【29話】 決着
最後の1ポイントを廻る争いは、アイシスの先行で幕を開けた。
真正面からの、飾らない一撃。
シリウスはそれをゆっくりと交わし、距離をとる。
警戒しているのだ。
三ヵ月という短い期間の中で、スピカとの稽古に加えて策まで練ってきた彼を。
今度は何を仕掛けてくるのか。
それが楽しくも、恐ろしくもある。
(将来有望な弟子を持つと、師は苦労しますね。今なら、師匠の気持ちもわかる気がします)
思い浮かべたのは、彼の師匠であった人物の姿。
スピカがあいつと呼び、戦友とも呼んだ二人の師匠を。
目の前の少年は、どことなく彼に似ている気がした。
だからこそ、スピカはあまり彼に干渉しようとしないのかもしれない。
思い出せば、辛い記憶だ。
だから、シリウスはスピカの代わりに確かめなければならない。
彼がジークを守れる器かどうかを。
「アイシス君。小細工はいりません。接近戦で決着をつけましょう」
「……望むところです」
二人は警戒を解き、近づいた。
間合いに入った瞬間、最後の剣戟が始まる。
「「セヤァァアアアッ!」」
重なる二人の声。
ぶつかり合う剣と剣が、衝撃波を生み出した。
苛烈を極める剣戟。
知ってか知らずか、二人の顔は笑みが浮かんでいた。
剣士である二人にとって、この瞬間が何よりの喜びだ。
(凄まじい成長速度……ですが、今はまだ!)
シリウスは大きく踏み込み、アイシスの懐に入り込む。
アイシスは冷静に足を引いて間合いを離すが、それが悪手となった。
シリウスはアイシスの動きに合わせて、今度は大きく下がったのだ。
後ろに引いて勢いづいた彼の剣が、再び前へと。
「……ッ!!」
「私の方が、上のようですね」
宙を舞った剣。
それはアイシスのものだった。
丸腰になった彼の瞳に、シリウスの剣がスローモーションで映り込んだ。
眩しい光とともに、勝負は終わりを告げる。
激戦を制したのは─────シリウスだった。
『勝者、シリウス・ダーライツゥゥゥゥゥウッ!』
視界の高らかなコールが響き、会場は凄まじい熱気に包まれる。
アイシスは尻もちをついたまま。しばらく茫然と空を眺めていた。
じんじんと痺れる掌。
(そうか、僕は負けたのか……)
「立てますか?」
「……はい」
差し出された手を掴む。
じっとりと湿っているその手は、彼が本気だった証だ。
「力を抑えていたとはいえ、とても楽しかった。こんな戦いは久しぶりです。
アイシス君、君は誇っていい。この一年間、よく頑張りましたね」
「……はい」
敵ではなく、師匠としての言葉。
実力で遥かに劣るシリウスに負けたのは必然、仕方の無いことだ。
それでも、勝ちたかった。
悔しさが込み上げ、素直にお礼の言葉が出てこない。
「アイシス」
暗い顔で俯いてしまったアイシスに、誰かが声をかけた。
その暖かく柔らかい声の主を、アイシスはよく知っている。
だからこそ、彼女の顔を直視できない。
「すみませんジークさん。せっかく期待してもらったのに。
あなたの期待に、答えられませんでした……」
俯いたままで唇をきつく噛み締め、アイシスは謝罪の言葉を述べた。
善戦したとはいえ、負けは負けだ。
彼女の騎士にはなれない─────そう、思っていたのだが。
「いいや、逆だよアイシス。
君は私の期待通りどころか、それ以上の結果を出してくれた!」
「え?」
彼女の嬉々とした声に、思わず顔を上げる。
興奮したような、その表情。
彼女はその手に拡声石を持ち、上に向かってその名前を呼んだ。
『スピカ!』
ジークの声に、白い鎧をまとった騎士がスタジアムの上方に現れた。
観衆の前で顔を出すことを良しとしない彼女は、不遜な態度でこちらを見下ろしている。
『君の望んだ通り、アイシスは力を見せたぞ。
あの神童シリウス・ダーライツと善戦し、あまつさえポイントまで取ったんだ。
よもや、これでダメとは言うまいな』
ジークはまるで自分の手柄のように、自慢げにそう言った。
アイシスはジークの言っていることが理解できず、ただ茫然とスピカを見上げている。
『……好きにしろ』
スピカは拡声石でそう告げると、再び姿を隠してしまう。
相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、その声は少し嬉しそうに聞こえた。
「……だ、そうだ。シリウス、異論はあるか?」
「いえ、姉弟子が許可したのなら。私が口を出すことはありませんよ」
「そうか。アイシス、よかったな」
「え……すみません、どういうことだか……」
困惑するアイシスをよそに、ジークは拡声石で会場の皆へ呼びかけた。
『会場の皆、聞いてくれ。この大会、優勝したのはシリウスだが。ご存じの通り彼はこの国の治安維持で忙しい。彼には引き続き、私の愛するアースディアを守ってもらわねばならん。だから、神童は私の騎士にはなれない!』
シリウスの背中をバシバシと叩きながら、ジークはそう言った。
シリウスは「痛いですよ」と苦笑いをこぼし、この場を去っていく。
『そうなれば必然、私を守る代わりの騎士が必要になるわけだが……』
残されたのは一人。
ジークはアイシスの腕をとると、それを空に向けて高々と掲げた。
『私はこのアイシス・クロウディアを、専属の騎士に命じる!』
一瞬の静寂。
それはすぐに、観客たちの歓声によって切り裂かれる。
─────わぁぁあああああああ!
ジークの騎士になるという事は、この国では一番の栄誉でもある。
その誉を受ける少年を、観客たちは祝福した。
「……と、いうことだ。アイシス。受けてくれるか?」
キラキラと輝く青い目は、あの日と同じ。
祝福の声と彼女の眩しさに、アイシスの胸が熱い感情であふれた。
「ほ、本当に僕で、良いんでしょうか?」
ぽろぽろと嬉しながらを流しながら、アイシスはジークに問いかける。
あまりにも情けないその姿に「しょうがないな、君は」と苦笑しながら、ガシガシと乱暴に頭を撫でた。
「シリウスでもスピカでもなく、君がいい。
アイシス。私の騎士に相応しいのは、世界で君一人だけだ」
最強も、神童も、選ばれなかった誉に選ばれる。
これほど嬉しい事があるだろうか。
断る理由などない。
アイシスはあふれる涙を腕でぬぐい、最高の笑顔でそれに答える。
「その命、謹んでお受けします!」
この日アイシスは、彼女の騎士になった─────
*
「いやー、良い勝負だった。とりあえず、スピカが納得してくれてよかったなぁ」
ジークが控室で衣装を着替えている最中、そんなことを口にした。
実はシリウスとの対決前、ジークは前もってスピカに話を通していたのだ。
『彼に可能性を感じる勝負なら、勝敗は関係なくアイシスをジークの騎士にする』
スピカは提示された条件を、意外とすんなり受け入れてくれたらしい。
それについてまったく知らされていなかったアイシスは、シリウスに勝つために文字通り死に物狂いで頑張ったのだが。
過ぎてしまえばそれでよかったのだと思う。
ちなみに今はこれから行われるアイシスの騎士襲名式典、その準備中である。
アイシスはアースディア直属のメイドによって、着替えをさせられている。
仕切りの向こう側ではジークも同じように着替えているらしく、男女間でも普通に会話ができるというわけだ。
「最悪の場合、私がコロシアムのど真ん中で駄々をこねる予定だったんだが。
その手間が省けて助かったよ」
「ははは、ジーク様は本当にご冗談が上手い……」
「何を言ってるんだシリウス。私は本気でするつもりだったよ」
「ですよね! あなたはやる人だと思いましたよ! 未来の王女がコロシアムのど真ん中で駄々をこねはじめたら、国民どころか全世界の笑い者ですからね!?」
「あはは、そう褒めるな」
「褒めてないです! ああ、姉弟子がアイシス君を認めなかったらどうなっていたことやら……」
ややおてんばが過ぎるお嬢様に、シリウスは頭を抱えている。
彼ほどに強い剣士でも、ジークには逆らえない。
最強であるスピカが逆らえないのだから、それも当たり前か。
「アイシス……?」
ひょこっと。
仕切りの向こうから、可愛らしい顔が飛び出す。
「ネル……」
視線が合って、アイシスの頬がわかりやすく紅潮した。
彼女の柔らかそうな唇が目に入り、昨日のキスが頭をよぎる。
「ごめん、約束守れなかった」
「……そうね。でも戦ってるアイシス、凄くかっこよかったわ!
それこそ、惚れ直しちゃうくらい……」
ぼふっと、アイシスを褒めるネルの顔が赤くなった。
これまでとは明らかに雰囲気が違う二人を見て、ギャラリーがによによとしている。
その中でも、この二人を一番長く見てきたコールザインが我先にとちょっかいをかけた。
「何だよアイシスぅ~。ネルちゃんと付き合ってるなら言ってくれよぉ~」
「べ、別に付き合ってるわけじゃあ……まだ返事もしてないですし」
「はぁ? まだ返事してないって……ネルちゃんから告白したのか?」
「そ、そうよ! 私から告白して、今は返事待ち。何か文句でも!?」
照れ隠しなのか、喧嘩腰のネルがコールザインに向かって吠えた。
コールザインはアイシスの顔をじっと見つめたあと、彼に向かってこっそり耳打ちをした。
「ネルちゃんはああ言ってるが、本当なのか?」
「ええ。昨日の夜に告白されたんですけど、返事は試合が終わるまで待ってくれと返しました」
「そっか。見てる感じだと、お前も満更でもないんだろ?」
「……まぁ。今日の夜にでも時間を取って、オーケーの返事を出そうと思ってます」
「このバカ! 勇気出して告白してくれたネルちゃんを、夜まで待たせるつもりか? 男なら、今ここで返事してやれ!」
コールザインはそう言って、アイシスの背中を押す。
向かい合う二人。
周囲からの期待のまなざしが突き刺さった。
「……ネル、保留にしてた告白の返事だけど」
「ひゃ、ひゃい……!」
緊張で裏返った声。
「僕も君のことが好きです。こんな僕でよければ、お付き合いしてください」
アイシスらしい、何ともまっすぐな返事だ。
返事を受けたネルはというと、あまりの嬉しさで固まってしまった。
「ネル……?」
「こ、これ……夢じゃないわよね?」
「ああ、夢じゃないさ。アイシスは君が好きだといったよ。さぁ、ネルも返事をしてあげて」
今度はジークが、ネルの背中を押す。
前のめりになった彼女の身体を、アイシスが優しく抱き留めた。
至近距離で交わる視線。
「アイシスぅ。私、ずっとずっと貴方の事、好きだった……」
「うん、気付けなくてごめん」
「ううん、アイシスは悪くないわよ。関係を壊すのが嫌で、はっきり好きだって言えなかった私が悪いわ」
涙ぐむ彼女の顔を、真正面から見つめるアイシス。
「……本当に、本当に私を彼女にしてくれるの?」
上目づかいで、ネルはそう尋ねる。
そのあまりの可愛さに。
アイシスはいてもたってもいられず、彼女の身体を力いっぱい抱きしめた。
「あぁ、僕はもうどうしようもないくらい、ネルのことが好きみたいだ!
今すぐ君を僕の彼女にしたい! なってくれるよね!」
「うん……! うん……!」
熱い抱擁を交わす二人に、ギャラリーが惜しみない拍手を送る。
「大団円じゃないか。よかったな、二人とも!」
「ジーク!貴方のおかげよ。本当にありがとう!」
ネルは興奮冷めやらぬ様子で、ジークに感謝を伝えた。
「皆様、式の準備が整いましたので、そろそろ移動をお願いいたします」
一部始終を見ていたエールが、淡々とそう告げる。
着替えが終わったジークを先頭に、皆は会場へと向かうが。
部屋を出ようとしたアイシスに、エールが声をかけた。
「アイシス様は鎧の着用がありますのでこちらに」
「あ、うん。わかった」
アイシスはエールに案内されるまま、鎧のある部屋へと歩いていく。
部屋についたエールは「失礼します」と言って、アイシスに鎧を着せ始めた。
「エール、最近調子はどう?」
「はい。おかげさまで、充実した毎日を送れています」
なんとなく気まずかったので、アイシスは彼女に話題を振る。
思えば、エールとの会話は屋敷で話して以来だった。
「ならよかった。これからも、お城の従者として働くんだよね?」
「はい。アイシス様やジークレイン様には返しきれないほどの恩がありますから、一生をかけて返していくつもりです」
「そんな、恩だなんて。僕は君が幸せなら、それでいいんだ」
それが嘘偽りない本心だと、エールは知っている。
だからこそ、胸が締め付けられる思いだった。
(ここで好きだと言えば、貴方を困らせてしまいますよね)
エールの胸に秘めた、アイシスへの恋心。
ネルと結ばれる瞬間を見た彼女は、どんな思いでそれを見ていたのだろうか。
エールはそれ以上何も言わず、淡々と彼に鎧を着せる。
口を開けば、涙がこぼれてしまいそうだったから。
「……できました」
「おおっ、これは、すごくかっこいいね!」
鏡に映ったのは、真っ黒な鎧を着た自分の姿。
スピカが来ている者によく似たこの黒鎧は、英雄ジークレインが着ていたとされる鎧だ。
彼の別名でもある【鴉の騎士】は、この鎧が由来だと言われている。
「良く似合っておいでです」
「えへへ。そう言われるとなんだか照れるね」
ぽりぽりと鎧の上から頬をかくアイシス。
エールは「さぁ、会場へ向かってください」と彼の背中を押した。
アイシスは鎧の動きにくさに戸惑いながらも、会場へ向けて歩き出した。
「……アイシス様、本当におめでとうございます」
去り際、エールは彼の耳元でそう囁いた。
それが従者ではなく、一人の女の子としての言葉だと、アイシスは気付いたのだろうか。
「うん、ありがとうエール!」
眩しい笑顔を受け、エールは少し涙ぐむ。
(貴方の幸せが、私の幸せです……アイシス様、本当に良かったですね)
それもまた、嘘偽りない彼女の本心。
少しの痛みはあるが、それよりも彼を祝福する気持ちが勝った。
胸に手を当て、微かな熱さをしまい込む。
少年の従者である少女は、自らの初恋に終止符を打ったのだった。
続きを書き溜めているので、仕事が落ち着いたらまた毎日更新ができるかと。
八月中には投稿するので、もうしばらくお待ちください。




