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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
22/43

【22話】 (超スパルタ)修行

 

 翌朝、早朝五時。

 アースディア王城、その修練場にて。

 ネルとアイシスは緊張の面持ちで扉を叩いた。


「来たか。入れ」


 帰ってきた簡素な返事を受けて、二人は扉を開ける。

 中にいたのはとても強そうには見えない、一人の少女。


 今日より彼らの師匠となる、スピカ・フォートリカその人だ。


「おはようございま……」

「強くなる方法、聞きに来たわよ!」


 アイシスの挨拶はネルの失礼な発言によってかき消されてしまった。

 スピカは相変わらず、何を考えているのかわからない仏頂面で二人を迎え入れる。


「ちょっとネル。これから師匠になる人に、その態度はまずいんじゃ……」

「……まぁそこに座れ。礼儀に関して俺はとやかく言わん。強くなればそれでいいからな」


 スピカはネルの失礼な態度に寛容だった。

 その一言で、彼女が強さ至上主義なのが十分伝わってくる。


 二人は木製の床に座る。


「改めて、自己紹介をさせてもらおう。俺はスピカ・フォートリカ。知っての通り、この世で最も強い剣士だ」


 スピカは二人の前に仁王立ちで立ち、腕を組んだまま不遜な態度で自己紹介をした。

 外見と中身のギャップに戸惑いながらも、二人は自己紹介を返す。


「アイシス・クロウディアです」

「ネル・ロンクライア。巷では龍殺しって呼ばれてるわ」


「なるほど、龍殺しか」

「実際に殺したことはないけどね」

「安心しろ。龍ごとき、つま先で蹴り殺せるくらいには強くしてやる」


 冗談……かと思ったが、そうでもなさそうだ。

 スピカは至って真剣な顔をしている。

 黒龍の群れを殲滅したという話も、もしかすると本当なのではないのだろうか。

 そう思わせるだけの風格が彼女からは感じられる。


「さて、まずはネル。お前にこれを授けよう」

「……何よこれ」


 スピカが手渡したのは、シャーレがアイシスに渡したお守りと同じものだった。

 六芒星の形をした、黄金色に光るシンボル。

 スピカが()()()()()と呼んでいたものだ。


「それは俺たちの強さの秘密、戦律の欠片だ。

 既にアイシスには説明したが。それは人間の出せる戦気の制限を解放し、強さの天井を跳ね上げる。もっとも、しっかりした手順を踏まなければ、たいした恩恵は得られんがな」

「手順、ですか?」

「ああ。アイシス、お前はまだ戦律の欠片の恩恵をほんの一部しか受けられていない。これから俺がお前らに教えるのは、戦律の欠片の恩恵を最大限に発揮する方法だ。

 出来るかどうかはお前ら次第だが、出来なきゃ破門だ」


 破門、その言葉を受けたアイシスに緊張が走る。

 恐らく彼女が『試してみる』といったのは、この試練のことを言っていたのだろう。

 アイシスが会得しなければ、容赦なく切り捨てられる。

 ジークレインの為にも、それだけは避けねばなるまい。


「これ、どうすればいいの?」

「服を脱いで左胸に押し付けるように当ててみろ。心臓の位置だ」


 ネルは早速服を脱ごうとして、隣にアイシスがいることを思い出した。

 横を見ると目が合って、ネルの顔が赤くなる。


「……あ、アイシス! あっちむいててよぅ」

「はっ、ごめん!」


 その男らしさゆえに時折忘れそうになるが、ネルだって女の子なのだ。

 好きな人に裸を見られたくない程度の羞恥心は持っている。

 アイシスはデリカシーにかける自分の行動を反省し、眼を閉じて顔を覆った。


 ネルは熱さに顔を歪めつつも、戦律の欠片をその体に取り込む。

 アイシスと同じ刻印が、彼女の胸に刻まれた。


「無事、取り込めたようだな」

「ええ。アイシス、もういいわよ」


 服を着終えたネルの了承を得て、アイシスは眼を開けた。


「では早速、恩恵を得るための稽古を……と言いたいところだが、その前に。アイシス、俺は昨日の立ち合いでお前に才能がないと判断したが、それが何故かわかるか?」


 そう言われ、アイシスは思案する。

 自分の欠点は幾つも思いつくが、どれが決定打となったのかはわからない。


「え、と。剣を振るのが遅すぎる……とかですかね」


 何とか絞り出した答えだが、スピカはふるふると首を振った。


「剣の速度は訓練次第でどうにでもなる。問題はもっと根本的なことだ」

「根本的なこと?」

「ああ。お前は人に向けて剣をふるう際、眼に見えて躊躇(ちゅうちょ)している。恐らく頭の中で『斬られたら痛いだろうな』などと考えているのだろう」

「……かもしれません」

「優しさは美徳だが、こと戦いにおいてそれは(かせ)以外の何物でもない。切り捨てろ、とまでは言わんが。それがある限り強くはなれないことを頭にいれておけ」

「わかりました」


 厳しい言葉だ。

 けれど的を得ている。


 言われてみると、確かにネルの剣には躊躇がない。

 人でも魔物でも、気に入らない者は全力で叩き切る。

 それが彼女のスタンス。

 スピカは彼女のそういうところを見て、才能があると判断したのだろう。


「準備は整ったな。それでは、稽古を始めるとしよう」

「お願いします」

「お、お願いします」


 意外にも、先に頭を下げたのはネルだ。

 エグリールとの稽古で最初の礼は欠かさないよう言われているので、反射的に出た物だろう。


「まずはお前らの力を知っておく必要がある。二人とも、戦気を高めてみろ。限界までな」


 二人は言われた通りに戦気を出す。

 熱気が体を包みこみ、痺れる感覚が襲う。


 戦気を出すというのは、簡単そうに見えてかなりの集中を要する行為だ。

 例えるなら、不安定な足場で自分の体重と同じ重さの重りを持ち続けているようなもの。

 これを持続しながら戦うというのは、実際とても難しい。


 スピカは値踏みするように二人を見た後、徐に呟いた。


「ふむ。ネルが【8】、アイシスが【5】といったところか」


 謎の数字を言われ、首を傾げる二人。

 スピカは「もういいぞ」と言って、今の数字の意味を解説してくれた。


「今言った数字は、上限を【100】とした時のお前らの戦気の値だ」


「じゃあ私は【8】ってことね……どう考えても少なすぎるわよ!」


「まぁ、通常の人間が出せる値はいいところ【10】が限界だからな。自戒率を使えばこの倍までは出せるが、それ以上は無理だ。

 そして、その限界値を【10】から【100】まで押し上げるのが……」


「さっき取り込んだ、戦気の欠片ってわけね!」

「その通りだ」


 アイシスはスピカに『恩恵を受けていない』と言われた意味がようやくわかった。

 いくら上限が【100】になっても、強さが【5】なら意味がない。

 値が【11】を超えてこそ、初めて恩恵を受けたといえるだろう。


「……要するに、僕たちはまだスタートラインに立ったばかりということですか?」

「自惚れるな。ネルはともかく、お前はまだスタートラインの遥か後方にいる。

 二人共、まずは【10】を目指すところから始めろ。話はそれからだ」


 そう言うと、スピカは修練場の出口に向けて歩き始めた。


「ちょっと待ちなさいよ!」

「何だ。俺は忙しい。一日お前らに構っている余裕はないぞ」

「せめてどうすれば戦気が上がるのかくらい教えていくのが筋ってもんでしょ!」

「……そんなことも知らんのか」


 やれやれ、といった感じで首を振るスピカ。


「さっきと同じように、戦気を限界まで高めろ」


 二人は言われるがまま、戦気を高めた。

 二回目という事もあってか、二人の額に汗がにじむ。


「よし、そのままキープだ。そうだな、今が5時だから……とりあえず12時まではその状態を維持し続けろ」

「死ぬわよ! 馬鹿なの!?」

「……馬鹿はお前だ。いいか。俺がお前たちに求めるのは半端な強さじゃない。降りかかる理不尽全てを自らの力でねじ伏せる、圧倒的なまでの強さだ。

 それを手にする為に全てを捨ててなお、届かないこともざらにある。時間も命も、全て捧げると今ここで胸に誓え。出来ないなら破門だ」


 正論だ。

 これに関しては、スピカが圧倒的に正しい。

 論破されたネルはぐぅのねも出せずに俯くことしかできない。


 だが、顔を上げた時。

 彼女の瞳は燃えていた。


「……わかったわよ。死に物狂いでやってやるわ」

「ああ、十二時には戻ってくる。それまでに死んでおけ。生きてたら殺す。アイシスもな」



 *


 8時間後。

 スピカが再び修練場を訪れた時。

 二人は汗でできた水たまりの上で気絶していた。


「ほら、起きろ」


 スピカはバケツに水を汲んでくると、寝ている二人に向かってそれをぶっかける。


「がぼぉ、ごほっ、ごほっ!」


 苦しそうに咳き込んで、二人は目を覚ました。

 重たい身体をなんとか起こすが、節々がみしみしと悲鳴を上げ、限界を訴えてくる。


 流石に初日の午後は休ませてもらえるだろう。

 そう、思っていたのだが。


「よし、では今から午後の稽古に入る。二人共、剣を持て」


 スピカはさも当然のようにそう言って、二人の前に各々の剣を置いた。

 当の本人はというと、真剣ではなく木剣を持っている。


 やる気満々といった風なスピカに、満身創痍のネルが待ったをかけた。


「ご飯ぐらい食べさせなさいよ……」

「食ってもどうせ全部吐くんだ。必要ない。安心しろ、夜はイヤというほど食わせてやる。もっとも、食べる元気が残っていればの話だが」


 鬼だ。

 本物の鬼がいる。

 無表情の少女には、心というものがないのだろうか。

 騎士団の団員が裸足で逃げだしたという話も頷ける。


「嫌なら逃げてもかまわんぞ。その場合、問答無用で破門だがな」


 震えている二人に向けて、スピカは挑発めいた言葉を投げた。

 その言葉を受け、乗りやすいネルが挑発に乗ってしまう。


「やるわよ。やってやるわよ……」

「僕も、やります!」


 消えかけた炎を、再び焚きつける。

 折角ここまで頑張ったのだ。

 根性で乗り切ってやる。

 二人は互いに励まし合い、床に置かれた剣を取った。


 ここから本当の地獄が始まるとも知らずに。


 ─────ドォン!

 ─────ドォン! ドォン!


 アースディア城内に、爆発音にも似た音が響く。

 音の発生源は修練場。

 これは剣と剣のぶつかり合う音……ではなく。

 ネルとアイシスの身体が、魔法で補強された頑丈な壁に叩きつけられる音だった。


「右腕に力を入れ過ぎだ。もっとしなやかに」

「目線で軽いフェイントを入れろ。初動でバレバレだ」

「足さばきがおろそかになると、次に繋がらんぞ」


 淡々とした注意だが。

 それは焼けるような痛みを伴った一撃と共に訪れる。


 今、二人の戦気は底を尽きかけている。

 いくら木剣とはいえ、受ける痛みは生身のそれに等しい。

 既に服の下は痣だらけになっていることだろう。


「アイシス、さっきも同じミスをしたぞ。何度も言わせるな」


 スピカが放ったのは、喉元への突き。

 人体から鳴っているとは思えない音がして、アイシスの体が吹き飛んだ。


 壁に衝突し、アイシスはそのままぐったりと動かなくなった。

 するとスピカはポケットから魔石を取り出し、アイシスの頭上でそれを砕いた。


 発動したのは【レイズ】と呼ばれる回復魔法。

 ダンジョンで使用した【リレイズ】に比べると数段劣るが、それでもかなりの回復効果がある。


「可能なら戦気での自己回復が望ましいが。出来るようになるまでは魔法で回復してやる。

 だが、この魔石もかなり高価だからな。悪いが、死なない程度の傷なら使わない。嫌なら死ぬ気で自己回復を覚えろ」


 この時アイシスは、サロメから受けた拷問を思い出していた。

 躾と称して、痛めつけられるだけの、意味のない行為。


 今もやっていることは同じだが、決定的に違うことがある。

 それは、アイシスにも打ち込む機会が与えられていることだ。


 これは拷問ではなく、指導だ。

 そう思うと、不思議と体が軽くなった。


「何を笑っている。もう精神がおかしくなったか?」

「いえ……強くなれそうだなって思っただけです」

「そうか。じゃあとっとと打ち込んで来い」


 有無を言わさず、スピカは稽古を再開する。

 それから何度も何度も、二人は吹き飛ばされ。

 けれど決して心折れることなく、最後まで立ち向かった。


 *


「今日はこれまでとする。食事を取って、すぐに寝ろ。また明日、同じ時間に集合だ」


 スピカは泥のように地面に這いつくばる二人に向けてそれだけ言うと、さっさとどこかへ行ってしまった。


「アイシス、生きてる……?」

「はぁ、はぁ、な、何とか……」


 息を切らしながら、生死確認に答える。

 稽古中、何度か死んだと思ったが、回復魔法のおかげで事なきを得た。

 人間の体というのは、案外丈夫なものだ。


 動けないまま、天井を見つめ続ける。

 稽古の時は燃えるように暑かった体も、今はすっかり冷めきっていた。

 陽も沈み、修練場に月明かりが差し込む。

 静かな夜だ。


「悔しい」


 ぽつり、仰向けに寝転んだままネル零した。


「同じく」


 ぽつり、アイシスは拳を握ってそれに答える。

 その悔しさはスピカに対してだけではなく、自分の弱さに対するものでもあった。


「二人がかりで挑んでも、相手にすらして貰えないなんて……」

「不甲斐ないよね。せめて一発は入れたかったけど。かすりもしなかった」


 午後の訓練で、スピカは一度たりとも戦気を使わなかった。

 彼女との力量差を考えれば当然のことだが、ネルにとってはかなり屈辱的だった。


「……決めた。あいつの顔面に一発ぶち込むまで、私は絶対諦めない」


 天井を向いたまま、ネルは覚悟を口にした。


「アイシスも付き合ってくれるでしょ?」

「もちろん。二人で師匠をぶっとばそう」


 アイシスが珍しく攻撃的な言葉を発した。

 そうしなければ、心が折れてしまいそうだったからだ。


「そうと決まればご飯食べて、明日に備えるわよ。ほら、頑張って立って……た、立って……」


 言葉でいくらそう言っても、体はピクリとも動かない。

 体を起こそうとしても、力が全く入らないのだ。


「……駄目ね」

「……うん、動けない」


 二人は仰向けのまま目を瞑る。

 このまま明日を迎えるのは不安でしかないが、体が動かないのだから仕方がない。

 諦めて眠りに突こうとしたその時、


「おーい、生きてるか?」


 突如、がらりと扉が開いてコールザインが入ってきた。

 その手にはおいしそうなおにぎりが山のように入った籠がある。


「「ご、ご飯の匂い!」」


 あまりにおいしそうな香りに、眠りかけの二人が飛び起きた。

 コールザインの下に、ゾンビのような動きで二人が這いよる。


「キシシッ、スピカの姉御が今日は動けないだろうからって、わざわざ作ってくれたみたいだぜ。ちゃんと感謝して食えよ……って、聞いてねぇな」


 無我夢中でおにぎりを食らう二人には、コールザインの声は届かなかったようだ。

 腹を満たした二人はその場で泥のように眠った。


 コールザインは眠る二人に横顔を見て可愛いものだと癒されていたが、アイシスの肌を見て絶句した。

 彼の肌は痣だらけで、稽古の凄惨さが伺える。

 

(……俺の時より厳しそうだな。師匠もなかなかの鬼だけど、姉御はもっと鬼だ)


 ごくり、コールザインは生唾を飲み込み。

 自分の師がスピカではなかったことに安堵するのだった。

 


ストックが切れたので、毎週金曜の投稿に切り替えます。

ストックが溜まり次第、毎週投稿する予定です。

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