5話
天恵はとても慌てていた。俺も同じだ。心臓を氷の手で鷲掴みにされたような衝撃を受け、身体が一瞬飛び跳ねそうになったがなんとかこらえた。
「空って意味かな?」
俺は矛先と話題を空へと逸らす。
「ちがいます。あの建物です。宇宙人……とは違うと思います。でも、あそこにはなにか、痕跡がある。ともかく関連した施設、機材、もしくは痕跡が残されてる可能性があります。そして、あなたからもなにか感じます」
文音ちゃんは崖から崖へ飛び移るための助走のように大きく息を吸い込み、発言した。
「郷田さんでしたっけ? お住まいはどちらですか?」
相当な勇気なんかを振り絞っていったのだろう。走ってもいないのに息が荒い。
「源太郎の家はあっち!」
天恵が答える。なんでお前が答えるんだよ。凛とした氷の彫刻のような文音ちゃんの表情に、熱が宿って少し崩れる。熱源は明らかに不信感からきている。
「あそこがなにがあるのか知っていますね?」
まずいぞ天恵。分が悪い。ここはいったん誤魔化そーー
「お前らなにやってるんだ?」
左手にぶらさげている買い物袋と胸を揺らしながら、文音ちゃん以上の不信感を露わにした表情の人物が立っていた。
その人物とはこのマンションの管理人である牧之瀬郁美さんであった。まるで足音ひとつ立てずに現れた。気配すら感じなかった。 忍者かこの人は? そして右手では天恵を捕まえていた。
「こいつまた逃げようとしてたけど、また危険なことをしようとしてわけじゃあるまいな」
猛禽類に睨まれているうさぎのような気分だ。
「え? 由乃さん?」
振り返ると燐が驚きの表情をしていた。そういえばこいつは天恵の母親の顔を知ってるんだった。その妹である。郁美さんは面影がある。これ隠し通すのは無理そうだぞ。という目線をつかまったうさぎへと送る。
そのうさぎに例えた相手はもちろん爪にがっしりと捕まっている牧之瀬天恵のことだ。
どうやら色々長引きそうだ。




