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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
26/43

【26話】 追随



「アイシス君、何かありましたか?」


 翌日、剣を振るう手を止めたシリウスが、唐突にそんなことを聞いてきた。

 

「え……何かって、何ですか?」

「……いえ、昨日と随分顔つきが違うようなので。昨日の夜に何かあったのかと」


 そう言われ、アイシスは自分の頬を抑えた。

 そこまでわかりやすい顔をしていただろうか。


「実はずっと抱えていた悩みを、ある人に解決してもらいまして……」

「ああ、なるほど……」


(これは、ジーク様が何かしましたね……)


 頬を赤らめるアイシスを見て、シリウスは察したようだ。

 

「解決したのならよかったです。では、そろそろ稽古にも慣れてきた頃でしょうし、少しレベルを上げてみましょう」

「はい! よろしくお願いします!」


アイシスの快活な返事で、稽古は再開された。

彼は猛烈な剣劇の中で、的確なアドバイスをおくる。


「アイシス君! フェイントを入れるときは、少なからず自分に隙が出来ることを念頭においてください。隙を突かれた場合は即座に防御にシフトする。臨機応変さが重要です!」

「はい!」


 シリウスの稽古はスピカのものと比べて、極めて合理的だった。

 

 スピカは稽古中あまり多くを語らず、あくまでも頭ではなく体で覚えろというのが彼女のスタンス。

だが、シリウスはなぜ・どうしてを突き詰めて、わかりやすく言葉で伝えてくれる。

 

 スピカを完全な感覚派だとするなら、シリウスは完全な論理派だ。

 生まれ持った天性の勘で物事を判断するネルと違い、何事も考えてから理性で判断するアイシスにとって、彼は最適な教師だといえる。


 そんな彼の指導が功を奏したのか、アイシスの剣の腕は格段に上達していった。

 

 そしてシリウスの指導が始まって二週間。

 遂にその日は訪れた。


(何だ、これ……?)

 

 アイシスがいつも通り戦気を高める訓練をしていた時のこと。

 

 まるでお湯が沸騰するときのような感覚がアイシスを襲う。

 体の中の何かがぼこぼこと音を立て始めたのも一瞬。

 突如、それは怒涛のように押し寄せた。


「──────────ッ!!」


 体の中で爆弾が爆発したかのような衝撃が走り、熱が這いずり回る。

 戦気の暴走が、遂にアイシスの身に起こったのだ。


 この脳が焼き切れるような痛みに、皆最初は我を失ってしまう。

 あのネルでさえ、あまりの痛みに気を失ってしまったほどだ。


 だが、アイシスはこの痛みに耐えていた。

 激しく声を上げてはいるものの、意識ははっきりとある。

 ちかちかと眩む視線の先に、必死に叫ぶシリウスの顔が見えた。


「……! ……!」


 声は聞こえない。

 だが、言っていることはなんとなくわかる。

 ネルが暴走していた時、スピカがいつもかけていた言葉だ。


(大きく、深呼吸! ゆっくり戦気を中に押し込む!)


 イメージはいつも練習してきた。

 劣等感を感じながらも、すべてはこの時のために。

 アイシスは毎日、戦気の練習を欠かさなかった。


 思い浮かべるのはいつも一人。

 夢をくれ、欲しい言葉をくれ、価値を教えてくれた人。


 ジークの騎士になりたい。

 その一心が、ここにきて彼を()()へと昇華させる。


「これは……!」


 シリウスが驚きの声を上げたのも束の間。

 アイシスの身体がすっと軽くなった。


(あれ、痛みが……消えていく?)


 彼自身、自分の身に何が起こったのか把握できておらず。

 冷静に自分の掌を見つめる。


 膨大な量の戦気は収束し、彼の体に纏わりついた。

 暴走していた戦気は今、完全に彼のコントロール下にある。

 たった一度。

 まさかの初回の暴走で、アイシスは戦気の解放を身に着けてしまったのだ。


「……す、凄い……素晴らしいですアイシス君!」


 一部始終を見ていたシリウスが思わず感嘆の声を上げて、ようやくアイシスは自分の成功を理解した。

 

「で、出来た……シリウスさん……僕、出来てますよね!?」

「ええ! 信じがたいことですが、ちゃんと制御できています! 今の感覚、忘れてはいけませんよ!」

「はい! 死んでも忘れません!」


 信じがたい、と彼が表現したのも無理はない。

 なぜならたった一度で戦気の解放を習得したのは、シリウスの知る限りスピカ以外では初めてだったからだ。



「そうか、成功したか」


 夕食後の客間にて。

 アイシスの戦気の解放習得の知らせを聞いたスピカは、驚きもせず淡々とそう言った。

 

「姉弟子、もっと驚いてあげたらどうですか。彼は戦律の解放にたった一度で成功したんですよ?」

「……別に驚くほどの事じゃない。こいつが戦気のコントロールが上手いことは知っていたからな。一度暴走を経験すれば、すぐにコツをつかむだろうと思っていた。

 むしろこれまでにかかった時間を考えれば、当然の結果といえる。これしきの事でぬか喜びするな」


 ビシッと指をさしながら、スピカはそう言い切った。

 浮かれていた気持ちに釘を刺されてしまったアイシスだが、以前のように落ち込んだりはしない。


(一歩一歩、着実に前に進むんだ)


 胸に手を当てて、アイシスは前を見つめた。

 視線の先にいるのはジークレイン。

 食事の後、『紅茶でも飲みませんか』というシリウスの一言で、全員が客間へと集められたのだ。

 

 視線が合った彼女は、笑顔でこちらへやってきた。


「アイシス、シリウスから聞いたよ。戦律の解放に成功したそうじゃないか! しかもたった一度で! やはり君は天才だったんだな!」

「そんな、天才だなんて。シリウスさんの教え方が上手かっただけですよ……」

「いいや違うね。戦律の解放は本人のセンスによるところが大きいんだ。教え方ひとつで習得が早くなるわけじゃない。アイシス、これは君自身の力だ。

 流石は私の騎士になる男。私も主人として誇らしいよ」


 ジークはまるで自分の事のように喜んでくれる。


「……おいジーク。今、何と言った?」


 ひそめた眉。

 話を聞いていたスピカが、怒り心頭といった様子で問いかけたのだ。


「おや、聞こえなかったのかい? なら何度でも言ってあげよう。

 アイシスを私の騎士にする。私はそう言ったんだよスピカ」


 怒っているスピカに対して、ジークは挑発するような口調で返す。

 それを聞いたスピカは椅子から立ち上がり、すたすたと彼女の前までやってきた。


「お前の騎士になるのはシリウスだ。こいつじゃない」

「いいや違うね。自分の騎士くらいは自分で決める。私の騎士は彼だよ。これは決定事項だ」


 座っているジークと立っているスピカの視線がかち合う。

 一触即発の雰囲気に挟まれたアイシスは、困ったようにシリウスに助けを求めた。

 アイシスの視線を受けて、シリウスがスピカに提言するが……


「まぁまぁ姉弟子。私としては別にそれでも構わないんで─────」

「お前は黙ってろ」

「はい」


 スピカの言う事には絶対服従の彼は、一瞬で看破されてしまった。

 弟弟子を一言で黙らせたスピカは、ジークの肩を掴んで説得を試みる。


「いいかジーク。騎士というのは生涯をかけてお前の命を守る存在だ。

 はっきり言うが、こんな小僧ではお前の命は守れない。

 お前を守れるのは私と(シリウス)だけだ」

「……私はそうは思わない。アイシスは立派な騎士になるよ。いつかは君だって超えてみせる」

「だから、何の根拠があってそんな話を!」

「根拠はない! 私の勘と心がそう言ってるんだ」


 まっすぐな視線。

 二人はジークが生まれて以来の付き合いだ。

 こういう時、頑固な彼女が一歩も引かないことはスピカが一番よく知っている。

 

「……どうしても、(シリウス)じゃだめか」

「違うよスピカ。どうしても、(アイシス)がいいんだ」


 スピカは懇願するような視線を向けるが、それでもジークは折れない。

 その目を見て無理だと悟ったのだろう。

 最後に「わかった」と呟いて、彼女の肩から手を離した。


「アイシス」

「はい!」


 突然名前を呼ばれ、アイシスは飛び上がった。

 何を言われるのだろうか。

 ドキドキしながら沙汰が下されるのを待つ。


「三か月後、ジークの騎士選抜大会がある。それに出場するんだな」


 騎士選抜大会。

 国の中でも優秀な剣士が集う大会だが、そこに戦律の欠片を持つ者はいない。

 今のアイシスならば、優勝は容易いだろう。

 何の障害もなく、ジークの騎士になれてしまうはずだ。


「……それだけで、いいのかい?」


 疑心を隠さず、ジークはそう尋ねる。

 この状況で彼女が、はいわかりましたと認めるはずがない。

 そして案の定、スピカはこう続けた。


「ああ。ただし、大会にはシリウスも参加させる」

「それはつまり……」


 おおよその察しはつきながらも、ジークは尋ねる。


「シリウスに勝ち、優勝して見せろ。それが俺の出す、お前がジークの騎士になる条件だ」


 偉そうな仁王立ちの少女が出した条件は、不可能ともいえるものだった。

 シリウスは強い。

 神童、そう呼ばれるのも十分頷ける。本物の実力者だ。

 彼曰くスピカには数段劣るようだが。

 アイシスにとっては、どちらも雲の上の存在であることに変わりない。


 無理に等しい、そんな条件を突き付けられたジークは怒りだすかと思いきや。


「面白い。その条件、受けて立つ」


 自信満々、ニヒルな笑みを浮かべてそう言い放った。


「ええ! ちょっと、ジークさん!」

「心配するな、きっとうまくいくから。私を信じろ」

「で、ですが……」

「それとも何か? 君はやる前から無理だと諦めてしまうような、そんな小さな人間になるつもりかい?」

「うっ……」

 

 今度は打って変わって挑発的な態度。

 至近距離でそう言われてしまっては、黙らざるを得ない。


「負けるなよ」

「……仰せのままに」


 胸をグーでどつかれたシリウスは苦笑いを浮かべ、そう返した。

 スピカはそれだけ言うと、とっとと部屋を出て行ってしまう。

 アイシスは慌てて彼女の後を追いかけた。

 

「師匠! 待ってください!」

「なんだ、交渉なら受け付けんぞ」

 

 アイシスの引き留めに対し、彼女は突っぱねるようにそう言った。

 

「いえ、そういうわけではなくて……師匠に、お願いがあるんです」

「なんだ」

「試合まであと三か月、また僕に稽古をつけて─────」

「断る」


 最後まで聞くことなく、彼女は歩き出してしまう。


「まだ最後まで言ってませんよ!」

「聞かなくてもわかる。じゃあな」

「待ってください!」


 アイシスが彼女の服の裾を引っ張って引き留めると、彼女は心底嫌そうな顔をして振り返った。


「なぜ、俺がお前に稽古をつけてやる必要がある」

「僕は、本気で勝ちたいんです。でもシリウスさんに勝つためには、彼に教わったことだけじゃだめだ。もっと上の、最強である貴方の力を借りないと勝てない!」


 それは至極まっとうな意見だった。

 自分で自分を超える弟子を育てるというのは、奇跡でも起こらない限り難しい。

 シリウスがいかに天才でも、


「誰の教えを乞う事もなく、強くなる奴もいる。あいつはたった一人でも、師匠を超えたぞ」

「あいつ……?」

「……昔の友人の話だ。とにかく、俺がお前に教えることは無い。これ以上引き留めるなら、気絶させるからな」


 殺気を込めた視線で牽制されては、アイシスもこれ以上引き留めることはできない。

 スピカは踵を返すと、さっさとどこかへ行ってしまった。


(師匠の友人か……)


 思えば、アイシスは彼女の生まれや生い立ちについて何も知らない。

 知っているのはシリウスと師が同じという事だけで、それ以上は聞いても教えてはくれなかった。


「あーあ、ダメだったか」


 去っていくスピカの後姿を茫然と眺めていると、客間からジークがやってきた。


「ジークさん……僕はやっぱり、彼女に嫌われてるみたいですね」


 自嘲気味な笑顔で、アイシスはうなだれる。

 ジークはそんな彼の肩を笑顔で叩いた。


「……アイシス、一ついいことを教えてやろう」

「良いことですか?」

「ああ。彼女はああ見えて、意外と押しに弱い。

 根気よくお願いすれば、案外オーケーしてくれるかもしれないぞ」


 とてもそうは見えないが、ジークのいう事は素直に聞いているようにも見える。

 押しが足りなかったのかもしれない。


「なるほど……僕、もう少し頑張ってみます」

「ああ、頑張れよ」

 

 

 

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