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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
29/43

【29話】 決着


 最後の1ポイントを廻る争いは、アイシスの先行で幕を開けた。

 真正面からの、飾らない一撃。


 シリウスはそれをゆっくりと交わし、距離をとる。

 警戒しているのだ。

 三ヵ月という短い期間の中で、スピカとの稽古に加えて策まで練ってきた彼を。


 今度は何を仕掛けてくるのか。

 それが楽しくも、恐ろしくもある。


(将来有望な弟子を持つと、師は苦労しますね。今なら、師匠の気持ちもわかる気がします)


 思い浮かべたのは、彼の師匠であった人物の姿。

 スピカがあいつと呼び、戦友とも呼んだ二人の師匠を。


 目の前の少年は、どことなく彼に似ている気がした。

 だからこそ、スピカはあまり彼に干渉しようとしないのかもしれない。

 思い出せば、辛い記憶だ。


 だから、シリウスはスピカの代わりに確かめなければならない。

 彼がジークを守れる器かどうかを。


「アイシス君。小細工はいりません。接近戦で決着をつけましょう」

「……望むところです」


 二人は警戒を解き、近づいた。

 

 間合いに入った瞬間、最後の剣戟が始まる。


「「セヤァァアアアッ!」」


 重なる二人の声。

 ぶつかり合う剣と剣が、衝撃波を生み出した。


 苛烈を極める剣戟。

 知ってか知らずか、二人の顔は笑みが浮かんでいた。

 剣士である二人にとって、この瞬間が何よりの喜びだ。


(凄まじい成長速度……ですが、今はまだ!)


 シリウスは大きく踏み込み、アイシスの懐に入り込む。

 アイシスは冷静に足を引いて間合いを離すが、それが悪手となった。

 シリウスはアイシスの動きに合わせて、今度は大きく下がったのだ。

 後ろに引いて勢いづいた彼の剣が、再び前へと。


「……ッ!!」

「私の方が、上のようですね」


 宙を舞った剣。

 それはアイシスのものだった。

 丸腰になった彼の瞳に、シリウスの剣がスローモーションで映り込んだ。


 眩しい光とともに、勝負は終わりを告げる。

 激戦を制したのは─────シリウスだった。


『勝者、シリウス・ダーライツゥゥゥゥゥウッ!』


 視界の高らかなコールが響き、会場は凄まじい熱気に包まれる。

 アイシスは尻もちをついたまま。しばらく茫然と空を眺めていた。

 じんじんと痺れる掌。

 

(そうか、僕は負けたのか……)


「立てますか?」

「……はい」


 差し出された手を掴む。

 じっとりと湿っているその手は、彼が本気だった証だ。

 

「力を抑えていたとはいえ、とても楽しかった。こんな戦いは久しぶりです。

 アイシス君、君は誇っていい。この一年間、よく頑張りましたね」

「……はい」


 敵ではなく、師匠としての言葉。

 実力で遥かに劣るシリウスに負けたのは必然、仕方の無いことだ。

 それでも、勝ちたかった。

 悔しさが込み上げ、素直にお礼の言葉が出てこない。


「アイシス」


 暗い顔で俯いてしまったアイシスに、誰かが声をかけた。

その暖かく柔らかい声の主を、アイシスはよく知っている。

だからこそ、彼女の顔を直視できない。


「すみませんジークさん。せっかく期待してもらったのに。

 あなたの期待に、答えられませんでした……」


 俯いたままで唇をきつく噛み締め、アイシスは謝罪の言葉を述べた。 

 善戦したとはいえ、負けは負けだ。

 彼女の騎士にはなれない─────そう、思っていたのだが。


「いいや、逆だよアイシス。

 君は私の期待通りどころか、それ以上の結果を出してくれた!」

「え?」


 彼女の嬉々とした声に、思わず顔を上げる。

 興奮したような、その表情。

 彼女はその手に拡声石を持ち、上に向かってその名前を呼んだ。


『スピカ!』


 ジークの声に、白い鎧をまとった騎士がスタジアムの上方に現れた。

 観衆の前で顔を出すことを良しとしない彼女は、不遜な態度でこちらを見下ろしている。


『君の望んだ通り、アイシスは力を見せたぞ。

 あの神童シリウス・ダーライツと善戦し、あまつさえポイントまで取ったんだ。

 よもや、これでダメとは言うまいな』


 ジークはまるで自分の手柄のように、自慢げにそう言った。

 アイシスはジークの言っていることが理解できず、ただ茫然とスピカを見上げている。


『……好きにしろ』


 スピカは拡声石でそう告げると、再び姿を隠してしまう。

 相変わらずぶっきらぼうな言い方だが、その声は少し嬉しそうに聞こえた。

 

「……だ、そうだ。シリウス、異論はあるか?」

「いえ、姉弟子が許可したのなら。私が口を出すことはありませんよ」

「そうか。アイシス、よかったな」

「え……すみません、どういうことだか……」


 困惑するアイシスをよそに、ジークは拡声石で会場の皆へ呼びかけた。

 

『会場の皆、聞いてくれ。この大会、優勝したのはシリウスだが。ご存じの通り彼はこの国の治安維持で忙しい。彼には引き続き、私の愛するアースディアを守ってもらわねばならん。だから、神童は私の騎士にはなれない!』


 シリウスの背中をバシバシと叩きながら、ジークはそう言った。

 シリウスは「痛いですよ」と苦笑いをこぼし、この場を去っていく。


『そうなれば必然、私を守る代わりの騎士が必要になるわけだが……』


 残されたのは一人。

 ジークはアイシスの腕をとると、それを空に向けて高々と掲げた。


『私はこのアイシス・クロウディアを、専属の騎士に命じる!』


 一瞬の静寂。

 それはすぐに、観客たちの歓声によって切り裂かれる。


 ─────わぁぁあああああああ!


 ジークの騎士になるという事は、この国では一番の栄誉でもある。

 その誉を受ける少年を、観客たちは祝福した。


「……と、いうことだ。アイシス。受けてくれるか?」


 キラキラと輝く青い目は、あの日と同じ。

 祝福の声と彼女の眩しさに、アイシスの胸が熱い感情であふれた。


「ほ、本当に僕で、良いんでしょうか?」


 ぽろぽろと嬉しながらを流しながら、アイシスはジークに問いかける。

 あまりにも情けないその姿に「しょうがないな、君は」と苦笑しながら、ガシガシと乱暴に頭を撫でた。

 

「シリウスでもスピカでもなく、君がいい。

 アイシス。私の騎士に相応しいのは、世界で君一人だけだ」


 最強も、神童も、選ばれなかった誉に選ばれる。

 これほど嬉しい事があるだろうか。

 断る理由などない。 

 アイシスはあふれる涙を腕でぬぐい、最高の笑顔でそれに答える。


「その命、謹んでお受けします!」


 この日アイシスは、彼女の騎士になった─────




「いやー、良い勝負だった。とりあえず、スピカが納得してくれてよかったなぁ」


 ジークが控室で衣装を着替えている最中、そんなことを口にした。

 実はシリウスとの対決前、ジークは前もってスピカに話を通していたのだ。


『彼に可能性を感じる勝負なら、勝敗は関係なくアイシスをジークの騎士にする』


 スピカは提示された条件を、意外とすんなり受け入れてくれたらしい。

 それについてまったく知らされていなかったアイシスは、シリウスに勝つために文字通り死に物狂いで頑張ったのだが。

 過ぎてしまえばそれでよかったのだと思う。


 ちなみに今はこれから行われるアイシスの騎士襲名式典、その準備中である。

 

 アイシスはアースディア直属のメイドによって、着替えをさせられている。

 仕切りの向こう側ではジークも同じように着替えているらしく、男女間でも普通に会話ができるというわけだ。

 

「最悪の場合、私がコロシアムのど真ん中で駄々をこねる予定だったんだが。

 その手間が省けて助かったよ」

「ははは、ジーク様は本当にご冗談が上手い……」

「何を言ってるんだシリウス。私は本気でするつもりだったよ」

「ですよね! あなたはやる人だと思いましたよ! 未来の王女がコロシアムのど真ん中で駄々をこねはじめたら、国民どころか全世界の笑い者ですからね!?」

「あはは、そう褒めるな」

「褒めてないです! ああ、姉弟子がアイシス君を認めなかったらどうなっていたことやら……」


 ややおてんばが過ぎるお嬢様に、シリウスは頭を抱えている。

 彼ほどに強い剣士でも、ジークには逆らえない。

 最強であるスピカが逆らえないのだから、それも当たり前か。


「アイシス……?」


 ひょこっと。

 仕切りの向こうから、可愛らしい顔が飛び出す。

 

「ネル……」


 視線が合って、アイシスの頬がわかりやすく紅潮した。

 彼女の柔らかそうな唇が目に入り、昨日のキスが頭をよぎる。


「ごめん、約束守れなかった」

「……そうね。でも戦ってるアイシス、凄くかっこよかったわ!

 それこそ、惚れ直しちゃうくらい……」

 

 ぼふっと、アイシスを褒めるネルの顔が赤くなった。

 これまでとは明らかに雰囲気が違う二人を見て、ギャラリーがによによとしている。

 その中でも、この二人を一番長く見てきたコールザインが我先にとちょっかいをかけた。


「何だよアイシスぅ~。ネルちゃんと付き合ってるなら言ってくれよぉ~」

「べ、別に付き合ってるわけじゃあ……まだ返事もしてないですし」

「はぁ? まだ返事してないって……ネルちゃんから告白したのか?」

「そ、そうよ! 私から告白して、今は返事待ち。何か文句でも!?」


 照れ隠しなのか、喧嘩腰のネルがコールザインに向かって吠えた。

 コールザインはアイシスの顔をじっと見つめたあと、彼に向かってこっそり耳打ちをした。

 

「ネルちゃんはああ言ってるが、本当なのか?」

「ええ。昨日の夜に告白されたんですけど、返事は試合が終わるまで待ってくれと返しました」

「そっか。見てる感じだと、お前も満更でもないんだろ?」

「……まぁ。今日の夜にでも時間を取って、オーケーの返事を出そうと思ってます」

「このバカ! 勇気出して告白してくれたネルちゃんを、夜まで待たせるつもりか? 男なら、今ここで返事してやれ!」


 コールザインはそう言って、アイシスの背中を押す。

 向かい合う二人。

 周囲からの期待のまなざしが突き刺さった。


「……ネル、保留にしてた告白の返事だけど」

「ひゃ、ひゃい……!」


 緊張で裏返った声。


「僕も君のことが好きです。こんな僕でよければ、お付き合いしてください」


 アイシスらしい、何ともまっすぐな返事だ。

 返事を受けたネルはというと、あまりの嬉しさで固まってしまった。


「ネル……?」

「こ、これ……夢じゃないわよね?」

「ああ、夢じゃないさ。アイシスは君が好きだといったよ。さぁ、ネルも返事をしてあげて」


 今度はジークが、ネルの背中を押す。

 前のめりになった彼女の身体を、アイシスが優しく抱き留めた。

 至近距離で交わる視線。


「アイシスぅ。私、ずっとずっと貴方の事、好きだった……」

「うん、気付けなくてごめん」

「ううん、アイシスは悪くないわよ。関係を壊すのが嫌で、はっきり好きだって言えなかった私が悪いわ」


 涙ぐむ彼女の顔を、真正面から見つめるアイシス。


「……本当に、本当に私を彼女にしてくれるの?」


 上目づかいで、ネルはそう尋ねる。

 そのあまりの可愛さに。

 アイシスはいてもたってもいられず、彼女の身体を力いっぱい抱きしめた。

 

「あぁ、僕はもうどうしようもないくらい、ネルのことが好きみたいだ! 

 今すぐ君を僕の彼女にしたい! なってくれるよね!」

「うん……! うん……!」


 熱い抱擁を交わす二人に、ギャラリーが惜しみない拍手を送る。


「大団円じゃないか。よかったな、二人とも!」

「ジーク!貴方のおかげよ。本当にありがとう!」


 ネルは興奮冷めやらぬ様子で、ジークに感謝を伝えた。


「皆様、式の準備が整いましたので、そろそろ移動をお願いいたします」


 一部始終を見ていたエールが、淡々とそう告げる。

 着替えが終わったジークを先頭に、皆は会場へと向かうが。

 部屋を出ようとしたアイシスに、エールが声をかけた。


「アイシス様は鎧の着用がありますのでこちらに」

「あ、うん。わかった」


 アイシスはエールに案内されるまま、鎧のある部屋へと歩いていく。

 部屋についたエールは「失礼します」と言って、アイシスに鎧を着せ始めた。


「エール、最近調子はどう?」

「はい。おかげさまで、充実した毎日を送れています」


 なんとなく気まずかったので、アイシスは彼女に話題を振る。

 思えば、エールとの会話は屋敷で話して以来だった。


「ならよかった。これからも、お城の従者として働くんだよね?」

「はい。アイシス様やジークレイン様には返しきれないほどの恩がありますから、一生をかけて返していくつもりです」

「そんな、恩だなんて。僕は君が幸せなら、それでいいんだ」


 それが嘘偽りない本心だと、エールは知っている。

 だからこそ、胸が締め付けられる思いだった。


(ここで好きだと言えば、貴方を困らせてしまいますよね)


 エールの胸に秘めた、アイシスへの恋心。

 ネルと結ばれる瞬間を見た彼女は、どんな思いでそれを見ていたのだろうか。

 エールはそれ以上何も言わず、淡々と彼に鎧を着せる。

 口を開けば、涙がこぼれてしまいそうだったから。


「……できました」

「おおっ、これは、すごくかっこいいね!」


 鏡に映ったのは、真っ黒な鎧を着た自分の姿。

 スピカが来ている者によく似たこの黒鎧は、英雄ジークレインが着ていたとされる鎧だ。

 彼の別名でもある【鴉の騎士】は、この鎧が由来だと言われている。


「良く似合っておいでです」

「えへへ。そう言われるとなんだか照れるね」


 ぽりぽりと鎧の上から頬をかくアイシス。

 エールは「さぁ、会場へ向かってください」と彼の背中を押した。

 アイシスは鎧の動きにくさに戸惑いながらも、会場へ向けて歩き出した。


「……アイシス様、本当におめでとうございます」


 去り際、エールは彼の耳元でそう囁いた。

 それが従者ではなく、一人の女の子としての言葉だと、アイシスは気付いたのだろうか。


「うん、ありがとうエール!」


 眩しい笑顔を受け、エールは少し涙ぐむ。


(貴方の幸せが、私の幸せです……アイシス様、本当に良かったですね)


 それもまた、嘘偽りない彼女の本心。

 少しの痛みはあるが、それよりも彼を祝福する気持ちが勝った。

 胸に手を当て、微かな熱さをしまい込む。

 少年の従者である少女は、自らの初恋に終止符を打ったのだった。



続きを書き溜めているので、仕事が落ち着いたらまた毎日更新ができるかと。

八月中には投稿するので、もうしばらくお待ちください。

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