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宇宙航路・空間保全隊----通称、銀河清掃部隊----第106部隊の隊長、P.B.ブルストリーは、事故船が映し出されたメインスクリーンをじっと見つめていた。救難信号を受けてすぐこの現場へ駆けつけたが、果たして間に合ったかどうか・・・
事故船は余程の衝撃を受けたものらしく、特に右舷方向の損傷がかなりひどい。壊れた船壁は全て飛び去って辺りには見あたらず、事故船自体も惰性で実際の事故現場からかなり遠ざかった位置にまで流れてきている。
一方事故船の内部では、乗員救助のために来た隊員たちが、その惨状にもめげず、遺体の回収を行っていた。残念ながら生存者は見あたらないようである。
調査官であるスラーヴァは事故船を様々な角度から写真に収め、更にコクピットへ入って船の航行記録を探しはじめた。宇宙連邦警察から派遣されている彼の仕事の第一は、事故原因の究明である。
事故船の周りでは、すでに清掃作業が始まっており、小型機が飛び回っている。衝突時に飛ばされた船体の部品は遙か遠くへ飛び去っているものの、それでも何かとゆっくりとはがれたり転がり出たり流出したりして周囲に漂っている分もあり、取り急ぎ回収しておかなくてはならない。
106部隊の母艦白竜号から事故船の様子を監視していたエミット・コラーニャは異変に気づいて緊迫した声を上げた。
「事故船の一部に温度上昇がみられます。場所は恐らく動力室跳躍用エネルギー炉」
「全員退避!」
ブルストリーは即座にそう言った。ぐずぐず考えている暇はない。
急な退船命令はいつものこと。子機たちの反応も早い。が、一機だけ出遅れたものがいた。事故船に乗り込んで作業をしていたグループである。
「スラーヴァ調査官、早く!」
パイロットのフレイヤ・テミスがせかす。が、スラーヴァは事故のショックで留め金のねじれた航行レコーダを相手に奮闘中でそこから離れようとしない。
「6号機、何をしている。爆発するぞ」
母艦にいる副長のレイ・アリューズは苛々して怒鳴った。
「スラーヴァ調査官!」
フレイヤ・テミスがスラーヴァをせっつく。
「先に戻っていてくれ」
「そんなことできるわけがないでしょう」
「こいつがないと事故原因の解析ができない」
スラーヴァはまだレコーダにかじりついている。フレイヤは叫んだ。
「死んだら何もならないじゃないですか!」
「あと少しなんだ」
いつまでたっても退避してこない6号機を待ちながら、母艦のブルストリーたちは気が気でなかった。
「6号機、即刻帰艦しろ!」
繰り返し繰り返しそう呼びかける。と、ずっと事故船を監視していたエミットが報告した。
「隊長、温度上昇速度150%超過、推定炉内温度4000度、まもなく炉壁臨界です」
「分かった分解線用意」
ブルストリーの冷徹な声が響く。
ガタン、と音がしてレコーダが外れた。
「やった!」
スラーヴァが喜声を上げる。フレイヤはスラーヴァの荷物を手当たり次第にひっつかみ走り始めた。すぐ後にレコーダを抱えたスラーヴァが続く。
事故船の炉の温度は上がり続けている。
「炉壁臨界まで30秒」
ブルストリーは固く結んだ唇を開いた。
「発射」
事故船めがけてビームが照射される。それを逃れるようにして白い小型艇が空を舞った。翼の一部がビームをかすって消失する。
「6号機、無事か?」
副長のレイが尋ねる。フレイヤの快活な声が響いた。
「乗員2名、死体と共に無事です」
「全く片翼だけでなく本体装殻部分全体を取り替えなきゃならないんですからね」
整備主任のキャラウェイが大音声で怒る。分解線を浴びて翼の一部を失った6号子機を前にどうしても腹立ちを押さえきれない。
「すみません」
フレイヤはそう謝った。キャラウェイは子機の小型艇にせよ、母艦の白竜号にせよ、まるで自分の子どものようにかわいがっていて、彼らが「負傷」するのを好まない。
「大体みんないい加減すぎる」
キャラウェイはぶつぶつ言いつつも部下たちを指揮して仕事にかかった。
さて一方6号機の「負傷」の原因を作った当のスラーヴァはといえば、事故船から運び出した11体の遺体を医師である霧影まやに引き渡し、検死の依頼をすると、自分はレコーダの解析にとりかかっていた。6号機とその乗員を危険にさらしたことで、隊長のブルストリーが抗議しにやって来たが、ほとんど右から左で聞いていない。
この事故は明らかに不法航行船による当て逃げである。しかも事故船の状況からみて相手はかなり大きな船だったらしい。それほど大きな船を無許可で航行している----しかもこの辺境宙域で。一体裏に何があるのか・・・スラーヴァは小さく手を握りしめた。
細い指が軽やかに操作盤の上を駆けめぐる。4本の腕にそれぞれ4本、計16本の指は不規則に、けれども整然と盤上に舞い、ブルストリーが近づく気配にも一切乱れを見せない。
「万事順調です」
四本の腕を間違いなく操りながらイシュラインは振り向きもせずそう言った。振り向かなくとも十分見えているのである。
クヌート人----地球人が初めて出会った異種知性体。外骨格生物で複眼を持つ彼らは地球人の目から見るとまるで昆虫のように見える。このクヌート人のイシュラインは106で科学技官を務めている。
二十ばかりあるモニタを一度に見、それぞれにふさわしい操作を間断なく行う。一人の地球人では到底できない芸当である。ブルストリーはいつものことながら感嘆してイシュラインの仕事ぶりを眺めていた。
今、イシュラインが行っているのも、やはり例の事故の後始末である。事故が起こった当初に飛び散った破片の処理----実のところこれがいちばん厄介なのである。何しろ上下もない、空気抵抗もない宇宙空間では、破片は初めに飛び散った時の速度のまま、四方八方へ飛び去って行く。空気抵抗がない分、どのような形・サイズであれ初期速度で飛び去るため、理論上は円状に広がることになっているが、しかし実際には途中に恒星やその他、重力場があれば、それだけで破片の飛散ルートは変わってしまう。
時間がたてばたつほどその拡散範囲は広くなり、二次災害の危険性----つまり飛び散った破片と他の船が衝突する可能性----が高くなるため、この作業はとにかく時間との勝負と言えた。
「今回は比較的早かったのでかなり回収できるはずです」
イシュラインは回収用に出した無人機を遠隔操作しつつ言った。
「ああ、だといいが」
ブルストリーがどこか気の晴れぬ様子でそんな風に返す。
中央部ならともかく、辺境部隊の守備範囲は広い。空間跳躍を使って駆けつけるにしても、どうしても遅くなりがちである。ブルストリーは小さく息をついた。もう少し守備範囲が狭ければやり易いのだが。
清掃部隊一隊につき多大な人員とコストがかかる。それに清掃隊のような地味な仕事は皆、あまりやりたがらない。地味なだけならまだしも、危険で厳しく不規則、一度宇宙に出ると当分帰れない、となれば大概の者は逃げてしまう。ブルストリーは更に深いため息をついた。
「特におかしいと思われるような外傷もないし、今までのところほとんどが急激な気圧変化による烈死ね。あと二人検死が残っているけど、このうちの一人もそうでしょう。残る一人は船がぶつかった時のショックで投げ飛ばされたのが直接の死因みたいね」
106の医師、霧影まやは目玉焼きをつつきながら言った。名前も華やかだがそれに負けない顔立ちをしている。はっきりした目鼻立ち、くっきりと真っ赤なルージュを引いて、肩少し下まである栗色の髪は天然パーマ、そして目には縁なしの眼鏡。
「全員即死?」
スラーヴァがそう尋ねる。霧影医師は一寸肩をすくめた。
「恐らくは。まあ、宇宙空間での死体というのはなかなか芸術的だから」
一瞬思い出して一瞬吐きそうになる。食事時にこんな話するものじゃないな----スラーヴァはそう思った。グレイビーソースのかかった肉をギシギシと切る。
「それで、事故の解析は進んでいて?」
まやの方が今度は尋ねた。
「まあまあね。どうも事故の相手船は無許可で作られた大型戦艦らしいんですよ」
「アルカディア号でしょ」
まやがくすりと笑う。スラーヴァは驚いて思わずばっと立ち上がった。
「ドクター、それはどんな艦ですか。どの団体の何のための・・・」
「勉強ばかりしてちゃだめよ、スラーヴァ調査官」
「冗談・・・だったんですか」
のろのろとスラーヴァが腰を下ろす。
「でもどうして大型戦艦らしいと分かったの?」
「まだしかと分かった訳ではないんですよ。ただその可能性が高いというだけで。事故船から採取したサンプルに、事故船のものではない物質が付着していましてね。で、物質素材班の連中に調べてもらったら、多分タクサイドAだろう、という話なんです」
「タクサイドAってあの・・・」
「ええ、衝撃に強く、硬度、粘性共に高い希少物質です。希少なのと重いのが難点で、使われるのは大型戦艦の外板がほとんどです。この外部に特殊加工をすれば分解線をかなりの程度まで防げますしね。まあ、戦艦は丈夫でないと話になりませんから」
「そんなのにぶつかったんじゃあひとたまりもないわけだ」
まやはグラスを取り上げて言った。スラーヴァが訂正する。
「ぶつかったんじゃない、ぶつかられたんです」
「ああ、そうね。でも何故?」
まやのそのストレートな問いにスラーヴァは肩をすぼめた。
「それが分かれば苦労はないですよ」
スラーヴァは独り、部屋の中に沈んでいた。繰り返し繰り返し、例の事故船の航行レコーダの音声コピーが流れる。
マレイ号----それが事故船の名前なのだが----は最期の瞬間のほんの30秒前まで、全く順調に航行していた。レーダーに異常接近してきた物体が映ってからレコーダの記録が途絶えるまで、その間29.4秒。逆算すると相手船の速度は秒速6万キロを超えていたはずである。
----光速の28%・・・----
スラーヴァは心の底でつぶやいた。普通の船はそこまでスピードを出して航行することはない。光速の14%ばかりあれば空間跳躍が可能であり、その方が時間的にもエネルギー的にも、余程効率がよい。
マレイ号は相手船を確認するとすぐに回避行動をとったが間に合わなかったらしい。相手の光速の28%という速度もさりながら、相手船が全く回避行動をとらなかったらしいことも衝突の一因である。
----何故だ----
スラーヴァは苛々と指先で机を叩いた。何故それほど高速を出す必要があったのか。何故回避行動をとらなかったのか。いかに丈夫なタクサイドAといえども、それほどの高速で他船とぶつかったのではただですむはずがない。
マレイ号はとりたてて特徴もない中型の貨物船だった。載せている物資も人員も、調べた限りでは特に問題はない。破壊せねばならないような、あるいは殺されねばならないような理由は見あたらない。よしんばそうせねばならない理由があったとして、一体誰が貴重な物質でくるまれた大型船をぶつけて志をとげようとするだろうか?そんなことをしなくても、マレイ号のような通常の船を破壊し乗員を殺す方法はいくらでもある。
故障・・・か。船の制御がきかなくなっていたのだとすれば、話のつじつまは合う。スラーヴァは自問した。
----どうする?----
もし件の船が予測通り戦艦であれば、話はかなり厄介である。調べた限りではそのような戦艦は登録されていない。けれども全ての戦艦が公式に申請登録されているとは限らず、各々の惑星系、場合によっては一惑星が密かに保有している可能性もある。惑星系連合が「宇宙連邦」と称して一応宙域全体の主導権を握っているとはいえ、各惑星系や惑星の間の関係は複雑かつ微妙で、うかつに首を突っ込めるような状態にはない。一介の事故調査官や清掃部隊が扱える問題ではないのである。
事故の相手船が戦艦である、とは言い切れないことはスラーヴァ自身、よく分かっている。まだそれは単なる憶測の域を出ない。もし違っていた場合、何が考えられるか。
そしてまた思考は何故その相手船が異常な高速をだしていたのか、何故回避行動をとらなかったのか、というところへ戻ってしまう。スラーヴァは先刻からずっとこの堂々めぐりを続けていた。疲れた時の悪い癖で、埒もあかない循環思考をいつまでも繰り返してしまう。ちょうど今、エンドレスに流れている航行記録の音声のように。