【14話】 死の真相
真相を探るため、時は二日前へと遡る。
アースディアの何処かの森の中を、初老の冒険者と黒衣の若人が歩いていた。
手にはダンジョンから持ち帰った宝がこれでもかと言うほど詰め込まれた袋を持っており、それを嬉しそうに眺める初老の冒険者が、隣を歩く若人に話しかけた。
「ランスロット、お前は本当に才能があるなぁ。全くもって羨ましいかぎりだわい」
「アハハッ、いきなりなんだよジジイ。もしかしなくても嫉妬か?まぁ、この俺様に嫉妬するのも無理はないな。
だがA級冒険者と言えど、あと死にゆくだけのジジイには勿体ない程の才能だぜ?やっぱ俺が持ってるのがちょうどいいんだよ」
「……あとは遠慮を知れば言うことはないんだがな」
傲岸不遜な話し方をしているのは、他でもない。
アイシスの兄のランスロット・クロウディアだ。
隣を歩く初老の冒険者はギルド『黒羽の獅子隊』のギルド長バルガン・ライオネル。
今は二人でA級ダンジョンを攻略した帰りなのだろう。
二人の服は少し血に汚れている。
『黒羽の獅子隊』は森の中にぽつんと建っており、およそ二十人の冒険者が在籍している小規模ギルドだ。
小さいとはいえ、その実力は折り紙付き。
A級ダンジョンを月に5つは攻略できるほど強いギルドだった。
「なぁジジイ。そろそろ俺に長の椅子を譲る気はねぇかぁ?」
ニヤリと笑みを浮かべてランスロットは問いかける。
相手に重大な決断をさせる話を何気なく問えるのは、彼が自分の実力をよく知っているからなのだろう。
その椅子は自分にこそ相応しいとランスロットは目で訴えかける。
それを受けたバルガンは笑いながら首を横に振った。
「馬鹿言え。ワシは死ぬまで譲る気はないぞ。悔しかったらワシを殺してみぃ……と言いたいところだが。本気でやったら多分ワシが殺されるからやらん」
「へへぇっ。なんだよそれ」
「まぁもう少し待て。心配せんでも時期が来たらちゃんとお前に譲ってやる。もう少しやりたいことがあるんだ。それが終わるまで待ってくれ、この老いぼれの最後の頼みだ」
「わぁったよ。待てばいいんだろ、待てば」
「悪いなランスロットよ。ジジイの頼みを聞いてくれて、感謝する」
「……チッ」
憎々しげに舌打ちをするランスロットだが、その表情に陰りはない。
こうした会話も、この二人なりのコミュニケーションなのだろう。
現にバルガンはランスロットのことを自分の孫のように可愛がっていた。
弟に対しては卑劣なランスロットも、彼にはどうも強く出れずにいる。
二人の間に信頼関係があることは確かだった。
「それにしても、随分静かだなぁ。もうここまでくれば、いつも奴らの馬鹿みたいな笑い声が聞こえてくるんだが……」
「全員ダンジョンに行ってんじゃねぇの?ま、たまには静かなのもいいじゃねぇか。俺はこの方が好きだけどな」
「ふむ。ワシはどちらかというと賑やかな方が好きだな。というより、もう五月蝿いのに慣れてしまったせいで静かだと違和感を感じるというのが正しいかの……」
そんな話をしているうちに、彼らのギルドが見えてきた。
いつもならギルドの外で油を売っている冒険者が数人いるのに、今日は誰もいない。
道理で静かなわけだと、この時は二人とも呑気に考えていた。
「うーむ、出迎えもないのはなんだか寂しいのぉ。ほら、ギルド長が帰ったぞぉ……って、なんだこれは?」
バルガンがギルドの扉を開こうとした時、足下でびちゃっという音がした。
扉の隙間から赤い液体が染み出て、入口に溜まっているのだ。
その液体は独特の鉄の匂いを放っている。
その嗅ぎなれたはずの匂いに、バルガンの顔が一気に青ざめた。
「お前らっ! 何があった!?」
バンッと音を立ててドアを開くと、そこに広がっていたのは地獄絵図。
ギルドの中は血で彩られており、冒険者だったものがそこらじゅうに横たわっていた。
入口に溜まっていたのは、冒険者の血液によって作られた血溜まりだったのだ。
ガシャン、バルガンの持っていた袋が床に落ち、バラバラと宝が散らばる。
黒羽の獅子隊は何者かによって殲滅されたのだ。
心当たりはある。
最近出没するというギルド狩り。
奴らの仕業に違いないとバルガンは瞬時に理解した。
「なんだよこれ……おいジジイ、どういうことだよ!」
「……やられた。これは、ギルド狩りだ」
絶望した表情のバルガンは、かろうじてそのセリフを絞り出した。
かひゅー、かひゅー。
自分の息遣いが鮮明に聞こえ、ぼやけてしまった脳が徐々に活動を再開する。
「おい、タラフッ! 一体何があった!」
ランスロットはすぐそばに居た顔見知りの冒険者を抱きかかえ問いただす。
今にも死にそうなその青年は、喉の奥から言葉を絞り出すように
「逃げろ……」
と言って意識を失った。
「クソッ! おい起きろタラフ! しっかりしろ、死ぬんじゃねぇッ! おいジジイッ! ぼーっとしてんじゃねぇよ、何とかしろ! ギルド長だろ!」
ランスロットの叱責で意識を取り戻したバルガン。
ランスロットに他のみんなを頼むと言い残して彼はギルドの奥へと走った。
「ザンナエル! ザンナエルは無事かぁッ!」
彼が探している人物は、ギルド長室の前にいた。
身体は血塗れで虫の息になって、扉にもたれ掛かっている青年。
彼こそがザンナエルだ。
バルガンは彼を抱き、急いで魔石を砕いて回復魔法をかける。
だが安価な魔石では傷はほとんど癒えず、ザンナエルの死は徐々に近づいていく。
「お、お義父さん……」
「ザンナエルッ! 一体ここで何があった!」
「奴らは戦律の簒奪者。まだ、近くにいます。お義父さんは逃げてください。僕は、もうダメです……」
「バカ言うんじゃねぇ! お前、うちの娘はッ! レナはどうするつもりだッ!」
バルガンは必死で回復魔法をかけ続ける。
だが、ザンナエルの容態は悪くなる一方だ。
彼はバルガンの娘の婚約者で、幸せな結婚生活を送っていた真っ最中だった。
バルガンがランスロット言った最後の頼みというのも、彼をいっぱしの冒険者に育て上げる事だったのだが。まさかこんなことになるとは。
じわり、じわりとザンナエルの血がバルガンの腕を染め上げていく。
彼自身、死を悟ったのだろう。弱々しく、青ざめた唇を動かして。
「レナに、愛してると。伝えてください……」
愛の言葉を、バルガンに託した。
「ザンナエルッ! おいザンナエルッ!」
その言葉を最後に彼は息を引き取った。
力なく、彼の体重が重くのしかかる。
死の重みというのは、予想以上に心を抉るものだと。
バルガンは腕の中で実感していた。
「クソッ、ザンナエル。どうして……どうしてワシじゃないんだ! レナにどう顔向けすれば……」
零れた涙が、ぽたぽたとザンナエルの身体に落ちる。
虚しくも悲しい、娘が愛した男の最後。
それを見届けた義父親の胸に狂おしいほどの復讐心が芽生える。
それは轟々と燃え盛り、彼の瞳に黒い焔を宿した。
「戦律の簒奪者。その名、しかと覚えたぞ」
ギャリッと音がして、銀の刃が抜かれる。
まだ近くにいるというのなら好都合、その首を取り仇を討つと。
バルガンはランスロットのいるロビーへと戻った。
唯一の救いはランスロットの瞳がまだ炎を宿していることか。
ランスロットはバルガンの顔を見ると駆け寄って、首を横に振った。
「……ダメだ。全員、やられてる。ザンナエルもか?」
バルガンは無言でうなづく。
仲間の死を知らされたランスロットは舌打ちをして、天井に向かって大きく吠えた。
「おいッ! 隠れてないで出てこいよッ! どうせまだこの中にいるんだろう? 叩き潰してやるから顔を出せッ!」
こだまする声。すると、それに答えるように。
ギルドのドアがバタンっと音を立てて閉められた。
二人の視線がそこに向かう。
そこに立っていたのは、変な仮面を着け黒い礼装に身を包んだ五人の刺客。
百足、蛇、蛙、龍、そして鴉。
それぞれ動物をモチーフにしたデザインの仮面をつけている。
血にまみれた黒衣が、何よりの証拠。
幾つものギルドを血祭りに上げている、戦律の簒奪者の登場であった。
「のこのこ出てくるとはいい度胸だ。ジジイ、死に物狂いでついてこいよ」
いつもの調子で啖呵をきったランスロットが剣を抜く。
彼の黒衣がふわりと舞い上がり、爆発的な戦気が身体を包んだ。
それを見たバルガンの顔に、不覚にも笑みが浮かぶ。
(ふふっ、どうしてかな。ランスロットよ、ここへ入った時はあんなに憎たらしかったお前が、今日は一段と頼もしいじゃないか……)
ザンナエルを守ってやれなかったなら、せめてこの若人だけは。
この命だけは未来へ繋ぐと、バルガンは固く決心する。
老いぼれは若人に続きその剣を構え、戦気を解放した。
「……ねぇ、どうするのぉ? こいつら、誰が処理するぅ? なんならジャンケンで決めるぅ?」
戦律の簒奪者、その中にいた蛙の仮面を被った女が場違いなほど明るい声で問いかける。
すると、無言のまま鴉の仮面を被った男が剣を抜いた。
どうやらこいつが応戦するらしい。
「あ、やっぱり? サロ……じゃなった。鴉が行くのが道理って奴だよねぇ。いやー美しいなぁー尊いなぁー」
「蛙、あんまり余計なことを喋ってはいけませんよ。今は任務中。いくら室内とはいえ、正体がバレては面倒ですからね」
「ふぁーい。ごめんなさぁーい」
礼装がブカブカなのか彼女の上げた右手が見えることは無い。
蛙の女を注意したのは百足の仮面を着けた男だ。
冷静沈着な声は、辺りによく響く。
「それでは、ここは鴉に任せます。皆さんもそれでいいですね?」
「確かに、こればっかりは鴉が適任かもね。じゃあ、私達は外で見張ってるから。終わった頃に戻るわ。テキトーによろしく」
「……蛇に同意。これは鴉が処理すべき。精々楽しむといい。月が登る頃には終わるよね」
蛇の仮面と、龍の仮面を付けた二人が手を振って外へ出ていく。
それに続くように、百足と蛙の仮面も外へ。
残された鴉は、何処となく不気味な雰囲気を醸し出している。
「話はまとまったようだな。それにしても俺とジジイ相手に二対一とは舐められたもんだ。カラス野郎、望み通りぶっ殺してやるよ。いくぜジジイッ!」
「応よッ!」
鬨の声がギルド内に響き渡り、開戦の合図となった。
ランスロットは鴉が剣を抜く前に、戦闘態勢を整える前に。
持ちうる戦気を総動員して先手を打った。
「獅子一閃ッ!はじけろぉぉぉおッ!!」
両手で握ったレイピアのような細身の長剣を槍のように前に突き出し、床が凹むほどの蹴りで前に進む。
一見、猪突猛進で馬鹿丸出しのような攻撃だが、一歩進む事にその威力と範囲は増していく。
ギルドの椅子やテーブルなどの障害物全てを吹き飛ばし。
鴉の所へ到達する頃には、彼の身体の四倍ほどの範囲に戦気の槍が出来ていた。
「……」
鴉は彼が目前に来てようやく剣に手をかける。
奴の心にはそれほどの余裕があった。
奴はほぼノーモーションで剣を抜き、向かってくる槍に相対する。
「ハハッ、抜くのが遅せぇんだよッ!」
刃が間に合った、ランスロットはそう確信している。だが、現実は違った。
「─────とぐろ雲」
静かに、鴉はその技の名前を口にする。
ランスロットの目には見えていた。
自分の剣に鴉が放った技、奴の剣がしゅるりしゅるりと巻き付いたのが。
まるでとぐろを巻く蛇のように。まるで雲のような柔らかさで。
そして、気づいた時にはもう。
「えっ?」
彼の身体は宙へと舞っていた。
纏っていたはずの戦気もいつの間に霧消しており、あるのはただ無防備な自分だけ。
鴉は降りてくる彼の身体の中心に焦点を合わせ、高威力の突きを放った。
「クソッたれッ!」
しっかりと着地点を見据えていたランスロットはそれを辛うじて受け流すが。
「グアッ!」
直後に放たれた蹴りを避けきれず、もろに横腹に一発を貰ってしまった。
内蔵が破裂してしまったかのように重たい一撃に、激震が走る。
だが、そんな状態でも彼の目にはまだ見えていた。
蹴りを放った後の無防備な鴉の身体に、バルガンの剣が到達するのが。
(やるじゃねぇかジジイ……)
猛烈な速度で吹き飛ばされながら、ランスロットは安堵する。
とりあえず鴉に一撃は喰らわせたと。
反撃はまだこれからだと。
体制を整えきれず、叩きつけられた壁ごと外へ弾き出される。
「……チキショー。派手にやりやがってッ!」
瓦礫の中から起き上がり、急いでギルドの中へ戻った。奴が体制を立て直す前に追撃をいれなければ。それが出来れば反撃を待たずして、そのまま二人で押し切れる。
瞬時にそんな考えを巡らせ、破れた壁から中へ入る。
だが、そんな彼の目の前にあったのは。
予見した未来とは真逆の光景だった。
「ランスロット、すまん……」
掠れた声。
胸を剣で貫かれてなお、バルガンは笑っていた。
ぼたぼたと、胸の中央から滴り落ちる赤い液体。
無慈悲にも、その身体から剣は抜き取られた。
血が飛沫になり、鴉の仮面を汚す。
ランスロットにはそれがスローモーションのように見えた。
胸が、目頭が熱くなる。
こんな感情は久しぶりだ。
久しく忘れていた、この感情。
気づいた時にはもう遅かった。
「馬鹿野郎ッ……あっさり死んでんじゃねぇ、クソジジイッ!」
唇を強く噛みしめ、目の前の敵を睨みつける。
恐ろしく強いふざけた仮面をつけた敵を、穴が空くほど睨みつける。
そんなランスロットの視線を受けて、鴉は初めて口を聞いた。
「弱いな」
篭った声、背筋が凍るような恐ろしい何かを、ランスロットは感じた。
それは奴のセリフに対する怒りではない。
知っている。
ランスロットはこの声の主を知っているのだ。
聞き馴染みのある声が、仮面の下から聞こえたことへの驚愕。
だが、人物の特定までは出来ていない。それでもその正体はもう喉まで出かかっていた。
「……誰だ、お前?」
「名も無き鴉。それじゃダメか?」
おちょくるようなその言動。
短い間だったが、今度こそ鴉の正体がはっきりと分かった。
「おいおい……まさか。まさか俺の戦友を殺したのがアンタだったとはな」
よく知っている声のはずだ。
ランスロットは彼の事を、一番近くで見てきたのだから。
生まれてからずっと、その人は彼の上に立っていたのだから。
霧のかかった仮面の下の顔が、鮮明に思い出される。
静かに目を瞑り、脳内に反芻する衝撃を収めたあと。
「つくづく運命っつうのは数奇なもんだ。そうだろ、兄さん……いや、サロメ・クロウディアァァァアッ!」
獅子の咆哮が、ギルドに響き渡る。
兄ではなく、敵として彼の名を呼ぶ。
それは彼の胸の内にふつふつと湧き続ける、怒りの籠った声だった。
そして、その咆哮に答えるように。
鴉はゆっくりと、隠す意味が無くなった顔を彼の前に晒す。
「実の兄を呼び捨てとは、随分と偉くなったじゃないか……ランスロット」
「もう兄じゃねぇ。お前はジジイの仇で、殺すべき敵だ」
怒りに燃える彼の瞳が、兄だった者を標的に定めた。
猛り狂う殺意を剥き出しに、ランスロットは鴉を威嚇する。
鴉─────サロメはそれを嘲笑い、わざとらしく涙を拭く仕草をした。
「そう悲しいことを言ってくれるな。俺とお前は血を分かちあった兄弟だろう」
「よく言うぜ。俺の事なんてその辺のゴミとしか思っていなかったくせに!」
「そんなことは無いさ。お前はあの愚弟とは違って才能があったからな。それなりに愛していたつもりだ。その証拠に、俺はお前にこうして会いに来たじゃないか」
「殺しに来たの間違いだろ」
「……否定はしない。すまない、ランスロットよ」
剣に着いた血を拭き取りながら、サロメは謝った。
その目に写っているのは、もはや弟ではなくただの獲物。
謝罪の気持ちなどこれっぽっちもなく、彼は謝った。
そんなことは百も承知のランスロットはそれを聞き流し、震える声で彼の目的を問いただす。
「殺す前に聞いといてやるよサロメ。何故こんなことをする?死者の心臓を集めているらしいが、そんなに戦気を集めて何に使うつもりだ? 死ぬ前に全部答えろよ」
「教える道理は無い、と言いたいところだが。死にゆく弟への手向けだ、特別に教えてやろう。心して聞くがいい」
サロメは汚れが拭き取られた剣に、自身の顔を映した後。
満を持してその目的を口にした。
「俺たちの目的は、逢魔の姫を復活させることだ」
【逢魔の姫】
それはかつて英雄ジークレインにの手によって屠られたとされる、魔神の名前。
御伽噺でしか聞いた事の無い魔王を復活させる。
それがどれだけ馬鹿らしく、恐ろしい事か。
その余りに突拍子も無い発言に、ランスロットの口から乾いた笑いが出る。
「……ハハッ。何を言い出すかと思えば。とうとう頭までイカれちまったのか?俺の兄は、現実と御伽噺の区別も付かなくなっちまったようだ。こりゃ傑作だぜ」
馬鹿な話だと、そう言うランスロットの頬には冷や汗が垂れていた。サロメは真顔で続ける。
「存在しない、御伽噺の中の世界だと。俺もかつてはそう思っていたさ。でも俺たちは見つけた。その時代の片鱗を、時をも超える彼女の力を」
真剣な眼差しは、とても嘯いている様には見えない。
「……それが本当かどうか。お前を殺してからじっくりと探ってやる」
ランスロットはそう言って、再び戦気を解放させる。
「発─────」
黄金色の戦気がランスロットを包み、纏う雰囲気がガラリと変わった。
彼の【自戒律】は時間制限による強化。
5分の間だけ戦気を増幅させる代わりに、激痛が体を襲うというもの。
数日はまともに動けなくなるほどの痛みなので、普段は使わない技だが。
今はそんなことを言っている場合ではない。
「真髄・獅子王剣ッ!」
ランスロットが扱える最高峰の技で仕掛ける。
目にも止まらぬ斬撃がサロメへと襲いかかった。
ひと振りひと振りが激しく無限にも見える数の斬撃の雨。
お互いの刃が幾度となく交わり、火花を散らす。
だがランスロットが放つ斬撃、その全てをサロメは片手で避けてみせた。
自戒律を持ってしても太刀打ちできない領域に、サロメはいる。
「おいおい、それが全速力か?止まって見えるぞ」
「だぁってろクソッ! 今届かせるからよぉッ!」
立ち止まることなく駆け抜けながら、ランスロットは五芒星を描くように立ち回る。
グングンと上がるスピード、それに伴い剣の振りも速さを増していく。
そして、ランスロットはとうとう奴の背中をとった。
「─────届けッ!」
今、しかない。
そんなタイミングで放たれた不可避の一撃。
下から潜り込むように間合いに入り込み、そのまま突き上げるように剣を振るう。風の音を置き去りにする、凄まじい速度の一撃が放たれる。
「甘いな」
しかし、全身全霊を掛けたその一撃はわずか数センチ届かず。
余裕の笑みを浮かべるサロメの頬を掠めただけに終わった。
悔しさに顔を歪めつつも、その視線はサロメから外さない。
「次は俺の番だ」
そう言って即座に反撃するサロメ。
空ぶったランスロットの腹に、己の拳を叩き込む。
「ゴフッ!」
吐血と共にランスロットの身体は遠くへ飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。
戦気が込められた拳は、岩をも砕く程の破壊力を宿しているのだ。
生身の人体でそれを受ければ、ひとたまりもないはずだが。
ランスロットは何事も無かったかのように立ち上がる。
「やるな、戦気による相殺か」
サロメは納得したように呟いた。
ランスロットは、サロメの拳が当たる寸前に腹へと戦気を集中させることで拳の威力を相殺。
それにより、大幅なダメージの軽減に成功したのだ。
「あんま舐めんなよクソ兄貴。次の技はよく見てないと、死んじまうぜ?」
そう言うとランスロットはサロメの周囲を円を描くように回り始めた。
徐々にそのスピードは上がっていく。
落ちることなく上がり続けるスピード。
中心にいるサロメからは、ランスロットが分身したかのように見えているはずだ。
流石のサロメもこれを目で追うことは出来ないようで、目を閉じて足音に集中することで位置を探り始める。
そんなサロメの行動を見てチャンスと感じたランスロットは、懐から数本のスローイングナイフを取り出した。
「避けてみろよッ」
挑発と共に、中心に向かって無数のナイフが投げこまれる。
投げられたナイフの速度は、剣とは比べ物にならない。
音速に近い攻撃が、サロメの身体に襲いかかった。
「こんなもの……ッ!?」
襲い来る音速のナイフ。
流石のサロメでも全ては避けきれず、彼の剣が向かってくるナイフをたたき落とした瞬間。
─────ボンッ!
ナイフが爆発した。
爆風が巻き起こり、サロメの身体が爆発に巻き込まれる。
剣で避けたためダメージは少なかったが、その顔に明らかな焦りが浮かんでいた。
「俺のナイフは特別性なんだ。触らない方がいいぜ、と言っても無理だろうがな」
ランスロットが使ったのは戦気の性質変化。
彼は自らの戦気を爆弾のような性質を持つものへ変え、ナイフにまとわせた。
「どうだ、サロメ。諦めて降参する気になったか?」
全方位から休みなく放たれる攻撃を、サロメは無言で避け続けた。
極限まで集中力を高めているのか、その顔に余裕は見受けられない。
ふらりふらりとナイフを躱す様は、まるで柳のように華麗で美しい。
だが、このままではジリ貧になってしまうと思ったのだろう。
彼は新たな策を打って出た。
「戦気の性質変化。まさか使えるのがお前だけだとでも?」
サロメがそう呟いた瞬間、彼の体が暗闇に包まれた。
モヤのような者がサロメの身体を包み込み、呑み込む。
彼の体が完全に包み込まれる頃には、思わず目を疑うような光景が生まれていた。
「……んだよ、それ」
それを見たランスロットは攻撃を辞めてしまう。
何をやっても無駄だと悟ったのだ。
ピタッと円の中心で静止している今のサロメは格好の的のはず。
だが、ランスロットには攻撃を続けられない理由があった。
ナイフが黒い靄にあたった瞬間、まるで飲み込まれるようにその姿を消したのだ。
爆発しないところを見るに、戦気ごと飲み込まれているのだろう。
ランスロットは高速で円を描きながら、次の作戦を練り始めた。
(戦気の性質変化……これほど高度な技術なら、恐らく戦気の消費量は膨大だ。しばらく様子を見て、解けたところに仕掛けるか……え?)
作戦を立てながらも、ランスロットはずっとサロメの動きを注視していたはずだった。
だが、彼が瞬きをした瞬間に、サロメの姿が消えたのだ。
そして、それを疑問に思う間もなく。
「─────捕まえた」
サロメが、走り続けているランスロットを捉えた。
「……あぁああぁああっ!」
悲鳴と咆哮が入り交じったような声。
まるで焼けた鉄を押し当てられた様に、腕が熱い。
鋭い痛みは、ランスロットの頭から思考と冷たさを奪って逃げていく。
ゆっくりとランスロットが腕に視線をやると、鉄の棒が自分の腕を貫通しているのが見えた。
サロメの剣がぶっ刺さっている。道理で熱いわけだ。
「痛いだろ?肉が裂けるのは」
「……ッ!?」
ぐりんっと、サロメが肉に埋まった剣を押し込むように動かした。
肉が鉄の棒に巻き込まれ、針を刺すような痛みが脳内をビリビリと刺激する。
そのあまりの苦痛に、ランスロットは顔を歪ませてその場に膝を着いた。
「そんなに痛いのか?仕方ないな、抜いてやろう……ほら」
ブシュッ。血飛沫を上げて、剣は引き抜かれた。
いや、引き抜かれたと言うのは間違いか。正しくは、引き裂いた。
「─────ッ!!」
言葉にならない悲鳴が、ギルドに反響する。二の腕に刺さった剣が、ランスロットの指先に向かって直線を描いたのだ。彼の腕は真っ二つに引き裂かれ、脳に痛みだけを送る肉塊に変わっていた。
「わかったか?俺とお前の間にできた溝の深さが……」
サロメが彼の耳元で囁くように語りかける。
「うるッ……せぇッ!」
唇を血が出るほど強く噛み締めて、ランスロットはまだ動く方の拳を振るった。
サロメはそれを軽々と避け、後ろから手を回して彼の喉元に刃を突きつける。
勝負の決着はあっさりと訪れた。
言うまでもなく兄の勝利で。
圧倒的な力を見せつけた勝利だった。
「……殺せよ」
死を悟ったランスロットは潔く負けを認め脱力。
自ら刃に首を押し付けるように前に倒れ込んだ。
つーっと、首筋に赤い線が浮かび上がる。
サロメはそう簡単に死なせまいと、剣を少し彼の首から遠ざけた。
「そう急くな。弟との別れを惜しむくらいさせてくれ」
「殺せ」
「……まぁ聞け弟よ。これからお前が辿る運命は二つの選択肢から選ぶことが出来る。ひとつは、このまま死を迎える運命。俺に一撃で屠られ、痛みを感じることなく殺される。お前の理想通りの運命だ」
「殺せって」
「もうひとつは、俺と共に戦律の簒奪者に入り、姫の為に働くという運命。この場合お前は生き続け、新しい使命を─────」
生暖かいものがサロメの顔にベッタリと張り付いたことで、セリフが中断される。
剣を持たない方の手で頬に触れると、それは赤く粘ついた液体だった。
それはランスロットが吐いた唾。
サロメの殺意が篭った眼を前にした彼は、ニヤリと笑って傲岸不遜に言い放つ。
「親の仇の、情けは受けねぇ」
「……そうか、残念だ」
グシャリ。
躊躇など微塵もなく、サロメの右手が彼の胸から心臓を引き摺り出した。
生々しい音を立て、彼の心臓が抉り取られる。
血管がブチブチと子気味いい音を立ててちぎれ、中を流れる血が床に零れ落ちていく。
(寒い、まるで冬みたいだ)
薄れゆく意識の中でも、彼はしっかりとその顔に笑みを浮かべた。
死にゆく時ぐらいは、笑顔でいると決めていた。だから、彼は最後まで笑って。
「じゃあな、クソ兄貴」
「ああ。また、地獄で会おう」
ドクン、ドクン。
心臓は手の内でしばらく動いていたが、やがて彼の息と共に動きを止めた。
それと同時に、破裂音がサロメの脳内に響き渡る。
ランスロットは今、長い眠りについた。
「……本当に、優秀な弟だったよ。お前は」
サロメは彼の亡骸を慈愛を持って抱きしめる。
強く強く、まるで命の熱を奪っていくかのように。
サロメが彼を愛していると言ったのは嘘ではなかった。
サロメは強いものが好きだ。
才能があるものは認め、どれだけ敵対関係にあろうと味方に引き込もうとする。
ランスロットには生来の素質もあり、努力家であり、何より彼の血の繋がった弟だったから。
愛する理由は十分にあった。
「お前の死は無駄にはしない。姫の為にこの命を使うんだ。俺と一緒に、未来を見に行くぞ」
きっと、ランスロットはそんなことを望みはしないだろう。
それでも、サロメは己への罪悪感からそう言わざるを得なかった。
「……別れは済んだ?」
後ろから、声をかけられる。振り返ると、蛇の仮面を取ったシャーレが優しい笑顔でこちらを見ていた。
「ああ、もう大丈夫だ」
「残念。仲間に入って貰えなくて」
「そうだな。一緒に戦えれば、きっと楽しかっただろうに」
サロメは弟を勧誘することを、シャーレにだけは話していた。
他のメンバーについては後から説得するつもりだったが、なんとなく彼女には話しておいた方が良いように思えたのだ。
反対されたとしても、こいつさえ味方に付けておけば乗り切れるような。
シャーレにはそれほどの可能性を感じる。
結局はそんな心配も杞憂に終わったのだが。
「じゃあ、私は他のメンバーを呼んでくるわ」
「頼む」
シャーレが外へ消えていくのを後目に、サロメはある条件を満たす人を探し始める。
その条件とは、自分と同じくらいの身長の男。
転がっている死体の中から、もっともそれに近い者を見つけだした。
「こいつでいいな……」
血塗れの青年、その服を一枚一枚剥いでいく。
まだ息は辛うじてあるらしく、薄目でじっとこちらを見つめていた。
「ふぉぉおっ!サロメがぁ、サロメが追い剥ぎしてるぅ!」
やかましいフッカの声が聞こえて振り返ると、ぞろぞろと他のメンバーもギルド内に入ってきていた。
ただ一人、百足の仮面を着けたネクターだけは、外で見張りをしているのでそこにいない。
「てか、てかてか。おとーとくんは?死んでんの?うわっ、死んでるぅ!」
「フッカうるさい。仕方ない事とはいえ、弟を殺めてしまったサロメの気持ちを考えて発言しなさいよ」
「うぇーい。殺っちゃったねサロメ! 自分の弟殺すのってどんな気持ち? ねぇ無視しないでー。どんな気持ち何です、ギャンッ!」
ゴチンッ。
サロメの肩を組んで騒ぎ立てるフッカに、シャーレから鉄槌が下される。
頭が割れるほどの衝撃に、フッカは悶えながらその場にへたりこんだ。
「あぅぅう……何も殴んなくてもいーじゃんかぁ!」
「調子に乗ってると、殺すわよ?」
「ひぐぅぅう。ラグナぁ、助けてぇぇ。シャーレがフッカを殺そーとするぅ」
「……殺生はだめ。でもフッカに制裁が必要なのも確か。よって、今からラグナが罰を執行する」
龍の仮面を着けた女、ラグナはそう言ってフッカのこめかみを拳で挟み込んだ。
「いぎゃぎゃぎゃぎゃッ!」
グリグリと身体を宙に浮かしながら罰を受けるフッカ。
見ているだけで痛そうだ。
ぷしゅぅぅう。頭から煙が出るほどグリグリされたフッカは今度こそ大人しくなり、地面にうつ伏せに突っ伏した。
哀れな彼女に、サロメが声をかける。
「おい、フッカ。頼んでいたものを出せ」
「むぅ。これぇ、これぇ」
地面に顔を埋めたまま、彼女は懐から大きな袋を取り出した。
サロメはそれをひったくるように奪い取り、颯爽と中身を出していく。
中から出てきたのは、自分が普段着ていた服と金属のネックレス。
それを、先程身ぐるみを剥がした青年に着せ始めた。
「なるほど、身代わりってわけね。だけどいいの? それをやると、もうサロメ・クロウディアとしては生きていけないわよ?」
「弟を殺した時点でもう、兄としてのサロメは死んだよ。これからは名もなき鴉として生きていく。だから俺は姫の為に、俺自身を殺すんだ」
「……覚悟があるならいいわ」
全てを着せ終えたサロメは、静かに魔石を砕いた。
炎魔法が、死にかけの身代わりを焼き焦がしていく。
まだ意識があったのか身代わりは苦しそうに喉を掻きむしりながら息絶え、その身は炎に焦がされてしまった。
燃えきらなかったサロメの服の切れ端と、家紋をモチーフにしたネックレスだけを残して。
「さよなら」
サロメは小さく呟く。
それは自分に対してだったのか、それとも殺してしまった弟に対してだったのか。
こうして二人の兄弟はこの世を去った。
たった一人の愚弟だけを残して。
これが、死の真相。
アイシスが知ることの無い、兄と弟の物語だ。




