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(3)

 特に船内に支障が出た風もなかった。ただ衝突時の衝撃で航路がずれたこと以外は。どうやら自動排障装置も駄目になってきているらしい。あんな巨大な浮遊物体を感知できなかったとは。

 薄暗いコントロール・ルームの椅子に身を沈めてサリーア号船長キルシュは暗澹たる思いにとらわれていた。一体どれだけの船体機能が失われているのか、考えるのも恐ろしいほどである。予定航路をとうに外れた船は、今もあてもなく暗い空間をさまよい続けている。絶望への航路----このことを知っているのは船長たるキルシュと副長のセリーエ、技師サファドの三人だけである。

 もう200年以上昔のことになる。技師の一人が船を破壊しようとしたことがあった。クルーたちの活躍で致命的な破壊は免れたものの----船は大きく予定航路を外れてしまっていた。それだけではない。船体の姿勢制御部分の大半も、また、その時失われてしまった。

 サリーア号船体の3分の1は実は全く機能していない。一般乗員たちは単に必要ないから使われていないのだと思っているらしいが、使っていないのではなく、使えないのである。

 無論、何度も修理は試みた。が、この小さな船では環境維持が手一杯である。積み込まれていた予備部品はその前の事故の時に大方使い尽くされていた。部品がなくては修理しようにも修理しきれない。無論ちょっとした部分はなんとかならなくもない。が・・・ここまで大規模に狂ってしまうといかに技術陣が優秀であるとしても、いかんともしがたい。

 ゆっくりと死んで行く船を、代々の船長たちは見守り続けて来た。当初の予定航路を外れ、戻ることもできず、さりとて別な目標を定めることもできず・・・

 一般搭乗者たちには、当初予定地が居住に適さないことが判明したので第二候補へ向かうのである、と説明してきた。完全な嘘。それでも----他にどんなやりようがあっただろう?

 元々サリーア号はこれほど長い航行を想定して作られてはいない。一つ、また一つと機能が停止して行くのもやむを得ないことではある。とにかく生命維持に必要な基幹部を優先的に維持するようにしてはいるが、いずれは基幹部も浸食されて行くことだろう。

----願い(サリーア)、か----

キルシュは虚ろに笑った。なんと皮肉な。


 ため息の出るような巨大船である。母艦の白竜号も一般船としてはかなり大きなほうだが、その数倍はゆうにある。

 サリーア・・・願い。どこの言葉から拾ってきたのかそう名付けられた船は、ピルナ5を目指して飛び立ち----そして消息を絶った。その古い古い船が今、皆の目の前にあった。

「通信への返事は?」

医師霧影まやが背後から尋ねる。副長にして今回の作戦リーダーでもあるレイ・アリューズは首を振った。

「まだないようだ」

 小型の噴射装置を取り付け、強制的に減速させた。作業しやすい速度まで落とすためである。事前に幅広い周波数で呼びかけておいたが、一切返信はなかった。

 船内の様子が全く分からないので、ゆっくりと一週間かけて減速させたが、今に至るまで、サリーア号側は、完全に沈黙したままである。全て死に絶えてしまったのか、それとも、何か別な理由があるのか・・・

 相手船との相対速度をほぼ0にまで詰め、汎用ドッキング・ブリッジを延ばす。サリーア号船体にブリッジ先端を密着させると、まず、宇宙服を着たクレイがドッキング部に近づいた。ハッチ付近を探る。

「ありました」

落ち着いたクレイの声が作業船と白竜号のコクピットに響いた。

「操作できそうか?」

作業船コクピットからアリューズが尋ねる。

「できそうです」

 故障等が起これば、船外活動も必要になる。万一に備え、「外から中へ戻れる」仕組みがあるはずだというのが、106技術陣の考えだった。そして、それは、比較的簡易に実行できる状態になっているだろう、と。

 その予測は、幸いにも当たっていた。程なくしてクレイは、サリーア号のハッチを開くのに成功した。

「サリーア号に到着しました。内部の環境数値は、全項目ブルー」

クレイの報告を受け、待機していたまやもサリーア号へと乗り移った。

「・・・?」

航行状態を監視していたリートはおや、と首をかしげた。ハッチランプが点灯している。特に外へ誰かが出る、という報告も出ていないはずなのだが・・・と、思う間にまた再びランプは消えてしまった。

「少し様子を見てきます」

リートは船長にそう告げてハッチへと向かった。子どもたちがいたずらでもしたか?

 通路を抜けて第7ハッチ近くまで来たリートは、見慣れぬ影に足を止めた。宇宙服・・・のようではある。が、こんな宇宙服は見たことがない。光の加減で顔がよく見えない。

 何かマイクとおぼしきものから声がしたけれどもなんと言ったのかは分からなかった。

「ラウィか?ニキか?」

リートは声をかけた。

「馬鹿な遊びをするんじゃ・・・」

言いかけて目を大きく見開く。

 後で思えばよく卒倒しなかったものである。ヘルメットを脱いだ目の前の人物は、ラウィでもニキでもなかった。栗色の髪、はっきりした目鼻立ち、唇には真っ赤なルージュ。少し丸顔でややぽっちゃりした感じの・・・

----誰だ?----

 しばしリートは動けなかった。

 この船にいる現在の乗り組み人員はおよそ200名。その全てが互いに顔見知り----のはずである。

 と、その相手ははっきりとした発音で言った。かなりたどたどしい。

「白竜号の医師、霧影まやといいます」

「・・・??」

一体何が起こっている?リートは後ずさりながら考えた。どうすればいいのか分からない。サリーア号が地球をたってこのかた300年余り、途中大きな事故もあった、内部崩壊寸前まで行ったこともあった。それでも----こんな不可解な事態は初めてである。見知らぬ人間がこの船に現れるなんて。

「地球人です」

相手はそう告げてきた。

 正確にはまやは地球出身ではない。が、この際そのくらいの「誤差」はやむを得ないだろう。それがブルストリーの判断だった。そうそう複雑なことをいきなり話すわけにも行かないのである。

 リートはゆっくりと首を振った。チキュウジン?チキュウジンって何だ?

「こわくない」

まやはそう言った。何しろ付け焼き刃の言語知識である。これだけ話せるだけでもよしとしてもらわなくてはならない。

「リート、一体何をもたついている?」

 不意にリートに背後から救いの主が現れた。シュウエンである。船長のキルシュがいつまでたっても報告がないのを不審がって送り込んできたものらしい。

「ガキどもの・・・」

言いかけたシュウエンはリートと同じく硬直した。

「な・・・」

「霧影まやです、地球人です」

まやは、辛抱強く言葉を繰り返した。リートが現れた時の様子から、そう切羽詰まった状況にあるわけではないらしい、というくらいの見当はついている。となれば次は、接触(コンタクト)のための準備に入らなくてはならない。とにかく、こちらの存在に慣れてもらうこと、敵意がないと認めてもらうこと----である。

 300年という長い年月を完全に閉鎖状態で過ごした彼らに、「外部」という概念が残っているのかどうか、まやはそこが不安だった。彼らは、日常接する人間以外のものが存在する、ということを受け入れられるだろうか?

 無論、知識としては彼らも知っているはずである。自分たちの起源は地球という惑星にあり、そこにはまだたくさん同胞が住んでいる、と。あくまで親たちが教育を怠っていなければ、の話ではあるが。通常、平均より強力にこうした教育は行われているはずだ----マネージャを務める翠楓はそう言っていたけれども・・・

「地球人」

後から来たシュウエンの反応も似たようなものだった。途方に暮れたように立ちつくす。

 シュウエンにせよリートにせよ、地球人を知らないはずがない。地球を知らないわけがない。が・・・二人の当惑は、その地球人の実物がここにいる、そのことにあった。どう考えればよいのかが分からない。まるで映画の中の登場人物がいきなり実体化したような、そんな感じである。そして二人は船を預かるだけあって、きわめて現実主義者であった。

 彼らの中で地球は時を止めている。二人に限らず、全てこの船内にいるメンバー全員にとって、地球は長い時の中で美化され変容した、300年前の地球の姿をしている。追いついてくるなどとは思いもよらない。いや、そもそもそこから後発が出てくるなどということは。

 そうこうするうちに、とうとう、二人の背後から最強の現実主義者が現れた。この船の最高責任者、キルシュである。

「地球人なのだそうです」

シュウエンが途方にくれたように言った。いつもの快活さの影もない。キルシュはしばし穴があくほどシュウエンを見つめ、それからまやに目を向けた。

「霧影まやです。地球からきました」

たどたどしいしゃべりかた。

 地球人。その言葉がキルシュの胸に落ちるまで少しばかり時間を要した。地球人だって?

----神よ----

思わず叫びそうになる。こんなことがあるのだろうか?それとも夢か?心の奥底で密かにそうあれかしと願っていた・・・その願いの見せる夢なのか?

 けれどもキルシュは初めの動揺を見事に飲み込んだ。小さく息を腹の底に落とす。そしてはっきりとした声で返した。

「本船船長、キルシュです」

 やった、まやは内心思った。初めての「適切な」反応である。

「すみません、言葉、下手です」

ゆっくりとまやが言う。

「メッセージ」

言ってからしばらく考える。えーと、なんだっけ。

「聞いて下さい」

 言って胸元のレコーダのスイッチを入れた。機械翻訳された古い言葉でメッセージが流れる。


 突然のコンタクトをお許し下さい。私たちは同じ地球人の系譜を持つ者です。サリーア号については私たちも聞き及んでいます。300年の昔に地球を発った勇気ある人々。遙か昔音信が途絶えた後も、そのことは語り継がれて来ました----


 ブルストリーの声に似せて作ってある。

 さすがのキルシュも、しばし状況を理解するのに時間がかかった。地球人の系譜、地球人の系譜・・・300年の昔と言ったな。ということは・・・

 ひとわたり聞き終えると、ハッとしてキルシュは言った。

「すみませんね、このようなところで立たせっ放しにしてしまって」

いつもの癖で早口に言ってしまってから、ゆっくりと言い直す。あの翻訳でさえ、かなり言葉が異なるようである。古めかしい----そんな印象があった。300年のうちに、船内であちこち言葉が変化してしまっているのである。何しろここは小さな世界である。あんなまどろっこしい言い方をしなくても大体のところは、話が通じる。

 招待を受けた時点で、ようやく後ろに控えていたクレイが宇宙服のヘルメットを外した。クレイというのは不思議な男で、奥に控えてじっとしていればおかしなまでに気配がない。

「クレイ・モナクといいます」

クレイも同じくたどたどしい言い方でそう告げた。こうなれば一人も二人も同じことである。キルシュはリートに人を呼びに行かせ、シュウエンにコントロール・ルームを預けると先に立った。

「コンタクト第1段階終了。第2段階に移ります」

クレイから手短な報告を受けたレイ・アリューズは、母艦のブルストリーたちにそう報告した。まやたちの受け入れが上手く行けば、次はアリューズたちの番である。アリューズに教授ことタルクス、そして技師が3人。この子機にはパイロットのフレイヤ・テミス他1名が残るだけである。

「逐次こちらに言語データを回して下さい」

白竜号の声がした。

「随分訛っているようですからね」

 古いデータを元に翻訳機を作成しはしたが、確かにかなり言葉が独自の変化を遂げているようである。といっても現在の地球共通語ほどではないのだけれども。

「分かった」

アリューズは言うと通信を切った。順繰りに消毒室へ入り、準備を整える。うまく行けばいいと思いながら。

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