1.大嫌いな夜会
私は夜会が苦手。
エスコートしてくれる相手も居ないし、ダンスも楽しくない。
ダンスが下手な私は、いつも相手の足を踏んでしまったり、何かしらやらかしてしまう。
お父様が相手なら問題無いのになぁ……。
今夜の学園主催の夜会に出席する為に準備を整えていると…鏡には憂鬱な顔をした私が映っていた。
「行きたくないなぁ」
思わず本音を口にすると…ふわりと頭を撫でられた。
「そんな顔をしないの!!」
振り向くと、私の頭を撫でた手は、頬を優しく包み込んだ。
「レイレナは笑ってる方が可愛いわ」
「お母様…」
綺麗で優しくて大好きなお母様。
「今夜は女神様の聖誕祭だから笑顔で居ると素敵な事が起こるわよ」
素敵な事…?
「お嬢様、そろそろ時間です」
馬車の準備ができた様でメイドが呼びに来た。
「何か嫌な事が、あったらすぐに帰ってきなさい。お父様もお母様も貴女の味方よ」
お母様に背中を押されて馬車に乗り込む。
笑顔か…。
窓に映る私の顔は少しぎこちない。
会場に着くと、大嫌いな男が近づいてきた。
この男は、私が夜会を嫌う原因の一つでもある。
辺りを見渡すとクラスメイトの令嬢達が固まってお喋りをしているのが目に入った。
「ごきげんよう」
「まぁレイレナ様、ごきげんよう」
私の背後に目を向けると優しく微笑んで私を引き入れてくれた。
「ルーカス様は、まだレイレナ様を諦めて居ないのですね…」
皆が苦笑しているのが恥ずかしい。
私の大嫌いな男、ルーカスは一学年上で少し強引な所があるけど小心者で私の周りに人が居ると近づいて来ない。
「それより、今夜の夜会にはスペシャルゲストが招かれて居るらしいですよ」
「スペシャルゲスト?」
「あ、学園長先生がいらっしゃいましたわ」
学園長先生の登場に皆が静まり返る。
「本日は、特別なお客様をお招きしている。皆は失礼が無いように」
学園長先生に招かれて入ってきた人に、私は釘付けになった。
そこに居たのは、私の初恋の人。
幼い頃に数回、会っただけなのに今でも忘れられない人。
ずっとずっと会いたかった人。
私の目の前に、国王陛下が居る。
陛下の挨拶も頭に入ってこない。
皆に聞こえるんじゃないかと思うくらい胸が高鳴る。
「では今宵のファーストダンスは陛下にお願いします」
ファーストダンス…陛下は誰と踊るの?
どうしよう…見たくない。
思わず下を向いてしまう。
「レイレナ様!!」
クラスメイトに名前を呼ばれて顔を上げると…私の前には陛下が立っていた。
「え?」
「愛しい姫君、踊って頂けますか?」
え?私?
混乱しながらも差し出された手に私の手を重ねると陛下は私を引き寄せて中央までエスコートしてくれた。
思わず手を握ってしまったけど…今頃、ダンスが苦手な事を思い出す。
「あの…陛下、私…ダンスが苦手で…」
小さな声で話しかけると、陛下は優しく微笑んだ。
「大丈夫、私に任せて」
曲が始まると陛下は私をリードしてくれて、とても踊りやすい。
「すごく上手だけど、苦手なの?」
陛下は不思議そうに聞いてくる。
「いつもは相手の足を踏んでしまったり、私の足が縺れたりするんです…」
すると陛下は小さく笑った。
うぅ…恥ずかしい。
「それはレイレナが上手すぎて相手が下手なんだよ」
「え…?」
陛下は今、私の名前を呼んだ?
「私の事、覚えていてくれたのですか?」
「忘れた事なんて一度も無いよ」
陛下が私の手を、ぎゅっと握りしめる。
恥ずかしくて堪らないのに陛下から目を逸らす事が出来ない。
「あ、あの…」
曲が終わっても陛下は私の手を離さず握ったまま。
「君の手を離せそうに無いな…」
え?
そのまま二曲目が始まってしまった。
二曲続けて踊る私達に周囲が、ざわついている。
二曲続けて踊れるのは夫婦や婚約者のみ…。
陛下が知らない理由が無い。
大きな期待と小さな不安で胸が押し潰されそう。
曲が終わると陛下は、私の腰に手を回して引き寄せた。
「続けて踊ったから疲れたね、休憩しようか?」
陛下は私の手を引いてバルコニーへと出た。
風が冷たくて気持ちが良い。
「リオネルの気持ちが分かるな…」
え?
突然、お父様の名前が出てきて驚いてしまう。
「リオネルは、レティシア夫人と踊った後は必ずバルコニーに連れ出すんだよ」
「どうしてですか?」
「それは、他の男と踊って欲しく無いからだよ」
お、お父様って私が思っているより独占欲が強いのかもしれない…。
「私も同じ気持ちだよ。レイレナが他の男と踊るのを見たくない」
陛下は私に優しく微笑む。
それは、どういう意味なの?
怖くて聞けない…。
「レイレナ…これは王命でも何でも無い。嫌なら断ってくれて構わない」
「はい」
「私の伴侶になって欲しい」