第1回
※胸やけするほど主観たっぷりです。
昨今、Twitterの作家界隈を賑わすワードと言えば、兎にも角にも『本格ファンタジー』だろう。
中には『なろう系VS本格ファンタジー』などと殊更に対立を煽るものもいる。
だが実はこんな対立は、本来であれば発生しようがない。
何故か?
『小説家になろう』において、本格ファンタジーのパイなどほとんどないからだ。
もしあなたが『本格ファンタジー』で、小説家になろうで読まれようとしているのなら、自分が『挑戦者』だという事を忘れてはならない。
潜在的な需要、という事ならば勿論あるだろう。
それを満たし、結果として読まれている作品が無いとまでは言わない。
だが想像して欲しい。
あなたが新規開拓を命じられた営業マンで、訪れた『小説家になろう町』で『本格ファンタジー』を売る為に客先に訪問しても
「ごめんね、ウチは古くからお付き合いのある店に、『追放ざまぁ』お願いしてるから」
「わるいねー、うちは『婚約破棄』しか仕入れてないんだよー』
と、商談すらさせて貰えず玄関先で断られる。
話すらろくに聞いてもらえない。
あなたが仮に逆の立場だとして、いきなり訪ねてきた営業マンの話を全て聞くだろうか?
そういう人間がゼロとはいえないが、ほとんどの場合商品説明なんて聞かずに門前払いだろう。
むしろ
「あの、この辺で本格⋯⋯」
「あ、大丈夫でーす間に合ってまーす」
バタン、とドアを閉ざされるのが当たり前なのだ。
つまり、小説家になろうにおいての『本格ファンタジー』というのは、その位の立場だという『自覚』がまずは必要なのだ。
本人達が『俺たちは特別なものを売ろうとしている!』とプライドを持つのは勝手だが、客側からしてみれば別にあってもなくてもいい商品。
全然シェアのない弱小会社の、飛び込み営業による新規開拓を命じられた営業マン。
それが本格ファンタジーを引っさげて、小説家になろうという場で読まれようとしてるアナタだ。
そこで
「この街の奴らは、全っ然、人の話を聞きやしねぇ!」
「他の会社がシェア取りすぎてるんだよ! ムカつくなぁ!」
と、営業マンが怒っていたら、多くの人間はそれを逆ギレだと捉えるだろう。
逆ギレしてはいけない。
あなたができる営業マンを目指すなら、まずは商談に持ち込まなければ始まらない。
つまり、わずかな取っ掛かりから、せめて会話に持ち込まなければならない。
そして、挨拶くらいはできるようになり、次に商談に持ち込むのだ。
それはつまりクリックして貰い、一話目を読んで貰うということだ。
そしてハッキリ言うが、取り扱う商品が『本格ファンタジーである事』は、それに一切寄与しないといってしまって構わないだろう。
まず、この本格ファンタジーという言葉。
これ自体が『罠』だ。
なぜか。
万人向けの定義ができないからだ。
曖昧なのだ。
だから『本格ファンタジーが読みたいな』なんて言ってる客は嘘つきだと言い切っていい。
この場合、客は意図して嘘をついている訳ではない。
要は、客側が思い浮かべている『本格ファンタジー』と、あなたが想定している『本格ファンタジー』は、合致しないのだ。
近い! とか 惜しい! とかはあり得る。
ただ、客は
「赤い服が欲しい」
と漠然と言っているだけで、あなたが
「ちょうど赤い服があります!」
と、赤いTシャツを差し出した所で
「あーすみません、思ってたのよりは、ちょっと丈が違いますね⋯⋯」
とか言ってくるのだ。
『ロードス島戦記』と、『ロードス島戦記みたいなのを自分なりに目指した作品』は全然違うのだ。
もっと言ってしまえば、あなたが
「取りあえず今回は本格とかじゃなく、流行りものでも書くか」
と、力を抜いて書いた作品が、読み手によっては
「ナニコレ、凄い本格的ぃ⋯⋯」
となる可能性さえあるのだ。
だからまず肝に銘じなければならないのは
『本格ファンタジーである事は、少なくとも最初の飛び込み営業の時点では、アピールした所で全くと言っていいほど強みにならない』
そして、さらに言えば
『仮に人気が出て、読まれたとしても、それが最大の売りになるとは限らないし、人によっては絶対にならない。なんなら本格ファンタジーとは認めてすら貰えないかも知れない』
という事だ。
もう理解しなければならないのは
「本格ファンタジー読みたいな」
なんて本当に思ってる人間は、このサイトにほとんどいないし、いても嘘つきだ、という事だ。
あくまでも、読んで貰った結果として『本格ファンタジーだと感じて貰える』、つまり『潜在的な需要が満たされる可能性がある』というだけで、その需要は絶対に顕在化して、なろうの主流になったりする事は無い、という話だ。
いや、だったらタイトル詐欺じゃねぇか!
と思うかも知れない。
大丈夫。
私が売り方を解説するのは『あなたの頭の中にある本格ファンタジー』だからだ。
ただ単なる事実として、それが『ウリ』にならないというだけである。
話は少しそれてしまうが、時は太平洋戦争時。
日本軍と米軍の違いは勿論色々あったが、そのうちの一つとして『情報戦』に対しての考え方があった。
といってもあまり詳しくないので、全然違うかも知れないが、日本軍において外国語は上級将校にドイツ語を話せる人間がいたくらいで、英語話者は少なかった⋯⋯らしい。
英語は敵性言語とされ、
「バスケトボーゥ」
なんて言おうもんなら
「籠球と言わんかっ!」
と叱られたという。
片や米軍は、日本語教育を確か二千人に施す為、高等教育を受けた日系人を指導役として学ばせた。
孫子の兵法で言う所の『敵を知り、己を知れば』って奴である。
Twitterにおいて
「俺はなろうの面白さわかんねー! あんなの読む気がしねー」
などと、まるでそれが素晴らしい事かのように吹聴して回る人物がいる。
それも、一人や二人ではない。
「ランキング作はタイトルだけでお腹いっぱい! 読むまでもないね!」
などとのたまってる輩だ。
読者ならばいい。
だが、作者ならダメだ。
特に、ダークファンタジーや本格ファンタジー書いてます、みたいな人に多い。
彼らは要は
「本日も敵性言語は使っておりません!」
「ヨシッ!」
と、謎の価値観で点呼を取り合いながら、なぜかそれでプライドが満たせる奇妙な集団だ。
「まー、相手どんな奴か良くわかんないし、知る気もないけど、神風吹くっしょ勝てる勝てる!」
と、楽観して、現状を直視しようとも、現実を知ろうともしない集団だ。
はっきり言おう。
本格ファンタジーなどという、特別でも何でもない、あってもなくてもいいジャンルで、Web小説サイトで『なろう系』に勝つ気があるのなら。
誰よりもなろう系に詳しくなろうとしなければ、成し遂げられない道なのだ。
という訳で、次回に続く。