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押し出し式並行世界のススメ  作者: わたぬきたぬき
7/7

7 建設的発想のススメ

「トリガーになり得る『条件』を見つけ出すのが最優先すべき課題なのだと俺は思う。しかし結局のところそこから先はどうしても解らない。『世界移動』の当事者はサキだけだからな。」

 確かにそうだ。カネフクの話は全てが「推察」で、もっというとそのデータは全て「伝聞」だ。

 カネフクはノートを開きながらサキの方を向く。

「世界が変わった瞬間のこと、何でもいいから教えて欲しい」


 不意に話を振られたサキは少し面喰ったようだった。が、すぐに眉根をひそめ視線を落とす。


「本当に一瞬だったから全然心当たりがない。いきなり目の前に出てきて何か言われたと思ったらすぐ…」

「サキ、その『何か言われた』の『何か』の部分、思い出せないか?」

「ええ、無理だよー。そもそもそのタイミングで話しかけられるなんて思ってなかったし、相手も独り言みたいに言ってたから…」

うーん、と唸りながら思い出そうとするサキ。

「『なんとか』だったのかー、みたいな感じで…」

「その『なんとか』が重要なんじゃねーの」

「だって本当に聞こえなかったんだもん。驚いた感じでボソボソっとさ。あ、でも呪文とかではないと思う。『思わず出た独り言』感すごかったし」

「じゃあ相手は意図的にサキを別世界に飛ばしたわけでもないのかしら。相手からしてもいきなり目の前からサキが消えたように見えて驚いたのかもね」


考えれば考えるほどに意味が解らなくなってくる。

意図的だとしてもしなくても、結果的に謎の男と出会ったタイミングでサキは違う世界に飛ばされてしまったわけだ。何かそこに「法則」のようなものがあるとしても、現段階ではあまりにデータが少なすぎる。


「謎の男のことをもう少し詳しく教えてくれ」

仕切り直すようにカネフクが言う。

「ええっとね、まず顔はマサ君と同じ顔って言ったでしょ。それから背格好もおんなじくらい。あ、でも服装は真っ黒だったかな、薄暗くなり始めていたからほんと不意打ちで死ぬほど驚いたから」

数えるように指を折りながらサキが言う。

「声も正樹と?」

「うん、多分同じ」

「で、その男が正面に立って何かを呟いたらどこかから何か軋む音が聞こえてきて、その直後『昼間のこの街』に立ってたってわけだな」

「そんな感じ。時間が違うけど立ってた場所は全く同じ、ね」


そのあとのカネフクは、男のやってきたであろう方向やら男とサキとの距離やらいくつか聞いた後、「少し雑談してて」といって階下に降りて行った。思考モードに入る時カネフクはトイレにこもる癖があるのだ。

ご自由にご歓談を、と言われてもこの空気はなかなか変えにくいものがある。陽子もサキも神妙な顔で互いを見合わせているし、正樹に至っては所在すらないような気になっていた。今はただ、カネフクが何かを閃くのを待つしかないようである。


「ねえサキ、晋の話どう思った?」

重い空気の中最初に口を開いたのは陽子だった。

「……うーん。客観的に分析されると『なるほどな』って感じ」

「でもまだ何の糸口にもなってないよな」

「そこなんだよね。晋の口ぶりだと『条件さえそろえばサキは元の世界に帰れる』って感じだったけど、そもそもそんなに単純な話なのかな。」

「確かにねぇ。まあでもカネフクの言う通り、まずは法則を探さなくちゃいけないと思う。なんとなくだけどやっぱマサ君が何かの鍵なんじゃないかな」

「え、俺?」

「うん。だって最初に会った時『軋む音』してたし、奴と同じ顔だし」

「そうよね。どう考えてもマサが一番怪しいわよね」

「カネフクもそんなこと言ってたな。あの時なんで駄目だったんだろう。俺からじゃなくサキのほうから接触してきたからとか?」

「でもあの時点でマサの方からサキに接触するのは不可能じゃない?ただのナンパだよ、それ」

「謎の男もナンパ目的で声かけて、いきなり目の前の女が消えたくちかな」

「それはないでしょ、明らかにサキを知ってて接触してる」

「…だよなぁ」


そんな話をしていたらカネフクが不意に戻ってきた。

「お待たせ。麦茶もついでに取ってきた」

手に持っている冷えたピッチャーからそれぞれのグラスに注いでいく。

正樹は目の前の透明なグラスに麦茶が注がれ、それと同時にグラスの表面が一気に曇るのをぼんやりと見ていた。


「…で、何か名案は浮かんだの?」

陽子が水を向ける。

カネフクは肩をすくめて首を軽く振った。

「結局そもそもどうやって、そしてどうしてサキが並行世界に飛ばされたのかがわからない以上対策も何も。ただ、一個思いついたのはサキの出会った例の男もこの世界に来ているかもしれない、ということだな。サキが一瞬で違う世界に来たように、あの瞬間男も同時に違う世界に飛ばされた可能性はあると思う」

「この世界に、いやもしかするとこの街に例の男も…」

その場にいた全員が無意識に息をのむ。

確かにあり得ない話ではない。その男との邂逅が原因でサキが「飛ばされた」のならば、その男もまた同じ目にあっていてもおかしくないからだ。飛ばされた先が「この世界」という可能性はもちろんゼロではない。サキと同じ世界にいた人間なのだから同じタイミングで同じ場所に飛ばされるのはむしろ自然なことのような気さえする。

だとしたら今頃そいつはやっぱりサキを探しているんだろうか。そしてもう一度そいつと接触したときサキはどうなってしまうのだろうか。分からないことばかりだった頭の中に疑問とは別のモヤモヤ、つまり不安が湧きあがり始める。パラレルワールドに飛ばされたことでサキの受難は終わったわけではなく、まさに現在進行形で忍び寄っているかもしれないという現実に正樹は大きく息を吐いた。

サキを見ると同じことを考えているのか、再び泣きそうな表情をしている。サキだけではない、それぞれが「例の男」の持つ未知の危険性に改めて気が付いたのだ。顔も知らず(いや、顔はある意味知っているのだが)会ったこともない男をここまで脅威と感じるのは、やはり目の前のサキがそれだけ露骨に怯えているからなのだろう。


「サキとそいつを出会わせるのが正解なのか、それとも再び出会わせてはいけないのか」

自分を落ち着かせるようにと麦茶のグラスを持ち上げながら、心の声が自然と口をつく。

それを聞いたカネフクはまっすぐに正樹を見ながらこう言った。


「サキだけじゃないぞ。お前と奴が出会ったときにどうなるかも未知数だ」


「…!!!!」

その瞬間、正樹の心臓は跳ね上がるほど一度大きく脈打ち、そして背中の中心から音を立てるほどの勢いで放射線状に毛が逆立っていく。サキから顛末を聞かされた時の比じゃないレベルの寒気と息をすることさえままならないような強い衝撃に力を奪われ、正樹が持っていたグラスは難なく指から滑り落ち、ゴトンと大きな音を立てて水しぶきと共に床に転がった。


「あ……………ごめん」

どうにか絞り出すように謝りつつ神妙な顔でグラスを立て直す正樹はきっと真っ青な顔をしていたに違いない。

おそらくそれは、最初に出会ったときのサキと同じ顔だ。泣きそうに不安で、でも対策も正解も分からなくて、とにかくどうにかしたい、して欲しいと切実に何かに祈る、そんな「不安そのもの」のような表情だ。


こぼした麦茶を片付けながら正樹はカネフクの言葉を反すうする。


『お前と奴が出会ったときにどうなるかも未知数だ』


本当にそうだ。

仮にもしサキと正樹が本当に「同一の存在」なのだとしたら、サキの身の上に起きた展開はそのまま正樹の身の上にも起こる可能性があるものだ。その男と出会った瞬間、今度は正樹が全く知らない世界に飛ばされてしまうかもしれない。もしかするとカネフクも陽子も、そしてもちろんサキすらいない世界に、だ。

知り合いのいない見知らぬ世界。

似て非なるもののみで構成された奇妙なその環境に突然放り出されたら——―。


ゾッとする。


それしか言葉が出ない。

語彙が乏しいのは、直面した現実を脳が処理しきれていないからだ。

泣くことも狂うことも出来ず、ただただ鳥肌を立てながらその場に立ちすくむしかない経験。恐ろしい経験。サキは一旦どんな気持ちだったのだろうか。親身に話を聞いて「理解した気」になっていた。当事者ではないという事実にどこか安堵しながら客観的に彼女に寄り添っていた。「どうにかしてあげたい」という気持ちが本心だとしても、その実「どうにかしなくてはならない」という切迫感には今一つ欠ける寄り添い方だったように今は思う。

切迫感に欠けるのは現実味にかけるからだ。きっとそれはカネフクも陽子も同じだろう。でもそれは仕方のないこととも言える。結局のところ「当事者」と「関係者」では越えられない壁があり、そこを越えて理解するのは土台無理な話だからだ。

たった今「関係者」から「当事者」になった正樹は、その非情な現実にただただ戦慄するばかりだった。

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