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偉人に恋した  作者: 長谷川ゆう
5/5

覚(さと)る

「まだ、下らない文芸書いてるのか」

伯父さんの畑の仕事が終わると、貧しいながら伯父の家で、米と野菜炒めの夕食を伯母が作り兄と一緒に食べるのが、ジョンは1番の苦痛だ。



「まだ若いから、諦めの悪い奴です本当に。小説で食えるのなんてこの国で二人ですよ」

横で米をかきこむ兄の言葉が、1番キツいのだ。



この国では、働いている雇い主が一番の権力者で口を出せば村八分にされる。



食欲が落ちていくのを感じながら、ジョンは早く家に帰りパソコンを開きたかった。


日本からメールが手違いであっても、自分の小説が日の目をみるチャンスを掴みそうなのだ。



畑の仕事は早朝から夕日が落ちるまで過酷だが、深夜の静まった狭い部屋で小説を書いている時だけが、生きている気がした。



「もう、夢なんて諦めろ、お前の死んだ母さんも悲しむぞ」

安い酒を飲みながら、伯父がののしりだした。いつもの事だが、死ぬ寸前に小説家の夢を諦めるなと言ってくれたのは、母親だ。



働かない父親と貧しい暮らしの中、伯父の畑を手伝い体を壊して、死んだ。



殺したのは、タダ働き同然で働かせた父親と母親の兄である伯父ではないか。怒りがジョンの吹き出しそうになっていた。



「一生、畑で働いて安酒を飲んで幸せですか?」

水をうったように、食卓が静まりかえった。



ジョンは思い切り水を頭から兄に浴びせられた。


「お前、何言ってんだ!俺達が食べて生活出来るのは伯父さんのおかげなんだぞ!伯父さん、弟がひどいことを、代わっておわびします!」

頭から水がしたたるジョンの横で兄は、床に手をつき頭をさげた。



「せいぜい、明日までに頭を冷ましてこい。この国では現実をみろ」

伯父は、ポツリと言うと一言、今日はもう帰れと冷たく呟いた。




帰り道、灯りもない畦道を歩きながらジョンは、自分の夢が暗闇にとけていきそうた絶望感と「現実を見ろ」と言う伯父の言葉が頭の中をジワジワと粘りけのあるしつこさで、離れなかった。



横で歩いている兄は、伯父の家を出てから一言も話さない。



ジョンだって分かっている、この貧しい国で文学で成功したのは、わずか2人だ。



後は、伯父や死んだ母親のように一生、自分の生まれからは逃げられず、畑仕事で貧しく暮らし、家族を持ち、死んでいく。



兄にも何回か伯父からお見合いの話があったが、何度も丁寧に断っているのは、伯父から畑も分けてもらえず、兄もジョンもまだ自分が自立出来ないからだ。



息が詰まりそうな、この国になぜ産まれた不幸を憎むより毎日、働く事が息をする事なのだ。



いっそのこと、死んだ母親がわずかな金で買ってくれた本の山も捨ててしまえば、小説家などと言う夢は、捨てきれるのだろうか?




家が近くなってきた時だ。突然、兄が歩みを止めた。



夜空には、星がきらめき、消えていく。



「伯父さんのてまえ、ああ言ったけど、お前くらいは自分と母さんの夢を捨てるな」

兄が夜の闇に消えそうな、小さな声で呟いた。


暗闇で兄が、ジョンを見ているのが雰囲気で分かった。兄の瞳は死んだ母さんと同じ瞳をしている。



包み込むような、柔らかな瞳だ。



働きもせずに、母親が死んだあと出ていった父親の顔は、すこしも思い出せないのに、死んだ母親の顔は何度もよみがえる。



覚り、記憶から消えないのだ。



「でも体を壊すな、それだけでいい」

兄は一言、呟きまた歩みを進めた。



ジョンは、その後を追うように走った。



夜の暗闇が、2人の姿を飲み込み、静かに眠り始める。




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