7話
一時強制退出を命じられた俺は空いた小腹を埋めるために持ち出したカップ麺を、玄関で食べ終えた直後のタイミングで天恵に呼ばれた。調理に二分。麺食べ終わるのに一分弱だから約三分くらいの女子同士の密会だった。
「ちょっと来なさい」
「なんだ女子会は終わったのか?」
「意外と早いお開きだったな。時間かかるようだったら、このまま洗い物に取り掛かろうと思ってたところだったのに」
「いいからとっと来なさい」
「スープも飲ませろって――って、うお、引っぱんなって! シャツ伸びるだろ!」
鍛えてもない癖になんて腕力だこのままだと中々気に入っているシャツが伸びてしまいそうなので、手を振りほどき天恵の追い越し部屋へと入る。
「話し合いは終わったのか?」
「終わった。条件は問題なさそうーーうん。ない」
二拍くらいの休符が気になるがそのくらいなら大した条件じゃなさそうなので口を休める。
「あとはあんた次第」
「お前の母親については話したのか?」
「説明した。助けたい人がいるって」
どんだけコミュ障なんだよ……ここまで話したら、隠すことでもなかろうに。どちらにしてもバレるだろうが。
頭部切開とかないよな。あれは勘弁してくれよ。あれって髪を全剃りしなきゃなるのは最終手段としてほしい。
「それは止めるというかしない」
「じゃあ条件はなんだ?」
燐が手を挙げて、「私と文音と一対一で話してほしいんだ。それが条件」
「こいつも結局この仲間に入るのか?」
言いながら、自分でもだいぶ失礼なことを言っている自覚はある。文音ちゃんは異質で大人びてて、少々戸惑うが、問題ないだろう。問題はーー
「すっごい嫌そう! しないよ! したとしても許可取るよ!」
問題はぴょこんと前に出て、両手をブンブン振る燐だ。こいつは天恵以上になにか危ないことを俺にやってきそうだからだ。
「お前の研究は進むのか?」
進めたくないが話を戻すように天恵へ視線を向ける。
「力にはなるのは確か」
少し迷いながらも、はっきりとそう答えた。こいつが迷うなら逆に話は早い。迷うということは朱宮燐がヤバいという感覚はあるようだからな。
「だよな。しゃーない。やるよ。とりあえず連絡先を教えろ」
スマホをポケットから取り出しながら、軽く肩をすくめた。気が進むわけじゃない。けど、進めるしかない時ってのはある。面倒な顔をしながらも、俺は連絡交換の準備をする。美少女二人との連絡交換で気が乗らないのは久々だ。
「燐はやった!」と飛び跳ねて俺との連絡先交換を喜んでいた。
こいつよく見ると外見は可愛いな。中身はまだ確証はもてないが目を瞑りたくなるほどヤバいやつかもしれんが。
文音ちゃんも渋々といった感じでスマートフォンを差し出してきた。ポーカーフェイス少女の文音ちゃんには睨まれている気がするのは機械のせいか交流時間によるものなのかわからないがはっきりわかる。これはSNSなんかでじっくり仲良くなっていく必要があるかもしれん。まぁ気長にやればいいさ。
「じゃあ詳しい話は研究に協力するための正式な参加手続きーーって堅苦しく言わなくてもいいか……面談後。だから月曜日ね」
「これからこいつとしっかり情報交換するから。すっぽかさないでちゃんと二人と話しなさいよ! 変なことするんじゃないわよ!」
文音ちゃんは小六だからない。天恵よりも大人っぽいけど。仮に告白されても泣く泣く断るだろう。
「私は?」
期待と不安が入り混じったような声。ちょっとだけ上目遣いになってるのがわかる。まるで告白を待つヒロインのような仕草だ。
「恋人がサイコパスってのはちょっと……」
「ひどいひどい!」 とポカポカと殴る燐。一撃一撃が中々重い。
「さっそくイチャついてんじゃないわよ! あんたはいつもいつも……」
彼氏いたことないからって僻むなよ。
「とりあえず今日はこれで解散な。解散」
すぐ終わると思うけど、マンション前の騒ぎについて郁美さんへの説明気味を果たさなければならないからな。
俺は逃げるように部屋を出ようとした瞬間ーーシャツの裾がなにかに引っかかったような感覚がして、足を止める。振り向くと文音ちゃんの手が俺のシャツの裾を掴んでいた。天恵ほどの力じゃないので、ダメージはさほどないだろう。気にすべきは先ほど述べたように気に入ってるシャツなので、あまりイジメないであげてほしい。しかし、あまり感情表現を出さない彼女が今日初対面(?)の年上異性の裾を掴むほど伝えたいことがあるとはよっぽどのことだろう。
「どうしたの? 文音ちゃん? やっぱり面談とか研究に関わるのいやだ?」
子どもっぽい扱いに一瞬ムッとした表情をしたが、仕方ない。子ども俺よりも彼女は子どもなのだから。
「あの郷田さんと牧之瀬さんにお伝えしたいことがありまして……」
「やはり無理やりやらされてたのか」
「違うから! 違うよね……?」
燐の顔を二回、俺の顔を一回と横断歩道を渡るときに視界確認をしたあとに文音ちゃん足元らへんに視線を落として天恵は挙動不審に尋ねる。
文音ちゃんは慌てて、「違います……参加はするつもりです。けど、その前にどうしても言っておきたいことがあって」と訂正した。
燐が、「大丈夫」と元気つけるように囁く。
文音ちゃんが決意を込めるかのように息を吸い、「あの助けていただきありがとうございました。経緯はどうあれ。お二人に助けてもらっていなかったらどうなっていたかわからないので」
感謝の言葉を吐くように述べる。
感謝されると思っていなかったので、俺ら二人は面を食らった。
「礼を言われるようなことはしてない」
あっさりと言った。結果として、俺と似たような境遇を年下で味あわせることになっちまったんだからな。俺からはそんくらいしかいうことはない。
天恵はというとめちゃくちゃ申し訳なさそうにしてる。なぜ俺の時にもそのような表情をしなかったのかは今度問い詰めるとしよう。
文音は小さく息を吐くと、まっすぐこちらを見据えて言葉を紡いだ。
「なにがどうあれ助かることができたんです。感謝してます。ありがとうございます」
静かな決意と感謝が込められた言葉だった。声こそ小さいが、その中に込められた真剣さは痛いほど伝わってくる。あれほど感情を見せなかった彼女が、こうして自分の意志で頭を下げ、礼を言っている――それだけで、どれほどの思いが詰まっているのか察するには十分だった。
続けて、彼女は少しだけ視線を外し、それでも覚悟を宿した瞳で語りかけてくる。
「天恵さんがなにをやってるのか聞きました。大変苦労なさっているのも。なにができるのかわかりませんが、協力したいと思いました。恩返しという意味も含めて頑張ります。よろしくお願いします」
燐が嬉しそうに一歩前に出て、文音ちゃんの肩に手を置いて、「じゃあそのお返しをするために明日の面談頑張ろうね」
頑張るのは俺じゃないか? というツッコミはおいておいて、「いまさらながら面談ってなにすんだよ。合格基準は?」
そして、俺が喋ったあとにすぐに表情をクールビューティーに戻すな。ため息つくな。もっと感傷に浸らせてくれ。
どうやら彼女は俺のことをなにか勘違いしているらしい。
この感覚は妹の友達のときと似ているから気にせんが、他の奴だったら結構凹むぞ。
天恵は腕を組み、まるで業務連絡でもするかのように淡々とした口調で言い放った。
「明日の面談次第では、なるべく源太郎と文音ちゃんが会わないように進めていくから」
その言葉に思わず眉をひそめる。なんの断りもなく勝手に話を進めているあたり、相変わらずの強引さだ。
「なんでだよ」
問い返すと、彼女は当然と言わんばかりに即答した。
「だってあんたチャラいから文音ちゃんに手を出さないか心配で」
呆れ混じりにそう言い返すと、天恵はわざとらしく肩をすくめて見せた。
まったく、こいつはいつもいつも俺をなんだと思ってるんだ。
「人を飢えた狼みたいにいうな」
くどいようだが、さすがに妹より年下の小学生には手は出さないっての。
「本当~?」
チベットスナギツネのような目を細めた疑いの目線に嫌気がさした俺は「あーもうっ! いい! 郁美さんに説明して俺帰るから」
俺は文音ちゃんが掴んでいた裾をゆっくり解き、「あとで連絡すると言い残し」外へと飛び出した。




