閑話
人は用もなくフラっと立ち寄る場所なんかがあったりするだろう。俺にもいくつかある。
そして、その場所が最近一つ増えた。それは牧之瀬天恵の家だ。部屋じゃないのは彼女の叔母である牧之瀬郁美さんの部屋もちょいちょい立ち寄るからだ。今日はどちらにいこうかエントランスで悩んでいると、出かけ支度をした男女二人組のマンション住人に出会った。
「こんにちは」
俺はここの住人ではないが、もはやここの住人である、天恵よりも親密度でいえば高いといえるほど交流を深めているといえた。これは自己評価という主観的なものだけじゃなくて、オーナーの郁美さんのお墨付きだ。この前なんかマンションに関する連絡事項を間違って送られてくるほどだ。
しかし、例外はいる。それがこの二人組だ。
黒を基調でカッチリしたフォーマルな服装で、どこか危なげな雰囲気を醸し出しながら、「こんにちは」と渋い声で返事をしたのは二人組の一人の男性。
続いて、灰色を軸としたスーツのキャリアウーマンといった女性に凛々しい声で「どうも」と挨拶を返される。
二人ともどこかよそよそしい。それはこの二人と関係が深い天恵なんかのコミュ障とは異なるものに感じる。世話になってるみたいのは事実だから簡単なお礼くらいは言っておこう。
「いつもありがとうございます」
男性が当然かのように「仕事ですから」
「あなたたちの安全を確保するのが務めですので」
彼らの正体は天恵が雇ったボディーガードだ。俺らの身の安全や機械の機密事項を守る存在らしい。 彼ら以外にもいるということを仄めかしているが、詳しい部分は謎だ。
雇い主に理由を追求したところーーあんたにあまり情報を漏らすのは拡散に繋がるとぐうの音も出ないことを言われた。俺は目立ちたい質の人間だ。おいそれと秘密を話すなんてことはないが、その
危険性が高まるのは否定できんので引き下がったけどな。
まぁいいか……いや、よくない一つ聞きたいことで聞かなきゃいけないことを思い出した。
「すいません……お二人の名前をお名前を伺ってもいいですか? 」
名前を訊いてなかった。表札も越してきたばかりか、まだ貼られてなかったはずだ。
このさいだから名前くらいは訊いておこうと思ったが、「いずれわかります。それにこれから待ち合わせがあるので」と断わられた。
必要なこととはいえ、気遣いができてなかったかもな。そもそも出かけ支度してる二人を呼び止めるなんて空気を読まなさすぎたかもしれない 。
「もしくは嫌われてんのかな」
珍しく独り言を呟く。それとも公私はしっかりわけるタイプなのかもしれない。
こっちは仕事とは言いきれない感じだからな。一応人の命がかかってるというのに。
それでいいのかと思うが、本人がそれでいいと言ってるのでどうしようもないが。
とりあえず行く先は決まった。あの二人組の雇い主にのほうに行こう。そして、あのボディーガードの名前を訊こう。
……と、帰宅時に玄関で思い出した俺は本当にバカだった。 くっそ。バスケットゴールを預かって強引に遊びに誘ってきた郁美さんが悪い。いや、一番悪いのは、スリーポイントがうまい天恵か。俺が本気になっちまったせいで、ジュース三本もおごらされたし。




