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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
20/43

【20話】 姉弟子

 


 翌日の朝。

 アイシス、ネル、エグリールの三人はコールザインとの約束通り王城へと来ていた。


 とうに約束の時間は過ぎているが、コールザインが現れる様子はない。

 だが彼無しでは中に入ることはできず、門前で待ちぼうけをくっているのが今の状況だ。


「遅い!」


 ぼさぼさの髪の毛をかき上げながら登場したコールザインにネルが一喝。

 結局、彼がここへ来たのは約束の時間から30分が過ぎたあとだった。


「悪い悪い。流石に昨日の傷が痛んでな。ちょっと病院へ寄ってたんだよ」


 申し訳なさそうな顔でそう言われれば、ネルもこれ以上怒ることはできず。


「ほら、さっさと行くわよ!」


 と、はやる気持ちを隠そうともせずに、意気揚々と門の向こうへと歩き出した。


 アースディア王城。

 赤レンガと白の石灰石で作られたこの城は、遠くで見ているだけでも絵になる。

 その美しさはアースディアでも随一の観光名所として知られるほどだ。


 アイシスは入ること自体初めてなので、きょろきょろと物珍しそうにあたりを眺めている。

 一方ネルやエグリールは国主催の剣士大会で何度か訪れて見慣れているので、足早に内部へと向かっていた。


「アイシス! またはぐれるわよ!」

「ご、ごめん! すぐに行くよ!」


 前回の反省を生かして、ネルは時々振り返ってアイシスが付いてきているかを確認している。

 まるで子ガモと親ガモだ。


 そうこうしているうちに目的の部屋の前までやってきた。


「師匠はこの先にいる。話は通してあるから問題ないが、くれぐれも失礼のないようにな」

「わかってるわ」


 この中で一番わかっていなさそうなネルが即答。

 コールザインは不安そうな顔で扉を開けた。


「お前が神童ね!」


 案の定。

 開口一番失礼な言葉を放ったネルに、コールザインが目を覆った。


「こ、こりゃネル! これから物を教わろうとする人に向けてお前呼びする奴があるか!」

「いや、いいんですよおじいさん。むしろこのぐらい気さくに接してくれた方が、私としては嬉しいです」

「誰がおじいさんじゃ小童(こわっぱ)! まったく、最近の若い奴は礼儀がなっておらんのぉ!」

「……その言葉、貴方のお弟子さんにそっくりそのままお返ししますね」


 神童、シリウスはにこにこと皮肉を返した。

 相変わらずひょうひょうとした態度。

 だが、しっかりと強者特有の覇気を感じさせる。


「す、すみません師匠。礼儀のなってない奴らばかりで」

「ははは、良いじゃないですか。これぐらい元気な方が、鍛えがいもあるってもんです」

「そんなもんですかね」

「そんなもんですよ」


 恥ずかしそうに謝るコールザインに、シリウスは笑顔で答えた。


「やぁアイシス君、また会いましたね」

「はい、お久しぶりですシリウスさん」


 最後尾でもじもじとしていたアイシスに、シリウスが気付いて声をかけた。

 覚えていてくれたことが嬉しかったのか、アイシスの顔が華やぐ。


「それで、お三方は強くなる方法を知りたいんでしたっけ」


 シリウスは四人分のカップをテーブルに並べると、紅茶を入れながら本題を切り出した。


「そうよ。早く教えなさい」


 相変わらず失礼な態度でネルが急かすが。

 神童はそれを全く意に介さず、一人一人に角砂糖の有無を聞いた後、ゆっくりと席に座く。

 紅茶の湯気を手で仰ぎ、茶葉を攪拌するためにポットを回した後。

 彼はようやく口を開いた。


「結論から申し上げますと、私個人の判断では教えかねます」

「なんでよ!」

「どうどう、ネルちゃん落ち着けって。強くなりたい気持ちはよく分かったから。頼むから話を最後まで聞いてから噛みついてくれ」

「噛みつく未来は変わらないんですね……」


 牙をむき出しで噛みつくネルを、またもやコールザインがいさめた。


「というのも、弟子を取るのは一人までと決まっていまして。これ以上増える場合は相談するようにと、姉弟子に言われているんです。

 ですから、教えるかどうかは姉弟子次第ということになりますね」

「その姉弟子とやらはどこにおるんじゃ?」

「今は城のどこかにいるはずですよ」


 その言葉を最後まで聞き終わらないうちに、ネルが勢いよく立ち上がった。


「ちょっとネルちゃん、どこいくの?」

「決まってるでしょ、姉弟子ってやつを探しに行くのよ!」

「待って待って。とりあえず座って話聞こう?」


 どうどう、と。コールザインがネルをなだめる。

 そんな二人の様子を見て、神童が不思議そうに首をかしげた。


「ネルさんとやら。貴方は一体、何をそんなに焦っているのですか?」

「私はね、一刻も早く強くなりたいの! こうしている間にも、あいつは剣を振っているかもしれない。ただでさえ大きい私との差が、もっともっと開いてしまうかもしれない。

 そう思うと、居ても立っても居られないの! だから、今は一分一秒でも時間が惜しいわ」


 ネルの言うあいつというのは、謎の美少女剣士ことシャーレの事だろう。

 あの戦いが。コールザインとの一戦が、彼女の脳裏に鮮烈に焼き付いたまま離れない。


 追いかけていた背中が見えなくなるほど遠ざかり、置き去りにされたのだ。

 凄まじい喪失感に打ちひしがれ。

 ここで必死に追いかけなければ、歩くことすらできなくなりそうで。

 ネルはそれが怖かったのだ。


「そうですか。まぁ、焦りますよね。気持ちはわかります。ですが、急いては事を仕損じると言うように、焦る場面こそ落ち着いて冷静に局面を見ることが大事なんです。

 貴方も剣士なら、この言葉の意味がわかりますね?」

「……わかるわ」

「よろしい、それでこそ一流の剣士です。私の入れる紅茶、お城では美味しいと評判なんですよ。ぜひ飲んでみてください」


 ネルは口をとがらせながらも大人しく座ると、言われるまま紅茶をすすった。

 流石は神童だ。荒くれものの扱い方を心得ている。


「おいしい」

「それはよかった」


 少女の口から思わずこぼれ出た賛辞の言葉に。

 神童は顔を綻ばせるのだった。


 *


『それでは私は姉弟子を探してきますので、皆さんは中庭で待っていてください』


 神童にそう言われ、迷いながらも中庭にやってきた四人だったが。

 ネルはよほど時間が惜しいらしく、「来たら呼んで!」とシンプルな言葉を残して、エグリールを連れて修練場へ行ってしまった。


 残されたコールザインとアイシスはというと、他愛もない世間話に花を咲かせていた。

 話題は主にダリスの女遊びの酷さについてだったが。

 その話の流れで、コールザインがこんなことを聞いた。


「なぁ、アイシスは彼女とかいないのか?」

「何ですか藪から棒に。いませんよ」

「じゃ、好きな人は?」

「それは……いますけど」

「お! もしかしてネルちゃん?」

「違います。ネルはとてもいい子ですけど。ただの友達です」

「そ、そうか……」


 コールザインはネルがアイシスにご執心なことを知っているので、こうもきっぱり友達だと言い切られると、何ともいたたまれない気持ちになる。


「でもほら、あの子はきっといい奥さんになると思うぜ。アイシスは内気なところがあるから、ああいう強気な子に引っ張ってもらった方がいいんじゃないかなぁ」


 などと、余計なお世話と知りつつもさりげなく背中を押してみるが。


「それ、ネルが聞いたら怒りますよ?」

「いや、怒りはしねぇと思うけど……」

「けど?」

「……いや、なんでもねぇ。変なこと言って悪かったな。気にしないでくれ」


 ネルがアイシスを好きな事は、彼のギルドでは周知の事実だ。

 彼女の恋路を密かに応援する者も多く、おせっかいな兄貴分としてはくっつけてやりたいというのが本心だったのだが。


(こりゃあ、脈無しかなぁ)


 一途な少女の思いはいまだ届かず、コールザインは心中で(朴念仁(ぼくねんじん)め)とアイシスを罵倒する。

 だがこれ以上は無粋と感じて、この話題を追求するのをやめた。


「そういえば、シリウスさんの姉弟子ってどんな人なんです?」


 心中で罵倒されているとも知らず、今度はアイシスが質問を投げかけた。


 件の姉弟子。

 思えばどんな人物なのか、その情報が一切ないのだ。

 知っているのは神童より強い存在という事だけ。


 もっとも最強と謳われる彼より上と言われても、まったくイメージが湧かないのだが。


「ああ、それな。実は俺も見たことがなくてだな。()()()って名前だけしか知らないんだ。師匠の話を聞くにハチャメチャに強い人らしいんだが……」

「なんか曖昧な表現ですね。具体的なエピソードとかないんですか?」

「あるにはあるが、正直どれも眉唾ものだな。

 一人で戦争を終わらせたとか、散歩感覚でS級ダンジョンを攻略したとか、黒龍の群れを一人で殲滅したとか……」

「……それは流石に盛ってませんか?」

「まぁ、誰しもそう思うよな。でも不思議と師匠が嘘をついているようには見えなくてよ……俺はそれがとても恐ろしい」


 今の話が全て本当だとしたら、英雄どころか神にだってなれる。

 ありえない、アイシスは素直にそう思った。


 特に最後の話はどう考えても嘘だろう。

 黒龍といえば魔物の中でも最強種と名高い伝説級の魔物だ。

 一体倒すだけで、向こう百年は英雄と呼ばれる。

 まさに伝説の存在なのだ。


 そんな凶悪な黒龍の群れを、しかも女性が、あろうことか一人で。

 信じがたい話だ。


「どんな人なんでしょうね……」

「きっと筋骨隆々のオークみたいなやつに違いない。今のうちに心の準備をしておけよ。失礼な反応したら蠅のように潰されかねんぞ」


 冷や汗を浮かべるコールザインの言葉に、アイシスはぶるぶると身を震わせた。


 と、ここでアイシスの視界に一人の少女が映った。

 一瞬ジークレインかと思ったが、それにしては背が小さすぎる。

 目を凝らして診てみると、何とも可愛らしい少女だった。


 金髪ツインテールにキリッとした釣り目。

 まだあどけなさの残る顔つきだが、うっすらと古傷のようなものが見て取れる。

 少しだぼついた赤と黒の服は、アースディア騎士団の礼装によく似ていた。


 少女は何かを探すように、キョロキョロとあたりを見回していた。

 どこか不安気にも見える。


「あの子、迷子ですかね?」

「かも知んねぇな。どれ、ここはひとつお兄さんが手助けしてやるか」


 こう見えても子供好きなコールザインが、意気揚々と彼女のもとへ向かった。


「よぅお嬢ちゃん、何かお困りかな?」

「別に困ってない」

「ありゃ、そうかそうだよな。素直に迷ってるとは言いずらいよな……」


 彼女のセリフを強がりだと思ったコールザインは、頭をかいてどうすべきか考える。

 このお年頃の子供は繊細なのだ。

 何がきっかけで泣き出すか、わかったもんじゃない。


 彼が困っていると、少女が口を開いた。


「青の長髪、それとそのギザ歯。コールザイン・シュケールだな」

「おっ、お嬢ちゃん俺のこと知ってるのか」

「ああ、何せ有名人だからな。昨日の大会で随分暴れたそうじゃないか」

「キシシッ、もうそんなに情報が出回ってんのか。こりゃまいったねぇ。

 よかったらサインとかしてやろうか? きっと友達に自慢できるぜ」

「……遠慮しておく。自慢するような友達もいないしな」

「そ、そうか……そりゃすまなかったな」

 

 思わぬところで地雷を踏んでしまったコールザインが、申し訳なさそうに謝った。

 少女は特に気にした様子はない。


 コールザインは最後に「困ったことがあったら言えよ」と言ってアイシスのもとへ戻る。

 そしてその去り際、彼は思い出したように少女にこんな忠告をした。


「あ、そうそう。お嬢ちゃんも気をつけろよ。何でも今、この城の中を化け物がうろついてるらしくてな」

「化け物?」

「ああ、スピカっていうそれはそれは凶暴な女剣士だ。筋骨隆々でオークみたいな見た目をしていてな。身長は三メートルもあって、口にはナイフみたいな歯がびっしり生えてるんだ。お嬢ちゃんなんかきっと一呑みにされちまうぞぉ~」


 コールザインは彼女を怖がらせるために、かなり誇張した特徴を伝えた。

 のちにそれが最大の悪手だったと気付くのだが、この時はまだ知らない。


「おい、ちょっと待て」


 少女が去ろうとするコールザインを引き留めた。


「キシシッ、どうした。一人でいるのが怖くなったか?」

「その情報、誰から聞いた?」

「誰って……俺の師匠シリウスさんだけど。なに、もしかしてスピカってお嬢ちゃんの知り合いだったり?」

「……シリウスめ。後で殺す」


 そう零した少女の手は震えていた。

 それが恐怖ではなく怒りによるものだと、コールザインは気付かない。

 ……と、そこへ。


「あ、いた! 姉弟子、こんなところにいたんですね!」


 遠くから手を振りながらシリウスがこちらへやって来た。

 ()()()という言葉を聞いた瞬間、コールザインの背中に悪寒が走る。


 それが何故かはわからない。

 わからないが、とんでもない過ちを犯してしまったような……


 そしてその過ちに気づく前に、事件は起こった。


「いいところに来たなシリウス。今、ちょうどお前を殴りたい気分だったんだ」

「へ?」


 ─────ドゴォッ!


 凄まじい音とともに、少女の拳がシリウスの顔面にのめりこんだ。

 無抵抗のシリウスはまるでボールのようにバウンドしながら、見えなくなるほど遠くへ吹き飛んでいく。


 コールザインにとって神童シリウス・ダーライツは無敵の存在だった。

 いくら剣を振ろうとも、彼の体に剣が当たったことは無い。

 何とか当てようと奮闘したが、奇襲すら易々と交わされてしまう。


 いくら努力しても適わない、雲の上の存在。


 そんな彼が今、わずか一撃で吹き飛ばされたのだ。

 それもこんな小さな少女の拳で。

 コールザインの受けた衝撃は、想像に難くない。


「コールザイン」

「……は、はいっ!」


 名前を呼ばれ、彼は思わず背筋を伸ばした。

 それは絶対的強者を前にした弱者の、本能的な行動。

 頭ではなく体が、この女はヤバいと訴えてくるのだ。


「紹介が遅れたな。聞いていた通りの見た目じゃなくて済まない」

「も、もしかして貴方が……」


 願わくば夢であってくれと祈りながら。

 コールザインは震える唇で彼女の名を尋ねた。


「俺はスピカ・フォートリカ。たった今吹き飛ばした、シリウス(バカ)の姉弟子だ」


 こめかみに青筋を立てて自己紹介をする少女を前に。

 コールザインは彼の生涯でも最大級の後悔に苛まれたという。


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