【32話】 共鳴する戦律
ジークを守るために、再び立ち上がった鴉の騎士。
彼が今一度戦うべく、剣を構えたその時。
彼の胸にある戦律の欠片が、熱を持った。
(……なんだろう、感じたことのない熱さだ)
胸に刻まれた六芒星が、形がわかるほど熱くなる。
「アイシス、どうかしたか?」
「ジーク、なんだか胸が熱くて……」
不思議そうに胸を抑えるアイシスを見て、ジークは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、君も感じているんだな……この胸の熱さを。
恐らくだが、これは私の戦律の核と君の欠片が共鳴している証だ」
「共鳴……ですか?」
「ああ、これならいつも以上の力が出せるはず。行くぞアイシス!」
ジークの呼びかけに、アイシスが頷き。
二人は肩を並べて、剣を構えた。
「「戦律解放」」
重なった二人の声。
その瞬間、それぞれの刻印が煌々と輝きを放つ。
同時に二人の身体から、灰色の戦気が溢れ出した。
通常、戦気は無色透明で、もやのような形で目に見える。
だが、戦気の量がある一定の値を超えると、その色は黒へと近づいていく。
灰色の戦気は、二人が一つ上のステージに上がったことの証明である。
「さぁ、反撃開始と行こうか」
凛としたジークの声。
主とその騎士は今一つとなり、仇なす兄にその剣を向けた。
「……それが、貴様らの本領というわけか」
剣を向けられたサロメもまた、静かな目で戦気を滾らせる。
二人の灰色の戦気と、サロメの冷たい戦気が対立するように立ち昇った。
「「セァアアアアアッ!」」
二人の縦横無尽の剣が、サロメに襲い掛かった。
ジークとアイシス、二人のぴったりと合った呼吸から繰り出される剣技は、速くも美しい。
「こざかしい剣だ……」
両側から同時に逼迫する刃に気圧されたサロメは、苦しそうにその顔を歪めた。
だが、それも一瞬のこと。
サロメが左手を振ると、黒い雲のような戦気が彼を覆う。
「─────ッ!」
ずぷり、黒く冷たい沼に手を突っ込んだような感覚。
剣は雲に呑み込まれ、サロメには届かない。
闇に消えた剣を見た二人は大きく下がり、体勢を立て直す。
闇を前に引いた彼らを見て、サロメが嫌らしい笑みを浮かべた。
「どうした。反撃するんだろう? 遠慮しないで、かかって来い」
あざ笑うようなサロメの挑発を受けて、ジークがアイシスに小声で話しかける。
「闇の性質変化……なかなかに厄介な能力だな」
「攻撃が当たらないんじゃ、どうしようもないですね……でも、あれだけの性質変化なら、戦気の消費量も膨大なはず。大人しく、戦気が切れるのを待ちますか?」
「……いや、その必要は無いよ」
にやりと、首を振ったジークの口角が上がる。
「私に策がある。君は私が合図したら、サロメに向けて全力の一撃をお見舞いしろ」
「……わかりました!」
ジークの言葉を信じ、アイシスは剣を鞘に納めた。
戦気を手元に集中させ、力を溜める。
それは師であるスピカから教わった、一撃必殺の型。
シリウスとの戦いでは使う隙がなかったが、ジークと二人で戦っているこの場面なら……
「溜めはさせんぞ」
「貴様の相手は私だッ!」
アイシスが溜め始めたのを見て、サロメが邪魔立てするが。
ジークがそれを許すはずもなく。
彼女の渾身の剣が、サロメを足止めする。
「俺を足止めしてどうするつもりだ。どんなに強い攻撃も、当たらなければ無意味だぞ」
「知っているよ。だから、こうするのさ!」
ジークはそう言うと、自身の剣に手を翳した。
彼女の手が煌々と光り、剣に眩く光る戦気がまとわりついた。
【光の性質変化】
それはジークレインがスピカとの修行の果てに生み出した、彼女の秘策である。
闇の性質変化と同じく、百年に一人生まれるか否かという、稀有な能力だ。
戦気の消費量が激しく、普段の彼女では扱えない能力だが、戦律の共鳴によって上がった戦気の量が、それを可能にする。
彼女の剣が、触れられない闇の戦気を斬り裂いた瞬間。
剣が纏う光が、彼の戦気を打ち消した。
「なっ……闇の戦気が!」
「チェックメイトだ」
驚きに染まるサロメの顔と、光の前に霧散する闇の戦気。
そして─────
「今だ、アイシスッ!」
待ちに待った、その合図を聞いて。
アイシスは溜めていた力を一気に開放した。
「撃滅の剣」
─────リィィィィイン
音を置き去りにするほどの速さで放たれた一撃。
居合の型から繰り出されたその技は、スピカが見せた手本には遠く及ばない未完成の技。
それでもなお、彼の出せる技の中では最高の攻撃力を誇っている。
アイシスが放つ渾身の一刀は。
ジークが斬り裂いた闇の向こう。
サロメの身体を確かにとらえた。
「─────グぅッ!」
苦しそうな声が漏れ、サロメ体に剣が食い込む。
そのまま振り抜かれる剣。
凄まじい速度で飛ばされた彼の身体は、コロシアムの壁を壊し、地に伏した。
……遂に。
遂にアイシスの剣が、兄を下した。
見事な逆転劇。
愚かな弟の剣が、賢き兄を超えた瞬間である。
「わかったか、サロメ・クロウディア。
これが君が愚弟だと罵ったアイシスの……私の騎士の、真の力だよ」
悠然と、ジークはアイシスの隣で胸を張った。
彼女はいつもそうだ。
アイシスの功績をまるで自分の事のように喜び、誇りだと語る。
アイシスにとって、それがどれだけ嬉しいことか。
彼女は知っているのだろうか。
だが、喜んだのも束の間。
がらがらと瓦礫の中から、怒り心頭のサロメが立ち上がった。
「しぶとい奴だなぁ……アイシス、君の兄だろう。弟のおねだりで何とかならないのか?」
「何とかしたいのはやまやまなんですけどね。いかんせん頑固な兄でして……」
場を和ませるようなジークの冗談に、アイシスが乗っかる。
軽口をたたけるほどの余裕が、今の二人にはあった。
「……気が変わった。遊びは終わりだ。貴様ら二人まとめて、地獄へ送ってやる」
サロメは青筋を立て、そう宣告する。
不穏な戦気が辺りに立ち込め、二人を逃がさぬよう包み込んだ。
「アイシス、来るぞ」
静かにジークが言った。
場に緊張が走った─────その時。
「ふぁぁあああちょっと、ちょっと待ったぁ!」
張り詰めた空気をぶち壊すかのように、コロシアムの入り口から一人の少女が現れた。
ぶかぶかのゴスロリ服に身を包んだ少女は、死霊戦気を纏う剣士を連れてこちらに向かってくる。
どてどてと慌ただしく走ってきた少女を見て、サロメが冷たく言い放つ。
「何だフッカ、邪魔をするな」
「何だフッカ……じゃねぇよッ! サロメ、殺す気満々じゃん! この子殺したら逢魔の姫は復活しないし、何よりフッカがシャーレに殺されちゃうよぉ!」
サロメのモノマネを交えながら、フッカと呼ばれた奇行少女が涙目で抗議をする。
「お前が殺されるのは別に構わん」
「構うよッ! それに多分だけど、一番最初に殺されるのはサロメだかんね!
もっとすまぁとなやり方でフッカが解決するからぁ。
いいから戦気しまって! ほら早くぅ!」
フッカの言葉に、サロメは渋々といった様子で戦気をしまった。
それを見たフッカが胸を撫でおろしたあと、袖の余った腕を持ち上げて怒ってますとアピールをする。
「むぅ、まったくむぅ。サロメの勝手な振る舞いに、フッカはぷんすかぷんだよぉ!」
「……早くしろ。策があるのだろう?」
「むぅふふふ……そっちのお二人、これをご覧くだしゃ、ください!」
呆気に取られている二人にむけて、フッカがぶかぶかの袖で剣士をさした。
フッカが剣士にかかっている黒い布を引きはがすと。
死体の腕には、人質であろう小さな子供が抱えられていた。
「そっちのお姫様、名前なんだっけぇ……えと、まぁいいや。
大人しくフッカに付いてくるなら、人質は解放してあげるけどぉ?」
彼女は懐から小さなナイフを取り出すと、子供の目の前でちらつかせた。
剣士に口元を抑えられえている子供の顔が、恐怖に染まる。
「……突然現れたと思ったら、いきなりこれか。サロメがマシに思えるほどの畜生だな。貴様、こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「にゃはははは! 凄んでも無駄無駄ぁ。今、主導権はこっちにあるんだよ。大人しく従わないと……えいっ!」
ぶす。
フッカが持っているナイフを、何の躊躇もなく子供の顔に突き刺した。
鋭利な刃物が柔らかい頬を貫通し、あまりの痛みに子供が狂ったように泣き叫ぶ。
「やめろッ!」
逼迫したジークの声が、コロシアムに響く。
フッカは突き刺したナイフを引き抜いて、子供の頬を流れる血をベロンと舐めた。
糸で縫いつけられた彼女の口もとが、子供の血で赤く染まる。
「フッカ、何も難しいこと言ってないよ。お前がフッカの言う事に大人しく従えば、この子はすぐに解放してあげる。ねぇ、どうする? どうするぅ?」
「……わかった。大人しくお前たちの言う事に従う。従うから、早くその子を離せ!」
「むふふ……いい子だねぇ。でも、まだダメ。弟くんは剣をしまって。お姫様は武器になる物を全部置いてこっちに来て。話はそれからそれからぁ」
幼稚な言動とは裏腹に、残虐な少女はこちらの弱みを確実に握ってくる。
アイシスはジークと目を合わせ、おとなしく剣を鞘にしまう。
ジークは腰の剣を床に置くと、ゆっくりと少女の方へと歩いていった。
「そうそう、それでいいの。じゃあ、後ろ向いてぇ……」
フッカはジークに後ろを向かせると、サロメに向かってこそこそと耳打ちをする。
すると頷いたサロメが、手に持った剣でジークの足の健を斬りつけた。
「ッ!!」
唐突に訪れた鋭い痛みに、彼女の顔が歪む。
ぼたぼたと血が流れ、立てなくなった彼女が膝から崩れ落ちた。
「ジークさんッ!」
「アイシス、私は大丈夫だ! それより、早くその子を……!」
剣に手をかけたアイシスを制して、ジークはフッカに催促する。
フッカは「ま、もういいでしょ」と言って、剣士に子供を離すよう指示を出した。
指示を受けた剣士が子供を離し、ジークとアイシスが安堵のため息を漏らした、次の瞬間。
死霊戦気を纏う剣士が、アイシスのもとへ向かう子供の首を後ろから刎ねた。
膝をつくジークの目の前に、ごろごろと虚ろな目をした子供の頭部が力なく転がる。
息をのんだジークの瞳に、絶望と怒りが同時に宿った。
「き……貴様らには、人の心がないのかッ!」
「ぷーくすくす。解放してあげるとは言ったけど、殺さないとは言ってないよぉ。約束は守ったわけだから、そのままおとなしくしていてねぇ」
「戯言を……ッ!」
怒りに身を任せ、剣に手を伸ばそうとしたジークの手を、サロメが踏みつけた。
それを見て、アイシスが今度こそ剣を抜く。
「サロメッ! その汚い足を今すぐにどけろッ!」
「おっと、動くなよアイシス。次に飛ぶのは、貴様の大事なお姫様の首かもしれんぞ」
ジークの喉元に剣を突き立てられては、アイシスも動くに動けない。
もはや兄とすら呼ばなくなったアイシスの怒気を受けて、サロメはくつくつと笑った。
「さ、目的は回収したし、そろそろ戻らないとシャーレに怒られちゃう。じゃーねぇ弟くん。次は、新しくなった世界で会おうね~」
「……ではな、愚弟よ。貴様の大切な姫はもらっていく」
サロメがジークの腰の部分を掴み、肩に担いだ。
フッカが【ゲート】と呼ばれる魔石に「開け」と言うと、魔石が光り魔力の門が開く。
去り際、サロメの肩に担がれたジークが、歯噛みするアイシスに向かって魔石を投げた。
ぱしっと、アイシスがそれを受け取ったのを見て、ジークは彼に最後の伝言を残す。
「その伝達石でスピカに伝えてくれ。
こいつらは殺してかまわない。必ず助けに来い……とね」
アイシスが黙って頷くと、三人が門の向こうに消え、門が閉じられる。
空虚が満ちたこの場所に。
ジークレイン・アースディアが攫われたという事実だけが残った。
(必ず、必ず助けますから……)
アイシスは決意を固め、さっそく伝達石でスピカに通信を試みる。
つー、つーという呼び出し音が、静かなコロシアムに反響した。
この次の次の話で挿絵を入れたいと思っていますので、その準備のため少し更新が遅れます。
9月前半の間には更新できると思いますので、しばらくお待ちください。




