【21話】 その少女、最強につき
「どういう状況よ……」
アイシスの声掛けで戻ってきたネルは、衝撃の光景に目を疑った。
偉そうに腕を組む少女の前に大の男二人が正座させられているのだ。
そしてあろうことかその二人は、ネルのよく知る人物だった。
「……なるほど。どうやら多少の誤解があったようだな」
「わかっていただけたようで何よりです、姉弟子」
赤く腫れた頬をさすりながら神童は笑顔で答える。
隣のコールザインはというと、脅え切った瞳でガタガタと震えていた。
「すみません師匠! 俺のついた嘘が、まさかこんなことになるなんて……」
「あはは、大丈夫ですよザインくん。姉弟子といたら、これくらい日常茶飯事ですから。君もじきに慣れます」
「な、慣れたくはないんですが……」
子供のように震えるコールザインをギルドの連中が見たらなんというだろうか。
アイシスにとってもネルにとっても、異常な光景なのは確かだった。
「ザイン坊が脅えとるという事は、やはりあの子供が神童の姉弟子ということか……」
修練場からネルを追って走ってきたエグリールが、額に玉のような汗を浮かべて独り言をこぼす。
すると耳聡くそれを聞いていたスピカが彼に声をかけた。
「白髭のお前、確かエグリールと言ったか。俺は子供じゃない。見た目で判断すると痛い目を見るぞ。こいつのようにな」
スピカはシリウスを指さして脅しをかける。
対するエグリールはそんなことでは狼狽えない。
最強を目前にしても堂々としているのは、年の甲という奴だろうか。
「うむ、わしも中身の話をしたわけではない。お主が見た目よりずっと大人だということは、その目を見ればわかるからの」
「わかっているならいい」
エグリールの言葉に、スピカは満足そうに頷いたあと、うしろにいるアイシスとネルに目を向けた。
「そこのガキ二人、会うのは二度目だな。とはいえ、あの時は気絶していたから俺のことなど覚えていないだろうが」
「はい! その節はどうもお世話になりました!」
ダンジョンで助けてもらった白い鎧の騎士の正体が彼女であることは知っていたので、アイシスは九十度の礼と共に感謝の言葉を述べた。
「気にするな、事のついでで助けただけだ。恩に着せるつもりもない。それよりも……」
スピカはアイシスに近寄ると、彼の胸ぐらを掴み服をはぎ取った。
「なっ、何を!」
「お前、この刻印……どこで手に入れた?」
狼狽えるアイシスに、スピカはドスの利いた声で尋ねる。
アイシスの胸元にあるのは、昨日の夜シャーレから貰ったお守りの刻印だ。
「こ、これは昨日の夜。ある人に貰ったものです……」
「ほぉ。それは誰だ。嘘偽りなく答えろ」
「シャーレさんという人です。強くなりたいと言ったらくれたんですが。詳しいことは僕も……」
そこまで聞いたスピカは考える素振りを見せた後、アイシスの来ていた服を顔面に向けて投げ返した。
眉間に皺をよせた彼女の横顔は怒っているようにも見える。
「何も知らないようだから教えてやる。それは戦律の欠片と言ってな。人としての戦気の上限を開放し、さらなる高みへ押し上げる。我々の強さの秘密ともいえる代物だ」
「え、そうなんですか!?」
「……本来、それはお前のようなガキが扱える物ではない。シャーレとやらが何を思ってお前にこれを渡したのか、俺には知るよしのないことだ。仲間に引き込もうとしているのか、それともただの気まぐれか。
どちらにせよ、過ぎた力は身を滅ぼす。手遅れになる前に俺が引導を渡してやってもいいんだがな」
スピカはそう言うと、腰にさした剣を抜いてアイシスに向けた。
最強の存在に剣を向けられ、恐怖で身がすくむアイシス。
このままでは訳が分からないまま殺されてしまう。
その状況に待ったをかけたのは、傍で黙って話を聞いていたネルだった。
「ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ! 最強の剣士だか何だか知らないけどね、アイシスは私の友達よ。何人たりとも彼を傷つけることは許さないわ!」
そう言うと彼女も剣を抜き、スピカの喉元に突き付けた。
恐れ知らずなその行為に、周囲が息をのむ。
「ネル・ロンクライアか。友人思いなのはいいことだが、牙を向ける相手は選べよ」
「余計なお世話ね。アイシスを傷つける奴は全員敵よ。誰であろうと関係ないわ」
スピカに痺れるような視線を向けられても、ネルは臆しない。
引くことを知らない彼女は、好きな人の為ならどこまでもいってしまう女だ。
「……ちょうどいい。実力を見極めるいい機会だ。エグリール、コールザイン、アイシス、そしてネル。お前ら全員まとめてかかって来い」
シリウス以外の全員の名を呼び、スピカは剣を納めた。
それを見たネルも剣を下ろし、自分より一回り小さな幼女を睨みつける。
「勝負するってことね。私は構わないわ。アイシス、一緒にこいつぶっ飛ばすわよ」
何故か上から目線でネルは言い切った。
普段の冷静な彼女ならスピカの実力を見極め、そんなことは口にしなかっただろうが。
今は頭に血が上っている上に、焦りによる苛立ちもあった。
アイシスは冷や汗を垂らしつつも、ネルの頼もしさに顔を綻ばせ頷いた。
「ハンデとして俺は剣を使わん。無論、戦気もだ。体術のみでお前ら四人を蹂躙する。制限時間は十分。その間にたった一度でも俺に攻撃を入れたら、その時点でお前らの勝ちとしよう」
「何よそれ。私たち相手に本気を出す必要は無いってこと?」
「当然だ。俺が本気になれば、お前らなんぞ跡形も残らん」
「ふんっ、馬鹿にして。すぐに吠え面かかせてやるわ。エグリール! コールザインも、手を貸しなさい」
「あまり無理はしたくないんじゃがな。弟子の頼みとあっては断れん。スピカとやら、胸をお借りするぞ」
やる気満々で剣を抜いたエグリール。
コールザインも嫌そうな顔をしながらも、同じように構える。
「勝ったら何かくれるんでしょうね」
「万が一にもありえないが、その時は何でもいう事を聞いてやる。とはいえ戦う前から願い事を考えているようでは、千年たっても俺に勝てないだろうがな」
自信に満ちた表情で、スピカは剣を捨てた。
丸腰で立つ少女を、剣を持った四人が取り囲む。
「なぁ師匠。アドバイスとかある?」
藁にもすがるような思いで、コールザインはシリウスに尋ねた。
「そうですね。貴方たちの前にいるのは紛う事なき最強の剣士です。最強とはどんなものか。身をもって学んできてください。私からは以上です」
「ええ、それだけ!? せめてもう少し具体的なアドバイスくださいよ……」
「ははは。それは無理ですよ。だって私、一度だってあの人に勝ったことないんですから」
「ま、マジすか……」
衝撃の事実を聞き、コールザインはうなだれた。
四人がかりでも、勝負になるかどうか。
「それでは、はじめてください」
のほほんとしたシリウスの声を合図に、立ち合いが始まった。
*
結論から言おう。
ものの三分と経たないうちに、勝負はスピカの勝利で幕を閉じた。
散らばった剣と、倒れ伏す四人の体。
少女の力はあまりにも圧倒的だった。
まずスピカは闘争本能剥きだしで襲いかかってきたネルの剣を華麗に奪い、「取って来い」と言いながら奪った剣を明後日の方向へ投げた。
その後コールザインとエグリールの連撃を最小限の動きで避けた彼女は、視認すらできないほどの速度で拳を放ち、二人を轟沈。
最後に残ったアイシスは意を決して立ち向かうが、当然彼の攻撃はかすりもしない。
剣を拾って戻ってきたネルも参戦し、攻撃を加え続けるも。
最後は二人仲良くスピカの拳に沈まされた。
「まぁ、こんなところか」
一仕事終えた彼女は手についた土をぱんぱんと払い、さっき放った剣を拾い上げる。
汗もかかず涼しげな顔をしている彼女に、傍観していたシリウスが声をかけた。
「相変わらず、容赦ないですね……」
「お前も一戦やっとくか? 流石に剣は使うが、ハンデならやるぞ」
「いえ、私は遠慮します。ハンデを貰ったところで、勝てないのわかってますから」
「そうか」
立ち合いを断られたスピカは、少し残念そうだ。
シリウスは倒れている四人に視線を落とした。
うめき声をあげる男三人。
ただ一人、四人の中でネルだけが気絶している。
もう答えは出たようなものだが、シリウスは一応尋ねた。
「それで姉弟子。どうでしょうか」
「そうだな。見どころがあるのはコールザインとネルの二人か。後は駄目だ。使い物にならん」
きっぱりとそう言われ、地面に倒れ伏すアイシスは落胆した。
力が足りないことはわかっていたが、こうもはっきりと言われると心に来るものがある。
「新しく弟子にするのはネルだけだ。早速明日から剣を教える。目が覚めたら朝五時に修練場へ来るよう伝えておけ」
スピカはそれだけ言うと、脱ぎ捨てていた上着に袖を通して去ろうとした。
「待ってください!」
呼び止める声。
声の主はアイシスだ。
(ここで引き下がったら、僕はいつまでたっても弱いまま……そんなの、嫌だ!)
ジークレインの騎士になる。
その目標の為にも、アイシスはここで引くわけにはいかなかった。
アイシスは最期の力を振り絞って立ち上がる。
「何だ」
「確かに今の僕は力不足です。でも、だからこそ強くならなきゃいけないんだ! お願いですスピカさん、どうか僕にも貴方の剣を教えてください!」
「……ダメだ。酷なことを言うようだが、今俺たちが求めているのは即戦力。悪いが才能のない者に割く時間はない」
「そこを何とか!」
「くどい。何度も言わせるな。無理なものは無理だと理解しろ」
「……ッ、ですが!」
言葉に詰まったアイシスは、必死に彼女を説得させる方法を考える。
(何か、僕の力を証明できるものがあれば……何かないか、何か……)
考えている間にも彼女の背中はどんどんと遠ざかっていく。
諦めるしかないのか、そう思い目をつぶった時。
「大丈夫だ、アイシス。私に任せろ」
肩に手を置かれ、振り返る。
頼もしい笑顔を浮かべるその人の名を呼んだ。
「ジークさん……」
思わぬ助っ人の登場に、アイシスは驚いた表情を浮かべる。
彼女は一歩前へ出ると、大きな声でスピカの背中を呼び止めた。
「スピカ! 私からも頼む。アイシスに剣を教えてやってくれないか?」
他ならぬ未来の王女の呼びかけに、スピカは踵を返す。
「ジークか。お前も聞いていただろう。そいつにはセンスがない。もし俺に剣を教えさせたいなら、俺を納得させるだけの理由を述べろ」
「理由……そうだな。彼が努力家だという事は私が保証しよう。きっとここにいる誰よりも真面目に稽古に取り組んでくれるはずだ」
「才能のなさを努力だけで補えるほど、甘い世界ではない。才能がある者が常人の何倍も努力して、ようやく一流と呼べる。俺たちがいるのはそういう世界だ」
問答無用で論破される。
それも当然だ。
たった二回会っただけの少年について、彼女が知っていることはほとんどない。
恐らくスピカを納得させるだけの理由を述べるのは不可能だ。
隣にいるアイシスでさえそう思った。
でも彼女は引かなかった。
自信に満ちた表情で、彼を推す。
「じゃあアイシスはその何十倍も努力するさ。
問題ないよスピカ、彼は強くなる。きっと君ですら適わなくなるほどにな!」
ジークレインは堂々たる態度でそう言い切った。
その堂動さたるや、隣にいたアイシスがぎょっとした目で彼女を見たほどだ。
「一体、何の根拠があってそんな妄言を?」
「強いて言うなら私の直感かな。他でもない私の中の第六感が、彼に可能性を感じているんだ」
「……そんな曖昧なものを俺に信じろと?」
「スピカ、私は本気だよ」
ジークレインは決して目をそらさず、まっすぐに言葉をぶつける。
それを受けたスピカは意外にも、考える素振りを見せた。
彼女の言葉で判断が揺らいでいるのだ。
「姉弟子、アイシス君は何の因果か戦律の欠片を手に入れました。ここで手放して敵に回すくらいなら、育ててみるのも手ではありませんか?」
悩んでいる彼女にもう一押し。
シリウスの言葉が、決定打となった。
「……アイシス、明日の朝五時にネルと共に修練場へ来い。話は以上だ。遅れるなよ」
「……は、はい! ありがとうございます!」
感謝の言葉とともに、アイシスは頭を下げた。
喜びをかみしめる彼、ジークが肩を叩く。
「良かったなアイシス。スピカは君の熱意を認めてくれたようだ」
「勘違いするなよ、少し試してみるだけだ。まだ認めたわけじゃない。使えなさそうなら直ぐに切り捨てるからな」
ぶっきらぼうな態度のスピカは、それだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまった。
「まったく。そんな言い方をしなくてもいいのに。スピカの頑固さにも困ったものだね。さてアイシス、これで君も晴れて彼女の弟子というわけだが」
「ジークさん……本当に、何とお礼を言えばいいか……」
精一杯の感謝を伝えようとするアイシスの唇に、ジークの人差し指が触れた。
「スピカは厳しいぞ。一度だけ騎士団の訓練を任せた時も、泣いて逃げ出した男が何人もいたくらいだからな。
お礼は君がこの超スパルタ修行を乗り切った時、改めて聞くとしよう」
「はい! 必ず、強くなってみせます!」
「うん、その意気や良し。大丈夫、君ならできるさ」
一体、彼女のアイシスに対する信頼はどこから来るのか。
正直なところ、アイシスは自分がスピカや神童ほど強くなれるとは毛ほども思っていない。
それでも彼女がこれほど期待をかけてくれているのだ。
彼女の騎士を目指す彼にとって、これ以上の励ましはないだろう。
(この期待に、必ず応えて見せる)
痛む腹を抑えながら、師匠となるスピカの背中を見つめ。
アイシスは決意を固めるのだった。




