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鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
17/43

【17話】 エグリールVSコールザイン

 

『それでは準備が整いましたので。準決勝第二試合の方を始めさせて頂きたいと思います!』


 アナウンスが響き、屈強な男二人が登場する。


『まずは赤コーナー! 言わずと知れた『彗星の使者』のギルド長! S級の肩書きは伊達じゃないっ! 剣を持たせればまさに天下無双のこの男! 登場して頂きましょう、コールザイン・シュケールッ!』


 ─────わぁぁぁぁあっ!


 割れんばかりの拍手と歓声に会場が包まれ、アイシスのよく見知った顔が現れた。


「キシシッ、何度出てもこの歓声には慣れねぇなぁ。まぁ悪い気はしないけどよ」


 ギザギザの牙をチラつかせて笑う彼は、いつも通り余裕そうだ。

 ギルドでは酒好きのダメ男と呼ばれている彼もここコロシアムではかなりの有名人。

 幾つもの大会で優勝した経験のある猛者であり、スターなのだ。


 男も女も彼の剣技に感嘆し、尊敬の念を送っている。

 それがアイシスにとっては驚きだった。


「ザインさんって、こんなに人気があるんだね……」

「彼、色んな大会で優勝しまくってるらしいわ。ノンク程ではないけど、ファンクラブもあるらしいし。この扱いは当然かもね」

「へぇ。僕、全然知らなかったよ……」


 弟として誇らしいような、遠くなった気がして悲しいような。

 複雑な感情だ。

 そんなアイシスの思いを他所に、会場ではもう一人の選手の紹介が始まっている。


『そして青コーナー! 年寄りと見た目で判断するなかれ! 数々の若者を薙ぎ倒し、今回もここまで這い上がって来ました! 首断ちの名で知られる彼の名は、エグリール・ロンクライアッ!』


 ─────うぉぉぉおおおっ!


 コールザインにも劣らない歓声が沸き起こり、貫禄のある白髭を携えてネルの師匠が悠々と闘技場に姿を現す。


「ふははは! ワシもまだまだ現役じゃな! コールザイン! 今日はワシの可愛い弟子が見に来ておるんじゃ! 悪いがサクッと勝たせてもらうぞぃ!」


 観客にも負けない豪快な笑い声が、闘技場に反響した。

 二人は息子と親父のような関係であると同時にライバル関係でもある。

 戦績は若干エグリールの負けが多いものの、戦力に大した差はない……というのが世間一般の意見だ。


「コールザインさんとエグリールさん。実力的にどっちが勝ってもおかしくないな。でもネルはやっぱりエグリールさんに勝って欲しいよね?」


 何気なく投げかけた質問に、ネルの顔が少し曇る。


「師匠……最近歳のせいか振りが鈍ってきてるの。コールザインもどんどん強くなってるし。勝てるなら、今日が最後になるだろうって。本人はそう言ってたわ」


 どんな屈強な剣士も老いには勝てない。

 何人斬ろうと、どんな手強いモンスターを狩ろうと。

 老衰は誰しもに襲いかかる。

 人は皆、時間に苦悩して生きているのだ。


「それに、これはあくまで私の予想だけど。師匠、今日負けたら引退するつもりなんじゃないかなって……」

「引退って、もう剣士大会に出ないってこと?」

「ええ。何となくそんな気がするの」


 ネルはそう言ったが、内心ではほぼ確信していた。

 一番近くで彼を見てきたから、言わなくとも分かる。

 そして知ったからといってそれを止める気も無い。

 師匠の決断に弟子が口を出すのは、無粋だとわかっているから。


「だから、今日は何としても師匠に勝ってもらわないと、弟子としては凄く困るのよ」

「そういうことなら。ザインさんには悪いけど、今日はネルの師匠を応援するよ。大丈夫、きっと勝てるさ。ザインさんは強いけど、エグリールさんも充分強いから」


 ぐっと拳を握って、アイシスはネルを励ます。ネルはそうねと薄く笑った。


 闘技場で、拳を合わせる二人。

 男同士の対決が、始まろうとしていた。


「エグリール、どっちが勝っても文句なしな!」

「だぁれに口を聞いとるか若造。弟子の為にも勝つのはワシじゃ!」


 お互いに闘争心の籠った笑みを交わし、開始位置へと歩いていく。


『両者が位置に着いたので、カウントダウンを始めます!会場の皆さんもご一緒にー!』


 ─────カァァァアンッ!


 カウントダウンが終わり、けたたましくゴングが鳴る。試合が始まった。


「ちと、獲物が小さいか。こればかりは仕方ないのぉ」


 普段振っている大剣より数段小さい剣を振り回たあと、エグリールは腰を据えて構えた。

 筋骨隆々とした腕が剥き出しになっているので、構えるだけで迫力がある。


「ゆくぞ、ザイン坊。覚悟はいいな?」


 ギラリ。髭と白髪の中から、射抜くような眼光。

 コールザインは無言で頷き、剣は抜かずに居合のポーズを取った。

 睨み合い、二人だけの空間に意識が集中する。

 まだ、まだ、まだ。

 お互いが神経を尖らせ、決着をつける為の機を伺っている。

 逃せないその一瞬を、瞬きひとつせず待った。


 ……じり。

 エグリールの立っている地面が微かな音を立てた、その刹那。


「ぬぅぅんッ!」


 気合いの入った声と共に、エグリールの巨体が駆けた。

 勢い任せの一撃が、コールザインの身体へと迫る。剣は振り下ろされ。


 ─────キンッ!


 短い金属音。

 彼の豪快な一刀が、コールザインの腰から放たれた剣に捌かれた。

 襲いくる重たい剣に抜刀の勢いをぶつけて、剣の軌道を僅かに逸らしたのだ。


「やるのぉ!」


 エグリールの口から感心したような呟きが零れる。

 捌かれた剣は地面を叩き、エグリールの巨体は止まることなくコールザインの横をすり抜けた。

 彼が振り返った時、既にコールザインの剣は鞘に戻っており、次の一撃に備えている。


 二人の間に少しの間合いが生まれたが、それも一瞬。

 仕掛けたのはコールザイン。

 エグリールが間合いが生まれたことに安堵したのを彼は見逃さなかった。

 まるで風に揺られる木の葉のように音も無く懐に入り込み、抜刀。


「セアッ!」


 エグリールの脇腹に向けて斬りあげる。


「ぬおぅッ……!」


 慌ててその剣を止めにかかるがもう遅い。

 エグリールの右腕と身体の間に出来た隙間を、一筋の刃が駆け抜けていく。

 それはもう、止まらない。

 脇腹に鋭い痛みが走り、眩い光が視界を遮った。

 ほんの僅かな心の隙が仇となり、その一撃を許してしまったのだ。


 1ポイント、まずはコールザインに軍配が上がった。


 目を開けた時最初に見えたのは、ギザギザの歯を見せて笑うコールザインの顔。

 得意気な顔は昔から変わらないなと、エグリールは少し懐かしさを覚える。

 だがまだ勝負は途中、敵に微笑みかける事はしない。

 エグリールは無言で彼の横を通り抜けた。


『……コッ、コールザイン選手! 1ポイント先取ですッ!』


 高らかな司会の宣言に、会場は大いに盛り上がる。戦いを見守っていたネルの口から思わず零れた一言。


「強い……コールザイン、前回より確実に強くなってる!」


 ネルが予想していたコールザインとは、まるで別人のように思えた。

 洗練されている。身体も、戦気も。


「そう?僕にはよく分からないけど……」


 首を傾げるアイシスに、確信を持ってネルが言い切る。


「少なくとも、一ヶ月前とは比べ物にならない。油断していたとはいえ、あの間合いを真っ直ぐ詰められて師匠が反応出来ないわけないもの。きっと予想より彼の動きが数段速かったんだわ」


 振りの速さ然り、立ち回りの上手さ然り。

 どう見ても全てが自分の師を上回っている。


 一ヶ月前に行われた大会では、ここまでの差は開いていなかったはずだ。

 だがこれは師が衰えたのでは無く、コールザインが上に行ったと見るべきだろう。


『それでは、立ち合いを改めますので、お二方は闘技場の中央にお戻りください……あれ、もう戻ってる? すみません、失礼しました! 準備も出来ているようなので、開始のゴングをお願いします!』


 カウントダウンも無くもう一度ゴングが鳴り、試合が再開される。

 エグリールはもう一度構え直そうとして、やめた。

 剣をだらしなく地面につけ、青い空を見上げる。

 大きく息を吸い込んで、吸い込んで、吸い込んで。


「うぉぉぉおおおッ!!」


 ─────吠えた。


 ビリビリと振動が会場中に伝わる程の大音量。

 威嚇のようにも取れる咆哮が尽きると、エグリールの顔つきが変化した。

 白髪の中に見える白銀の瞳に、覇気が篭っている。


 あれは勝負では無く生死を決めんとする者の目。

 ゾクゾクと寒気がするほど、冷たい目だ。

 余裕そうだったコールザインの顔にも緊張が走る。

 もはや一瞬の油断が命取り。


 ジリジリと円を描くように距離を詰めながら、神経を集中させ針の穴のように小さな隙を探っていく。そして、両者に隙が無いことを知り、お互いが我慢の限界を超えたその時。


 ─────ガキンッ!


 激しい衝突と共に、猛烈な斬り合いが幕を開けた。


「ウォオオオッ!」


 エグリールの放った重たく速い一刀。


「シィッ!」


 それを流れるように捌くコールザイン。


 一太刀、一太刀がぶつかる度に火花が散り爆ぜる。

 決して力任せではない剣。

 先程の静かな立ち合いが嘘のように、猛烈な剣戟が繰り広げられる。


 秒読みの読み合い。

 剣の軌道を読むのは、目ではなく感覚。

 相手の息遣いや目線、五感の全てを研ぎ澄まして感じるのだ。


 信じられるのは自分の中に培ってきた感性だけ。

 脳ではなく、心で考える。それがどれだけ高度で、どれだけ根気のいるものか。


 汗が飛び散り、筋肉が悲鳴をあげる中。

 いつの間にか二人は笑っていた。

 口角を上げ、いずれ訪れるこの勝負の終わりを惜しむように渾身の一太刀を振るう。


「ハハハハッ!楽しいのぉ、ザイン坊!」

「ああ!全くだ!」


 ぶつかり合う剣の中で、短い言葉を交わす。

 余裕は無いが、それだけ楽しかった。

 自分の全力をぶつけあえる事が嬉しかった。


 いつの間にか会場の全員が息を呑み、その勝負の行方を見守っている。

 人を惹きつけるような魅力のある、本物の戦い。


 ……そして、終わりの時はやってくる。


 エグリールの剣に生まれた僅かな綻び。

 それは疲れによるものか、油断によるものか、あるいはその両方か。

 若干ではあるものの、コールザインの斬撃への対応が遅れてしまったのだ。


「クゥッ!」


 ギリギリの所で剣が間に合いはしたが、心が動揺してしまっている。

 焦りという穴が開けば、崩れるのは一瞬。

 コールザインがその穴を見逃すはずも無く。


 ─────キィィィンッ!


 甲高い音と共に、エグリールの剣は宙を舞った。

 クルクルと回転しながら飛んだ剣が、地面に深く突き刺さる。

 弧を描きながら落ちるその剣に、自分の長かった剣生が彩られる気がした。


「チェックだ、エグリール」


 喉元に突きつけられた剣先。もはや彼の心に後悔はなく、故に全てを受け入れる。


「……ワシの、負けじゃな」


 エグリールの降伏により、勝負は決した。


『勝者!コールザィィィインッ!』


 高らかな宣言が響き、今日一番の歓声が二人の勝負を祝福する。

 惜しみない拍手を会場中が送り、勝者であるコールザインも敗者であるエグリールも平等に称えた。


「すげー!すげー戦いだったぞ!」

「これだよこれ!俺はこれを見にここまで来たんだ!最高だったぜ二人とも!」

「両方、男の中の男だぜッ!いいものを見せてもらった!」


 興奮して、叫ぶ男たち。

 コロシアムの歴史の中でも、稀に見る名勝負だった。


「ネル!凄いよ!負けはしたけど、君の師匠は最高だ!」


 アイシスも興奮してネルの手を握って、上下に振り回している。


「あはは……まぁ、師匠も満足そうな顔してるし。これで良かったのかもね」


 師匠が満足そうなら、弟子が言うことは何も無い。

 それより今は、あの女の事が気がかりでしょうがなかった。


 凄まじい力を付けたコールザインなら、もしかするかもしれない。

 一縷の望みを込め、ネルは遠くを見据える。


 いよいよ、決勝戦が始まろうとしていた。


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