【16話】 ノンクVS謎の美少女剣士
コロシアムの中へ入ると、中央の闘技場を囲むように円形の観客席が並んでいた。
話には聞いたことがあったが、アイシスがここへ来るのは初めてのことだ。
かなり興奮した様子で、鼻息荒く辺りをキョロキョロと見回している。
「うわぁ。コロシアムってこんな感じなんだ……」
「アイシス、珍しいのはわかるけど。余所見しすぎてはぐれないようにね? この中で迷ったら見つけるのは絶望的だから」
アイシスとは違い何度もここへ来たことがあるネルは、人の多さに少しうんざりしていた。
会場は既に他の観客達で埋め尽くされており、普通の生活では感じることの無い熱気が渦巻いている。
「私たちの席は……あった、ここね」
観客席の中でも最前列にあたる場所に、二人は腰掛けた。
ここは闘技場に一番近い特等席。
闘技場の壁が四メートル程あるので、一番前とは言えどもなかなかの遠さだ。
「試合が始まるのは何時からだっけ?」
「十四時に準決勝が始まるわ。あと五分くらいね」
試合は午前中もあって予選が行われているのだが。これは一般公開されていない。会場の狭さや時間の都合など色々な理由があるらしく、行われる場所も様々だ。
コロシアムの壁には、その予選を勝ち残った四名の猛者の名前がでかでかと書かれている。
【準決勝第一試合】
ノンク・ランバラルザVS謎の美少女剣士
【準決勝第二試合】
エグリール・ロンクライアVSコールザイン・シュケール
「……謎の美少女剣士って何よ」
対戦表を見たネルの第一声がそれだった。
大会では好きな名前で登録することが出来るので、偽名や通り名を使う選手は少なくない。
それでもそういう奴は大抵序盤で負けるので、ふざけた名前の選手が勝ち残るのは珍しかった。
エグリールとコールザインは優勝候補筆頭。
予選で負けないことは分かっていたので、名前があったことに一喜一憂はしない。
だから必然的に美少女剣士へと注目が行くわけだが。
「ま、相手は【白風の旅人】のギルド長だし。きっと速攻で沈むわね。美少女剣士とやらがボコボコにされるのを、ここで高みの見物といきましょうか」
「ネル、その発言は女の子としてまずいんじゃないかな……」
「やーね、ちょっとした冗談よ」
そんな会話をしている内に時刻は十四時を回っていた。
会場にアナウンスが響きわたる。
『お待たせしましたー!ではこれより、準決勝第一試合を始めたいと思います!』
やけにノリのいい司会が、拡声魔法のかけられた魔石に向かって声を張り上げた。
『赤コーナー! A級ギルド『白風の旅人』のギルド長であり、複数の大会での優勝経験を持つ超イケメン剣士!
キザな態度がたまに傷ですが、その実力は折り紙付き! 振るう剣は大地を割り、天を割くと噂されているとかいないとか! それでは登場して頂きましょう! ノンク・ランバラルザッ!』
─────キャァァァァァアッ!
黄色い歓声が湧き、現れたのは紹介通りのイケメン剣士。
目に少しかかった前髪を鬱陶しそうにかきあげながら闘技場へと入ってくる。
ノンクはまさにキザを擬人化したような人物だった。
「会場にいるお姫ちゃんたち! 俺の活躍、とくと見ててくれよ!」
ふぁっさぁ、と前髪をなびかせ。会場にいるファンに向けて投げキッスをするノンク。
当然男達からは大ブーイングを受けているが、当人はニコニコとしており気にしている様子はない。
「うわぁ、相変わらず気持ち悪いわね……」
女の観客のほとんどが黄色い声をあげる中、ネルはドン引きしていた。
彼のことがよほど嫌いなのか、その腕には鳥肌が立っている。
会場の歓声が治まる頃、再び司会の声が響き渡った。
『さてさて。彼に対するは青コーナー! 本大会に突如現れたダークホース! 名前を頑なに明かそうとしないのにはなにか理由があるのか!? 名前の通り美しすぎる女剣士! 登場して頂きましょう! 謎の美少女剣士ッ!』
何とも滑稽な紹介の中、現れたのは本物の美少女だった。
なびかせた青い髪の隙間から除くツリ目が、めんどくさそうにノンクを睨みつけている。
すらっと長い手足も、整った顔も。全てが美しい。
そのあまりの美しさに、今度は男どもが歓声をあげる番だった。
「……まさか金欠だからって理由で大会に出させられるなんて。やっぱフッカに押し付けるべきだったわ。あーめんどくさい。なんで私がこんなことしなくちゃいけないのかしら」
ブツブツと、謎の美少女剣士は不満のようなことを呟いている。
「君、結構可愛いねぇ。これが終わったら、デートしてあげてもいいよ」
ノンクは相変わらずキザな態度で、目の前の少女を口説き始めた。
美少女剣士それに答えず、あからさまに嫌な顔で否定を示す。
だがノンクはそんな彼女の態度にも怯まない。
「ふふふっ。俺の口説きを前にしてそんな顔をするなんて。全く、ツンデレな子猫ちゃんだなぁ。大丈夫、俺を好きになる事は罪じゃない。安心して好きになってくれていいんだぜ」
「とんでもないポジティブ野郎ね。まぁ、殺されないだけありがたく思いなさい」
ジャキッ。美少女剣士が敵意を剥き出しに剣を抜いた。
それに応じるように、ノンクも剣を抜く。
いよいよ、勝負が始まるのだ。
「女の子を痛ぶる趣味は無いんだけど、こうなった以上仕方ない。まぁ手加減はするよ。俺だって鬼じゃあないからね」
「……冗談。本気で来ないと、怪我するわよ?」
二人はその拳を合わせて、お互いが九歩下がる。
これは先程アイシスとネルがやった模擬戦と同じ。
ルールの中で決定的に違うのは、武器と勝敗の判断方法ぐらいだろう。
二人がやったチャンバラで使うのは木の枝。
それに対しこちらはガチの真剣だ。
戦気で防御力を高めたとしても、当たりどころが悪ければ簡単に死んでしまう。
そこで使うのが『バリア』という魔法。
この魔法は、対象の周りに見えない光の壁を貼ることによって、何度かの攻撃の威力を9割方抑えてくれるというもの。
大会で使われる剣なら、四回は当たっても壊れない仕様になっている。
加えてこの壁はある程度の威力を持った、物理での接触があると激しい光を伴って壊れていく性質を持っていた。
ポイントはその特性を利用して付けられ、先に二ポイントを取ったものが勝利となる。
そうやって勝敗を付けるのだ。
余程の事故が無いと死ぬことは無いので、皆全力で剣を振るう。
その大迫力の剣戟が、このコロシアムでの大会が人気の理由でもあった。
『おほん!両者がスタート位置に着いたので、そろそろ試合開始のゴングを鳴らしたいと思います!』
司会の声が響き、闘技場と会場に緊張感が走る。
『それでは試合開始までのカウントダウンを始めます!会場の皆さんもご一緒に!5!4!3!2!1!』
─────カァァァアンッ!
甲高いゴングが鳴り響き、試合が始まった。
「悪いけど、負けるわけにはいかないのでね。さっさと決めさせて貰うよ」
ノンクは目の色を変えて、剣を構えた。
勝負事になると人が変わったように真剣になる性格は彼が人気の理由でもある。
「へぇ、真剣な顔もできるのね。ちょっと見直したわ」
美少女剣士も、そんな彼の変わりように驚いているようだ。
ただ、それでも彼女はノンクを警戒しない。
剣を下ろして、悠長に笑っている。
きっとすぐにノンクの勝ちで決着が着く。
会場の誰もがそう信じ疑わなかった。
仮にも彼はA級の資格を持つ剣士なのだ。
彼の実力はここにいる誰もが知っていた。
そこそこの実力者とはいえ、ぽっと出の女剣士が適う相手ではないと。
だがそんな会場の予想に反し、二人は動かないまま一分が経過した。
会場はザワついている。
構えたまま動かないノンクと、構えることすらしない美少女剣士。
ほんの少しも動かない戦況は、まるで時が止まっているかのようだ。
「もしかしてノンクさん、どこか調子悪いのかな?」
「どうかしらね……」
アイシスの疑問に曖昧な答えを返したネルは、薄々勘づいていた。
彼を襲っている現象を、彼女は体感したことがあるから。
二人の距離は、およそ六メートル程。
ノンクが本気で踏み込めば、彼女の身体に剣は届くだろう。
それがダメだと感じるなら、ゆっくりと距離を詰めればいい。
無防備なその身体に一撃を叩き込むのはそう難しいことじゃない。
……そう感じているのは、傍観者だけだ。
事実、ノンクは目の前で笑みを浮かべる女に恐怖にも似た感情を抱いていた。
(隙だらけのはずなのに、まるで隙を感じない。この一歩は踏み込めない。踏み込んではいけない!)
彼がそこそこの剣士だったなら、彼女の異様さに気付かずに散っていただろう。
だが、彼ほどの実力者なら分かってしまう。
目の前の女が放っている、圧倒的な戦気。
自分と彼女の力の差が。
「……動かないってことは、分かってるのね?」
その場を動けないノンクに対し、美少女剣士は口を開いた。
ノンクはそれに無言で頷く。
先程までの軽口はもう出ない。
「うふふ……そうよね。分かってるなら、踏み込めないわよね。この大会でそれがわかったのは貴方が初めてよ、誇っていいわ。仕方ないから、今回は私が譲歩してあげる」
彼女は心底可笑しそうに笑ったあと、右手に持っている剣を鞘に納める。
そうして、まるで敵意が無いことを示すように両手を広げたのだ。
「ほら、もう怖くないでしょ。これなら戦ってくれるかしら?」
あからさまにおちょくっている。
会場のノンクファンからはそのふざけた態度にブーイングの声が上がった。
だが当の本人はというと。
「……すまない、そしてありがとう」
短くお礼を言って、頭を下げている。
それほどかと。
それほどの実力差があるのかと、傍観するネルは驚きを隠せずにいた。
彼の中にあったプライドより、戦わせて貰える事への感謝が勝ったのだ。
「弱者を思いやるのは強者の常だわ。少しだけ稽古をつけてあげる。おいで」
くいっくいっ。人差し指を招き、ノンクを挑発する。
そこまでしてもらってようやく、彼の身体は動き出した。
「ハァッ!」
気合いとともに、少しの踏み込み。
少女の体を目掛けてノンクの剣が襲いかかる。
彼がその数秒で剣を振るった数は、およそ七か八。
縦も横も斜めも、一切の躊躇も無く振り続けた。
そして、その全てが掠りさえしなかったとき。
ようやく会場がこの試合の異常性に気づき始める。
しゅるり、しゅるり。
まるで指の隙間を通り抜ける煙のように、ノンクの剣は彼女の身体を捉えることが出来ない。
実体の無い幽霊と戦っている、そんな風にも見えた。
「うーん、二十点ってとこかしら。素直すぎるのも困り物ね。目線は狙いとは別方向に向けることをオススメするわ」
首をコキコキと鳴らしながら、彼女は適切なアドバイスを与える。
ノンクは黙って頷いたあと、攻撃を再開。
今度は言われた通り、目線でフェイントを入れながら攻め立てる。
「そうそう、いい感じね。少しだけど分かりづらくなった。あとはこういったカウンターにっ!」
ガツンッ!
美少女剣士が剣戟の嵐を掻い潜り、ノンクのお腹にボディーブローをかました。
接触部から激しい光が放たれ、辺りを明るく照らす。
「……対応できれば、三十点をあげる」
にこやかな顔でそう言う彼女。
そのあまりの実力差に、お腹を抑えるノンクの顔にも思わず笑みが浮かぶ。
会場は嘘のように静まりかえったあと、慌てたような司会の声が響いた。
『……あっ! 1ポイント! 謎の美少女剣士が1ポイント先取です! あまりに凄まじい光景に、私鳥肌が止まりません! あのノンク選手をたった一発の拳で沈めるとは、名前に似合わずなんという恐ろしい選手でしょうか!』
─────うぉぉぉおおおっ!
そのわずか一瞬の出来事に、呆気にとられていた会場が沸き上がる。
熱気と共に、謎の美少女剣士を称える声が飛び交った。
『さて、それでは盛り上がって来たところで! 次の立ち会いを初めて貰いましょう! 両手、拳を合わせて……』
「あーあー!司会よ、ちょっと待ってくれ!」
ノンクの声が、司会の声を遮った。
「もう試合は終わり! 俺の負け、降参だ!」
両手を上にあげ、降参のポーズを取っている。
彼は自ら負けを認めたのだ。
「あら、もういいの?まだ稽古つけてあげてもいいのよ?」
「ははっ、勘弁してくれハニー。もう屈辱を味わうのはたくさんだ」
項垂れるようなポーズをして、ノンクは笑った。
右手を差し出して、握手を求める。
「ありがとう、いい稽古になった」
「……なら良かったわ」
素っ気ない態度で、美少女剣士はその手を握り返す。
今日味わった男としての屈辱と、剣士として味わった絶望を彼は一生忘れることが出来ないだろう。
『ええっと……の、ノンク選手が降参したので……しょ、勝者! 謎の美少女剣士!』
戸惑ったような司会の声。
ノンクが降参したことに対して、会場は不満の声と歓声が半々くらいだった。
「ノンクさんが降参したって! 凄いね、あの美少女剣士!」
「……ま、こうなるような気はしてたわ」
こちらも同じように興奮気味のアイシスに対し、ネルの声は冷めきっている。
だがその内心は、真っ赤な怒りに染まっていた。何に対する怒りかは、決まっている。
(何よあれ……何なのよあれは!)
強さの桁が違うとは、まさにこの事を言うのだろう。
頭の中で何度もシュミレーションをしてみても、あの化け物に勝てるビジョンが見えない。
奴は修羅だ。
背中に大きな修羅を飼っている。
ネルにはそれが戦気として、可視化して見えるのだ。
例えなどではない。
彼女が本物の化け物を見たのは初めてのことだった。
恐らくは、自分の師匠が戦っても……
そこまで考えたところで、ネルはふるふると頭を振り邪念を払った。
きっと、師匠やコールザインなら倒してくれる。
あの悪魔を、修羅を、鬼を。
倒してくれるに違いない。
でなければ、これまでの私や師匠の努力が全て否定されてしまう。
才能、という壁に押しつぶされ消えてしまう。
自分たちではあの強さに届くことは無いと知った時。
これまでの剣に捧げた人生が、全否定されてしまう気がするのだ。
「そんなの、あんまりじゃない……」
「ネル、どうかした?」
アイシスの心配そうな声にはっとした。
無邪気に尋ねる少年の目は失意など欠片も感じられない。
あれを見ても何も感じないのかと。そんな疑問が生じたが、ぐっと飲み込む。
「何でもないわ。それより師匠とコールザインの試合が始まるわよ。ほら、しっかり応援しないと!」
平静を装い闘技場を指さしたが、まだ二人は出てこない。
アナウンスがあるまで控え室で待機しているのだろう。
さっきの試合を二人は見たのだろうか。
強さの定義をひっくり返すような、あの試合を。
いや、見ていないはずだ。
準決勝の試合は、相手の手の内を知らせないためにも見せない手筈になっている。
昔、エグリールがそう言っていた。
もし、二人があの試合を見ていたら何と言っただろうか。
ネルの不安が膨らむ中、準決勝第二試合が始まろうとしていた。




