女神様にお願いされて異世界転生した俺。スキル《冒険の書》のチート効果《N章N回目のデータ引き継ぎ》で1章1回目から最強なんだけど、N回目の俺何してこうなったの!?
俺はマッチョだ。
別に筋トレとかしてたわけじゃない。野山を駆けたり、木に上ったり、田舎のガキらしい遊びは一通りしたが、それだって人並みだ。それだけで、マッチョになった。体質なんだろう。運動部のやつにひどく羨まれた。
身体は向いてるみたいだが、俺はスポーツというのがどうにも苦手で、高校では美術部に入った。
もちろん、ここはオタクの巣窟である。
田舎のガキらしくマンガ、アニメ、ゲームにもどっぷりだったからな。共働きの強い味方三種の神器だぜ。
女子比率のが多いのがちょっと気まずいけどさ。
「先輩、飲み物、何か欲しいのあります?」
「いや、私プロテインはお腹緩くなるから」
「マッチョじゃねえから!いや、マッチョだけど!」
「イイつっこみね」
先輩が笑う。やったぜウケた。
ベリーショートで眉毛も細く、ボーイッシュどころかもはやパンキッシュなこの先輩。芸大志望のとんでもない人で名前は那弥陀さん。渋いのか派手なのかわかんない名前だけど本人も良くわかんない、見た目オラついてるのに中身はめちゃくちゃ優しくユーモラスでチャーミングな人だ。公序良俗に反するからと髪染めもピアスもしてない、不和をよしとしない真面目なところもある。ぶっちゃけ好きだ。
校則なかったら剃り込みとか舌ピとか好き放題するとは言っていた。怖い。いや、マシマシな先輩も見てみたいが。
「じゃあ、お駄賃わたすから僕の分もお願いね」
後ろからベルトをギュッと掴まれた。
「あ!時雨さん。ウッス!」
ニコッと笑う可愛らしいこちらの先輩は時雨さん。
おかっぱが良く似合い、顔とか指とかパーツがいちいち小さくて可愛い。あと良い匂いがする。
「良いなあ、僕もこれくらい背中広かったらなぁ」
だがオトコノコだ。
こっちの先輩はオタク仲間で、よく週刊漫画とかの考察を語り合ったりしてる。
筋肉に異常な拘りを持っているので芸術家としての血潮も濃く流れているのだろうが。感極まるとギュッとしてくるのだが、性癖が歪むのでやめていただきたいぜ。
美術室を出て、階段を降り、小さな中庭を抜けた。図書室を通りすぎて自販機の並ぶスペースへ。
カフェオレ、コーラ、甘酒を買う。
カフェオレはポケットに突っ込んでコーラと甘酒を持って歩いた。
那弥陀先輩と時雨先輩は付き合っているらしい。お互いの家に泊まり込んだり、都会の専門系の本屋にデートで行ったり、ちらちらと盗み聞いただけだがそんな事を耳にした。ソクバイカイに間に合わないとか、ラシンバンをぐーるぐるだとか、二人にしかわからないやり取りが多くて深くは知れないのだが。
告白するまえに玉砕しているのだぜ。
今も、数学だか国語だかの答え合わせなんかをしているようだが、磨りガラスにうっすら映るシルエットが重なっていて、イチャイチャタイムのようで入りずらい。
「サカミチはかけ算の後ろだよ。だっていつも後ろから追い上げて駆け抜けるじゃない」
「いや、関係ない描写に因むな。そんな誠実さはいらん。おもっくそ原作に不誠実なもの描いてんだから」
「すいませーん!両手塞がってて、開けてもらっていいっスかー!?」
バタバタと影が動いて扉が開いた。
「わぁ、ありがとう。寺沢くん」
抱きついてくる時雨先輩。嫉妬ももちろんあるが、こんな可愛い人を心底は憎めない。どうしても二人は隠したいみたいだし、気付かないフリで見守っていこう。
俺の名前は寺沢武論。魂もマッチョなのさ。
しかし、良い匂いがする。
ーブォンー
「?なんだ、なんか光って」
那弥陀先輩が声をあげ、そのまま消えてしまった!?
先輩の足元には光る、魔法陣みたいなものと、インクやペン、紙が散らばっている。
「那弥陀ちゃん!?あうっ。……寺沢くん!」
魔法陣へ駆け寄ろうとした時雨先輩がこちらを振り返り叫ぶ。
「お、俺にも!?」
足元に眩しい光!魔法陣が浮かび上がっている!?
「寺沢くん!ヤダー!!」
俺へ手を伸ばす時雨先輩を見つめながら、意識が遠のいていった。
(……あれ?ここ、どこだ?)
確か俺は女神様からスキルを授かる為に12才の誕生日に神殿に呼ばれて、魔法陣に呑まれそうな俺を先輩が
二人分の記憶が混ざり合いえづく。何だ?これは。夢か?どっちが?
「目覚めたか。ブイ=ブロンソン。いや、寺沢武論よ」
雑なコマ撮りみたいに女神様が空間に降って湧いた。いや、女神様に不遜過ぎる物言いだがな。天にも地にも、あまねくいましますのだから、このような顕現も造作もないのでしょう。
反射的に跪く。こっちとあっちで状況の把握が出来不出来の衝突事故を起こしている。ここは神殿でこの方は神様なんだから当たり前だし、さっきまで教室だったのに、なんか神様みたいなのが出てきてこわい。またえづく。
「時間がない。手短に。お前は、お前の世界で言う異世界転生をしたのだ。しかしその記憶を、お前の12才の誕生日まで封じてきた。スキルを授かるこの日まで」
「オェ。なぜだ、でございましょう」
「現在、この世界は神と人とで争っている。お前には神の尖兵として戦ってもらうつもりだったのだがな……そうだ、スキルを使ってみなさい」
説明を途中でやめてなんなんだ一体?しかし神から直々の命令だ。ブイ=ブロンソンとしては否やはない。
自身に今しがた授けられたスキルを確認する。
スキル《冒険者の書》を獲得しました。
発動しますか?
「発動しなさい」
「はい」
冒険の書を作成しました。
現在、序章1回目の攻略です。
ハッピーエンドを迎えるまで頑張りましょう。
なんだ?これは。
「お前のスキルには特別にチート能力もつけた。そちらも使ってみなさい」
良くわからない良く見知ったセーブウィンドウ窓?なるほど確かに窓枠に似ているオェ、セーブウインドウをタップ。2ページ目を開く。
攻略特典《N章N回目データダウンロード》が解禁されました。
発動しますか?
「天秤の女神、お覚悟!」
突然神殿の扉が蹴破られ、見たことのない装備の兵士達が雪崩れ込んできた。これはブイと武論どちらも見たことのない出で立ちなのでえづくことは無かったが、つまり他国の兵士ってことでまあとにかく最悪な状況だ。
「発動しなさい」
《冒険の書》発動!N章N回目データをダウンロード!
アバターが一時的に変更されます。
肉体が光輝き、形が変わって行く。寺沢武論のマッチョ体ではなく、ブイ=ブロンソンの少年体でもない別物に。そして、変わり果てた、俺であって我でない、己の体に染み付いたスキルを発動する!
「スキル《ぽこぽこパンチ》発動ぅ!えいえいえいえい」
「わぁ!急に苳の民の子どもが現れたぞ!」
「ヒューマンの町にかよ!?」
「ここは戦場だ。早く逃げなさい!」
ぽこぽこ兵士さん達を殴るが、弱すぎて攻撃と気付いて貰えなかった。
開きっぱなしのセーブウィンドウを見る。セーブデータの横に童顔のちっちゃな人物が写っていた。これが今の俺ってことか?何だこのちみっこい可愛い生き物。
絶体絶命だ。いや、俺は大丈夫そうだが。女神様が死んだらもうこの国終わりなのでどっち道な話だ。オェ。
「ジャスティス波ー!!」
また価値観だか倫理観だかのズレでえづいていたら女神様が何かぶっぱなした。いや、戦えるんかい。
「いや、人間あいてに戦いたくはない。実はな、お前の記憶を封印したのはそこに起因する」
そうだ、それ投げっぱなしだった。
「人と神が争うことになったのはだな、神を殺して力を奪うことがいま大流行しているからなんだ」
「そんなもん流行らすな」
「人と神だけでなく、神と神でも起きていて、私、とっても憂いている」
「はい」
「それが理由だ」
「いや、意味わかんないっすねぇ」
えずかないですねえこれは。
「そもそも、神様なんて人間には殺せないでしょう。どんだけ数をそろえても」
流行ってるって言ってもその先駆者はどうやったんだよ。特殊ジャンルの草分け作家じゃないんだから。神殺しだぞ。力を奪うための力がないんだぞ。……洋服を買いにいくための洋服がないみたいになった。すごく嫌。
「お前の世界と同じでここには八百万の神がいる。中には、人間だけで世の中を造りたいとか言う男に惚れ込んでしまった、憐れな女神も、1人くらいいるのさ」
ーオオォォォォォォ!ー
地震のように大勢の掛け声が聞こえてきた。
「すっかり囲まれたな」
「囲まれてんのですかよ!?」
「ああ、お前が物心つくころにはもう大分ヤバかったんだが、何とか12才の誕生日迎えられるまでは保ったか」
「保ててねぇんだよ!?首都陥落寸前じゃねぇか!いや神様がまだ死んでないだけで実際陥落だよ!なぜこのタイミングで記憶戻した!?もっと前から始めさせてくれよ!ああああ!《冒険の書》消去してぇぇぇ!」
「いやぁ、実は、それぞれの言い分もわかるし、この戦いに参加するかどうか、ずっと悩んでいてな。だから天命に任せようと思って。天命がもし私に正義を為せと言うならば、きっとここからでも逆転できるだろうなって。それがお前の記憶封印した理由」
無茶いうな!
第2陣が雪崩れ込んできた!クソッ自棄っぱちだぜこうなりゃ!
《冒険の書》発動!N章N回目データをダウンロード!さらに!
「《隠忍雀》発動!食らいやがれぇ《全範囲爆裂攻撃》!!」
暴風に乱れる桃色の髪はそのままに、すっかり真っ青になった両手を北と南に突き出す。
全範囲と言いつつ何らかの力で指向性を持たせて北と南に一直線、巨大なエネルギーを解き放った。敵の軍勢は跡形も無い。この破壊の跡形は何処までも続く。大地を巨大な半円に削り、東西に押し広げて山々が出来た。見渡す限りずっと。変な力での働きで造山運動しちゃったよ!地学の授業で習ったねこれ!ヤバくないかこれ。敵味方も関係なく大勢を消し飛ばしてないか?何もかも。人も神も関係なく。
神:エレキシガルを殺しました。
権能があなたへと移ります。
序章1回目、クリアおめでとうございます。
1章1回目が開始されました。
攻略特典《リスタート時ダイスリロール》が解禁されました。
発動しますか?
そんなもん、いいえ、だ。今それどころじゃねぇ。
「何だよこれは」
肌の色も、色彩反転した目も元のブイ=ブロンソンの姿へもどる。
元の、只の少年に。
そこへ、南北から海水が押し寄せてきた。どうも、先ほど放ったエネルギーは、遥か南北を消し飛ばしてそれぞれの海まで到達したらしい。
「N回目の俺何してこうなったんだよ……」
ボヤキながら飲み込まれ、そしてセーブウィンドウが表示された。当たり前のように死んでしまったらしい。
1章2回目が開始されました。
《リスタート時ダイスリロール》を発動します。
サイコロを振る手を幻視する。これが人生の始まりに見る光景かよ。寺沢武論としての意識も、ブイ=ブロンソンとしての意識も漂白され、曖昧に、いや、平坦に、なったのか。ゲームのステータスが一度リセットされるように。嫌な再現の仕方だな。自分が自分じゃなくなった気分だ。ポイントを割り振るタイプのRPG、キャラに感情移入してしまってもう出来なくなりそう。
獲得したポイントでキャラクターを作成してください。
うわ、こんなに細かいのか。しかも消費ポイント高い。肌は、あれは毒の民、ってやつか。いや、ここにあるどれを組み合わせてもああはならんやろ。
「N回目の俺、本当に何してああなったんだよ……」
セーブウィンドウを見る。どうも、大波に呑まれる前からスタートらしい。上手いこと能力を使って脱出しろってことか。ステータスを割り振り、種族職業を決めていく。
「まあ、泳ぐのハ論外だガ、試行錯誤するしかナイ」
まあ、女の民の誇りにかけテ、職業の矜持にかけテ、まずハ、この波に乗るカ!!
冒険の書を再開しました。
現在、1章2回目の攻略です。
ハッピーエンドを迎えるまで頑張りましょう。