【15話】 コロシアム
兄が死んでから二週間が経った。
春も終わろうかという季節。
桜の花は完全に散っており、青々とした葉が茂っている。
あれから何度かあの丘へ足を運んだが、彼女が現れることは無かった。
きっと、忙しくて来れないだけなのだろうが。
何とも言えない虚しさが胸を締め付ける。
それでも、今のアイシスには夢があった。
ジークレイン・アースディアの騎士になる、という夢が。
勝負は一年後、彼女の騎士を専攻する大会が開かれるその日まで。
アイシスは鍛錬を積むと心に決めたのだ。
また、自由を手に入れたことにより彼の生活も色々な変化が起きている。
才能の無さを理由に取り上げられていた剣の修練が出来るようになったことで、より健康的かつ充実した生活を送れるようになった。
着実に夢へと近づいている。
ポジティブな気持ちで送る毎日は、新鮮だった。
生まれ変わったような心持ちで迎える朝は、庭での素振りから始まる。
一日二百本と決め、この二週間毎日欠かさず振り続けてきた。
ジークレインの騎士になりたい、その思いが原動力となり、彼を突き動かす。
(もっと早く、もっと強く!)
一本一本大切に。
ほとんど我流ではあるものの、基礎的な正しさは父に教わった。
記憶を頼りに、正しく振ることを意識して振ってみる。
初めたての頃は百を越えたあたりで腕が痛くなったが、今はそうでも無い。
筋肉は確実に着いてきているようだ。
だがアイシスは少し逞しくなった身体を見て、首を傾げていた。
(確かに筋肉は着いたけど……強くなれてはいないんだよな)
筋肉があるとか、剣が振れるとか。
実際そんなことは出来て当たり前。
彼が目指すのは騎士だ。
全てを薙ぎ払い、そこを目指さなくてはならない。
その為には、基礎で満足などしていられない。
それでももっと強くなる為の方法がわからない以上、今は剣を振るしかないのだ。
中断していた素振りを再開し、一心不乱に剣を振る。
果たしてそれが正しいのか、間違っているのかも分からぬまま。アイシスは振り続けた。
「アイシス様、お食事の準備が出来ております」
ちょうど二百本振り終わったところで、いつも通りエールが声をかけてくれる。
「うん。ありがと」
アイシスは腕で額の汗を拭い、屋敷の中へと戻っていった。
従者が用意してくれた美味しい朝食を食べ、自室へ向かう。
いつも通りの朝のはずだったが、この日は来客があった。
「おはよ、アイシス! 突然で悪いんだけど、今日は暇かしら?」
快活な声に振り返ると、茶色の髪を振り乱すネルの嬉しそうな顔が部屋の扉からひょっこり出ていた。屋敷の扉を勝手に開けて入ってきていたようだ。
兄が死んでからというもの、彼女は事あるごとに家に遊びに来るようになった。
もちろんダリスも顔をのぞかせてくれる。
「今日もいつも通り暇だけど。どうかしたの?」
「いや、その……これ、なんだけど」
ネルは恥ずかしそうに、懐から緑色のチケットを二枚取り出す。
「それって、もしかしてコロシアムの?」
「うん。今日の大会に私の師匠とコールザインが出るから、もし良かったら一緒に見に行かないかなーと思って……」
「わぁ!喜んで行くよ!ちょっと待ってて、すぐに準備するから!」
アイシスの肯定に、ネルの顔が綻ぶ。
コロシアムとは、凄腕の剣士たちが集う戦いの場。
観戦チケットはプレミアになることが多く、なかなか手に入れることが出来ないという。
ネルが持っていたのは、出場者であるエグリールから貰ったからだろう。
そわそわと部屋の外で待ち続けることおよそ十分。
ようやく準備を終えたアイシスが部屋の外へ出てきた。
「ごめん、待ったよね。ちょっと、剣の手入れに時間がかかっちゃって」
「剣? 今日は別にダンジョンとか行かないわよ?」
「うん、わかってる。僕も必要無いかなと思ったんだけど、万が一ってこともあるから。ザインさんにも気を付けるように言われてるしね。持っておいて損は無いでしょ?」
「……まぁそうね。かく言う私も持ってるし」
ネルはそう言って、懐から護身用のナイフを取り出す。
小さな鞘から抜いて刀身の欠けが無いことを確認すると、クルクルと器用に回しながら納刀した。
カッコイイ動作が決まったのが嬉しかったのだろう。彼女の口角がにまーっと上がっていく。
でもそれをアイシスに悟られたくないのか、直ぐに口元を袖で拭うように隠した。
二人がコロシアムのある隣町に着いたのは昼過ぎだった。
道中で拾った馬車に乗ってのんびりとここまでやってきた。
それなりに大きな大会なので、コロシアム周辺はお祭りのように賑わっている。
道に並んだ屋台から、美味しそうな匂いが漂ってきた。きっと昼の今は稼ぎ時なのだろう。呼び込みの声があちこちから聞こえてくる。
「大会が始まるのは午後一時からだから、それまでお昼でも食べて時間を潰しましょ!」
さっきからキョロキョロと落ち着きなく屋台を見回していたネルが、早口でそんな提案をする。
きっと、マガルカへ来た目的のひとつがこの屋台なのだろう。その口元からは、だらしなくヨダレが垂れている。ちょうどアイシスもお腹が減ってきたので、それを否定するつもりは無いのだが。
「うん、そうしようか」
……と、アイシスが言い終わらないうちに、彼女は駆け出して行ってしまった。
そのスピードたるや、周りの人達も思わず足を止めて走り去る彼女を眺めていた程だ。
五分後。近くの野原で休むアイシスの元に戻って来たネルは、両手いっぱいに紙袋を抱えて幸せそうな顔で肉を頬張っていた。
もち、もちと。リスのように膨らんだ頬袋を一心不乱に動かすその姿は、なんと言うかとても愛らしい。
「ネル、美味しい?」
「ふん、ふんふんふん」
何を言ってるのかはさっぱりだが。
キラキラと輝く瞳で首を縦に振っているので、手に持っている肉が美味しいのは確かだ。
「ふん。ふんふん?」
「これ、僕にくれるの?」
「ふん!」
「ありがとう……?」
目の前に突き出されたお肉を受け取ると、満足そうな顔でうなづかれた。
なんだろう、言語の通じない小動物を相手にしてるみたいだ。
(女の子なのに、よく食べるなぁ)
彼女にこんな一面があったことをアイシスは知らなかった。それどころか、剣に関すること以外で彼女を知っていることはほとんどない。そういえば、ダンジョン以外の場所へ行くのもこれがはじめてだったか。
(友達なんだから、もう少し詳しく知っておかないとダメだよな)
そんなことを思いながらかぶりついた肉は、予想の斜め上を行く美味しさだった。
「なにこれ!? すごく、美味しい!」
塩と胡椒だけのシンプルな味付けでも十分に美味しく頂ける素材の良さ。
焼き加減も絶妙でカリッと焼き目のついた皮を歯で突き立てると、甘い肉汁が口の中でダンスを踊るのだ。
最後にトロットロの脂身が舌の熱でゆっくりゆっくり溶かされて、喉の奥へと落ちていく。
外で食べるこんなシンプルな食べ物が屋敷で出されるどんな料理より上手く感じるのは何故だろうか。
ネルが夢中になって食べる理由を身をもって感じたアイシスは、ガツガツと本能の赴くままにその肉を頬張った。
食えば食うほど、この不思議な肉の魅力にはまっていく。
自分の中のグルメな獣が、早くよこせと胃袋から手を伸ばしてくるようだ。
結局、大きすぎるとすら思っていた肉をあっという間に完食してしまった。
「ふんふん!」
食べ終えた後の虚無感に浸る間もなく、今度は謎フルーツの刺さった長い串を手渡された。
アイシスのフィーリング翻訳によると「次はこれ」と言ってるようだ。
見た目は黄色くて細長い独特の形をしており、触った感触は柔らかくてすべすべしていた。
試しに一口食べてみると、これまた最高に美味。
「これもおいしい……」
パキッと音を立てて外側が割れると、中からプリンのようなものが溢れてくるのだ。
その謎の液体が何とも言えず、アイシスを幸福な気持ちにさせてくれる。
これも数秒も経たないうちに平らげてしまった。
そんな調子で、二袋あった紙袋は瞬く間に空になった。
草の上に寝っ転がった二人は、仲良くぽっこりと出たお腹をさすっている。
「美味しかったぁ。やっぱりここのダンジョン屋台は格別ね……」
「ダンジョン屋台って?」
「さっき食べた肉あったでしょ」
「うん、あの滅茶苦茶美味しいお肉だよね。あの肉がどうかしたの?」
「あれ、ダンジョンで取れたモンスターの肉なの」
「へぇ、モンスターの肉ねぇ。なるほど道理で……ってええっ!? あれ、モンスター!? モンスターだったの!?」
アイシスが素っ頓狂な声を上げるもんだから、また周りの注目を集めていた(中には公衆の面前でイチャイチャしやがってという嫉妬の視線もあったが)。
「ちなみに次に食べたフルーツっぽい奴はグランアイスっていう植物系モンスターの腸だし。更にその次に食べたのはナヴァルとかいう龍の眼の炙り焼きよ」
「……一応聞くけど、嘘じゃないよね?」
「こんなくだらない嘘はつかないわ。全部本当。でも美味しかったでしょ?」
「うん、美味しかった」
「ならいいじゃない」
モンスターが腹を食い破って出てきたらどうしようとか、変な病気にかかったらどうしようとか。
色んな心配をするアイシスに向かって、ネルはさばさばと言い切った。
彼女のこういった性格は見習うものがある。
清々しいまでに小さいことに気を取られずに生きているのだ。
不安そうにおなかを見つめていたアイシスも悶々とした感情を押しやり、無理矢理納得する事にした。もう食ってしまった以上、何をしようが遅いことを悟ったから。
諦めて、空を見上げる。
今日はいい天気だ。
ポカポカとした日差しが、心地よく眠りへと誘ってくる。
でも、ここで寝てしまうのは良くないと思ったのか、ネルもアイシスも首を振ってがばっと起き上がった。
「……アイシス。腹ごなしにちょっと運動しましょうか」
「うん、いいよ。でも何をするの?」
ネルは答えずふふふと笑って、その辺に落ちていた枝を拾い上げた。
細くてよくしなる、どこにでもある普通の木の枝。
ペシペシと自分の腕を叩いて、痛みの具合を確認している。
アイシスもその意図を汲んで、同じような木の枝を探し始めた。
すぐ側に良さそうな枝があったので、余分な部分を折って試し振り。
ぶんぶんと音が出て十分な強度を持っていることが証明されたことで、アイシスの『相棒』が決定する。
運動とは、要するにチャンバラの事だ。
「勝負は2本。当たったらその場で手を挙げて名乗り出ること。準備はいい?」
「もちろん」
短く返事をして、二人は近距離で拳を合わせた。
そこからお互いが九歩下がったところがスタートライン。
これは一般的な剣士大会を模して作られた、少年剣士たちが持つ暗黙のルールのひとつだ。
魔法や戦気の使用はもちろん禁止。
顔以外の部分への接触がそのまま1ポイントになり、取られたものは枝が触れた時点で宣言をしなくてはならない。
ポイントを取る事に立ち会いは仕切り直され、2本を先取した方が勝利となる。
実にシンプルでわかりやすいルールだ。
ネルはポケットから銀色の硬貨を取り出し、宙へと放り投げる。
キラリと光るそれが落ちた瞬間、それが開始の合図になる。
石に当たった硬貨がキンと音を立て、勝負が始まった。
「行くよネル!」
「いいわ、かかっておいで!」
大股で攻めるアイシスと、ゆたりゆたりと歩きながら距離を詰めるネル。
先に仕掛けたのはアイシスの方だ。
間合いの外から、大きく袈裟懸けに剣を振るった。
ふわり。風が凪ぎ、半歩後ろに下がったネルの身体がほんの少し遠のく。
たったそれだけの距離でアイシスの剣は空を切った。完全に計算された動きだ。
「まず1ポイントね」
肩にポンッと優しく枝が触れ、まずはネルに1ポイント。
あの間合いで空振ってしまえば、避けることも出来ない。
あまりにも迂闊な一撃だったと、アイシスは反省する。
「……参ったよ」
大人しく手を挙げ、自分の負けを認めた。
再び二人は拳を交わし、九歩の間合いを作る。
今度はアイシスが投げたコインが落ちる合図で、2本目が始まる。
お互いに早足で距離を詰めていく。ここまでは先程と似たような状況だ。
けれど今度はアイシスが止まった。
既に間合いの中にいるというのに、その場でじっとするだけ。
わかりやすいが、誘っているのだ。ネルの攻撃を。
「来ないなら、こっちから行くわ!」
宣言通り、ネルの突きが喉元に向かって飛んでくる。
(今だっ!)
それを待ってましたとばかりに、アイシスは身体を前に倒した。
重力に任せ、身体は最速で地面に落ちていく。
頭上をネルの放った突きが通過した。
倒れる寸前で出した左手をバネのように伸縮させて体制を整え、あとは目の前にあるネルの身体に向けて突きを放つだけ。
「想定内よ」
だがその完全な不意を狙ったカウンターすら、ネルは躱してみせた。
彼女の柔軟な上半身が仰け反り、またしてもアイシスの放った攻撃は虚空を通り抜ける。
ネルはカウンターを予想して後ろに体重を残していたのだ。
見事な先読み。普段の豪快な剣からは想像出来ないほど、繊細な戦い方だった。
「これで、私の勝ち」
そんなセリフと共に、ネルはアイシスの背中に手を回した。
枝が背中に接触したことで、ネルの勝ちは確定。
バランスの取れない二人はそのまま重力に任せて地面に落ちていく。
そして柔らかい地面に重なるように倒れ込んだ。
「いてて……ごめんネル。大丈夫だった?」
アイシスが倒れる直前に手を地面に着いていなければ、きっと二人の唇は密着していただろう。
その寸前で止まれたことは、いい事なのか悪いことなのか。
「あぅあぅあぅあぅ……」
目を開けてアイシスの顔が超至近距離にあったことで、ネルの思考回路がショートしてしまう。
ぐるぐると目の中に渦巻きが出来て、金魚のようにパクパクと口が動くも、意味のある言葉は出てこない。
彼女は軽いパニック状態に陥っていた。
「ネル?」
「……だっ! 大丈夫!」
「そう? ならいいけど。怪我とかしなかった?」
ぶんぶんぶんぶん!首が取れるんじゃないかというほど、激しく首を上下に動かす。
明らかに彼女の反応が普段と違うので。
不思議に思ったアイシスは落ち着いた頭で、今の状況を客観視してみた。
男が真っ赤な顔で恥ずかしがる女の子の上に跨って、マウントを取っているこの状況を。
「うわぁ! ごっ! ごめん……」
ばっと、バッタのようにネルの上から飛び退く。
とても気まずい雰囲気が二人の間に流れた。周りからの視線が痛い。
「あ、謝ることないわ。アイシスが悪いわけじゃないし、むしろ嬉しいハプニングだし」
「嬉しいって何が?」
後半は聞こえないよう言ったつもりが、ガッツリ聞こえていた。
鈍感なくせに、意外と耳聡い。
「なな、何でもないわよ! とにかく、負は私の勝ちよね!」
真っ赤な顔で勝ち誇るネル。
勝負に勝ったからと言って特にペナルティがあるわけでもなかったが、今は話題を逸らしたかった。
でも、それは悪手になる。
ネルが勝ち誇る宣言を聞いたアイシスは素に戻り、少し落ち込んでしまったのだ。
「……うん、強いねネルは。僕じゃどうしても適わないや」
たかが遊びと言えばそうなのだろうが、自分の実力不足を痛感させられる結果になってしまった。
この前ネルを救えたのだって、結局は偶然だったのだ。
自分を犠牲にしなければ彼女を救えない、愚かで何も持ってない少年のまま。
何かが変わったわけじゃない。
そんな当たり前のことに、夢を追い始めて気付かされた。
(こんなんで彼女の騎士になるなんて、馬鹿らしいにも程があるよな……)
アンニュイな顔で自己嫌悪に浸る。届くはずのない夢だと、心の中で兄が嘲笑う。
それでも、不思議と諦める気にはならなかった。
押し潰すような負の感情より、込み上げる希望の方が大きいのだ。
強くなる方法なんて幾億通りもある。
そして幸いにも今、アイシスの目の前にその方法を聞ける相手がいる。
なら、することはひとつだ。
「ネル、君みたいに強くなるにはどうしたらいいかな?」
口を出たのは直球な質問。
彼女はその質問に一瞬驚いた顔を見せ、黙ったまま深く考え始めた。少しの沈黙の後。
「……わかんない」
あっけらかんと、そう答えた。
「私が強くなるのは簡単。ひとつひとつ積み重ねて行くだけだから。悪い所をなおして、良い所を伸ばして。そうして少しづつ強くなっていくの。でも、人の事となると話は別だわ」
ネルは軽く首を横に振ったあと、こう話を続けた。
「だって私はアイシスの剣にそんなに詳しいわけじゃないし、ずっと見てきた訳でもないから。アイシスの悪い所を指摘することも、いい所を伸ばしてあげることも出来ない。だから、わかんない。そう答えたの」
ここでネルが具体的なアドバイスをすることは出来るだろう。
でもネルも所詮は周りより少し強いだけの少女なのだ。
それでアイシスが劇的に強くなるかと言えば、答えは否。
いい加減なことを言うより、きっぱり分からないと言った方がアイシスの為になる。
ネルはそう判断したのだ。
「そう、だよね。僕自身のことをネルに聞いてもダメだよね……」
がっくり項垂れるアイシス。そ
の落ち込みを見てか、ネルは人差し指を立てて彼に救いの道を与えようと語りかける。
「それでも、ひとつだけ。私でもアイシスに教えてあげられることがあるわ。聞きたい?」
「うん、是非教えてください!」
前のめりで懇願するアイシス。
ネルはコホンと咳払いをしたあと、至って真面目な顔でアドバイスをくれた。
「アイシスが強くなるためにすべきこと。それはね……しを持つことよ」
アイシスの中に、しという音が浮かび上がり師と形を成した。
師を持つ。つまり、自分の師匠を持つということ。
「そうか。誰かに教われば、強くなれるんだ。なんで僕、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう! ネル、君は天才だよ。本当にありがとう!」
打って変わって輝かしい顔で、アイシスはネルの手を握る。
根本的な解決になっていないのに気づくのは、そのすぐあとの事だった。
「うん。道が開けたのなら良かったわ。でも、問題はその師匠を見つける事なんじゃないかしら。アイシス、師匠になってくれる人に当てはあるの?」
「あ、そっか。うーん。僕に剣を教えてくれそうな人……心当たりはあるけど……」
第一の候補はコールザイン。彼なら実力も申し分無いし、何よりアイシスを慕ってくれている。
コールザインが教えてくれるなら、願ったり叶ったりだろう。
でも、それは速攻で否定されてしまった。
「言っとくけど、コールザインはやめときなさいね」
「え、なんで?」
まるで心を読んだかのように、釘を刺される。
もちろん、ネルが否定するのにはそれなりの理由があった。
「ギルド長っていうのは、アイシスが思っているより大変な役職なの。多分、彼は優しいからオッケーしてくれるとは思うけど。きっと、忙しくて修行どころじゃないわ。だからアイシスが本気で強くなりたいなら、彼はやめておいた方がいいわね」
「なるほど。でも困ったな。ザインさんがダメとなると残ってるのは。ダリスかネルしかいないや」
「言わなくてもわかってると思うけど、ダリスは論外よ。それに私も教わっている側だし、人にどうこう言える立場じゃないわ」
「だよね。うーん、どうしたらいいんだろ」
二人して腕を組み、唸っている。アイシスは自分の事のように悩んでくれるネルのありがたさに、頭が下がるばかりだ。
やがて、解決策とはいかないまでも、アイシスが納得できる案がネルから提示された。
「……こういう時はエグリールに聞いてみましょう」
「エグリールさんに、師匠になって貰えるか聞くってこと?」
「いや、そうじゃないわ。エグリールは弟子を一人しか取らないって決めてるから、私がどれだけ頼んでもアイシスを弟子に取ることはしないと思う。だから、別の人を紹介して貰えないか聞くのよ。運が良ければ、いい師匠を紹介して貰えるかも。どう?」
どう、と聞かれても。
それを無下に出来るような性格はしていない。
必然的に肯定することになる。
「うん、それがいいと思う。ありがとうネル。それとごめん。僕はまた君に頼りっぱなしだ……」
感極まった様子で頭を下げ、アイシスはネルに感謝を述べた。
それを聞いたネルは何故か頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。
少し怒っているようだ。
「友達の悩みを聞いただけで謝られる覚えはないわ。下げる頭は師匠と呼べる人が出来る日まで取っておきなさい」
「うん、そうする。本当にありがとう!」
溢れ出る感謝にまた頭を下げそうになったが、ぐっと堪えて代わりに彼女の手をぎゅっと握った。
「ま、力になれたなら私も嬉しいわ。そろそろ時間だし、コロシアムに向かいましょうか」
努めて冷静を装うネルだが、内心は狂喜乱舞。
心音が止まらない現象に襲われていた。
(この近距離でその笑顔は反則よ)
アイシスにとっては親友への友愛の態度でも、ネルはそう受け取るとは限らない。
好きな人の力になれたことがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
ぴょこぴょことスキップしたい気持ちを抑え、嬉しさと恥ずかしさで真っ赤に染まった顔を隠すよう
に。
彼女は早歩きでコロシアムへと向かったのだった。




