表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴉の騎士  作者: 詩から歌詞
11/43

【11話】 不穏な陰

 

 気づくとアイシスは、闇の中をさ迷っていた。途方の無い闇。

 歩けど歩けど先は見えず、ただ真っ暗な道が続くだけの空間を。


(僕は、きっと死んだんだな)


 ぼんやりと、そんなことを思ってしまう。

 下を見ると、自分の胸にぽっかりと大きな穴が空いていた。どんな死に方だったのかすら、思い出せない。

 この暗闇の中を彼は泣くことすら出来ずに歩き続けていた。

 足は疲れることを知らず、息も切れることは無い。不思議な空間だ。


(ネルは……生きてるのかな?)


 自分を肯定し、守ろうとしたあの子。彼女を守れたのなら、死んでも構わない。それほどの覚悟だった。だんだんと、記憶が蘇る。


(ああ、そうか。あの黒騎士に刺されて、自戒律を使ったんだっけ)


 あの時の映像が、自分の勇姿が、鮮明に頭に浮かんだ。

 他でもない自分自身の知恵と力で、勝利をもぎ取ったあの瞬間が。


(二人で帰るなんて、嘘をついてしまった。ネルに謝らないとな)


 ふふっ、と。思わず笑いが漏れてしまう。

 もう死んだのに、こんなことを思うなんて、どうかしてる。そんな自虐的な笑い。


「おい」


 その時ふと、暗闇の中から声がした。

 振り返ると、見知らぬ一人の男が立っていた。


「お前はこっちじゃねぇよ」


 父でもなく、兄とも違う。

 だというのに懐かしい雰囲気を感じるその男は、アイシスの頭を撫でた。


「またな、坊主。次会うときは……」


 その言葉の後半は聞こえなかった。

 光がアイシスを包み─────


 *


 目を覚ますと、アイシスはベッドの上にいた。

 身体は青い患者用の服に包まれており、手にはじんわりと暖かい血が通っている。


「……ここは?」


 ぼんやりと霞んでいた景色に、だんだんと色が付き始めた。

 自然の匂いがふんわりと香る木造の部屋にふかふかの柔らかい白いベッド。

 レースのカーテンが周りを囲っている。

 薬品の匂いが鼻を突いたので、ここが病院であることを悟るのにさして時間はかからなかった。


 重たい身体を動かすと、ギシとベッドが軋む。

 しばらくそのまま曖昧な思考を整理していたが。

 完全に記憶が戻ると、ある疑問が浮かび上がった。


(確か、黒騎士に刺されて死んだはずじゃ?)


 恐る恐る自分の頬をつねってみると痛いので、これが夢ではないと理解。


「えっ。もしかして僕……生きてる?」


 自分の身体をペタペタと触ってみるも、おかしな所は特にない。

 いや、この場合おかしな所だらけと言った方が正しいだろう。

 胸に空いていたはずの穴は完璧に塞がっており傷跡一つ残っていない。

 身体を蝕んでいたあの痛みも、今はもうどこかへ行ってしまったようだ。


「夢、じゃないよね?」


 思わずあの死闘が夢なのではないのかと疑ってしまうほど元通りになっている。

 その疑問は消えぬまま身体をあちこち触りまくっていると。

 カーテンの向こうから、うっすらと話声が聞こえてきた。


「……なぁ、泣くなよ。医者は大丈夫だって言ってんだからさ。アイシスもいずれ目を覚ますって」

「でも、もう一週間じゃない……もし、このままアイシスが目を覚まさなかったら。きっと私のせいだわ。私があの日ダンジョンに誘ったりしなかったら……こ、こんなことには……」


 聞き慣れた声。他でもない、ネルとダリスの声だ。

 ネルの声は掠れており、時折ぐずと鼻をすする音が聞こえる。

 きっと泣いているのだろう。それを慰めるダリスの声も心なしか落ち込んでいるように聞こえた。


「そんなこと言ってもしょうがないだろ。ほら、あいつがこんなことくらいで死なない奴だってことは俺が一番よく知ってる。だから大丈夫だよ」

「そうよね。きっと、大丈夫……」


 自分のことを心配そうに話してくれている二人の会話を聞いて確信した。

 そうか、やっぱり僕は生きてたのか、と。

 まだぼーっとした思考の中、静かな喜びが沸き上がる。

 一刻も早く二人に顔を見せたくて身体を起き上がらせようとするも、身体に上手く力が入らない。

 結局、二人が来るまでに起き上がることは出来ず。

 二人との間にあった白いカーテンがゆっくりと開いた。


「……や、やぁ」


 右手を軽くあげて微笑んでみる。ネルとダリスは驚きのあまり動けず目を見開いていたが、状況を把握すると安心しきった顔で微笑んだ。


「アイシス!」


 感極まったネルが笑顔でアイシスの手を握る。

 暖かい掌が冷たい掌を包み込んだ。

 生きてる、今になってその実感が湧いてきた。


「心配かけたみたいだね。ネルにも、ダリスにも」

「ホントに心配したからな。無茶すんのはいいけど、死にかけてんじゃねぇよバカ」

「ごめん、ダリス……」


 ダリスは真剣な顔で怒ったあと、柔らかい顔で微笑んで「まぁ、生きてて良かったよ」とアイシスの頭をくしゃくしゃになるまで撫でた。


 しばし生きていた喜びを分かちあった後。

 ネルが呼んだアイシスの担当医が来て、彼の身体を診察する。

 調べた結果身体は特に問題は無くほぼ治っているが、一週間も寝てしまっていたので暫くは安静にしているようにとのことだった。

 医者はお大事にとだけ言って、部屋を出ていく。


 ダリスは、どこから持ってきたのか木のコップに注がれたオレンジジュースを飲んでいる。

 アイシスもネルが注いでくれた暖かいスープを飲みながら、ずっと抱えていた疑問を二人に問いかけた。


「ねぇ、二人とも。無事生きて戻ってこれたのにこんなこと聞くのもなんだけど。

 僕なんで生きてるの? 胸に空いてた穴も塞がってるし。

 身体はボロボロでもうどうしようもないくらい壊れてたのに、傷跡ひとつ残ってない。

 一体、どんな奇跡が起こればここまで無傷に戻れるの?」


 身体を触りながら、違和感と不思議を訴える。

 胸元を広げ、穴が無いことを二人に見せた。

 その疑問に答えたのは、アイシスの上裸を見て少し頬を赤くしたネルだ。


「私も気絶してたから見たわけじゃないんだけど。とある騎士が魔法で治療したあと、街まで運んでくれたらしいわ。ダリスは見たんでしょ?その騎士の姿」


 ネルの問いに、ダリスは大きくうなづく。


「ああ、見たぜ。白銀の鎧を着た騎士が二人を抱えてギルドに来たんだ。

 それで、治療はしておいたから、あとは頼むとだけ言って直ぐにどこかへ行ってしまったよ。

 背丈は俺より小さいのに、物凄い戦気をひしひしと感じたんだ。あれは多分、英雄クラスの剣士だぜ!」


 その時の様子を語るダリスはかなり興奮した様子。まるでヒーローを見た子供のようにキラキラと目が輝いている。


「へぇ……そんな凄い人が助けてくれたのかぁ。お礼を言いたいけど、何処にいるか分かったりしないかな?」

「うーん。俺も彼の正体が知りたくて調べては見たんだが、如何せん目撃情報がほとんど無くてな。会うのは、多分無理だろうな」

「そっかぁ。英雄クラスに強い騎士なら、一目くらい見てみたかったのになぁ……」


 あーあと残念がるアイシス。

 英雄譚が大好きな彼にとって、現代に生きる英雄は憧れそのものなのだ。

 ちなみに英雄に定義はない。

 例え性格がクソでも、容姿が残念でも、男でも女でも。

 輝かしい功績を誰かが語り継げば英雄になれる。

 要するに、強ければ何でもいいのだ。


「それで、あの黒騎士は結局なんだったの?」


 一杯目のスープを飲み終えたタイミングで、アイシスは抱いていた二つ目の疑問を二人に問いかけた。それに答えたのはまたもやネルだ。


「あれは……死体だったらしいわ。それも、二ヶ月前に失踪したA級冒険者のね」

「死体!? でも……動いてたよね? 幽霊!? 幽霊なの!?」


 オカルト的な話題にはめっぽう弱いアイシスの慌てっぷりを見て、ネルは笑いながら否定する。


「ふふっ、大丈夫よアイシス。違うから安心して」

「そ、そう。なら良かった……じゃなくて。死体が動くってことは、もしかして死霊戦気(ネクロマンス)って奴?」


 死霊戦気(ネクロマンス)はその名の通り、死体に戦気を送り込み操る技術の総称。

 趣味の悪い戦気の使い方だが、かなりの技術が必要とされる技でもある。

 ネルはその質問に、神妙な顔で頷いた。


「ええ、その通り。ギルド長とうちの師匠が調べたら、死体に『死霊戦気』特有の禍々しい戦気がまとわりついていたらしいわ。

 ただでさえ趣味の悪い技術なのに、それを人殺しの為に……到底許される行為ではないわね」


 見えない犯人の顔を睨みつける代わりに彼女は地面を見つめる。

 重苦しい空気になってしまった部屋。

 空気の読めるダリスが、二人に明るい言葉をかけた。


「ま、何にせよ生きててよかったよ。こうしてまた三人で話せるのも、命あっての物種だしな」

「……そうね。生きていてくれてホントによかった。

 でもねアイシス、私を守ってくれたのは嬉しいけど。

 次からは私が逃げなさいと言ったらちゃんと逃げること。いい、約束よ?」

「うん、ごめんネル。もう無茶したりしないよ」


 差し出された小指を絡ませて、指切りをする。

 その言葉は本心から出たものではあったのだろう。

 だが、少女は彼の本質を見透かしていた。


(嘘。また同じ状況になったら、貴方はきっと命を賭してでも私を守ろうとするのでしょうね……)


 可愛いらしくえへへと笑う彼を見据えてネルは確信していた。

 だが、それは彼女も同じ。

 どんな状況下でも、アイシスを見捨てて逃げることはしない。

 自分を守ってくれた小さな少年の瞳を見つめ、少女は一人静かに決意を固める。


(次は必ず、私が守ってみせる……そのために、強くなるわ)


 小さく燃える炎は轟々と音を立て、燃え盛る。

 少年に守られたことで、少女は自分の弱さを自覚した。

 そして、少女は思う。このままではいけない、と。


「私は稽古があるから、そろそろ行く。アイシス、完治したらまたどこかへ行きましょ。今度は安全な所へね」

「う、うん。またね、ネル!」

「お、おいネル! 今日ぐらいゆっくりしていけよ!」


 ダリスの声は届かず、ネルは早足で病室を去っていった。

 彼女にはこの時間すら惜しいと思えたのだろう。

 一秒でも早く強くなりたい。その衝動が彼女を稽古へと駆り立てた。


「あーあ、行っちゃったよ。こんな時くらい稽古しないでゆっくりしていけばいいのに。まったくせっかちなんだから……」


 そうぼやきながら、ダリスはオレンジジュースを飲み干した。

 ダンっ、と音がしてダリスがテーブルコップを置くのとほぼ同時。

 突如周りからの視界を遮っていたカーテンが再び開いた。

 振り返る二人、後ろにいたのは長身の男。

 ネルと入れ替わりになるタイミングで来訪者が現れたのだ。


「よぉアイシス。しゃきっと目は覚めたか?」

「「ザインさん!」」


 二人が同時に反応し、来訪者の名を呼んだ。

 彗星の使者の長である彼。

 恐らく、病院がアイシスが目が覚ましたことを連絡したのだろう。

 手には見舞いと思われる、幾つかの果物が入った籠がある。

 それをテーブルに置き、コールザインは先程までネルが座っていた椅子に腰掛けた。


「体調はどんな感じだ?」

「暫く眠っていたので、身体が上手く動かないこと以外は大丈夫です」


 無事を証明するために、笑顔で力こぶを作ってみせる。

 腕は細く、とても健康体とは言えない。

 一週間も眠っていたのだから、栄養失調になるのは当たり前だ。

 するとコールザインはそんなアイシスの身体を何時になく真剣な顔でまさぐり始めた。

 彼のゴツゴツとした手が、アイシスの白い肌を這いずる。


「えっ、あっ、ちょっ。あはっあはははっ!」

「じっとしてろ……」


 くすぐったくて、堪えきれない笑いがクスクスと漏れてしまう。顔を真っ赤にして耐えるアイシスを、真顔のコールザインが触診している。

 その様を、ダリスがいけないものを見るような顔で見ていた。


「よし、おかしな所は無さそうだな」

「……ふぅ、ふぅ。もう、いきなりまさぐらないで下さいよ!」


 真っ赤な顔で乱れた服装を正すアイシス。

 患者用の服がはだけて、少し細身だが真っ白な肌がちらつく。

 それが中性的な彼の容姿と相まって、妖艶な雰囲気が醸し出されてしまった。

 それを見て、少し罪悪感を感じるダリスとコールザイン。

 アイシスは男だと分かっているのだが。


「すまん……」

「なんか、すまん……」

「え、なんでダリスも謝るの?」


 二人は自分への戒めとして、アイシスに頭を下げた。

 不思議そうに首を傾げる少年は、何も知らない。

 いや、彼の為にも知らない方がいいだろう。

 謝罪の理由は、男『二人』だけの秘密なのだ。


「アイシス。まずはお礼を言わせてくれ。ありがとう」


 ダリスが新しく紅茶を入れ直し、三人が落ち着いて席ついた頃。

 改まったコールザインが、アイシスに向けて真摯に頭を下げた。

 なぜお礼を言われたのかまだよく分かっていないアイシスは、呆けた顔でそれをただ見ている。

 コールザインは頭を上げ、その理由を続けた。


「ネルは俺の大切な仲間の一人であるエグリードの愛弟子だ。

 親友の娘とも言える人を守ってくれたこと、感謝してもしたりない。

 アイシス。本当に、本当にありがとうな……」


 それは心からの感謝だった。旧知の仲であるコールザインとエグリード。

 彼もネルのことは家族のようによく知っている。

 だからギルドに彼女とアイシスが運ばれてきた時は血の気が引いたという。


「そんな……僕はただ、友達を守りたかっただけです。それに僕がもっと兄みたいに強ければ……」


 首を振り、謙遜するアイシス。

 自分が兄なら、そう考えてしまうのはもはや呪いだ。

 数年かけて刻み込まれた呪い。

 俯いたその顔をコールザインは両手で包み込み、力強い瞳を向けた。


「命を賭して誰かを守る。それがどれだけ勇気のいる行為か、俺はよく知っている。

 アイシス、お前がネルを守ったことを。自らの死を厭わず彼女を守ったことを。

 俺は誇りに思うぜ……よくやった」


 彼の頬に当てていた手を後ろに回し、力強く抱きしめる。

 二人がこうして生きていることを、彼が誰よりも喜んでいるのが、熱を通して伝わっていく。

 コールザインは暫くそのまま彼を抱きしめたあと、ポンポン、背中を二回叩いて抱擁を解いた。


「……でもな、あんまりは無茶するんじゃねぇ。ネルと同じくらい、お前の命も大事にしろ。俺にとって、お前は弟みたいなもんだからな。弟が死んだら、兄貴が悲しむのは当然だろ?」

「ザインさん……」


 弟、と。親しみを込めてそう呼ばれたのは初めてのことだった。

 身を案じてくれる彼の優しさが、アイシスの心に染みる。

 アイシスはその喜びに対し、深々と頭を下げた。


「ありがとう、ございます……」

「だからお礼を言うのはこっちだって。本当にありがとうな」


 アイシスは頷き、彼の感謝を真っ直ぐ受け止める。

 嬉しさで綻んだ彼の頭をコールザインはそっと撫でた。


「さて、アイシスの無事を確認したところで。ここからが本題なんだが……」


 コールザインはそう言って、懐からガサガサと三日前の日付けが書かれた新聞を取り出した。

 見出しには大きく『ギルド、一夜にして消滅』の文字。


「お前ら、最近アースディアの中小ギルドが次々襲われてるのを知ってるか?」


 新聞紙の一面を二人に見せ、コールザインが問う。


「はい。ちょくちょく新聞に出るので、知ってはいます」


 難しい顔をしたアイシスの代わりに、ダリスが答えた。

 アイシスは一週間も寝ていたと言うのもあるが、家の都合上世間の話題に疎いのだ。

 コールザインは新聞をしまい、周りに気を使ったのか小声で話を続けた。


「穴月の隠れ家、蛍火の心臓、影がさす丘の眷属、そして今回被害にあったのが、霧隠れの白灯台。

 いずれのギルドも一人残らず惨殺されていた」

「ひ、一人残らず……ですか?」

「ああ、目撃者を含め一人残らずだ」


 ゴク、とダリスは唾を飲む。

 中小とはいえ、今上がったギルドのどれもが二十人以上で構成されている。

 ギルドを設立できるのはA級以上のライセンスが必要なので、全てのギルドに必ず一人はA級冒険者がいることを考えれば、この行為がどれほど恐ろしいことか分かるだろう。


「白昼堂々ギルドに乗り込み、手練冒険者全員を逃がさず殺す。

 これを人間がやっているのだとしたら……感心してしまうほどの手際の良さだ」

「それだけ強いってことですよね……」

「ああ、だが犯人は一人ではない。肉の斬り方や死体の特徴を見るに、恐らく四人以上の犯行だろう」

「四人……それでも少ないですね」


 ダリスのつぶやきに、コールザインは静かにうなづいた。


「それで、その事件がどうかしたんですか?」

「ああ。実は、この事件には目撃者がいないことの他にもう一つ共通点があってな。アイシス。剣士が死んだ時、心臓に戦気が集まるのは知っているか?」

「ええ。実物を見たことはありませんが、話には聞いたことがあります」


 死後、戦気は心臓へ集まる。

 その性質は剣士の間ではよく知られていた。

 魔物が人間の心臓を好むのは、これが原因だと言われている。

 中には死体の戦気を吸収して強くなる魔物もいるのだとか。


「これまでに襲われた四つのギルド、その遺体のどれもが心臓を抉り出されていた。

 恐らく……いや、間違いなく心臓に集まった戦気が目当てだろう。

 その目的や使用用途は不明だが、碌でもない事に使うのは明らかだな」


 陰気な犯行。

 忍び寄る不穏な陰。

 その目的は誰も知らず、ただ不穏さだけが際立つ。


「そして今回アイシス達を襲った死霊戦気のかかった死体も、同じように心臓が抉り取られていた。傷口があまりにも似通っているので一連の事件と同一人物と見て間違いないだろう」


「へぇ。それは何とも奇妙な偶然ですね……」


「ああ、それでだ。今回の事件の共通点、目撃者の全員が殺されている……ということは。もしかするとあの死体を見たお前やネルも命を狙われるかもしれない、そう思ってな。

 不要な心配かもしれないが、警戒するに越したことはない。くれぐれも気をつけろよ」


「わ、わかりました……」


 命を狙われるかもしれないという現実、コールザインの迫力に気圧され少し身震いするアイシス。

 不安そうな顔をする彼の肩にダリスがそっと手を置いた。


「大丈夫だぜ、アイシス。俺も傍にいるし、ザインさんは超強いから。この街にいるうちは安全だ!」

「うん。ありがとダリス。ザインさんもわざわざありがとうございます」

「いやなに。若人の命を守るのは俺たち大人の役目さ。それに、今この街には心強い味方もいるからな」

「味方? 誰のことです?」


 ダリスが不思議そうに尋ねた。コールザインはS級の冒険者だ。

 その彼が心強いと称する、つまり彼と同等もしくはそれ以上の力を持っている冒険者が味方だと言うのだ。

 コールザインは口元をニヤつかせながら、くいくいと指で二人に近づくよう指示を出した。

 興味津々の二人が顔を近づけると、コールザインは小声で味方の正体を語った。


「……いいか、極秘の情報だから誰にも言うなよ。実はな、『神童』が今回の事件を調査しにこの街に来ているんだ」

「「しっ、神童がっもがもがっ!?」」


 あまりのビックネームに思わず大声を出してしまった二人の口を、コールザインが瞬時に塞いだ。


「バカッ、極秘だと言っとるだろーが!」

「「ご、ごめんなさい……」」


 目は輝かせたまま謝る二人。

 彼らが興奮してしまうのも無理はない。


 神童と言えば、今やアースディアでは知らないものはいない程の有名人だ。

 いや、アースディアだけでなく世界中に名を轟かせている、まさに現代の英雄といえる人物だろう。


 彼の真名はシリウス・ダーライツ。

 初めて世に名が出たのはほんの二年前のことだ。

 だが、そのたった二年の間に幾つもの難事件を解決してきた彼は、騎士探偵の名でも知られている。

 まだ現役であるにも関わらず、彼の英雄譚が作られる程の人気っぷりだ。


 その強さは世界最強との呼び声も高い。

 彼は自分のギルドを持っていなければ、冒険者でも無いため、ランクをつけることは出来ないが。

 恐らく、S級より上の次元なのではないかと言われている。


 彼の出身はアースディア帝国より遥か北に位置する国ヴェレダリア。

 シリウスは世界中を旅しているらしいが、人前にその正体を明かすことは滅多にない。

 その為、存在自体が幻なのではないかと言う人もいるほどだ。


 そんなヤバい英雄が近くにいると言うのに、英雄好きのアイシスとダリスが興奮しないわけが無い。

 今すぐにでも街へ探しに行きたいとさえ思っているほど興奮していた。

 そんな二人をコールザインがいさめる。


「まぁ落ち着け、気持ちはわかるが。この情報は本当に秘密だからな。絶対誰にも言うなよ!」

「何度も言わなくてもわかってますよ。なぁアイシス」

「この街のどこかに神童が! ああ会いたいなぁ、会えないかなぁ。うろうろしてたら会えるかなぁ。でも彼の顔知らないしなぁ……」

「ダメだこりゃ」


 話が聞こえないほど興奮しているアイシスは、世論に疎い割に強い冒険者や騎士にやたらと詳しい。

 その情報源は大体ダリスか、ギルドで毎月発行している『今を生きる英雄』という目覚しい活躍を見せる騎士や冒険者を取り上げた雑誌だ。

 そこで毎月のように上がる神童の名に、思いを馳せていた彼にとってこの話が吉報であったことは言うまでもないだろう。


「兎に角、この事件がおさまるまでは危険な行動を控えるように。もちろんダリスもだぞ」

「わかってますって。俺は慎重派なので、大丈夫ですよ」

「キシシッ。女で揉めて泣きついてきたやつの言うセリフとは思えんなぁ」

「あれは……確かに大胆すぎたかもしれません……」


 あれは一年ほど前。ダリスが三股をかけていたのがバレて壮絶な修羅場になった時、助太刀に入ったコールザインがその場を見事に治めたのだ。

 言葉巧みに女の子たちを操り、最終的にはダリスが体を張ることなくその場を治めた。

 それ以来ダリスは冒険者としてだけでなく、男としてもコールザインを尊敬するようになったのだ。

 女癖の悪さは相変わらずだが……


「じゃ、俺はそろそろ行くよ。アイシス、お大事にな」

「はい、ありがとうございます!」


 コールザインは最後にアイシスの頭をガシガシと撫で、席を立った。

 見舞いに持ってきた果物の中からリンゴを取りひとかじり。

 「うん、美味いな」と呟いて、そのままリンゴと一緒に病室から去っていった。


 ダリスも、それに続くようにオレンジジュースを飲み干して、「俺もそろそろ行くわ、このあと用事あるし」と言って出ていった。


 急に静かになった病室。一瞬の寂しさがこみ上げるも、すぐに消える。

 後に残ったのは、生きていたことに対する喜び。

 アイシスは血の通った腕が動く幸せを、一人静かに噛み締めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ