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短編集

青春に笑え

作者: 月見里さん


 全てが灰色だった。


 ――という一文の物語がどこかにあった気がする。

 小説だったか。漫画だったか。古文だったか。漢文だったか。どこかのSNSに転がっていたものかもしれないし、もしかしたらアニメでのプロローグで言っていたことかもしれない。

 もしくは、ゲームか。

 どちらにせよ、色褪せた景色。くすんだ空間。閑散とした人生という意味合いでは、私の人生も似たようなものかもしれない。

 明日生きることよりも、今日が終わることを願い。

 未来への希望を抱くよりも、苦痛なき最期を願い。

 朝の目覚めが嫌いで、夜寝ることも億劫になっていく。

 そんな無気力かつ無意味とも思えた人生に、辟易とし項垂れ、地べたに這いずるよりも坂から転がっていた方が楽だと思えるような先行き不安な若者であった私。


 だからこそ、私にとっては使わない机と椅子が無造作に放り投げられている空き教室がお似合いであった。

 それも、空き教室の一番奥、出入り口から遠く更にはそこに人がいるかどうかなんて一瞬では分からないような場所――つまりは掃除用具入れに身を潜めているのが身を置き己の居場所を確認しながら、自分自身の図体のデカさに絶望するのにもちょうど良かった。

 高校生といううら若き時代の始まりを、ただ煩悩と埃とカビの漂う真っ暗な中で過ごす。

 それが根暗な私にとって丁度良かった。


「だって、誰かといても疲れるだけだし……」


 一時期、トイレの中や階段下など様々な場所を探索し、私に相応しいか精査してみたのだが、どこも駄目だった。


「どこにいても人がいるんだもん……」


 学校そのものが大きくないこともあって、どこへ行っても誰かしらの気配があるのだ。

 女子トイレなんて連れだって数多の女子がやって来て落ち着かないし、一つのトイレを占領しているとなればそれはそれで大問題になりかねない。

 いじめの対象になってはいけない。

 最悪上から水バケツを放り投げられるかもしれない。

 そう考えれば考えるほど、女子トイレは安息とは程遠い。

 じゃあ、どこがいいかと考えれば必然と候補は絞られてしまい、結局今の場所に落ち着いたのだ。


「屋上なんて開けるわけないし……あんなのアニメとか小説だけの幻想だもの」


 言葉を放つ度に、浮き上がる埃の小さなきらめきが自分の愚痴そのものに見えていやに愛おしく感じてしまう。

 それほどに、私は青春とは無縁で、枠外の人間で、距離を置いているだけの臆病者なのだ。


「まぁ、いいの……。どこへ行っても邪魔になるだけなら、独りでいる方がいいもの……」


 どこにだって誰かの居場所があるように。

 私の居場所が、住処がここだけという話。

 この狭苦しくて、カビ臭く、不健康になってしまいそうなほど現実とはかけ離れた場所がお似合いであり、唯一の救い場。


『――――大丈夫だって!』


 そんな青臭い考えに浸っていれば掃除用具の外の声が僅かに聞こえてくる。


「こんなところまで来るの……」


 それに陰湿な吐き出しを行う。空き教室のそれも一番使っていないだろう特別棟の最上階。それも、廊下の突き当たりまで誰かが来るのだ。

 物好きどころではない。好奇心旺盛どころではない。

 はた迷惑な勇敢だ。

 いつもみたく中庭や教室にいればいいものを。


「聞いた限り女子の声っぽいけど……」


 誰かは判断しようにも、人の声なんて覚えていない。

 ましてや、それだけで個人を特定できるほど他者との会話は日常茶飯事でない。

 だから、誰かは分からない。


「もしかして、私みたいな人だったり……いや、いやいやいや。そんなわけがない」


 私みたいな根暗で陰キャを更に濃くしたような人間なんていない。それだけが私が唯一自慢できることではあったが、件の人物は勇敢というわけではないようだ。

 ましてや、私と同種でもないわけだ。


『だから、一人で大丈夫だって。そんなに時間も掛からないし、みんなは戻ってて』


『でも……(ひな)ちゃん』


 ――ひな?

 誰だろう。記憶にもない。

 まぁ、そんなことよりも早くどっかに行ってくれないだろうか。あんまり人の話を盗み聞きする立場になってしまうのも嫌だし、できれば私が掃除用具に引きこもっていることなんて知られたくもない。


『だから、大丈夫だって。みんなは別の場所に行ってて、多分そっちの方が大変だろうから』


『…………はいはい。雛ちゃんは強情なんだから。何かあったら叫ぶんだよ? そうじゃなくてもちょくちょく様子見に行くからね。ご飯はちゃんと三食食べるんだよ』


『お母さん……うん。私、元気にやっていくからね』


 そういう漫才ができるだけ羨ましいとは思う。

 まぁ、私が漫才しようものなら、上手く喋られずなにを言っても聞き取ってもらえないから笑いすら起きないんだろうけども。

 というか、そろそろいいだろう。もうどっか行ってく――



 ――ガラガラ



 響いたのは、空き教室ゆえに扉を開ければ悲鳴をあげるような寂れて乾いた音。

 そして、それは私がいる空き教室に響いたのだ。

 え!?

 ここに入ってきた?

 まずいまずいまずい。なんでよりにもよって、この教室なの。他にもあったでしょ。辞めてよ、辞めた方がいいよ。誰かは知らないけど、カビ臭くて肺が腐ってしまうような場所になんて足を踏み入れてはいけないの。禁足地なんだから、立ち去った方がいいよ。


 しかし、そんな思いとは裏腹に教室を開け放った人物は徐々に、着実に歩みを進める。


『うわぁ……ホコリだらけ。どのくらい使ってないんだろ……』


 多分、数年くらいじゃないでしょうかね。

 ――イヤッイヤ イヤ! そんな心の中で返事をしている暇なんてない!

 もし、もしだ。彼女――ひなさんと言ったか。その人が私の入っている掃除用具に来てしまった時、どうするんだ。え、なにか切り抜ける方法はあるのだろうか。

 ドッキリ?

 いやいや、ドッキリができるほど仲良しでもない。むしろ、驚きより恐怖が勝るだろう。誰もいないはずの掃除用具に人がいるのだ。この学校の都市伝説になってしまう。そうなれば、私は『陰キャすぎるがゆえに人を理不尽に驚かせた罪』で退学だ。


 ……いや、退学でもいいんだが。

 それよりも、どうするべきなんだ。願わくば、目的が掃除用具とかではなく、使えそうな椅子か机を探しに来た、であれ!


『……ん? なんか所々ホコリが付いていない……? 並べ方も適当になっているわけじゃないし、通り道ができてる?』


 しまった!

 私しか使わないと思っていたものだから掃除用具までを塞いでいた机はどかせたし、その時色んなところを触ったから埃が取れたんだ!

 誰もいない教室のはずが、()()()()()()になってしまった。

 頼む、そのまま不気味に感じて教室から出ていってくれれば、それだけでいい。


『ま、先生か誰か来たんでしょ。それより、あのロッカーに掃除道具が入っているのかな。だったら、行きやすくて都合がいいや』


 まずい。

 まずいまずいまずい。

 目的は私のいるロッカーだ。

 バクバクと、口や耳といった身体中の至る穴から心臓が飛び出しそうなほど、心拍数が急上昇する。

 え、どうしよ切り抜け方とか何も考えていないし、いい感じの躱し方なんて手札なんかあるわけでもないし、このままじゃ私空き教室の掃除用具入れで過ごす変な女だという話が広まってしま――


「さ、掃除そう――」


「………………」


 考えている内に、真っ暗な世界へ尊き光が飛び込んでくる。

 目の前にいたのは、めちゃくちゃ美少女。ちょっと、童顔で垂れ目なのがチャームポイントと言うべきくらいの愛らしさ。肌もきめ細かい。身長は私よりも低く、かなりの低身長。それも愛嬌だろう。

 瞳なんてくりくりとまん丸。スタイルも制服の上でさえ分かるほど整っている。

 私とは対極にいるような人物が、悲鳴をあげることもなく、静かに驚き、状況を飲み込もうと思考をぐるぐる回している。


「……えっと、座敷わらしさん?」


「…………あ、はい」


 いや、違うけど。

 つい勢いで返事をしてしまった。


「……いや、目取(めとり)さんでしょ? そこはツッコンで欲しかったんだけど、ごめんね私が難しいボケをしちゃったから困っちゃったよね」


「……い、いえ。そんなことは……。というか、なんで私の名前を」


 私が誰のことも知らないのだから、誰も私のことを知らないと思っていた。

 だから、ひなさんが。明らかな陽キャオーラを撒き散らしている彼女が、知っているのは意外だった。


「え、だって。同じクラスじゃない? 静かに本を読んで、真面目に授業を受けてる目取さんでしょ?」


「いや、あの……そこまで見られているとは思ってなかったんですけど……」


 誰も私に興味がないと思っていた。

 私が誰にも興味がないから。

 誰も私を気にかけないと思っていた。

 私が誰にも気遣いができないから。

 でも、この人は私を知っていたのだ。

 私がこの人を知らないのに。


「そう? でも、見られて困るようなことはしていないんじゃない?」


「…………い、いや。こんな、その……掃除道具が入っているところで引きこもっているくらい変な奴なんで……」


 変な人。変な奴。おかしく、不思議な奴。

 それが妥当な判断で、正常な思考だと思う。ロッカーの中で、うずくまっている私にはそういった陰湿な印象がピッタリなのだ。


「まぁ、変かもしれないけど」


 ……。


「こういう出会い方もいいんじゃない? ほら特別な感じがして、もっと仲良くなれそうじゃない?

 こういう出会い方って、ドラマとかアニメとかじゃ運命的な出会いとか神様からの導きとか言うんじゃないかしら? 私、目取さんと前々から話したいと思っていたのよ」


 あぁ、なんと明るいんだろうか。

 眩しいのだろうか。

 私がここにいることをおかしいと思っていても、それはそれで片付け、私自身を見てくれる。私を見ようとしてくれている。

 神々しいとさえ感じて、目を背けたくなるほどの輝きで、遠い存在だと思っていた彼女はソッと、純白な手を差し伸べてくる。


「ほら、目取さん。せっかくだし、話をしながら私の手伝いをしてくれないかしら? ちょっと先生に頼まれてこの教室の掃除をしなきゃいけないの。一人じゃ時間が掛かっちゃうし、目取さんがいればパパっと終わりそうだし」


「…………」


 私は悩んだ。

 このまま手を取ってしまってもいい。しかし、それでいいのだろうか。

 彼女と私には大きな差があるはずだ。

 混じってはいけないような、混ぜてはいけないような、住むべき場所が違うのだから。その手を、触れてしまうのは臆するだけの――怯んでしまうくらいには不安が私を支配していた。

 しかし、彼女と私には大きな差がある。


「ほら、まずは立ちましょう」


 そう言うやいなや、悩んでいた私の手を無理やり、引っ張り上げたのだ。

 私が悩んでいるのならば、彼女は悩まない。そこにあるのなら、そこにあるだけを信じて、それ以上は気にしない。

 それが彼女で。


「……目取さんて意外と背が高いのね」


「……あ、いや。そんなには……」


「うん! じゃ、高いところの掃除は目取さんに任せちゃお! 私は低い場所を重点的にするわ。じゃ、ちゃっちゃとしましょ、目取さんといっぱいお話しなきゃいけないんだから!」


 私と彼女には大きな差がある。

 しかし、彼女は一切それを気にしない。

 だから、眩しいのだろう。

 ただ、なんだろう。

 掃除用具入れに引きこもって、暗がりを住処としていた時よりも、穏やかな気持ちになるのだ。

 不思議と。自然と。全てが灰色だと思っていた景色が、色づいていくのだ。取り戻すように。


「じゃ、目取さん。一緒に頑張りましょ!」


「……は、はい!」


 意外と人生は色鮮やかなのかもしれない。

 そう思ってしまうほどに、私は妬ましいほどの青春を遠ざけていながらいつの間にか、自分自身がその場所に立っていたことに笑ってしまうのだった。


 〜Fin〜

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