馬鹿な……!? あれはメンバー全員の戦気を吸収しても壊れなかった、最高クラスの魔石ですのよ!?」
「嘘、何こいつ。あの戦気、ただものじゃない。最大レベルで警戒すべき!」
先程までとは打って変わって、警戒を露わにするラムダとヲズワルド。
そんな二人にむけて「そういえば、自己紹介がまだだったな」とこぼしたスピカは。
鎧の下、いつもと変わらぬ無表情のままこう言い放った。
「俺の名はスピカ・フォートリカ。
正真正銘、この世界で最強の騎士だ」
最強の騎士。
その称号、証明してくれる人などいるはずもないが。
ただ彼女自身と、その弟だけは知っていた。
スピカ・フォートリカが、紛うことなき最強であることを。




